「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第7部
火紅狐・闘焔記 6
フォコの話、384話目。
悪魔の厚意。
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6.
一騎打ちの開始から、20分余りが経過した。
玄蔵は何度も己を懸命に扇動、鼓舞し、奮い立たせ、胴に続いてどうにかもう一太刀、大火に浴びせることはできた。
しかしその計二太刀を獲得する代わりに、玄蔵はかなりの深手を負っていた。
「ふっ、ふっ、……はあっ」
一太刀目に右肩を、そして二太刀目には額を斬られ、真っ白だった装束は既に、半分近くが血で赤く染まっている。
「玄蔵」
と、大火が声をかけてきた。
「その失血、既に命に関わる量に達しているはずだ。降参する、と言うなら、聞かんでもないぞ」
降参を促しつつ――大火は一瞬、パチ、と片目を閉じて見せた。
(……? どう言うつもりだ?)
その意図を探り、玄蔵はほんのわずか、周囲に目を向ける。
(見届け人には……、今の合図は見えていまい。克は今、彼らに背を向けているのだから。
つまり、……拙者に何かをさせて、華を持たせてやろう、と言うことか?)
玄蔵は思考をまとめ、大火に答えた。
「……気遣い、誠に痛み入る。確かにお主の言う通り、体中にいささか寒気が走っている。このまま戦えば、死に至るやも知れん。
だが、……それは負けても同じこと! ならば拙者、敵に背は向けんッ!」
玄蔵はそう叫ぶなり、大火に向かって走り出した。
「……」
大火もそれに応じ、刀を構えて見せたが、明らかに一呼吸分、動作を遅らせている。
そしてさらに、声には出さず、唇の動きだけで、玄蔵にこう伝えてきた。
《左胴を狙う。右肩を狙え》
(……承知!)
玄蔵は心の中で応え、大火の指示する通りに刀を振り抜いた。
ざく、と肉の斬れる手ごたえを感じるとほぼ同時に、大火が予告した通り、左脇腹からずき、とした痛みが走った。
「う、ぐっ……」
たまらず、玄蔵は左脇を押さえ、うずくまる。
「斬ったには斬ったが、……お前の方がまだ少し、早かったな」
「……そ、うか」
玄蔵はそれだけ返し、そのまま、その場に倒れ込んだ。
玄蔵が目を覚ますと、そこは王宮の医務室だった。
「……生き延びた、……ようだな」
腕や腹、額の様子を、目視や横にあった鏡などで確認してみたが、包帯がわずかに赤く染まってはいるものの、特に致命傷と感じるところは無い。また、刀傷特有の、ぴりぴりとした痛みはあるが、耐えられないほどでも無い。
自分の無事を確認したところで、玄蔵は周囲を見回し、声をかけてみた。
「誰かおらんか?」
しかし返事は返ってこない。
(双葉殿や蓮蔵くらいは心配して看てくれるか、……とは思ったが、恐らく今は、試合の決着直後。
まさかの結末に泡を食っているであろう中央の大臣や官僚らを相手に、早速交渉を進めているのだろう。
とは言え、医者もいないとは。……まあ、その程度の怪我と言うことか)
軽くため息をつき、玄蔵は布団から這い出ようとした。
と――。
《目を覚ましたようだな》
どこからか、大火の声が飛んできた。
「む……?」
もう一度、自分の額に巻かれている包帯を確認し、そこに魔法陣が描かれた紙が挟まっているのに気付く。
「克、お前か?」
《そうだ》
「拙者の勝ち、で相違無いか?」
《ああ》
それを確認した玄蔵は、礼を述べた。
「……お主の厚慮、誠に感謝する」
《うん?》
「拙者らに有利なよう、働きかけてくれたこと。一騎打ちの場で、手心を加えてくれたこと。まこと、感謝の極みだ」
《……ああ。俺にも考えるところがあったからな。俺の方こそ、疑わずに従ってくれたことに、礼を述べたい》
「それについてだが、克よ」
玄蔵は周囲に人がいないことをもう一度確認し、ずっと考えていた疑問をぶつけた。
「何故、拙者らに有利な措置を執った? いや、確かに不満なぞ無いし、以前の密議で、拙者らとしては納得できる説明もあった。
だがそれでは、お主の手柄にも、利益にもならんだろう?」
《なに、簡単なことだ。
いくら俺が古今無双の魔術師でも、一々世界を飛び回ってあれこれ命じるのは、面倒極まりないし、時間を大いに無駄にする。それよりも知慮のある現地の人間に任せ、今後の情報交換を目論んだ方が、俺の希望・理想に沿う。
それに央南から金をもらったところで、そのまま俺の懐に入るかと言えば、そうでは無い。間に立つ大臣やら官僚やらに取られ、そいつらの私腹を肥やすのが関の山。央南がこのまま中央政府の属国であったところで、俺の利益にはならん。むしろ、いらん敵を作って肥えさせるだけの話だから、な。
それならば、中央政府をこのまま大国でいさせる理由は無い。もっと規模を縮小させ、単なる一情報機関、一政治機関に留めさせておいた方が、余程俺の役に立つと言うものだ。
……まあ、それに》
大火は間を置いて、こんなことを言った。
《俺を慕い、協力する奴には、俺はどうしても、手を貸してやりたい性分で、な。
今回の件も、俺の教えを真摯に聞き、出会ってから今まで、終始俺に対して何の敵意も見せなかったお前だからこそ、この茶番を仕組む気にもなったわけだ》
「克……」
《……これで話は終わりだ。その魔法陣は、誰かが見る前に焼いて捨てろ》
「承知した」
玄蔵は包帯から紙を抜き、魔術でポンと、火を灯した。
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悪魔の厚意。
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一騎打ちの開始から、20分余りが経過した。
玄蔵は何度も己を懸命に扇動、鼓舞し、奮い立たせ、胴に続いてどうにかもう一太刀、大火に浴びせることはできた。
しかしその計二太刀を獲得する代わりに、玄蔵はかなりの深手を負っていた。
「ふっ、ふっ、……はあっ」
一太刀目に右肩を、そして二太刀目には額を斬られ、真っ白だった装束は既に、半分近くが血で赤く染まっている。
「玄蔵」
と、大火が声をかけてきた。
「その失血、既に命に関わる量に達しているはずだ。降参する、と言うなら、聞かんでもないぞ」
降参を促しつつ――大火は一瞬、パチ、と片目を閉じて見せた。
(……? どう言うつもりだ?)
その意図を探り、玄蔵はほんのわずか、周囲に目を向ける。
(見届け人には……、今の合図は見えていまい。克は今、彼らに背を向けているのだから。
つまり、……拙者に何かをさせて、華を持たせてやろう、と言うことか?)
玄蔵は思考をまとめ、大火に答えた。
「……気遣い、誠に痛み入る。確かにお主の言う通り、体中にいささか寒気が走っている。このまま戦えば、死に至るやも知れん。
だが、……それは負けても同じこと! ならば拙者、敵に背は向けんッ!」
玄蔵はそう叫ぶなり、大火に向かって走り出した。
「……」
大火もそれに応じ、刀を構えて見せたが、明らかに一呼吸分、動作を遅らせている。
そしてさらに、声には出さず、唇の動きだけで、玄蔵にこう伝えてきた。
《左胴を狙う。右肩を狙え》
(……承知!)
玄蔵は心の中で応え、大火の指示する通りに刀を振り抜いた。
ざく、と肉の斬れる手ごたえを感じるとほぼ同時に、大火が予告した通り、左脇腹からずき、とした痛みが走った。
「う、ぐっ……」
たまらず、玄蔵は左脇を押さえ、うずくまる。
「斬ったには斬ったが、……お前の方がまだ少し、早かったな」
「……そ、うか」
玄蔵はそれだけ返し、そのまま、その場に倒れ込んだ。
玄蔵が目を覚ますと、そこは王宮の医務室だった。
「……生き延びた、……ようだな」
腕や腹、額の様子を、目視や横にあった鏡などで確認してみたが、包帯がわずかに赤く染まってはいるものの、特に致命傷と感じるところは無い。また、刀傷特有の、ぴりぴりとした痛みはあるが、耐えられないほどでも無い。
自分の無事を確認したところで、玄蔵は周囲を見回し、声をかけてみた。
「誰かおらんか?」
しかし返事は返ってこない。
(双葉殿や蓮蔵くらいは心配して看てくれるか、……とは思ったが、恐らく今は、試合の決着直後。
まさかの結末に泡を食っているであろう中央の大臣や官僚らを相手に、早速交渉を進めているのだろう。
とは言え、医者もいないとは。……まあ、その程度の怪我と言うことか)
軽くため息をつき、玄蔵は布団から這い出ようとした。
と――。
《目を覚ましたようだな》
どこからか、大火の声が飛んできた。
「む……?」
もう一度、自分の額に巻かれている包帯を確認し、そこに魔法陣が描かれた紙が挟まっているのに気付く。
「克、お前か?」
《そうだ》
「拙者の勝ち、で相違無いか?」
《ああ》
それを確認した玄蔵は、礼を述べた。
「……お主の厚慮、誠に感謝する」
《うん?》
「拙者らに有利なよう、働きかけてくれたこと。一騎打ちの場で、手心を加えてくれたこと。まこと、感謝の極みだ」
《……ああ。俺にも考えるところがあったからな。俺の方こそ、疑わずに従ってくれたことに、礼を述べたい》
「それについてだが、克よ」
玄蔵は周囲に人がいないことをもう一度確認し、ずっと考えていた疑問をぶつけた。
「何故、拙者らに有利な措置を執った? いや、確かに不満なぞ無いし、以前の密議で、拙者らとしては納得できる説明もあった。
だがそれでは、お主の手柄にも、利益にもならんだろう?」
《なに、簡単なことだ。
いくら俺が古今無双の魔術師でも、一々世界を飛び回ってあれこれ命じるのは、面倒極まりないし、時間を大いに無駄にする。それよりも知慮のある現地の人間に任せ、今後の情報交換を目論んだ方が、俺の希望・理想に沿う。
それに央南から金をもらったところで、そのまま俺の懐に入るかと言えば、そうでは無い。間に立つ大臣やら官僚やらに取られ、そいつらの私腹を肥やすのが関の山。央南がこのまま中央政府の属国であったところで、俺の利益にはならん。むしろ、いらん敵を作って肥えさせるだけの話だから、な。
それならば、中央政府をこのまま大国でいさせる理由は無い。もっと規模を縮小させ、単なる一情報機関、一政治機関に留めさせておいた方が、余程俺の役に立つと言うものだ。
……まあ、それに》
大火は間を置いて、こんなことを言った。
《俺を慕い、協力する奴には、俺はどうしても、手を貸してやりたい性分で、な。
今回の件も、俺の教えを真摯に聞き、出会ってから今まで、終始俺に対して何の敵意も見せなかったお前だからこそ、この茶番を仕組む気にもなったわけだ》
「克……」
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