「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第7部
火紅狐・黒蓮記 6
フォコの話、365話目。
神権政治、命脈尽きる時。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
「うぐ、うっ……!」
椅子は中将の胸と顎、鼻を打ち、バラバラになる。中将の方も、前歯を二本吐き出し、仰向けに倒れた。
「ちちち朕の、朕をななななんだと思うておるううう!?」
突然の敵襲に加え、滅多に反論や罵倒などされたことが無いために、オーヴェル帝は額に青筋を浮かべて激昂していた。
「貴様きさまきさまあああああ!」
「うっ、が、げほっ」
倒れ込んだ中将に、オーヴェル帝はなおも蹴りを浴びせる。
「良いか! 良いか貴様ああ! 朕は絶対なのだ!
朕が『鴉は白い』と言えば、世界中の鴉をお前が白く塗り潰すべきなのだ! それを貴様は、こともあろうに、この朕に楯突くとは!
この逆徒め! 下衆め! 愚か者め! 死ね! 死んでわびろ! 死ねええええ!」
「……う、うう」
罵詈雑言と殺意交じりに、散々に暴行され、敬虔な天帝教信徒であるジョーンズ中将も――この一瞬――頭の中が燃え上がった。
「しっ、……」
「む? まだ何か言おうと……」
「……貴様が、死ねえッ!」
「……っ!」
中将が我に返った時には、天帝の姿は彼のそばになかった。
「わ、私は、……何を?」
「……う、お、ああう」
うめき声に気付き、中将はそちらを向く。
「……! へ、陛下!?」
壁際に、白い法衣を赤く濡らしたオーヴェル帝の姿があった。
「ひい……、ひい……」
オーヴェル帝の肩には、中将が護身のために持っていた短刀が突き立てられていた。その位置から致命傷ではないと、中将はすぐに気付いたが、天帝には分からない。
「こ、こっ……」
「ここ? どこです?」
駆け寄った中将に、オーヴェル帝は怯えた顔を向け、壁伝いにずるずると這い、逃げようとする。
「こ、殺さないでくれ……、朕はまだ、死にとうない……」
「……」
この時、ジョーンズ中将の脳裏に、様々な思考が飛来した。
(私は何と言うことを……! 事もあろうに、天帝陛下に刃を向けてしまった! わ、私はもうおしまいだ!
……いや、しかし、それにしても、陛下の言葉はあまりにひどすぎた。あれが神のお言葉だと言うのか?
それに、私に責任を押し付けるかのような言動も、あんまりではないか! 陛下がやれと仰ったから、私は実行したのだ! それをすべて、私のせいになど……!
本当に、……彼は我々の上に立つべき御方なのか?)
そう思った彼の目に、天帝の情けない姿が映る。
先程まで散々自分を罵倒し、殴り倒した彼は、顔からは涙と洟を垂らし、腰から下を濡らしながら、力なく泣き叫んでいた。
「た、たのむ、ころさないでくれ……」
「『頼む』、……ですと」
この瞬間、中将の中で神は死んだ。
「……貴様は誰だ」
「え……」
怯える天帝に、中将は冷たい目を向けた。
「貴様は……、天帝では無かったのか?
我々を導いてくれる神は――この世にいなかったと言うのかーッ!」
中将は壁に並べられていた直剣を、感情的にむしり取った。
「中将閣下、敵軍が東小外門を破り、……!?」
状況を伝えに来た伝令は執務室に入った途端、その惨状を目にした。
「かっ、かかか閣下、あ、あな、あなたは、ま、まま、まさかっ……!?」
「……非常に残念な報告がある」
ジョーンズ中将は血の滴る剣を捨て、淡々とこう述べた。
「オーヴェル・タイムズ陛下は、……此度の軍事的失敗と宗教反乱に深い責任を感じ、……自害なされた。……私は助けようとしたのだが、……とっくの昔に手遅れだった」
「……そのお言葉は、……とても信じられません、閣下」
伝令は大声で、周辺の兵士たちを呼び寄せた。
ランドたちがドミニオン城の前に到達した途端、城門がそっと開かれた。
「え……?」
目を丸くするランドに近付いてきたのは、白旗を掲げた政務大臣――ランドの後釜に収まった、元同僚だった。
「前大臣閣下、……あの、覚えておいででしょうか?」
「あ、……うん。君が、交渉役を?」
「……と言うか、伝令役です。実は……」
ランドは数年ぶりに会った元同僚の口から、錯乱した軍務大臣代行によって、天帝が殺害されたと言う凶報を聞かされた。
「……そうか。それなら、仕方が無いな」
ランドは城を囲んでいた兵士たちに目配せし、付いてくるよう促した。
「入らせてもらうよ。抵抗は、しないね?」
「……しても、どうもならないでしょう」
「だろうね。ちなみに、その軍務大臣代行はどうしたの?」
「拘束しています。まだ錯乱状態にあるので」
「そうか。……まあ、協議は君や、他の人たちとやるよ」
主権である天帝が亡くなり、さらに軍事部門のトップである軍務大臣と、その代行が不在のため、中央政府は「黒い蓮」に対し何の対抗措置も執れないまま、協議に入った。
そのため協議内容は終始、「黒い蓮」側に有利なものとなり、以前に伝えられた要求はそのまま、受諾されることとなった。
とは言え、1000億クラムなどと言う巨額の賠償金は、到底払えるものでは無い。そこでランドは、こう要求した。
「では1000億の代わりに、それに相当するものを私に譲渡していただきたい。
そう、中央政府の主権を。1000億に見合う椅子だと、私は思っているのですが」
この要求も受諾され、この日を以て天帝一族による神権政治――3世紀に渡った神代(かみよ)の時代は、終わりを告げた。
火紅狐・黒蓮記 終
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神権政治、命脈尽きる時。
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「うぐ、うっ……!」
椅子は中将の胸と顎、鼻を打ち、バラバラになる。中将の方も、前歯を二本吐き出し、仰向けに倒れた。
「ちちち朕の、朕をななななんだと思うておるううう!?」
突然の敵襲に加え、滅多に反論や罵倒などされたことが無いために、オーヴェル帝は額に青筋を浮かべて激昂していた。
「貴様きさまきさまあああああ!」
「うっ、が、げほっ」
倒れ込んだ中将に、オーヴェル帝はなおも蹴りを浴びせる。
「良いか! 良いか貴様ああ! 朕は絶対なのだ!
朕が『鴉は白い』と言えば、世界中の鴉をお前が白く塗り潰すべきなのだ! それを貴様は、こともあろうに、この朕に楯突くとは!
この逆徒め! 下衆め! 愚か者め! 死ね! 死んでわびろ! 死ねええええ!」
「……う、うう」
罵詈雑言と殺意交じりに、散々に暴行され、敬虔な天帝教信徒であるジョーンズ中将も――この一瞬――頭の中が燃え上がった。
「しっ、……」
「む? まだ何か言おうと……」
「……貴様が、死ねえッ!」
「……っ!」
中将が我に返った時には、天帝の姿は彼のそばになかった。
「わ、私は、……何を?」
「……う、お、ああう」
うめき声に気付き、中将はそちらを向く。
「……! へ、陛下!?」
壁際に、白い法衣を赤く濡らしたオーヴェル帝の姿があった。
「ひい……、ひい……」
オーヴェル帝の肩には、中将が護身のために持っていた短刀が突き立てられていた。その位置から致命傷ではないと、中将はすぐに気付いたが、天帝には分からない。
「こ、こっ……」
「ここ? どこです?」
駆け寄った中将に、オーヴェル帝は怯えた顔を向け、壁伝いにずるずると這い、逃げようとする。
「こ、殺さないでくれ……、朕はまだ、死にとうない……」
「……」
この時、ジョーンズ中将の脳裏に、様々な思考が飛来した。
(私は何と言うことを……! 事もあろうに、天帝陛下に刃を向けてしまった! わ、私はもうおしまいだ!
……いや、しかし、それにしても、陛下の言葉はあまりにひどすぎた。あれが神のお言葉だと言うのか?
それに、私に責任を押し付けるかのような言動も、あんまりではないか! 陛下がやれと仰ったから、私は実行したのだ! それをすべて、私のせいになど……!
本当に、……彼は我々の上に立つべき御方なのか?)
そう思った彼の目に、天帝の情けない姿が映る。
先程まで散々自分を罵倒し、殴り倒した彼は、顔からは涙と洟を垂らし、腰から下を濡らしながら、力なく泣き叫んでいた。
「た、たのむ、ころさないでくれ……」
「『頼む』、……ですと」
この瞬間、中将の中で神は死んだ。
「……貴様は誰だ」
「え……」
怯える天帝に、中将は冷たい目を向けた。
「貴様は……、天帝では無かったのか?
我々を導いてくれる神は――この世にいなかったと言うのかーッ!」
中将は壁に並べられていた直剣を、感情的にむしり取った。
「中将閣下、敵軍が東小外門を破り、……!?」
状況を伝えに来た伝令は執務室に入った途端、その惨状を目にした。
「かっ、かかか閣下、あ、あな、あなたは、ま、まま、まさかっ……!?」
「……非常に残念な報告がある」
ジョーンズ中将は血の滴る剣を捨て、淡々とこう述べた。
「オーヴェル・タイムズ陛下は、……此度の軍事的失敗と宗教反乱に深い責任を感じ、……自害なされた。……私は助けようとしたのだが、……とっくの昔に手遅れだった」
「……そのお言葉は、……とても信じられません、閣下」
伝令は大声で、周辺の兵士たちを呼び寄せた。
ランドたちがドミニオン城の前に到達した途端、城門がそっと開かれた。
「え……?」
目を丸くするランドに近付いてきたのは、白旗を掲げた政務大臣――ランドの後釜に収まった、元同僚だった。
「前大臣閣下、……あの、覚えておいででしょうか?」
「あ、……うん。君が、交渉役を?」
「……と言うか、伝令役です。実は……」
ランドは数年ぶりに会った元同僚の口から、錯乱した軍務大臣代行によって、天帝が殺害されたと言う凶報を聞かされた。
「……そうか。それなら、仕方が無いな」
ランドは城を囲んでいた兵士たちに目配せし、付いてくるよう促した。
「入らせてもらうよ。抵抗は、しないね?」
「……しても、どうもならないでしょう」
「だろうね。ちなみに、その軍務大臣代行はどうしたの?」
「拘束しています。まだ錯乱状態にあるので」
「そうか。……まあ、協議は君や、他の人たちとやるよ」
主権である天帝が亡くなり、さらに軍事部門のトップである軍務大臣と、その代行が不在のため、中央政府は「黒い蓮」に対し何の対抗措置も執れないまま、協議に入った。
そのため協議内容は終始、「黒い蓮」側に有利なものとなり、以前に伝えられた要求はそのまま、受諾されることとなった。
とは言え、1000億クラムなどと言う巨額の賠償金は、到底払えるものでは無い。そこでランドは、こう要求した。
「では1000億の代わりに、それに相当するものを私に譲渡していただきたい。
そう、中央政府の主権を。1000億に見合う椅子だと、私は思っているのですが」
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