「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第1部
蒼天剣・縁故録 2
晴奈の話、8話目。
親がでしゃばると、子供は恥ずかしい。
2.
客間の前に着いたところで、晴奈はそっと戸を薄く開ける。
戸の向こう側には、恰幅のいい猫獣人の男が正座している。それは間違い無く晴奈の父、黄紫明だった。
「はあ……」
見ただけで、晴奈の心は重苦しく淀んでいく。そこで後ろにいた柊が、そっと晴奈の肩に手をかけた。
「まあ、あなたの気持ちも分からなくはないけれど……。
でも、いずれはこうなることと、それとなく分かっていたことでしょう? まさか一生縁を切ったままなんて、義理と仁徳を重んじる央南人らしからぬ考えを抱いていたわけじゃないわよね?」
「う……、まあ、それは」
柊は強い言い方で、しかし穏やかな口調で晴奈を諭す。
「精神修練の際に最も、気を付けることは?」
「邪念を払うこと」
「でしょう? 余計なわだかまりを抱えていては、邪念を払うことは無理よ。ここできっちり、けじめを付けなさい」
「……はい、承知しました」
晴奈は大きく深呼吸し、少し間を置いてから客間の戸を開けた。柊も念のため晴奈の後に付いて、客間に入っていった。
晴奈を見た瞬間の、紫明の第一声はこうだった。
「帰るぞ、晴奈」
当然、晴奈もこう返す。
「断ります」
「何故だ!? もう1年も、こんなむさくるしいところに、……いや、失礼。1年も、家を離れていたのだぞ。そろそろ、家が恋しくなったろう?」
「いいえ」
紫明の口ぶりには、晴奈が言うことを聞く、きっと耐えられなくなっているだろうと高をくくっている色が透けて見えている。反面、晴奈はこの1年、うっとうしく思っていた家のことなどすっかり忘れ、嬉々として修行に励んでいる。
真逆に考えている二人の話がかみ合うわけが無く、場は険悪になる。
「強がりを言うな、晴奈。女のお前がこのような男ばかりの場で過ごして、辛くないわけが無かろう?」
そんな言われ方をされて、うなずくような晴奈ではない。苛立ちを隠すことも無く、真っ向から反論した。
「ここには女もおります。力も技も、そこらの軟弱な男よりずっと強い」
「そんなわけが無いだろう。女が男より、強いわけがあるまい」
「……」
この言葉には、流石の柊も気分を悪くしたらしい。晴奈は背後で、師匠が不快そうに息を呑むのを感じ取った。
「さあ、言い訳などせずこっちに来るんだ」
「嫌ですッ!」
聞く耳を持たない父に晴奈はさらに苛立ち、語気を荒くする。対する紫明も、自然と口調がきつめになっていく。
「ダダをこねるな、晴奈ッ! 強がるだけ無駄だぞ!? 分かっているんだ、私には!
さあ、四の五の言わずに一緒に帰るんだ!」
「嫌だと言ったら、嫌だッ!」
「いい加減にしろ、早く帰る支度をするんだ!」
段々言い方が命令になり始め、晴奈はますます態度を硬くする。
「帰らない! 私は、ここに骨を埋めるッ!」
「私を煩わせるな! もういい、引っ張ってでも……」
ついに紫明が怒り出し、晴奈の手をつかんだ瞬間――。
「嗚呼、嗚呼。いい年をした御仁が、みっともないですぞ」
どこからか現れた重蔵が、紫明の手をひょいと取った。
「何だ、この爺は! 離せ、離さんと……」「どうするおつもりかな、黄大人?」
重蔵が尋ねた途端、紫明の顔色が変わる。どうやら重蔵の並々ならぬ気配に圧され、恐れをなしたらしい。
「う、ぬ……」「さ、落ち着きなされ」
紫明は言われるがまま、晴奈に向けていた手を引っ込め、座り直した。
重蔵は二人から少し離れて座り、ゆったりとした口調で父娘の仲裁に入る。
「まあ、黄大人のお気持ちもわしには分かりますわい。手塩にかけて育てた娘御が、こんな『むさくるしい』ところに閉じこもっておったら、確かに気が気では無いでしょうな。
とは言え娘さんは、あなたの所有物では無い。子供が嫌がるものを無理矢理押し付けるのは、親のわがままでしょう。親なら、子供がやりたいことを応援しなされ」
「し、しかし。その、晴奈だって、ここで1年も暮らせば、耐え切れなく……」
なおも自分の意見を通そうとする紫明に、重蔵はびしりと言い放つ。
「それこそ、黄大人のわがままと言うものでしょう。
黄大人は黄大人であって、晴さん……、娘さんでは無い。娘さんの気持ちは、娘さん本人にしか分からんものです。黄大人の言っていることは、すべてあなた自身の勝手な予想、思い込みに過ぎません。
それとも黄大人、この部屋に入ってから今までで、娘さんから一言でも『帰りたい』と言う言葉を聞いたのですかな?」
「ぐぬ……」
正論を返され、紫明は何も言い返せなくなる。そこで重蔵は晴奈に振り向き、静かに問いかけた。
「晴さん、どうじゃな? 家に帰りたいか? それとも、修行を続けたいかな?」
「もちろん、修行を続けたいです」
「うむ、そうじゃろうな。……黄大人、良ければ一度拝見されてはいかがかな?」
重蔵の言った意味が分からず、紫明はきょとんとした。
「え?」
「娘さんの頑張っておる姿。それを見てから今一度、晴さんが本気で修行を続けたいと言っておるのか、それともちょっと長めの家出でしか無いのか、判断するのがよろしいでしょう」
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親がでしゃばると、子供は恥ずかしい。
2.
客間の前に着いたところで、晴奈はそっと戸を薄く開ける。
戸の向こう側には、恰幅のいい猫獣人の男が正座している。それは間違い無く晴奈の父、黄紫明だった。
「はあ……」
見ただけで、晴奈の心は重苦しく淀んでいく。そこで後ろにいた柊が、そっと晴奈の肩に手をかけた。
「まあ、あなたの気持ちも分からなくはないけれど……。
でも、いずれはこうなることと、それとなく分かっていたことでしょう? まさか一生縁を切ったままなんて、義理と仁徳を重んじる央南人らしからぬ考えを抱いていたわけじゃないわよね?」
「う……、まあ、それは」
柊は強い言い方で、しかし穏やかな口調で晴奈を諭す。
「精神修練の際に最も、気を付けることは?」
「邪念を払うこと」
「でしょう? 余計なわだかまりを抱えていては、邪念を払うことは無理よ。ここできっちり、けじめを付けなさい」
「……はい、承知しました」
晴奈は大きく深呼吸し、少し間を置いてから客間の戸を開けた。柊も念のため晴奈の後に付いて、客間に入っていった。
晴奈を見た瞬間の、紫明の第一声はこうだった。
「帰るぞ、晴奈」
当然、晴奈もこう返す。
「断ります」
「何故だ!? もう1年も、こんなむさくるしいところに、……いや、失礼。1年も、家を離れていたのだぞ。そろそろ、家が恋しくなったろう?」
「いいえ」
紫明の口ぶりには、晴奈が言うことを聞く、きっと耐えられなくなっているだろうと高をくくっている色が透けて見えている。反面、晴奈はこの1年、うっとうしく思っていた家のことなどすっかり忘れ、嬉々として修行に励んでいる。
真逆に考えている二人の話がかみ合うわけが無く、場は険悪になる。
「強がりを言うな、晴奈。女のお前がこのような男ばかりの場で過ごして、辛くないわけが無かろう?」
そんな言われ方をされて、うなずくような晴奈ではない。苛立ちを隠すことも無く、真っ向から反論した。
「ここには女もおります。力も技も、そこらの軟弱な男よりずっと強い」
「そんなわけが無いだろう。女が男より、強いわけがあるまい」
「……」
この言葉には、流石の柊も気分を悪くしたらしい。晴奈は背後で、師匠が不快そうに息を呑むのを感じ取った。
「さあ、言い訳などせずこっちに来るんだ」
「嫌ですッ!」
聞く耳を持たない父に晴奈はさらに苛立ち、語気を荒くする。対する紫明も、自然と口調がきつめになっていく。
「ダダをこねるな、晴奈ッ! 強がるだけ無駄だぞ!? 分かっているんだ、私には!
さあ、四の五の言わずに一緒に帰るんだ!」
「嫌だと言ったら、嫌だッ!」
「いい加減にしろ、早く帰る支度をするんだ!」
段々言い方が命令になり始め、晴奈はますます態度を硬くする。
「帰らない! 私は、ここに骨を埋めるッ!」
「私を煩わせるな! もういい、引っ張ってでも……」
ついに紫明が怒り出し、晴奈の手をつかんだ瞬間――。
「嗚呼、嗚呼。いい年をした御仁が、みっともないですぞ」
どこからか現れた重蔵が、紫明の手をひょいと取った。
「何だ、この爺は! 離せ、離さんと……」「どうするおつもりかな、黄大人?」
重蔵が尋ねた途端、紫明の顔色が変わる。どうやら重蔵の並々ならぬ気配に圧され、恐れをなしたらしい。
「う、ぬ……」「さ、落ち着きなされ」
紫明は言われるがまま、晴奈に向けていた手を引っ込め、座り直した。
重蔵は二人から少し離れて座り、ゆったりとした口調で父娘の仲裁に入る。
「まあ、黄大人のお気持ちもわしには分かりますわい。手塩にかけて育てた娘御が、こんな『むさくるしい』ところに閉じこもっておったら、確かに気が気では無いでしょうな。
とは言え娘さんは、あなたの所有物では無い。子供が嫌がるものを無理矢理押し付けるのは、親のわがままでしょう。親なら、子供がやりたいことを応援しなされ」
「し、しかし。その、晴奈だって、ここで1年も暮らせば、耐え切れなく……」
なおも自分の意見を通そうとする紫明に、重蔵はびしりと言い放つ。
「それこそ、黄大人のわがままと言うものでしょう。
黄大人は黄大人であって、晴さん……、娘さんでは無い。娘さんの気持ちは、娘さん本人にしか分からんものです。黄大人の言っていることは、すべてあなた自身の勝手な予想、思い込みに過ぎません。
それとも黄大人、この部屋に入ってから今までで、娘さんから一言でも『帰りたい』と言う言葉を聞いたのですかな?」
「ぐぬ……」
正論を返され、紫明は何も言い返せなくなる。そこで重蔵は晴奈に振り向き、静かに問いかけた。
「晴さん、どうじゃな? 家に帰りたいか? それとも、修行を続けたいかな?」
「もちろん、修行を続けたいです」
「うむ、そうじゃろうな。……黄大人、良ければ一度拝見されてはいかがかな?」
重蔵の言った意味が分からず、紫明はきょとんとした。
「え?」
「娘さんの頑張っておる姿。それを見てから今一度、晴さんが本気で修行を続けたいと言っておるのか、それともちょっと長めの家出でしか無いのか、判断するのがよろしいでしょう」



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NoTitle
頑固おやじみたいな親父だ
どこか昭和の親みたいな
ちゃぶ台に座ってって感じの
女より男の方が力があるって差別だし
この感じからして鉄拳制裁してる風だね親父は