「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・逸狼抄 5
麒麟を巡る話、第15話。
焔流と黒炎、若獅子対決。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。
(試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。
こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む)
刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。
一方のウォンも、まだ顔を紅くしてはいるものの――それが恥ずかしさからなのか、それとも逆上しているからなのかは秋也には分からなかったが――三節棍を斜めに取り、構えを見せる。
ウォンの心が少なからず乱れているのは明らかだったが、それでも体の方は、経験と修練に裏打ちされた挙動を見せている。
(ま、……短期決戦だな。落ち着かれたら厄介そうだ)
秋也はぐっと一歩踏み込み、間合いを詰める。それに応じるように、ウォンも一歩、詰め寄ってきた。
「……はあッ!」
そこで秋也はもう一度、今度は素早く、そして強く踏み込み、間合いを一気に、ウォンの眼前にまで詰める。
「なっ」
急に寄ってきたこと、そして刀の間合い以上に詰め寄られたことで、ウォンはさらにうろたえたらしく、短く声を挙げた。
ウォンは慌てて棍を振るおうとするが、秋也はそこで、刀から左手をぱっと離し、真ん中の棍を握りしめた。
「ばっ、バカっ、何をっ」
「ナニじゃねーよ」
振り上げかけた棍が引っ張られ、ウォンの姿勢は腰砕けになる。
その隙を突いて、秋也はウォンの脚を軽く蹴とばした。
「うわあっ!?」
当然、ウォンはこてんと前のめりに倒れる。
「……き、汚いぞ、貴様っ」
「袋叩きにしようとしたお前が、なーに寝言抜かしてんだよ?」
倒れ込み、慌てて立ち上がろうとしたウォンの首筋には既に、秋也の握る刀が当てられていた。
「勝負あったな」
誰の目にも、ウォンの敗北は明らかだった。
ところが、ウォンはこんなことを言い出した。
「……ま、まだだ! かかれ、お前らっ」
「はぁ!? 本当に袋叩きにする気か、てめー」
秋也は呆れつつ、すぐに襲ってくるであろう、周囲の僧兵の動きに目を配ったが――。
「……あれ?」
誰一人として、動こうとしない。全員真っ青な顔をして、硬直していた。
「心配するな、焔流の」
と、野太く、そして若干しわがれた男の声が、秋也にかけられる。
「相手の言葉に一々翻弄され、その度に言うことをコロコロと変えるような軟弱者の命令を聞け、などと言う教えは皆、受けてはおらん。
それに引き替え、仲間を護るため、単騎で挑もうとするその心意気、そしてそれを実際に示して見せたこと。流石であるな」
「えっと……」
秋也は僧兵たちの背後から現れた、小山のような巨体の、初老の黒い狼獣人に、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、……えーと、ウィルソン卿、ですよね?」
「いかにも。私が黒炎教団枢機卿、僧兵団総長のワニオン・ウィルソンだ」
ワニオンはそう前置きし、一様に顔を青ざめさせている僧兵たちをかき分け、秋也の前に立った。
「……でけっ」
秋也の目には、ワニオンの姿はまるで、巨岩のように感じられた。
「はっはっは、これでも四十余年、修業を積んでおるからな。そこいらの雑兵にはまだまだ負けん。
……と、大変な失礼をしてしまったな。私の監督不行き届きで、貴君とその同行者には、済まないことをした」
そう言うとワニオンは、その巨体を折りたたみ、秋也に向かって深々と頭を下げた。
「あ、いや、そんな……。オレにも昂子にも、大して危害は無かったですし、気にしないで下さい」
「……それも情けない話である」
ワニオンは頭を挙げ、今だ地に手を着いたままの甥、ウォンに目をやり――その頭に、ゴツンと音を立てて拳骨を喰らわせた。
「ぶぎゃ……っ!?」
「この痴れ者めがーッ!
散々、手を出すなと言ったはずだ! それを無視した上で、あろうことか徒党を組んで嬲り者にしようと企み、あまつさえ無様に負けた上、卑怯にも取り決めを反故にし、兵をけしかけるとは!
どれだけ恥の上塗りをすれば気が済むのだ、この大馬鹿者があッ!」
「す、すみません、すみません……」
先程の高飛車な態度から一転、ウォンはボタボタと涙をこぼしながら土下座する。
それでもワニオンの怒りは収まらず、彼はウォンの襟をぐい、とつかんで引きずり始めた。
「この件は猊下に報告する! ウォンの阿呆もお前らも、厳しく裁定してもらうからな! 覚悟しておけッ!」
「ひ……っ」
まるで稲妻が立て続けに落ちたかのような怒声に、周りの僧兵たちは一様に縮こまる。
と、ワニオンは再度秋也と昂子に振り向き、穏やかな、しかし重みのある声でこう告げた。
「無礼の詫び……、と言ってはなんだが、黒鳥宮横の宿を取るなら、私の名を出してくれ。無料でもてなすよう、取り計らっておく」
「あ……、どもっス」
「ありがと、……えーと、ワニオンさん」
ウォンを引きずったまま、ドスドスと足音を立てて去っていくワニオンの背中を見て、秋也と昂子は同時につぶやいた。
「……怖えぇー」
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焔流と黒炎、若獅子対決。
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多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。
(試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。
こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む)
刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。
一方のウォンも、まだ顔を紅くしてはいるものの――それが恥ずかしさからなのか、それとも逆上しているからなのかは秋也には分からなかったが――三節棍を斜めに取り、構えを見せる。
ウォンの心が少なからず乱れているのは明らかだったが、それでも体の方は、経験と修練に裏打ちされた挙動を見せている。
(ま、……短期決戦だな。落ち着かれたら厄介そうだ)
秋也はぐっと一歩踏み込み、間合いを詰める。それに応じるように、ウォンも一歩、詰め寄ってきた。
「……はあッ!」
そこで秋也はもう一度、今度は素早く、そして強く踏み込み、間合いを一気に、ウォンの眼前にまで詰める。
「なっ」
急に寄ってきたこと、そして刀の間合い以上に詰め寄られたことで、ウォンはさらにうろたえたらしく、短く声を挙げた。
ウォンは慌てて棍を振るおうとするが、秋也はそこで、刀から左手をぱっと離し、真ん中の棍を握りしめた。
「ばっ、バカっ、何をっ」
「ナニじゃねーよ」
振り上げかけた棍が引っ張られ、ウォンの姿勢は腰砕けになる。
その隙を突いて、秋也はウォンの脚を軽く蹴とばした。
「うわあっ!?」
当然、ウォンはこてんと前のめりに倒れる。
「……き、汚いぞ、貴様っ」
「袋叩きにしようとしたお前が、なーに寝言抜かしてんだよ?」
倒れ込み、慌てて立ち上がろうとしたウォンの首筋には既に、秋也の握る刀が当てられていた。
「勝負あったな」
誰の目にも、ウォンの敗北は明らかだった。
ところが、ウォンはこんなことを言い出した。
「……ま、まだだ! かかれ、お前らっ」
「はぁ!? 本当に袋叩きにする気か、てめー」
秋也は呆れつつ、すぐに襲ってくるであろう、周囲の僧兵の動きに目を配ったが――。
「……あれ?」
誰一人として、動こうとしない。全員真っ青な顔をして、硬直していた。
「心配するな、焔流の」
と、野太く、そして若干しわがれた男の声が、秋也にかけられる。
「相手の言葉に一々翻弄され、その度に言うことをコロコロと変えるような軟弱者の命令を聞け、などと言う教えは皆、受けてはおらん。
それに引き替え、仲間を護るため、単騎で挑もうとするその心意気、そしてそれを実際に示して見せたこと。流石であるな」
「えっと……」
秋也は僧兵たちの背後から現れた、小山のような巨体の、初老の黒い狼獣人に、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、……えーと、ウィルソン卿、ですよね?」
「いかにも。私が黒炎教団枢機卿、僧兵団総長のワニオン・ウィルソンだ」
ワニオンはそう前置きし、一様に顔を青ざめさせている僧兵たちをかき分け、秋也の前に立った。
「……でけっ」
秋也の目には、ワニオンの姿はまるで、巨岩のように感じられた。
「はっはっは、これでも四十余年、修業を積んでおるからな。そこいらの雑兵にはまだまだ負けん。
……と、大変な失礼をしてしまったな。私の監督不行き届きで、貴君とその同行者には、済まないことをした」
そう言うとワニオンは、その巨体を折りたたみ、秋也に向かって深々と頭を下げた。
「あ、いや、そんな……。オレにも昂子にも、大して危害は無かったですし、気にしないで下さい」
「……それも情けない話である」
ワニオンは頭を挙げ、今だ地に手を着いたままの甥、ウォンに目をやり――その頭に、ゴツンと音を立てて拳骨を喰らわせた。
「ぶぎゃ……っ!?」
「この痴れ者めがーッ!
散々、手を出すなと言ったはずだ! それを無視した上で、あろうことか徒党を組んで嬲り者にしようと企み、あまつさえ無様に負けた上、卑怯にも取り決めを反故にし、兵をけしかけるとは!
どれだけ恥の上塗りをすれば気が済むのだ、この大馬鹿者があッ!」
「す、すみません、すみません……」
先程の高飛車な態度から一転、ウォンはボタボタと涙をこぼしながら土下座する。
それでもワニオンの怒りは収まらず、彼はウォンの襟をぐい、とつかんで引きずり始めた。
「この件は猊下に報告する! ウォンの阿呆もお前らも、厳しく裁定してもらうからな! 覚悟しておけッ!」
「ひ……っ」
まるで稲妻が立て続けに落ちたかのような怒声に、周りの僧兵たちは一様に縮こまる。
と、ワニオンは再度秋也と昂子に振り向き、穏やかな、しかし重みのある声でこう告げた。
「無礼の詫び……、と言ってはなんだが、黒鳥宮横の宿を取るなら、私の名を出してくれ。無料でもてなすよう、取り計らっておく」
「あ……、どもっス」
「ありがと、……えーと、ワニオンさん」
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彼が見てたのは秋也だと思います。(敵的な意味で)