「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・抱罪記 4
フォコの話、334話目。
彼女の遺していったもの。
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4.
部屋に入ったところで、バネッサは話を再開する。
「5年前、どこから嗅ぎつけてきたのか、あのアバント・スパスと言う男はここへ、ティナ宛に手紙を送ってきました。
内容は、……口にするのも汚らわしいような、下卑た内容でした。かいつまんで言えば、『自分と結婚すれば、修道院ごと世話をしてやる』と。
確かにわたしたちの暮らしぶりは、悠々自適とは行かないものです。寄進だけではとても生活は成り立ちませんから、ワインを細々と造って、どうにか生計を立てている状態。
ですからその申し出は、確かに魅力的と言えました。しかし、あなたもご存じの通り、スパスには到底、良識や節度、慈愛の心などありません。その約束を果たしてくれるとは、とても思えませんでした。
それでも、ティナはわたしたちのため、『話だけでもしてくる』と言って飛び出し、……それから5年。ティナは戻らず、また、スパスはそれについても、援助についても何も言わないまま、今に至ります」
「そんなことが……」
話を聞き、フォコはそれからティナに、何があったのかを推理した。
(工場の空中通路で、アバントは『ここからティナを突き落とした』と言うてた。……多分、結婚と援助の交渉に失敗するかなんかして、ティナは総裁室を飛び出したんや。
当然、アバントは逆上しとったやろうな。追いかけて、ティナを説得しようとした。……恐らくは、力づくで。
そうして揉み合ううち、アバントはティナを……)
「……ソレイユさん?」
バネッサに声をかけられ、フォコは我に返る。
「あ、はい」
「不躾かも知れませんが、良ければ娘さんと、この部屋の遺品を、引き取ってはいただけませんか? もしも難しいと言うのであれば、この部屋ごと、彼女に与えますが」
「……少し、考えさせて下さい」
「分かりました。わたしは先程の礼拝堂におります。ご同行されていた方たちにも、経緯を説明しておきましょうか?」
「……ええ、お願いします」
バネッサはそのまま、部屋を出ようとする。
「あ、すみません」
「なんでしょう?」
「その、……娘の、名前は、何と?」
「ああ、紹介を忘れていましたね。
イヴォラと言います。あなたもお会いになったと思いますが……」
「……どうもです」
部屋の中央、テーブルに備え付けられていた椅子に座り、フォコはここでの、彼女の生活を想像する。
(この椅子に座って、……そうやな、編み棒と毛玉があるし、編み物でもしとったんやろな。寒いところやし、娘の……、イヴォラちゃんに、マフラーとか手袋とか。
あ、そうか。ここで、二人で生活しとったんやろな。あのベッドに、二人で寄り添うようにして。
ほな……、そしたら、ティナがいなくなってからは、ずっと一人で? いや、まだ小っちゃかったし、シスターたちと一緒に寝るようになったんやろな。
……イヴォラ、か。さっきはちゃんと見てへんかったけど、……そうや、あのハンチングは)
と、フォコはバネッサがしっかり閉めたはずの扉が、ほんの少し開いているのに気付く。
その扉の向こうから、ハンチング帽を被った猫獣人の少女――イヴォラが、恐る恐るこちらを覗いているのが見えた。
「……こっち、来る?」
思わず、フォコはそう問いかけた。
「あっ」
イヴォラは慌てて扉を閉めようとしたが、一瞬早く、フォコがそれをさえぎった。
「イヴォラちゃん、やったっけ。ちょと、……お母さんのこと、聞きたいねんけど」
「……あたしより、……あなたのほうが、知ってると思う」
「……バレとったか。……と言うよりも、僕と院長さんの話、こっそり聞いてたやろ」
「うん」
そっと扉を開け、イヴォラが中に入ってきた。
それに応じ、フォコはイヴォラと同じ目線になるようにしゃがみ込む。

「帽子、見せてもろてもええかな?」
「いいよ」
イヴォラは素直に、被っていた帽子を差し出す。
帽子の下には、自分によく似た頼りなさげな赤い目と、金色に赤いメッシュの混ざった、癖っ毛の髪があった。
「……お母さんの、帽子やね」
「うん」
「……僕と、髪の色そっくりやね」
「うん」
「……なあ」
「なに?」
「……ゴメンな……」
フォコはイヴォラの手を取り、ボタボタと涙を流した。
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彼女の遺していったもの。
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部屋に入ったところで、バネッサは話を再開する。
「5年前、どこから嗅ぎつけてきたのか、あのアバント・スパスと言う男はここへ、ティナ宛に手紙を送ってきました。
内容は、……口にするのも汚らわしいような、下卑た内容でした。かいつまんで言えば、『自分と結婚すれば、修道院ごと世話をしてやる』と。
確かにわたしたちの暮らしぶりは、悠々自適とは行かないものです。寄進だけではとても生活は成り立ちませんから、ワインを細々と造って、どうにか生計を立てている状態。
ですからその申し出は、確かに魅力的と言えました。しかし、あなたもご存じの通り、スパスには到底、良識や節度、慈愛の心などありません。その約束を果たしてくれるとは、とても思えませんでした。
それでも、ティナはわたしたちのため、『話だけでもしてくる』と言って飛び出し、……それから5年。ティナは戻らず、また、スパスはそれについても、援助についても何も言わないまま、今に至ります」
「そんなことが……」
話を聞き、フォコはそれからティナに、何があったのかを推理した。
(工場の空中通路で、アバントは『ここからティナを突き落とした』と言うてた。……多分、結婚と援助の交渉に失敗するかなんかして、ティナは総裁室を飛び出したんや。
当然、アバントは逆上しとったやろうな。追いかけて、ティナを説得しようとした。……恐らくは、力づくで。
そうして揉み合ううち、アバントはティナを……)
「……ソレイユさん?」
バネッサに声をかけられ、フォコは我に返る。
「あ、はい」
「不躾かも知れませんが、良ければ娘さんと、この部屋の遺品を、引き取ってはいただけませんか? もしも難しいと言うのであれば、この部屋ごと、彼女に与えますが」
「……少し、考えさせて下さい」
「分かりました。わたしは先程の礼拝堂におります。ご同行されていた方たちにも、経緯を説明しておきましょうか?」
「……ええ、お願いします」
バネッサはそのまま、部屋を出ようとする。
「あ、すみません」
「なんでしょう?」
「その、……娘の、名前は、何と?」
「ああ、紹介を忘れていましたね。
イヴォラと言います。あなたもお会いになったと思いますが……」
「……どうもです」
部屋の中央、テーブルに備え付けられていた椅子に座り、フォコはここでの、彼女の生活を想像する。
(この椅子に座って、……そうやな、編み棒と毛玉があるし、編み物でもしとったんやろな。寒いところやし、娘の……、イヴォラちゃんに、マフラーとか手袋とか。
あ、そうか。ここで、二人で生活しとったんやろな。あのベッドに、二人で寄り添うようにして。
ほな……、そしたら、ティナがいなくなってからは、ずっと一人で? いや、まだ小っちゃかったし、シスターたちと一緒に寝るようになったんやろな。
……イヴォラ、か。さっきはちゃんと見てへんかったけど、……そうや、あのハンチングは)
と、フォコはバネッサがしっかり閉めたはずの扉が、ほんの少し開いているのに気付く。
その扉の向こうから、ハンチング帽を被った猫獣人の少女――イヴォラが、恐る恐るこちらを覗いているのが見えた。
「……こっち、来る?」
思わず、フォコはそう問いかけた。
「あっ」
イヴォラは慌てて扉を閉めようとしたが、一瞬早く、フォコがそれをさえぎった。
「イヴォラちゃん、やったっけ。ちょと、……お母さんのこと、聞きたいねんけど」
「……あたしより、……あなたのほうが、知ってると思う」
「……バレとったか。……と言うよりも、僕と院長さんの話、こっそり聞いてたやろ」
「うん」
そっと扉を開け、イヴォラが中に入ってきた。
それに応じ、フォコはイヴォラと同じ目線になるようにしゃがみ込む。

「帽子、見せてもろてもええかな?」
「いいよ」
イヴォラは素直に、被っていた帽子を差し出す。
帽子の下には、自分によく似た頼りなさげな赤い目と、金色に赤いメッシュの混ざった、癖っ毛の髪があった。
「……お母さんの、帽子やね」
「うん」
「……僕と、髪の色そっくりやね」
「うん」
「……なあ」
「なに?」
「……ゴメンな……」
フォコはイヴォラの手を取り、ボタボタと涙を流した。



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