「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・逸狼抄 1
麒麟を巡る話、第11話。
黒い領地に来た焔。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「それは、本当ですかっ」
そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。
「……あ、と。すみません」
静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。
「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」
「その可能性は非常に高い。
黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつもりであろうことは明白であるし、ならば黒鳥宮の前を通るのも、至極当然と言える」
うわさを伝えた少年の伯父は、そこで彼に釘を刺した。
「言っておくがウォン、軽々に武器を振るったり、行く手を妨害したりは、決してならんぞ」
「え」
「確かに先の武闘会に出場した僧兵の惨敗振り、我々全員にとって恥ずべき事態であった。だがそれは結局、己の未熟さ故に、出るべくして出た結果なのだ。
それを棚に置いて、己を負かした相手にいらぬ干渉をしてはならんぞ」
「……ええ、それはもう、はい、重々に、承知しております」
少年――ウォンはそう前置きし、反論する。
「しかし、焔流と我々、黒炎教団には対立の歴史があります。焔流剣士をそのまま素通りさせては、沽券に関わるものと」
「馬鹿者め」
ふん、と鼻を慣らし、伯父はその意見を否定する。
「そんな歴史は、今や既に過去のものだ。
いたずらに対立を深めていたのは、結局は我々の、ごくごく一部の者たちでしかなかったのだ。それも教団の沽券だの権威だのの大義名分を訴えていたわけではなく、単なる一派閥の我執、取るに足らぬ安いプライドによって、だ。
それ以前にお前も知っているはずだ、522年の教主声明の内容は」
「……知らないはずがありません。当代教主の、そして何より我が母上の声明ですから」
「ならば、分かっているはずだ。最早、焔流と我々の間に対立など無いと。
それともお前は、黒炎様からの詔(みことのり)を否定すると言うのか?」
「……いえ」
「ならばよし。……くれぐれも、足止めなどしてはならんぞ」
「はい……」
時間は、半日前に戻る。
野宿で夜を明かした翌日に、秋也と昂子の二人は屏風山脈の麓にある街、黒荘に到着した。
「結構かかったねー」
「いや、普通よりは早いと思うぜ。お前、意外に体力あるな」
「一応、体育の成績は上の方だったし」
と、昂子は街並みを見渡して一言、こうつぶやいた。
「地味だねー」
「まあ、あんまり騒ぐような奴らじゃないからな、黒炎教団って」
「引きこもりだらけってコト?」
「ソレはなんか違うかなー……」
他愛もないことをしゃべりながら、二人は街の中に入った。
この黒荘と言う街は、央南における黒炎教団の領地となっており、布教活動の最前線でもある。
20年以上前には、教団は西端州のほとんどを領地・教区とし、また、その周辺も教化を達成しており、権勢を奮っていたのだが、央南連合との戦争で敗北を喫して以降、黒炎教団は央南における活動圏のほとんどを失っており、布教活動もままならない状態にあった。
その状況を打破したのが、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンである。彼女は教団に人が入りやすくなるようにと、総本山である黒鳥宮までの峠道を整備し、さらには武闘会や演武披露と言った様々な興行を立て、これまでの密教主義・秘密主義を緩めさせたのだ。
「お、……コレ、またやるんだな」
秋也は街の掲示板に張られたポスターを指差し、昂子に自慢する。
「前回の大会、オレが優勝したんだぜ」
「へー。すごいじゃん」
そう言っておいてから、昂子はこう返してきた。
「なのに落ちた、と」
「……言うなよ」
「んふふふ」
と、秋也はポスターを眺めながら、ぽつりとこうつぶやく。
「……元気にしてるかな、ウィルとかシルキスとか」
「誰?」
「決勝と準決勝で対戦した相手。まあ、それ以前に幼馴染……、みたいなもんかな」
「ふーん」
「二人とも、央中のゴールドコーストって街に住んでるんだ。あそこも半年に一回、でかい大会があるんだけどさ、そいつら二人とも、以前に優勝したらしいんだ」
「へーえ」
気の無い昂子の返事に、秋也は苦い顔をした。
「興味、無いか?」
「無い」
「……そっか。
じゃ、まあ、……宿でも探すか。歩き通しでいい加減、疲れたし」
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黒い領地に来た焔。
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「それは、本当ですかっ」
そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。
「……あ、と。すみません」
静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。
「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」
「その可能性は非常に高い。
黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつもりであろうことは明白であるし、ならば黒鳥宮の前を通るのも、至極当然と言える」
うわさを伝えた少年の伯父は、そこで彼に釘を刺した。
「言っておくがウォン、軽々に武器を振るったり、行く手を妨害したりは、決してならんぞ」
「え」
「確かに先の武闘会に出場した僧兵の惨敗振り、我々全員にとって恥ずべき事態であった。だがそれは結局、己の未熟さ故に、出るべくして出た結果なのだ。
それを棚に置いて、己を負かした相手にいらぬ干渉をしてはならんぞ」
「……ええ、それはもう、はい、重々に、承知しております」
少年――ウォンはそう前置きし、反論する。
「しかし、焔流と我々、黒炎教団には対立の歴史があります。焔流剣士をそのまま素通りさせては、沽券に関わるものと」
「馬鹿者め」
ふん、と鼻を慣らし、伯父はその意見を否定する。
「そんな歴史は、今や既に過去のものだ。
いたずらに対立を深めていたのは、結局は我々の、ごくごく一部の者たちでしかなかったのだ。それも教団の沽券だの権威だのの大義名分を訴えていたわけではなく、単なる一派閥の我執、取るに足らぬ安いプライドによって、だ。
それ以前にお前も知っているはずだ、522年の教主声明の内容は」
「……知らないはずがありません。当代教主の、そして何より我が母上の声明ですから」
「ならば、分かっているはずだ。最早、焔流と我々の間に対立など無いと。
それともお前は、黒炎様からの詔(みことのり)を否定すると言うのか?」
「……いえ」
「ならばよし。……くれぐれも、足止めなどしてはならんぞ」
「はい……」
時間は、半日前に戻る。
野宿で夜を明かした翌日に、秋也と昂子の二人は屏風山脈の麓にある街、黒荘に到着した。
「結構かかったねー」
「いや、普通よりは早いと思うぜ。お前、意外に体力あるな」
「一応、体育の成績は上の方だったし」
と、昂子は街並みを見渡して一言、こうつぶやいた。
「地味だねー」
「まあ、あんまり騒ぐような奴らじゃないからな、黒炎教団って」
「引きこもりだらけってコト?」
「ソレはなんか違うかなー……」
他愛もないことをしゃべりながら、二人は街の中に入った。
この黒荘と言う街は、央南における黒炎教団の領地となっており、布教活動の最前線でもある。
20年以上前には、教団は西端州のほとんどを領地・教区とし、また、その周辺も教化を達成しており、権勢を奮っていたのだが、央南連合との戦争で敗北を喫して以降、黒炎教団は央南における活動圏のほとんどを失っており、布教活動もままならない状態にあった。
その状況を打破したのが、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンである。彼女は教団に人が入りやすくなるようにと、総本山である黒鳥宮までの峠道を整備し、さらには武闘会や演武披露と言った様々な興行を立て、これまでの密教主義・秘密主義を緩めさせたのだ。
「お、……コレ、またやるんだな」
秋也は街の掲示板に張られたポスターを指差し、昂子に自慢する。
「前回の大会、オレが優勝したんだぜ」
「へー。すごいじゃん」
そう言っておいてから、昂子はこう返してきた。
「なのに落ちた、と」
「……言うなよ」
「んふふふ」
と、秋也はポスターを眺めながら、ぽつりとこうつぶやく。
「……元気にしてるかな、ウィルとかシルキスとか」
「誰?」
「決勝と準決勝で対戦した相手。まあ、それ以前に幼馴染……、みたいなもんかな」
「ふーん」
「二人とも、央中のゴールドコーストって街に住んでるんだ。あそこも半年に一回、でかい大会があるんだけどさ、そいつら二人とも、以前に優勝したらしいんだ」
「へーえ」
気の無い昂子の返事に、秋也は苦い顔をした。
「興味、無いか?」
「無い」
「……そっか。
じゃ、まあ、……宿でも探すか。歩き通しでいい加減、疲れたし」
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十把一絡げに「焔キター」と思ってるんでしょう。