「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・橘喜抄 2
麒麟を巡る話、第7話。
20年の結果。
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2.
エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。
その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。
一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。
「お父さん。あたし、『レイリンさん』の話をお母さんからずっと聞いてて、魔法使いに憧れてきたの。普通の学生さんをやるより、魔術のお勉強がしたい」
これにはエルスも面食らったが、一方の小鈴は、二つ返事で了承した。
「ん、いいわよ?」
「えっ」
簡単に認められると思っていなかったらしく、今度は昂子の方が面食らった。
「え、その、いいの、本当に?」
「いいわよ。あたしも本格的に旅に出たの、あんたと一緒くらいの頃だし」
「そうだったっけ?」
突っ込んでくるエルスを「いいから」と制しつつ、小鈴は昂子にこう尋ねた。
「じゃああんたは、しばらく向こうで暮らしたいってコトね? 最低5年くらいは」
「ご、5年?」
「もっと短いって思ってた? 今みたいな中学校のお勉強と同じくらいのレベルで、2年か3年でハイ終わり、って?」
「それは、その、想像してなかったけど」
「ソレくらい覚悟がいるコトよ、コレは。もし覚悟があるなら、鈴林のトコに連れてってあげるけど、どうする?」
「え、と……」
母の問いに、昂子は黙り込む。
それを受けて、小鈴はこう言葉をつなげた。
「……3日待ってあげる。その間に、本気の本気で魔術師やりたいか、それともやっぱり学生でいたいか、選びなさい」
「……うん」
そして3日後、昂子は魔術師になることを決意。
小鈴はその決意に応え、学校の退学手続きや鈴林・天狐への打診など、彼女が一端の魔術師になるための下準備を、きっちりと揃えてくれた。
「……正直言うと、ショックだったんだよねぇ」
夕食を済ませた後、エルスは秋也を伴い、二人で酒を呑んでいたのだが、エルスは不意に、そんな風につぶやいてきた。
「ああ、やっぱり娘さんが離れちゃうのは……」
「うん、まあ、それもなんだけど」
エルスはくい、と軽くグラスを口に付け、一拍間を置いて話を続ける。
「まあ、ほら、20年くらい前、僕が同盟にいた時に、『積極的に学校を作って通わせましょう』って提唱したんだよね」
「……ああ、なるほど」
「だからせめて、自分の子供はちゃんと全員、学校に通わせたかったなーって言うのがね」
「よりによって、昂子ちゃんに『イヤ!』って言われちゃったわけですね」
「そうなんだよ」
エルスはもう一度酒を口に含み、また一呼吸おいて話を続ける。
「……愚痴ばっかりでごめん、とは思うけど、……もうちょっと聞いてほしいんだ。
僕はね、シュウヤ君。同盟域内の生活向上をと思って、学校の充実とか、水道や街道の整備とか、色々やってたんだよ。
それがもう、何か言う度に『ダメだ』『イヤだ』の大合唱だったんだよ。通すのにどれだけ苦労したか。本当にもう、みんな頭が固いのなんのって……」
「はあ」
「それで、本格的に胃を壊しちゃったんだよねぇ。もうこれ以上は無理だ、となっちゃってね」
「で、親父にバトンタッチ、ってワケっスね」
「そう、その通り。でも、……まあ、君の印象を悪くしたらごめんだけど、良く続いてると思うよ、トマスは。総長になってもう、10年近くになるんだからね」
「でも、まあ、親父も結構辛いって言ってますよ。そのうち、兄貴に後を継がせたいって」
「シュンジ君に、か。ああ、彼はトマスそっくりだからね。きっと、こなせるだろうな。
……でも、シュンジ君も相当、苦労するだろうね」
もう一度酒を呷り、エルスはどこか落ち込んだ表情を見せた。
「政治の世界は、どす黒いよ。全員の利益になることを提案しても、どうしてか賛成されないんだ。
何故なら、会議の席にいるほとんど誰もが、自分や、自分の派閥とか組織の利益になるようにと、そう思ってばかりいるからね。真に皆の、公共の利益のために動いてくれる人は、本当にごくわずかだ。
政界から離れた今でも、悔しい。もっと僕に政治的、精力的な力があれば、今の2倍か3倍は、人を幸せにできたのに」
「……十分っスよ」
秋也も酒を呷ってから、こう返した。
「20年前、オレが生まれる前に比べたら、みんな快適な生活を送ってると思います。
オレの話になっちゃいますけど、今や黄海から紅蓮塞まで、3日もかかんないんスから。お袋がまだ門下生の時なんか、1週間や10日はザラだったんですし。それは間違いなく、エルスさんが街道整備を強く訴えかけてくれたおかげです」
「……そう言ってくれると、救われる気がするよ。ありがとう、シュウヤ君」
エルスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がった。
「もう今日は、このくらいにしておこう。これ以上呑むと、明日に響きそうだ」
「はい」
「……じゃあ、おやすみ」
エルスは杖を突きながら、ふらふらとした足取りで居間から離れた。
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エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。
その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。
一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。
「お父さん。あたし、『レイリンさん』の話をお母さんからずっと聞いてて、魔法使いに憧れてきたの。普通の学生さんをやるより、魔術のお勉強がしたい」
これにはエルスも面食らったが、一方の小鈴は、二つ返事で了承した。
「ん、いいわよ?」
「えっ」
簡単に認められると思っていなかったらしく、今度は昂子の方が面食らった。
「え、その、いいの、本当に?」
「いいわよ。あたしも本格的に旅に出たの、あんたと一緒くらいの頃だし」
「そうだったっけ?」
突っ込んでくるエルスを「いいから」と制しつつ、小鈴は昂子にこう尋ねた。
「じゃああんたは、しばらく向こうで暮らしたいってコトね? 最低5年くらいは」
「ご、5年?」
「もっと短いって思ってた? 今みたいな中学校のお勉強と同じくらいのレベルで、2年か3年でハイ終わり、って?」
「それは、その、想像してなかったけど」
「ソレくらい覚悟がいるコトよ、コレは。もし覚悟があるなら、鈴林のトコに連れてってあげるけど、どうする?」
「え、と……」
母の問いに、昂子は黙り込む。
それを受けて、小鈴はこう言葉をつなげた。
「……3日待ってあげる。その間に、本気の本気で魔術師やりたいか、それともやっぱり学生でいたいか、選びなさい」
「……うん」
そして3日後、昂子は魔術師になることを決意。
小鈴はその決意に応え、学校の退学手続きや鈴林・天狐への打診など、彼女が一端の魔術師になるための下準備を、きっちりと揃えてくれた。
「……正直言うと、ショックだったんだよねぇ」
夕食を済ませた後、エルスは秋也を伴い、二人で酒を呑んでいたのだが、エルスは不意に、そんな風につぶやいてきた。
「ああ、やっぱり娘さんが離れちゃうのは……」
「うん、まあ、それもなんだけど」
エルスはくい、と軽くグラスを口に付け、一拍間を置いて話を続ける。
「まあ、ほら、20年くらい前、僕が同盟にいた時に、『積極的に学校を作って通わせましょう』って提唱したんだよね」
「……ああ、なるほど」
「だからせめて、自分の子供はちゃんと全員、学校に通わせたかったなーって言うのがね」
「よりによって、昂子ちゃんに『イヤ!』って言われちゃったわけですね」
「そうなんだよ」
エルスはもう一度酒を口に含み、また一呼吸おいて話を続ける。
「……愚痴ばっかりでごめん、とは思うけど、……もうちょっと聞いてほしいんだ。
僕はね、シュウヤ君。同盟域内の生活向上をと思って、学校の充実とか、水道や街道の整備とか、色々やってたんだよ。
それがもう、何か言う度に『ダメだ』『イヤだ』の大合唱だったんだよ。通すのにどれだけ苦労したか。本当にもう、みんな頭が固いのなんのって……」
「はあ」
「それで、本格的に胃を壊しちゃったんだよねぇ。もうこれ以上は無理だ、となっちゃってね」
「で、親父にバトンタッチ、ってワケっスね」
「そう、その通り。でも、……まあ、君の印象を悪くしたらごめんだけど、良く続いてると思うよ、トマスは。総長になってもう、10年近くになるんだからね」
「でも、まあ、親父も結構辛いって言ってますよ。そのうち、兄貴に後を継がせたいって」
「シュンジ君に、か。ああ、彼はトマスそっくりだからね。きっと、こなせるだろうな。
……でも、シュンジ君も相当、苦労するだろうね」
もう一度酒を呷り、エルスはどこか落ち込んだ表情を見せた。
「政治の世界は、どす黒いよ。全員の利益になることを提案しても、どうしてか賛成されないんだ。
何故なら、会議の席にいるほとんど誰もが、自分や、自分の派閥とか組織の利益になるようにと、そう思ってばかりいるからね。真に皆の、公共の利益のために動いてくれる人は、本当にごくわずかだ。
政界から離れた今でも、悔しい。もっと僕に政治的、精力的な力があれば、今の2倍か3倍は、人を幸せにできたのに」
「……十分っスよ」
秋也も酒を呷ってから、こう返した。
「20年前、オレが生まれる前に比べたら、みんな快適な生活を送ってると思います。
オレの話になっちゃいますけど、今や黄海から紅蓮塞まで、3日もかかんないんスから。お袋がまだ門下生の時なんか、1週間や10日はザラだったんですし。それは間違いなく、エルスさんが街道整備を強く訴えかけてくれたおかげです」
「……そう言ってくれると、救われる気がするよ。ありがとう、シュウヤ君」
エルスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がった。
「もう今日は、このくらいにしておこう。これ以上呑むと、明日に響きそうだ」
「はい」
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