「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・霊剣録 7
晴奈の話、第117話。
人間の証明。
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7.
いつの間にか雨がやみ、白い満月が雲の切れ間から顔をのぞかせる。
エルスの頭も、ようやく冷え切った。
「っと、流石にやり過ぎたか。生きてるかな?」
エルスはぬかるんだ地面に突っ伏した朔美を、少し離れたところから確認する。朔美の半身が沈んでいる泥水が、わずかに波打っているのが見て取れた。
「生きてる、生きてる。……でも、まだもう一頑張りしなきゃいけない、かな」
エルスは上を向き、声をかける。
「そこのお嬢さん。いくらなんでもそこまで殺気を放たれると、スニーキングも何もあったもんじゃないと思うんだけど」
次の瞬間、月を背にして黒い影が飛び出し、エルスの目の前に降り立った。現れたのは鋭い目をした、短耳の少女だった。
「あなた、名前は?」
「人に名前を聞く前に、自分の名前を名乗るのが央南の礼儀じゃ無かったかな?」
エルスがそう言うと、少女は素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。あたしは篠原、……ううん、藤川霙子」
「エーコちゃん、か。僕はエルス・グラッドだ。
その台詞から察するに、君が放っていた殺気は僕に対するものじゃなく、サクミさんに対するものなのかな?」
「何でそう思ったの?」
にらむ霙子に、エルスはにこっと笑って返した。
「紅蓮塞って言うところで調べ物をしていて、今君が名乗った二つの苗字を聞いたんだ。だから、二人の関係が深いことは知っていたんだ。
で、シノハラとサクミさんが率いている集団の中に、フジカワの姓を名乗る君がいた。これだけで想像力豊かな人なら、気付きもするさ。
大方、シノハラとサクミさんがフジカワさんを殺して、その娘だった君を養女にした。君はその事件を知っていて、ずっと復讐の機会を狙ってた、……ってところじゃないかな」
霙子はエルスの顔をじっと見つめ、クスクスと笑い出した。
「あなた、面白い人ね。……正解。あたしも直接見たわけじゃないけど、間違い無くこの女はお父ちゃん……、藤川英心を殺しているわ。
お父ちゃんに宛てられた手紙があって、あたしはその手紙を読めるようになるまで、大事にとっておいたの。それで読んでみて、やっぱりって思った。幸いにも、こいつらはあたしが何も知らないと思って、隠密の訓練をつけてくれた。
あたしはいつか、その技を使って殺してやろうと狙っていたのよ」
霙子の独白を聞いたエルスは、ポリポリと頭をかいている。
「そっか。うーん、でも……」
エルスは霙子の横を通り過ぎ、倒れたままの朔美に近寄る。
「一応、生かしておかなきゃ。シノハラの急所は間違い無く、この人だし」
「そうね。確かにそいつはお頭、篠原を操ってきた黒幕。こいつが死ねばきっと、篠原一派はガタガタになるわ」
「うん、そうだろうね。でも生かしておきたいんだ。色々聞きたいこともあるし」
エルスはそう言ってチラ、と門の外を見る。
「後、すごく気になってることがある。門前に異常なほど、人がいない。共倒れになったにしても、死体が無いのはおかしい。
君たちが連れ去ったのかな?」
「そうよ。元々から、そう言う計画だったのよ。
教団員は囮。最初からこの東門に兵士たちを集め、一網打尽にするつもりだったの。常々手を焼いていた手練たちを捕まえて、あなたたちの兵力を一挙に落すのが、ワルラス卿の狙いだった。
でも、殿の考えは少し違う。教団員も焔剣士も一緒くたにして、自分の実験材料にしようとしているの。強い肉体であればあるほど、実験も成功しやすいらしいから。教団員の中にも、実験の素材になりそうな人は一杯いたし」
計画を聞いたエルスは苦笑し、腕を組んでうなる。
「うーん、思っていた以上の狂人ぶりだなぁ。それは一刻も早く、助け出さないといけない」
「そうね。……良かったら、案内したげよっか?」
「いいの?」
思いもよらない提案にエルスは驚いたが、しかしすぐ、その言葉の裏を読む。
「条件とかある感じかな」
「ええ」
「でもサクミさんを殺すって言うのは却下」
にべも無いエルスの態度に、霙子はむくれる。
「何でよ? 聞きたいことって、東門のことじゃないの? 教えたじゃない」
「それだけじゃないし、そう言う問題じゃない」
エルスは優しく、ポンポンと霙子の頭を撫でる。
「いいかい、エーコちゃん。彼女を殺したら、君は彼らと同じ地獄に落ちちゃうよ」
「わけ分かんない。ともかく、あたしはこいつらが許せないのよ。だから殺すの」
霙子は朔美を指差し、にらむ。
エルスは依然、笑みを浮かべながら、彼女をやんわりと諭す。
「親の仇だからって自分勝手に殺しちゃ、必ずどこからか恨みを買うよ」
「そんなの構いやしないわ」
霙子の頑固な反応に、エルスは軽くため息をつく。
「そこだよ、地獄に落ちるって言ってるのは。
彼らは主君や自分の欲望に任せて人を傷つけた。これは悪いことだって誰もが分かることだし、だから君は許せない。
だけど同じように、君の欲望に任せて彼らを殺すことは、それとどう違うの?」
「それ、は……」
エルスは霙子の頭から手を離し、優しく笑いかける。
「知恵と理性を持つ真っ当な人間なんだから、欲望や抑圧に負けて、道を踏み外しちゃいけない。道を踏み外せばその末路は、ここで泥まみれになってるこの人みたいになる。
君は、この人と同じ目に遭いたい? この人みたいになりたいの?」
「……」
霙子は応えず、ただ目の前に倒れたままの朔美を見つめていた。
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いつの間にか雨がやみ、白い満月が雲の切れ間から顔をのぞかせる。
エルスの頭も、ようやく冷え切った。
「っと、流石にやり過ぎたか。生きてるかな?」
エルスはぬかるんだ地面に突っ伏した朔美を、少し離れたところから確認する。朔美の半身が沈んでいる泥水が、わずかに波打っているのが見て取れた。
「生きてる、生きてる。……でも、まだもう一頑張りしなきゃいけない、かな」
エルスは上を向き、声をかける。
「そこのお嬢さん。いくらなんでもそこまで殺気を放たれると、スニーキングも何もあったもんじゃないと思うんだけど」
次の瞬間、月を背にして黒い影が飛び出し、エルスの目の前に降り立った。現れたのは鋭い目をした、短耳の少女だった。
「あなた、名前は?」
「人に名前を聞く前に、自分の名前を名乗るのが央南の礼儀じゃ無かったかな?」
エルスがそう言うと、少女は素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。あたしは篠原、……ううん、藤川霙子」
「エーコちゃん、か。僕はエルス・グラッドだ。
その台詞から察するに、君が放っていた殺気は僕に対するものじゃなく、サクミさんに対するものなのかな?」
「何でそう思ったの?」
にらむ霙子に、エルスはにこっと笑って返した。
「紅蓮塞って言うところで調べ物をしていて、今君が名乗った二つの苗字を聞いたんだ。だから、二人の関係が深いことは知っていたんだ。
で、シノハラとサクミさんが率いている集団の中に、フジカワの姓を名乗る君がいた。これだけで想像力豊かな人なら、気付きもするさ。
大方、シノハラとサクミさんがフジカワさんを殺して、その娘だった君を養女にした。君はその事件を知っていて、ずっと復讐の機会を狙ってた、……ってところじゃないかな」
霙子はエルスの顔をじっと見つめ、クスクスと笑い出した。
「あなた、面白い人ね。……正解。あたしも直接見たわけじゃないけど、間違い無くこの女はお父ちゃん……、藤川英心を殺しているわ。
お父ちゃんに宛てられた手紙があって、あたしはその手紙を読めるようになるまで、大事にとっておいたの。それで読んでみて、やっぱりって思った。幸いにも、こいつらはあたしが何も知らないと思って、隠密の訓練をつけてくれた。
あたしはいつか、その技を使って殺してやろうと狙っていたのよ」
霙子の独白を聞いたエルスは、ポリポリと頭をかいている。
「そっか。うーん、でも……」
エルスは霙子の横を通り過ぎ、倒れたままの朔美に近寄る。
「一応、生かしておかなきゃ。シノハラの急所は間違い無く、この人だし」
「そうね。確かにそいつはお頭、篠原を操ってきた黒幕。こいつが死ねばきっと、篠原一派はガタガタになるわ」
「うん、そうだろうね。でも生かしておきたいんだ。色々聞きたいこともあるし」
エルスはそう言ってチラ、と門の外を見る。
「後、すごく気になってることがある。門前に異常なほど、人がいない。共倒れになったにしても、死体が無いのはおかしい。
君たちが連れ去ったのかな?」
「そうよ。元々から、そう言う計画だったのよ。
教団員は囮。最初からこの東門に兵士たちを集め、一網打尽にするつもりだったの。常々手を焼いていた手練たちを捕まえて、あなたたちの兵力を一挙に落すのが、ワルラス卿の狙いだった。
でも、殿の考えは少し違う。教団員も焔剣士も一緒くたにして、自分の実験材料にしようとしているの。強い肉体であればあるほど、実験も成功しやすいらしいから。教団員の中にも、実験の素材になりそうな人は一杯いたし」
計画を聞いたエルスは苦笑し、腕を組んでうなる。
「うーん、思っていた以上の狂人ぶりだなぁ。それは一刻も早く、助け出さないといけない」
「そうね。……良かったら、案内したげよっか?」
「いいの?」
思いもよらない提案にエルスは驚いたが、しかしすぐ、その言葉の裏を読む。
「条件とかある感じかな」
「ええ」
「でもサクミさんを殺すって言うのは却下」
にべも無いエルスの態度に、霙子はむくれる。
「何でよ? 聞きたいことって、東門のことじゃないの? 教えたじゃない」
「それだけじゃないし、そう言う問題じゃない」
エルスは優しく、ポンポンと霙子の頭を撫でる。
「いいかい、エーコちゃん。彼女を殺したら、君は彼らと同じ地獄に落ちちゃうよ」
「わけ分かんない。ともかく、あたしはこいつらが許せないのよ。だから殺すの」
霙子は朔美を指差し、にらむ。
エルスは依然、笑みを浮かべながら、彼女をやんわりと諭す。
「親の仇だからって自分勝手に殺しちゃ、必ずどこからか恨みを買うよ」
「そんなの構いやしないわ」
霙子の頑固な反応に、エルスは軽くため息をつく。
「そこだよ、地獄に落ちるって言ってるのは。
彼らは主君や自分の欲望に任せて人を傷つけた。これは悪いことだって誰もが分かることだし、だから君は許せない。
だけど同じように、君の欲望に任せて彼らを殺すことは、それとどう違うの?」
「それ、は……」
エルスは霙子の頭から手を離し、優しく笑いかける。
「知恵と理性を持つ真っ当な人間なんだから、欲望や抑圧に負けて、道を踏み外しちゃいけない。道を踏み外せばその末路は、ここで泥まみれになってるこの人みたいになる。
君は、この人と同じ目に遭いたい? この人みたいになりたいの?」
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霙子は応えず、ただ目の前に倒れたままの朔美を見つめていた。



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