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    「双月千年世界 3;白猫夢」
    白猫夢 第1部

    白猫夢・橘喜抄 1

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    麒麟を巡る話、第6話。
    英雄、「大徳」の今。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西大海洋同盟が発足したのは、双月暦520年のことである。
     元々は、「中央政府」と呼ばれた央北の超大国を壊滅・占領した「ヘブン」と呼ばれる新興軍事国に対し、北方・央中・央南の三地域が軍事・政治的連携を取ったことに端を発する組織である。
     発足後、「ヘブン」との間で戦争が起こり、その結果、同盟側が勝利を収めた。同盟側から多額の賠償金や補償を求められた「ヘブン」は瓦解し、十数の国に分裂。これにより、「中央政府」の名残はほとんど消え去り、今では央北の地域通貨、「クラム」と言う名前の由来に残っている程度になった。

     その西大海洋同盟を提唱し、そして発足させた立役者が、「蒼天剣」黄晴奈と並ぶ英雄、「大徳」エルス――リロイ・L・グラッドである。
     彼は政情が安定し、同盟の長期存続が決定した521年、同盟の加盟国首脳たちの圧倒的支持を得て、トップである総長に就任した。彼はその後、穏健に職務を全うしていたが、10年後の531年、「健康上の理由から」として、その職を辞した。
     その後2年の静養期間を経て、彼は妻の橘小鈴と共に、ある事業を立ち上げた。それが現在、央南全域にその名を知らしめる大企業、「橘喜新聞社」である。



    「やあ、シュウヤ君。久しぶりだねぇ」
     何年かぶりに見るエルスを見て、秋也は驚いた。
    「お久しぶりです。……あの、まだお体、どこか」
    「いや、悪くない、……つもりなんだけどね。年々、げっそり痩せてくるみたいで。久しぶりに会った人にはみんな、びっくりされるんだ」
     最後に会ったのは5、6年ほど前だったが、その時も確かに細身ではあった。しかしその時はまだ、秋也の目には健康的には見えていた。
     しかし今、目の前にいるエルスはひどく頬がこけ、杖を手にする姿が痛々しく感じられる。
    (確かエルスさんって、……まだ、53だったよな? もう二回りは老けて見える)
    「60、70くらいに見えちゃうかな」
    「あ、いえ、そんなことは」
     慌てて取り繕う秋也に、エルスはクスクスと笑って見せる。
    「いや、いいんだ。歳より苦労した性質でね、いや、本当に。またおじさんの昔話が……、と思われるかもだけど、本当にずっと苦労しっぱなしだったから。この姿は言わば、同盟からもらった勲章みたいなもんだよ」
    「はあ……」
    「リロイ。そんくらいでいいでしょ、『自慢話』は」
     と、エルスの唇に、小鈴が人差し指を当てる。
    「はは……、そうだった。
     まあ、小鈴から聞いたと思うけど、昂子をミッドランドに連れて行ってほしいんだ。彼女も飛鳥も、他の子も忙しいし、僕では、満足に送りきれるか不安だし」
    「ええ」
    「その代わりに、君には刀と5万玄を出す。
     それと、セイナやコユキちゃんに打診して、逃げ出した件は不問にしてもらって、その上でもう一度試験を受けられるよう、便宜を図る。
     この条件で、いいかな?」
    「はい、お願いします」
    「うん、承知した」
     エルスは扉に向き直り、声をかけた。
    「じゃあ昂子、入っておいで」
    「はいっ」
     扉が開き、まだ幼い雰囲気の残る、銀髪に長耳の女の子が入ってきた。
    「久しぶり、昂子ちゃん」
    「お久しぶりです、秋也兄ちゃん」
     ぺこ、と行儀よく頭を下げた昂子に、秋也は面食らう。
    (あれー……? コイツ、こんなに礼儀正しかったっけ)
     と、小鈴が地図を秋也たちに見せつつ、旅の行程を指示してきた。
    「ルートについては指定はしないつもりだったけど、秋也くん、修業したいって言ってたし、昂子もちょっとくらいは経験積んどいた方がいいだろうしってコトで、屏風山脈を越える道を勧めるわ」
    「分かりました」
    「それから、出発は4日後ね。刀は明日には届く予定なんだけど、昂子の学校の退学手続きが進まなくって」
    「そうなんですか」
    「ふつーの転学とは違うし、向こうが納得してくんないのよ。『安易な退学は認められない』つって。
     ま、明後日には鈴林と、その師匠の方から一筆来るから、ソレで納得するだろうし」
    「一筆ですぐ納得? そんなにすごいんですか、その、鈴林さんの師匠って」
     秋也にそう問われ、小鈴はふふん、と鼻を鳴らす。
    「聞いて驚けってヤツよ。なんとあの、『克』よ」
    「かつみ? ……って、……まさか!?」
     驚く秋也に、小鈴は続いていたずらっぽい笑みを浮かべた。
    「そう、克大火! ……の弟子の、克天狐ちゃん」
     この返しに、秋也は思わずずっこける。
    「そ、そうなんスか」
    「つっても腕は確かも確か、超々一流よ。近年じゃ『天狐ゼミ』つって、毎年20人とか30人限定で、天神大学とかの一流大学の博士課程レベルの集中講義やってるトコだし。
     今じゃ、央中で最先端の魔術研究やってる人で、天狐ゼミにいなかった奴はいないってくらいよ」
    「へぇ……」
    「ま、そうは言っても、まだ13歳だし、昂子は。
     しばらくはテンコちゃんやレイリンちゃんの手伝い役をする予定なんだ。言ってみれば、丁稚みたいなもんかな」
    「……」
     そう言って昂子の頭を撫でるエルスに対し、昂子は笑って見せていたが――。
    (……目、笑ってねー。すげー嫌そう)
     ほんの一瞬だけ垣間見せた昂子のその顔は、秋也のよく見知っている、以前の彼女のそれだった。
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