「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第7部
火紅狐・封臣記 1
フォコの話、348話目。
暴君の始動。
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1.
「わっ、私はただ、陛下の世界再平定をお助けしようと……! 紛うことのない、本当の、真実のことです、だからお慈悲、ひ、ひっ、……!」
彼の弁明が終わらないうちに、どかっ、と重たいものが叩き付けられる音が、処刑場に響く。
「……」
様子を見ていた白装束の、短耳の男――第8代天帝、オーヴェル・タイムズは、その白い靴にぽた、と付いた一滴の紅を見て、顔をしかめた。
「靴が汚れた。替えを持て」
「はい、ただいま」
靴が用意されるまでの間、オーヴェル帝は処刑台に転がったものを眺めていた。
「……まったくもって、忌々しいことぞ。あろうことか朕の膝元に、あのような不敬、不徳の輩が居座っておったとは」
「しかし陛下、一時はバーミー卿を擁護していらっしゃったでは……」「言うな」
オーヴェル帝はキッと、側に付いていた官僚をにらみつけた。
「朕の、最大の汚点である。あのような輩の甘言に惑わされるとは、あってはならぬ愚挙であった。
……ついては、すべてを考え直さなくてはなるまい」
「と、言いますと」
「彼奴の言により、朕はいくつもの決定を覆してしまった。最たる例が、央南の名代職に対する処分について、じゃ。
当初の決定では名代職追放と、そう朕は命じた。じゃがあの豚めが、『先代天帝たちの沽券に係わる』などと佞言を並べ立てたがために、その決定をあろうことか、この朕自ら、無いものにさせてしまった。
その結果、どうなったか? 我が中央政府が積極的に介入することは遮られ、現地での成り行き任せの末に、名代側がまさかの敗北と言う、我らの顔に泥を塗る結果に終わってしまったではないか!
その上、その敗北の一端に、バーミー卿の一味が関わっていたとも聞く! どうせ下劣な彼奴のこと、敗北し衰退した名代を抱き込んで傀儡化し、央南を意のままに操ろうと目論んでおったのであろう。
そう考えると、……こうも思えてくる」
オーヴェル帝はつかつかと、処刑台の前まで歩み寄る。
「名代側を滅ぼしたと言う焔軍とやら、彼奴らももしや、この豚めの仲間、一味では無かろうか? 朕はそう、考えておるのだ。
ああ……、忌々しい! まったくもって忌々しい豚めがッ!」
オーヴェル帝はそう叫び、右脚を目一杯振り抜く。
間を置いて、処刑台の端からびちゃっ、と言う水音が返ってきた。
「……よって、朕の考えはこうじゃ。
央南名代を下し、首都・白京に居座るならず者、焔軍の存在を許してはならぬ! 彼奴らがどんな巧言令色・手練手管を用いようとも、我が中央軍の総力を以て、彼奴らを完膚なきまでに粉砕し、骨抜きとなった名代もろとも、断罪してくれる!
良いか、皆の者! すぐに、出兵の準備を整えるのじゃ! 今一度、朕の正義の鋭さ、堅さ、強さを、世界に知らしめてやるのじゃ!」
この暴虐な決定に、官僚たちは一様に青ざめ、何とか諌めようとする。
「し、しかし陛下! 央南での戦乱が収束した後、事実、混乱は収まり、平和が訪れつつあるのですぞ!?
それを今更引っ掻き回すようなことをされるのは、むしろ我々の主張、正義・大義を曇らすことに……!」「何じゃと?」
しかしオーヴェル帝は聞く耳を持たず、諌めようとした官僚に詰め寄る。
「お前は朕に楯突こうと言うのじゃな? この現人神、世界を統べる最高位に鎮座する、朕に」
「い、いえ、そんなことはございません! 私はあくまで、陛下の体面を慮って……」「それ以上口を開けば」
オーヴェル帝はがっ、と官僚の顔を鷲掴みにし、こう叫んだ。
「次に朕が蹴飛ばすのは、この不細工な球となるぞッ!」
「ひ……っ」
オーヴェル帝はそこで官僚の顔から手を離し、冷たい声でこう尋ねた。
「靴の替えは、まだか?」
中央軍の遠征準備は、近年稀に見る速さで進められた。
近年の同軍は、前軍務大臣のバーミー卿がこの十数年、本腰を入れて司令に当たっていなかったこともあり、その動きは鈍重なものだった。
だが、今回の出兵は天帝自らが発した命令、即ち「勅令」である。そのため中央軍の士気は非常に高く、これまで一ヶ月、二ヶ月かかっていた準備は、その数倍の規模に広げられたにもかかわらず、たったの半月で完了した。
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暴君の始動。
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「わっ、私はただ、陛下の世界再平定をお助けしようと……! 紛うことのない、本当の、真実のことです、だからお慈悲、ひ、ひっ、……!」
彼の弁明が終わらないうちに、どかっ、と重たいものが叩き付けられる音が、処刑場に響く。
「……」
様子を見ていた白装束の、短耳の男――第8代天帝、オーヴェル・タイムズは、その白い靴にぽた、と付いた一滴の紅を見て、顔をしかめた。
「靴が汚れた。替えを持て」
「はい、ただいま」
靴が用意されるまでの間、オーヴェル帝は処刑台に転がったものを眺めていた。
「……まったくもって、忌々しいことぞ。あろうことか朕の膝元に、あのような不敬、不徳の輩が居座っておったとは」
「しかし陛下、一時はバーミー卿を擁護していらっしゃったでは……」「言うな」
オーヴェル帝はキッと、側に付いていた官僚をにらみつけた。
「朕の、最大の汚点である。あのような輩の甘言に惑わされるとは、あってはならぬ愚挙であった。
……ついては、すべてを考え直さなくてはなるまい」
「と、言いますと」
「彼奴の言により、朕はいくつもの決定を覆してしまった。最たる例が、央南の名代職に対する処分について、じゃ。
当初の決定では名代職追放と、そう朕は命じた。じゃがあの豚めが、『先代天帝たちの沽券に係わる』などと佞言を並べ立てたがために、その決定をあろうことか、この朕自ら、無いものにさせてしまった。
その結果、どうなったか? 我が中央政府が積極的に介入することは遮られ、現地での成り行き任せの末に、名代側がまさかの敗北と言う、我らの顔に泥を塗る結果に終わってしまったではないか!
その上、その敗北の一端に、バーミー卿の一味が関わっていたとも聞く! どうせ下劣な彼奴のこと、敗北し衰退した名代を抱き込んで傀儡化し、央南を意のままに操ろうと目論んでおったのであろう。
そう考えると、……こうも思えてくる」
オーヴェル帝はつかつかと、処刑台の前まで歩み寄る。
「名代側を滅ぼしたと言う焔軍とやら、彼奴らももしや、この豚めの仲間、一味では無かろうか? 朕はそう、考えておるのだ。
ああ……、忌々しい! まったくもって忌々しい豚めがッ!」
オーヴェル帝はそう叫び、右脚を目一杯振り抜く。
間を置いて、処刑台の端からびちゃっ、と言う水音が返ってきた。
「……よって、朕の考えはこうじゃ。
央南名代を下し、首都・白京に居座るならず者、焔軍の存在を許してはならぬ! 彼奴らがどんな巧言令色・手練手管を用いようとも、我が中央軍の総力を以て、彼奴らを完膚なきまでに粉砕し、骨抜きとなった名代もろとも、断罪してくれる!
良いか、皆の者! すぐに、出兵の準備を整えるのじゃ! 今一度、朕の正義の鋭さ、堅さ、強さを、世界に知らしめてやるのじゃ!」
この暴虐な決定に、官僚たちは一様に青ざめ、何とか諌めようとする。
「し、しかし陛下! 央南での戦乱が収束した後、事実、混乱は収まり、平和が訪れつつあるのですぞ!?
それを今更引っ掻き回すようなことをされるのは、むしろ我々の主張、正義・大義を曇らすことに……!」「何じゃと?」
しかしオーヴェル帝は聞く耳を持たず、諌めようとした官僚に詰め寄る。
「お前は朕に楯突こうと言うのじゃな? この現人神、世界を統べる最高位に鎮座する、朕に」
「い、いえ、そんなことはございません! 私はあくまで、陛下の体面を慮って……」「それ以上口を開けば」
オーヴェル帝はがっ、と官僚の顔を鷲掴みにし、こう叫んだ。
「次に朕が蹴飛ばすのは、この不細工な球となるぞッ!」
「ひ……っ」
オーヴェル帝はそこで官僚の顔から手を離し、冷たい声でこう尋ねた。
「靴の替えは、まだか?」
中央軍の遠征準備は、近年稀に見る速さで進められた。
近年の同軍は、前軍務大臣のバーミー卿がこの十数年、本腰を入れて司令に当たっていなかったこともあり、その動きは鈍重なものだった。
だが、今回の出兵は天帝自らが発した命令、即ち「勅令」である。そのため中央軍の士気は非常に高く、これまで一ヶ月、二ヶ月かかっていた準備は、その数倍の規模に広げられたにもかかわらず、たったの半月で完了した。
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