「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・昔讐記 3
フォコの話、321話目。
空気清浄講習。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
工場入口のすぐ側、工員用の食堂に入ったところで、どこか膠(にかわ)やニスに似た臭いがフォコたちを出迎えた。
「うえ……っ」
「何よ、この臭い?」
普段から仏頂面の大火も流石に顔をしかめながら、その答えを告げる。
「ミスリル化珪素の精製過程に発生する、アルデヒド系の臭いだな。
長時間、大量に吸引しない限り無害ではある。だが、精製設備の無いこの区域でこの濃度であれば、恐らく施設内は、さらに濃い状態にあるだろう。健康に差し支えのある可能性は十分高いだろう、な」
大火はぼそ、と何かを唱える。
「あまり得意としない術ではあるが――『フィールドウォッシュ』」
途端に周囲の空気が、焦げた樹脂のような臭いから、滝の近くのように清涼なものへと変化した。
「これは一体……?」
「浄化術、と言うものだ。詳しい説明は省くが、人間にとって『負(マイナス)』に作用する場や物質を、『正(プラス)』に転換する働きがある。
端的には、毒気のある空気を心地良いものに変える、などの効果を生ずる」
「なるほど、それでこのような澄んだ空気が……。
大変興味を惹かれました。良ければご教授願いたいのですが」
そう願い出たマフスに、大火は一瞬顔をしかめる。
「断る。そう得意ではない……、いや」
が、少し間を置いて撤回した。
「この場所では、少なからず必要になる、か。いいだろう、不十分な要素はあるが一応、教えておこう。
イール、フォコ。お前たちも覚えておいたほうがいい。まとめて教授してやる」
「どうもです」
「ありがと」
フォコたち3人が大火から術を学んでいる間に、ランドたち兄妹とレブは壁に貼られた工場見取り図を確認していた。
「基本的には4階建て。だけど2階と3階の大部分は空洞、か。1階の真ん中に溶鉱炉があるみたいだし、排気のために吹き抜けにしてあるのかな」
「多分そうだよ。こんだけでっかい設備だと熱、めっちゃめちゃ籠りそうだもん。……あー、ヤな思い出がよみがえるぅ」
「ヤな思い出って?」
「小っちゃかった頃、ウチにあった高炉で迷子になって、干からびかけたコトがあってさー……。そん時はもう、母さんに滅茶苦茶怒られたよ」
「ああ、聞いたことがあるな。まあ、小っちゃい頃のことだし、今なら笑い話だよ」
ランドはなぐさめのつもりでそう言ったが、ランニャはぺたりと狼耳を伏せ、頭を抱えてしまった。
「そうなんだよなぁ……、確かに笑い話なんだ。母さんお得意の『三大笑い噺』にされてるんだもん。酔っぱらうといっつも、その話するんだよなぁ」
「ちなみに他の2つは何なんだ?」
「従兄弟のガルフが結婚式で酔い潰れて、酒樽に頭突っ込んだ話と、兄ちゃんが小っちゃい頃、どっかに落としたメガネを探してる最中に、柱に頭ぶつけた話」
「……とんだ藪蛇だよ」
顔を赤くするランドを見て、レブは思わず噴き出した。
アバントは空中通路から、眼下の溶鉱炉や生産ラインを眺めていた。
(正直に言って、……気味が悪い)
ゴーレム製造にあたって改造された溶鉱炉からは、気持ちの悪い臭いがもくもくと立ち上り、鈍色の、高温のために薄ぼんやりと光る液体をドロドロと攪拌(かくはん)している。
それが鋳型に流し込まれ、外から取り込んだ水と空気とで急速に冷やされ、鈍色の、半透明なビレット(加工のため棒状に固められた素材)になって、コンベアの上をゴロゴロと転がっていく。
その先には裁断機が待ち構えており、ビレットはそこで細切れにされた後、また熱加工と鋳型とで、人型へと形成されていく。
形成されたその鈍色の塊は紫色の、魔力を帯びた光を数回、パシャパシャと断続的に当てられ、それにより自分から、のろのろと動き始める。
そのうちに表面の鈍色は人に似た肌色に変わり、工員用に用意された作業服を身に着け、余った在庫の中から武器を取り出して、どこかへと去っていく。
(ゴーレム、……とか言っていたが、最終工程の時点ではほとんど、人間とそっくりだ。それがわらわらと湧き、ひとりでに服を着て、武器を手に外へ……。
駄目だ、考えると吐きそうになる)
アバントは見下ろすのをやめ、新鮮な空気を吸おうと通気口へ向かった。
(ここにいれば下からの強襲は防げるのは確かだが、……この濁った、焼けた空気が延々と上がってくるのが敵わん! マジで吐きそうだ……)
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工場入口のすぐ側、工員用の食堂に入ったところで、どこか膠(にかわ)やニスに似た臭いがフォコたちを出迎えた。
「うえ……っ」
「何よ、この臭い?」
普段から仏頂面の大火も流石に顔をしかめながら、その答えを告げる。
「ミスリル化珪素の精製過程に発生する、アルデヒド系の臭いだな。
長時間、大量に吸引しない限り無害ではある。だが、精製設備の無いこの区域でこの濃度であれば、恐らく施設内は、さらに濃い状態にあるだろう。健康に差し支えのある可能性は十分高いだろう、な」
大火はぼそ、と何かを唱える。
「あまり得意としない術ではあるが――『フィールドウォッシュ』」
途端に周囲の空気が、焦げた樹脂のような臭いから、滝の近くのように清涼なものへと変化した。
「これは一体……?」
「浄化術、と言うものだ。詳しい説明は省くが、人間にとって『負(マイナス)』に作用する場や物質を、『正(プラス)』に転換する働きがある。
端的には、毒気のある空気を心地良いものに変える、などの効果を生ずる」
「なるほど、それでこのような澄んだ空気が……。
大変興味を惹かれました。良ければご教授願いたいのですが」
そう願い出たマフスに、大火は一瞬顔をしかめる。
「断る。そう得意ではない……、いや」
が、少し間を置いて撤回した。
「この場所では、少なからず必要になる、か。いいだろう、不十分な要素はあるが一応、教えておこう。
イール、フォコ。お前たちも覚えておいたほうがいい。まとめて教授してやる」
「どうもです」
「ありがと」
フォコたち3人が大火から術を学んでいる間に、ランドたち兄妹とレブは壁に貼られた工場見取り図を確認していた。
「基本的には4階建て。だけど2階と3階の大部分は空洞、か。1階の真ん中に溶鉱炉があるみたいだし、排気のために吹き抜けにしてあるのかな」
「多分そうだよ。こんだけでっかい設備だと熱、めっちゃめちゃ籠りそうだもん。……あー、ヤな思い出がよみがえるぅ」
「ヤな思い出って?」
「小っちゃかった頃、ウチにあった高炉で迷子になって、干からびかけたコトがあってさー……。そん時はもう、母さんに滅茶苦茶怒られたよ」
「ああ、聞いたことがあるな。まあ、小っちゃい頃のことだし、今なら笑い話だよ」
ランドはなぐさめのつもりでそう言ったが、ランニャはぺたりと狼耳を伏せ、頭を抱えてしまった。
「そうなんだよなぁ……、確かに笑い話なんだ。母さんお得意の『三大笑い噺』にされてるんだもん。酔っぱらうといっつも、その話するんだよなぁ」
「ちなみに他の2つは何なんだ?」
「従兄弟のガルフが結婚式で酔い潰れて、酒樽に頭突っ込んだ話と、兄ちゃんが小っちゃい頃、どっかに落としたメガネを探してる最中に、柱に頭ぶつけた話」
「……とんだ藪蛇だよ」
顔を赤くするランドを見て、レブは思わず噴き出した。
アバントは空中通路から、眼下の溶鉱炉や生産ラインを眺めていた。
(正直に言って、……気味が悪い)
ゴーレム製造にあたって改造された溶鉱炉からは、気持ちの悪い臭いがもくもくと立ち上り、鈍色の、高温のために薄ぼんやりと光る液体をドロドロと攪拌(かくはん)している。
それが鋳型に流し込まれ、外から取り込んだ水と空気とで急速に冷やされ、鈍色の、半透明なビレット(加工のため棒状に固められた素材)になって、コンベアの上をゴロゴロと転がっていく。
その先には裁断機が待ち構えており、ビレットはそこで細切れにされた後、また熱加工と鋳型とで、人型へと形成されていく。
形成されたその鈍色の塊は紫色の、魔力を帯びた光を数回、パシャパシャと断続的に当てられ、それにより自分から、のろのろと動き始める。
そのうちに表面の鈍色は人に似た肌色に変わり、工員用に用意された作業服を身に着け、余った在庫の中から武器を取り出して、どこかへと去っていく。
(ゴーレム、……とか言っていたが、最終工程の時点ではほとんど、人間とそっくりだ。それがわらわらと湧き、ひとりでに服を着て、武器を手に外へ……。
駄目だ、考えると吐きそうになる)
アバントは見下ろすのをやめ、新鮮な空気を吸おうと通気口へ向かった。
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