「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
双月千年世界 短編・掌編
火紅狐番外編 その4
フォコの話、から少し昔。
希望、諦観、そして嘘。
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火紅狐番外編 その4
二十数年か、三十数年か、昔――イーストフィールドから、旅立った少年がいた。
彼の家は、先祖代々続く大地主の家系で、その日まで彼の一家、そしてその周囲も、彼がそれを継ぐものだと思っていた。
しかし彼本人にそんなつもりは毛頭なく、むしろ大地主と言う地位を笠に着て私兵を築き、乱暴に振る舞う己の家柄に嫌気がさしていた。それよりも彼は、自分の才覚で稼ぐ商人になることを夢見ていたし、だからこそその日、彼は旅立ったのだ。
そして数年が経ち、彼は理解した。
自分は商人の器ではないと。
それを自覚した瞬間から、青年になっていた彼は、堕落した。
夢破れた青年ではあったが、故郷へ帰るつもりは無かった。
と言って、まともな教育も訓練も、修行も受けていない、多少の弁舌とそこそこの容姿以外にはろくに取り柄のない男である。
まともな金稼ぎができるはずもなく、彼は街を渡りながら、詐欺師とヒモ、情夫の中間のようなその日暮らしで、毎日の空虚な時間を潰し続けていた。
転機が訪れたのは、そんな泥のような日々の中で――突然のことだった。
「あなたは、何になりたいですか?」
ひょんなことで出会ったその女に、青年はそう問われた。
「さあねぇ」
「わたくしには、こうなりたいようにお見受けします。
世界を操れるような、大人物になりたいと」
「ハハ、そりゃあいい。こんなクズみたいな俺が世界をいいように操れるんなら、面白くって仕方が無ぇや。
……むしろ粉々にしてやりてえが、ねぇ! そんな力が手に入るんだったら、俺は喜んで、命だってくれてやらぁ!」
青年がそう言ったところで、女はクスクスと笑い出した。
「その願い、承りましょう」
それから数年後。
青年の故郷、イーストフィールドで、大きな諍いが起きた。
原因は巨額の金銭トラブルとも、大地主一派と自警団との抗争だとも、彼らとこの周辺に配備されていた中央軍との衝突とも言われているが、明らかにはなっていない。
それよりも結果が驚くべきものであり、巷のうわさに上ったのはそちらの方である。当時権勢を奮っていた大商人、ケネス・エンターゲート氏が、全く無関係であったはずのその騒動に、名乗りを上げて介入してきたからである。
この介入に対し、多くの有識者、関係者は戸惑いを見せた。エンターゲート氏と言えば、中央軍の軍事力、武力を後ろ盾に、横暴な経営を展開してきた卑劣漢、冷血漢であり、かつ、打算と利益でしか動かない男でもある。こんな地方の問題にわざわざ首を突っ込むような人物ではなく、その真意は一時期、商人らの議論の種になっていた。
とは言え、その疑問には一応の解答が付けられた。エンターゲート氏はこの問題の解決に当たって、イーストフィールド全域の諸権利をすべて買収した――つまり、街全体を買い取り、自分の管理下に置いたと公表したからだ。
片田舎とは言え肥沃な土地であり、交通の便も良いため、住人や旅客も少なくない。また、中央政府の首都であるクロスセントラルにも近すぎず遠すぎず、エンターゲート氏が新たな拠点にするには、ちょうどいい場所でもあったからである。
大方の予想通り、この街とその周辺の経済・商業はその後、エンターゲート氏が謎の失踪を遂げるまで、ゴールドマン商会の独占状態となった。
しかし、この行動には一つの謎が残っている。
自分の拠点にするにしても、中央軍に肩入れし、街を潰させた後で買い取った方が、ずっと安く済むからだ。
利益を重視するエンターゲート氏がわざわざ問題に介入し、巨額の金を出して街を潰される前に保護したと言う、この不自然な行動は、今なお議論の的となっている。
即ち――放っておけば潰れ、二束三文の安値で街を買い叩けたはずの彼が、何故わざわざ街の問題に手を出し、何故わざわざ高い金を払って、街を買い取ったのか?
その疑問に対し、彼は一切答えを残していない。
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希望、諦観、そして嘘。
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火紅狐番外編 その4
二十数年か、三十数年か、昔――イーストフィールドから、旅立った少年がいた。
彼の家は、先祖代々続く大地主の家系で、その日まで彼の一家、そしてその周囲も、彼がそれを継ぐものだと思っていた。
しかし彼本人にそんなつもりは毛頭なく、むしろ大地主と言う地位を笠に着て私兵を築き、乱暴に振る舞う己の家柄に嫌気がさしていた。それよりも彼は、自分の才覚で稼ぐ商人になることを夢見ていたし、だからこそその日、彼は旅立ったのだ。
そして数年が経ち、彼は理解した。
自分は商人の器ではないと。
それを自覚した瞬間から、青年になっていた彼は、堕落した。
夢破れた青年ではあったが、故郷へ帰るつもりは無かった。
と言って、まともな教育も訓練も、修行も受けていない、多少の弁舌とそこそこの容姿以外にはろくに取り柄のない男である。
まともな金稼ぎができるはずもなく、彼は街を渡りながら、詐欺師とヒモ、情夫の中間のようなその日暮らしで、毎日の空虚な時間を潰し続けていた。
転機が訪れたのは、そんな泥のような日々の中で――突然のことだった。
「あなたは、何になりたいですか?」
ひょんなことで出会ったその女に、青年はそう問われた。
「さあねぇ」
「わたくしには、こうなりたいようにお見受けします。
世界を操れるような、大人物になりたいと」
「ハハ、そりゃあいい。こんなクズみたいな俺が世界をいいように操れるんなら、面白くって仕方が無ぇや。
……むしろ粉々にしてやりてえが、ねぇ! そんな力が手に入るんだったら、俺は喜んで、命だってくれてやらぁ!」
青年がそう言ったところで、女はクスクスと笑い出した。
「その願い、承りましょう」
それから数年後。
青年の故郷、イーストフィールドで、大きな諍いが起きた。
原因は巨額の金銭トラブルとも、大地主一派と自警団との抗争だとも、彼らとこの周辺に配備されていた中央軍との衝突とも言われているが、明らかにはなっていない。
それよりも結果が驚くべきものであり、巷のうわさに上ったのはそちらの方である。当時権勢を奮っていた大商人、ケネス・エンターゲート氏が、全く無関係であったはずのその騒動に、名乗りを上げて介入してきたからである。
この介入に対し、多くの有識者、関係者は戸惑いを見せた。エンターゲート氏と言えば、中央軍の軍事力、武力を後ろ盾に、横暴な経営を展開してきた卑劣漢、冷血漢であり、かつ、打算と利益でしか動かない男でもある。こんな地方の問題にわざわざ首を突っ込むような人物ではなく、その真意は一時期、商人らの議論の種になっていた。
とは言え、その疑問には一応の解答が付けられた。エンターゲート氏はこの問題の解決に当たって、イーストフィールド全域の諸権利をすべて買収した――つまり、街全体を買い取り、自分の管理下に置いたと公表したからだ。
片田舎とは言え肥沃な土地であり、交通の便も良いため、住人や旅客も少なくない。また、中央政府の首都であるクロスセントラルにも近すぎず遠すぎず、エンターゲート氏が新たな拠点にするには、ちょうどいい場所でもあったからである。
大方の予想通り、この街とその周辺の経済・商業はその後、エンターゲート氏が謎の失踪を遂げるまで、ゴールドマン商会の独占状態となった。
しかし、この行動には一つの謎が残っている。
自分の拠点にするにしても、中央軍に肩入れし、街を潰させた後で買い取った方が、ずっと安く済むからだ。
利益を重視するエンターゲート氏がわざわざ問題に介入し、巨額の金を出して街を潰される前に保護したと言う、この不自然な行動は、今なお議論の的となっている。
即ち――放っておけば潰れ、二束三文の安値で街を買い叩けたはずの彼が、何故わざわざ街の問題に手を出し、何故わざわざ高い金を払って、街を買い取ったのか?
その疑問に対し、彼は一切答えを残していない。
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2015.06.01 タイトル表記を修正
2015.06.01 タイトル表記を修正
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