「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・秋分抄 5
麒麟を巡る話、第5話。
再挑戦への交渉。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。
「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」
「う……」
苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。
「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。
そんなだから試験に落ちたのよ。ホントにバカね、アンタ」
「……返す言葉が無い。お前の言う通りだ。……って、……飛鳥?」
「何よ?」
「何で小雪さんがオレに言ったコト、お前が知ってるんだ?」
「アンタね、小雪さんが晴奈さんに報告しなかったと思ってんの? その筋でとっくに聞いてんのよ」
「……マジか……」
落ち込む秋也に、飛鳥はふん、と鼻を鳴らす。
「アンタがいくらごまかそう、隠そうとしても、向こうはとっくに知ってんのよ? 逃げてどーすんのよ、このバカっ」
「……」
すっかり縮こまった秋也に、飛鳥はふう、とため息をついて見せた。
「で? アンタはあたしのトコに来て、何しようっての? 泣き言こぼすためじゃないわよね?」
「……そりゃ、まあ。……どうにかしてもう一回、試験を受けさせてもらって、もし受けさせてもらえるなら、今度はちゃんと合格したいし、……試験対策したいな、って」
「試験対策?」
「……その」
「まさかアンタ、試験受かった奴を探して答えを聞き出そう、なんて思ってやしないわよね?」
「ちっ、違う違う! そうじゃない!」
内心を見透かされた秋也は、慌てて取り繕う。
「もう一回ちゃんと修業して、今度こそ受かるように万全を期したいんだ。で、その修業として、央中に渡ろうと……」
「ふーん」
飛鳥の目は明らかに疑いの色を帯びていたが、それでも納得した姿勢を見せる。
「じゃあアンタ、央中に行きたいから金を貸せ、ってコト?」
「……ダメかな」
「いいわよ」
意外にあっさり承諾され、秋也はきょとんとする。
「い、いいのか?」
「いいわよ」
「条件とか……」
「あるわよ勿論」
「……だよな」
「とりあえず、央中に行きたいってコトだから、旅費として5万玄出したげるわ」
「5万も?」
ちなみに双月暦6世紀半ば、世界経済を席巻しているのはクラムではなく、央南の玄銭と央中のエル通貨である。
中央政府の消滅と西大海洋同盟の台頭、そして央北各州・各国の分裂によりクラムは暴落し、今では全盛期と比べようがないほどに価値は低い。
一方で、西大海洋同盟の本部が央南にあるため、名目的には玄銭が基軸通貨の役割を果たしてはいるが、長年成長が続く央中経済に支えられるエル通貨もまた、世界中から信用を集めている。
現在の双月世界は、二つの基軸通貨が存在しているのだ。
「で、見たところアンタ、刀も無いみたいだし、それも工面したげる」
「マジかよ」
「その代わり」
飛鳥は秋也に掌を見せ、一呼吸の間を置いて、条件を提示した。
「昂子(あこ)を央中のミッドランドに連れてったげて」
「昂子ちゃんを? 何で?」
「それについては、あたしが説明したげるわ」
と、二人が話をしていた応接間に、赤毛の長耳が現れた。
飛鳥の母、橘小鈴である。
「あ、ども。ご無沙汰してます」
「んふふ、あんたも大変ねぇ」
「う……、はい」
そう返され、秋也は赤面するしかない。
「ま、晴奈とか小雪ちゃんには、あたしらがうまく言っといたげるから、そんなに落ち込まないでいいわよー。また、頑張んなさいな」
「助かります、小鈴さん」
「んで、昂子をミッドランドに、って話なんだけどね。
あたしが旅してた時なんだけど、鈴林って子が一緒にいたのよ。今はその子、ミッドランドにいてね。魔術師になりたいって言うから、鈴林のトコに預けようかなーって」
「そうなんですか」
「鈴林もいい性格してんのよねぇ。『5年くらいで帰ってきなさいよ』っつってんのに、もう20年もあっちにいんのよ。しょうがないからあたしらの方から、向こうに押しかけてやろうかと思って。
でも飛鳥はこないだ入社させたばっかだし、あたしもアレコレ忙しいし。かと言って旦那や兄貴とか、社の連中に任せるのも心許無いしー、丁度よく手ぇ空いてんのがいないかなーって感じだったんだけど」
「渡りに船、って言うとアンタに都合良過ぎだけどね。
ま、そんな事情があるから、アンタには旅費兼、昂子を送る費用として、5万玄あげるわ」
「どもっス」
秋也はぺこりと、小鈴・飛鳥母娘に頭を下げた。
こうして――経緯はどうあれ――秋也の旅が始まった。
この旅は存外に長い旅となることを、秋也はまだ知らない。
白猫夢・秋分抄 終
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再挑戦への交渉。
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5.
開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。
「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」
「う……」
苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。
「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。
そんなだから試験に落ちたのよ。ホントにバカね、アンタ」
「……返す言葉が無い。お前の言う通りだ。……って、……飛鳥?」
「何よ?」
「何で小雪さんがオレに言ったコト、お前が知ってるんだ?」
「アンタね、小雪さんが晴奈さんに報告しなかったと思ってんの? その筋でとっくに聞いてんのよ」
「……マジか……」
落ち込む秋也に、飛鳥はふん、と鼻を鳴らす。
「アンタがいくらごまかそう、隠そうとしても、向こうはとっくに知ってんのよ? 逃げてどーすんのよ、このバカっ」
「……」
すっかり縮こまった秋也に、飛鳥はふう、とため息をついて見せた。
「で? アンタはあたしのトコに来て、何しようっての? 泣き言こぼすためじゃないわよね?」
「……そりゃ、まあ。……どうにかしてもう一回、試験を受けさせてもらって、もし受けさせてもらえるなら、今度はちゃんと合格したいし、……試験対策したいな、って」
「試験対策?」
「……その」
「まさかアンタ、試験受かった奴を探して答えを聞き出そう、なんて思ってやしないわよね?」
「ちっ、違う違う! そうじゃない!」
内心を見透かされた秋也は、慌てて取り繕う。
「もう一回ちゃんと修業して、今度こそ受かるように万全を期したいんだ。で、その修業として、央中に渡ろうと……」
「ふーん」
飛鳥の目は明らかに疑いの色を帯びていたが、それでも納得した姿勢を見せる。
「じゃあアンタ、央中に行きたいから金を貸せ、ってコト?」
「……ダメかな」
「いいわよ」
意外にあっさり承諾され、秋也はきょとんとする。
「い、いいのか?」
「いいわよ」
「条件とか……」
「あるわよ勿論」
「……だよな」
「とりあえず、央中に行きたいってコトだから、旅費として5万玄出したげるわ」
「5万も?」
ちなみに双月暦6世紀半ば、世界経済を席巻しているのはクラムではなく、央南の玄銭と央中のエル通貨である。
中央政府の消滅と西大海洋同盟の台頭、そして央北各州・各国の分裂によりクラムは暴落し、今では全盛期と比べようがないほどに価値は低い。
一方で、西大海洋同盟の本部が央南にあるため、名目的には玄銭が基軸通貨の役割を果たしてはいるが、長年成長が続く央中経済に支えられるエル通貨もまた、世界中から信用を集めている。
現在の双月世界は、二つの基軸通貨が存在しているのだ。
「で、見たところアンタ、刀も無いみたいだし、それも工面したげる」
「マジかよ」
「その代わり」
飛鳥は秋也に掌を見せ、一呼吸の間を置いて、条件を提示した。
「昂子(あこ)を央中のミッドランドに連れてったげて」
「昂子ちゃんを? 何で?」
「それについては、あたしが説明したげるわ」
と、二人が話をしていた応接間に、赤毛の長耳が現れた。
飛鳥の母、橘小鈴である。
「あ、ども。ご無沙汰してます」
「んふふ、あんたも大変ねぇ」
「う……、はい」
そう返され、秋也は赤面するしかない。
「ま、晴奈とか小雪ちゃんには、あたしらがうまく言っといたげるから、そんなに落ち込まないでいいわよー。また、頑張んなさいな」
「助かります、小鈴さん」
「んで、昂子をミッドランドに、って話なんだけどね。
あたしが旅してた時なんだけど、鈴林って子が一緒にいたのよ。今はその子、ミッドランドにいてね。魔術師になりたいって言うから、鈴林のトコに預けようかなーって」
「そうなんですか」
「鈴林もいい性格してんのよねぇ。『5年くらいで帰ってきなさいよ』っつってんのに、もう20年もあっちにいんのよ。しょうがないからあたしらの方から、向こうに押しかけてやろうかと思って。
でも飛鳥はこないだ入社させたばっかだし、あたしもアレコレ忙しいし。かと言って旦那や兄貴とか、社の連中に任せるのも心許無いしー、丁度よく手ぇ空いてんのがいないかなーって感じだったんだけど」
「渡りに船、って言うとアンタに都合良過ぎだけどね。
ま、そんな事情があるから、アンタには旅費兼、昂子を送る費用として、5万玄あげるわ」
「どもっス」
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NoTitle
それに近付こうとする人間を描く方が好きですし、楽しいですね。
まったく同感です。
秋也くんは、前作の主人公2名に比べてかなりおバカですから。