「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・立秋抄 3
麒麟を巡る話、第47話。
善なる心、悪なる感情。
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3.
「戦うことが、すべてじゃない?」
そう問い返しつつ、秋也は考え込む。
「ああ、でも、……いつか、お袋が似たようなコト言ってた気がする。『剣士とは、ただ剣を持つ者に非ず。その剣を正しく使う者こそ、剣士である』とかなんとか。
ま、言われりゃその通りなんだよな。剣をやたらめたらに振り回すヤツなんか、ただのチンピラなんだし。
やっぱり弱きを助け、強きを挫くだとか、そう言う人の役に立つコトをしてこそ、本当にかっこいい、誇り高い剣士ってヤツなんだよな」
《その人もきっと 同じことを言いたかった と思う》
「……だな」
秋也はすっくと立ち上がり、「彼女」に礼を言った。
「ありがとう。四ヶ月前、あんたにボコられなきゃ、オレはきっとそんな風に考えなかったよ。剣士は単に強いヤツなんだって、ぼんやりとしか思ってなかったから」
「……」
「あの後、色々あったんだ。本当に、色々。
……戦わない代わりにさ、ソレ、聞いてくれないか? 迷惑かも知れないけど。……いいかな?」
「……」
「彼女」はこく、と小さくうなずいてくれた。
それから時間が来るまで、秋也は話をし続けた。
昂子たち三人と旅をした話。母との修行の話。父から勉強を教わった話。兄と妹、友人たちの話。
己の心に溜まっていたものをすべて吐き出すように、秋也はずっと、話し続けた。
「秋也」
薄暗かった堂に、外からの光が一条、差し込む。
「おはようございます、家元」
はっきりとした声で挨拶を返した秋也に、小雪が淡々と質問を投げかける。
「眠らなかったようね」
「ああ」
「その割には、さして疲れてもいないようだけど。戦ったの?」
「いいや」
秋也は、自分を見ている小雪のその顔に、ひどく侮蔑的な感情が潜んでいるのを感じていた。
と、その見下したような目と口が、苛立たしげに動く。
「じゃあ、何をしていたの?」
「話を、色々と」
話しているうちに、秋也は小雪に対してこれまで感じたことの無い悪感情、苛立ちと嫌悪感を覚え始めた。
恐らくそれは、彼女の方が秋也に対して抱いていた、密かな悪意が伝播・反射したのだろう。
「なんでそんなことしたの?」
「じゃあ聞くけど」
秋也は半ばなじられるような、その口調と表情にたまりかね――「もう破門でもいいや」と、半ば破れかぶれの気分になりながら――尋ね返した。
「敵と見れば当たり構わず刀を振り回すのが、あんたの言う『剣士』ってヤツなのか?」
「……っ」
この応答が癇に障ったらしく、小雪の目がぴく、と震えた。
「この堂に現れたのは、話せば分かってくれるヤツだった。だからオレは刀を抜かず、話をしていたんだ」
「……なによ、それ」
「それとも……、小雪」
「はい?」
「あんたは、敵は有無を言わさず殺すべきだと、そう言うのか? それが誇りある焔流の教えだって言うのか?」
「……」
「もしそんなコトを言うつもりだってんなら、オレは不合格でいい。
そんなクソみたいな答えを要求するようなヤツにオレは師事したつもりはないし、そんなヤツから合格点もらいたいなんて、絶対、思わないからな」
「……」
頭に血が上っているのか、小雪の顔に赤みが差す。
だが手を挙げるようなことはせず、小雪は震える声でこう返した。
「……この際だから、言わせてもらうわ」
「ああ」
「昔からの縁で仲良くしてあげてたつもりだけど、あなたのことは、嫌いだったのよ」
「みたいだな」
「周囲から散々甘やかされて、チヤホヤされて、下手をすると本家のうちにいるより、密度の濃い修行をして。
それだけ環境に恵まれておきながら、あなたは落第した。
正直に言えば、……すっとしたわ! あなたは堕ちるべき人間なんだ、やはりまともな人間じゃなかった、ゴミ同然だったんだと、これでもかと言うほど嘲笑ってやったわ!」
「そっか」
「……なのに、晴奈さんも小鈴さんも、母さんたちも! ゴミのようなあなたに、あろうことかもう一度、試験を受けさせてやれなんて……ッ!
何が家元よ! わたしの威厳や権威なんて、どこにも無いじゃない! こんなのただの雇われ店主、お神輿人間じゃないの!
その上、あなたは……ッ」
小雪は怒りに任せ、バキ、と音を立てて戸を叩き割る。
「あなたは二度目の試験に、まんまと合格して見せた! 何故なのよ!? 落ちたじゃない! 一度、落ちたじゃない、あなた!」
「そうだな」
「なんで受かるのよ!? あなたなんかずっとずっと逃げ回って、恥をかいていれば良かったのに!
生ゴミとして黄派焔流の名を貶めていてくれれば、わたしの評判も評価も、高まったはずなのに!」
「……」
怒り狂う小雪に対し、秋也はふっ、と笑って見せた。
「何がおかしいのよッ!?」
「合格でいいんだな」
「……~ッ」
「小雪」
「何よ!?」
「あんたの言いたいコトは分かったつもりだ。オレは証書に名前を書いてさえもらえれば、二度とココへは来ないよ。ソレでいいか?」
「……」
小雪はぽたぽたと血の滴る拳をそのままに、踵を返した。
「そこで待っていなさい。証書、持ってくるわ」
「ああ」
半ば走り去るようにその場から消えた小雪を見送りながら、秋也はぼそ、とこうつぶやいた。
「……未熟なのはオレだけじゃないよな。オレが言えた義理じゃないけど」
15分後。
秋也は皆伝の証書に名を連ねたことで、晴れて焔流免許皆伝の身となった。
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善なる心、悪なる感情。
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3.
「戦うことが、すべてじゃない?」
そう問い返しつつ、秋也は考え込む。
「ああ、でも、……いつか、お袋が似たようなコト言ってた気がする。『剣士とは、ただ剣を持つ者に非ず。その剣を正しく使う者こそ、剣士である』とかなんとか。
ま、言われりゃその通りなんだよな。剣をやたらめたらに振り回すヤツなんか、ただのチンピラなんだし。
やっぱり弱きを助け、強きを挫くだとか、そう言う人の役に立つコトをしてこそ、本当にかっこいい、誇り高い剣士ってヤツなんだよな」
《その人もきっと 同じことを言いたかった と思う》
「……だな」
秋也はすっくと立ち上がり、「彼女」に礼を言った。
「ありがとう。四ヶ月前、あんたにボコられなきゃ、オレはきっとそんな風に考えなかったよ。剣士は単に強いヤツなんだって、ぼんやりとしか思ってなかったから」
「……」
「あの後、色々あったんだ。本当に、色々。
……戦わない代わりにさ、ソレ、聞いてくれないか? 迷惑かも知れないけど。……いいかな?」
「……」
「彼女」はこく、と小さくうなずいてくれた。
それから時間が来るまで、秋也は話をし続けた。
昂子たち三人と旅をした話。母との修行の話。父から勉強を教わった話。兄と妹、友人たちの話。
己の心に溜まっていたものをすべて吐き出すように、秋也はずっと、話し続けた。
「秋也」
薄暗かった堂に、外からの光が一条、差し込む。
「おはようございます、家元」
はっきりとした声で挨拶を返した秋也に、小雪が淡々と質問を投げかける。
「眠らなかったようね」
「ああ」
「その割には、さして疲れてもいないようだけど。戦ったの?」
「いいや」
秋也は、自分を見ている小雪のその顔に、ひどく侮蔑的な感情が潜んでいるのを感じていた。
と、その見下したような目と口が、苛立たしげに動く。
「じゃあ、何をしていたの?」
「話を、色々と」
話しているうちに、秋也は小雪に対してこれまで感じたことの無い悪感情、苛立ちと嫌悪感を覚え始めた。
恐らくそれは、彼女の方が秋也に対して抱いていた、密かな悪意が伝播・反射したのだろう。
「なんでそんなことしたの?」
「じゃあ聞くけど」
秋也は半ばなじられるような、その口調と表情にたまりかね――「もう破門でもいいや」と、半ば破れかぶれの気分になりながら――尋ね返した。
「敵と見れば当たり構わず刀を振り回すのが、あんたの言う『剣士』ってヤツなのか?」
「……っ」
この応答が癇に障ったらしく、小雪の目がぴく、と震えた。
「この堂に現れたのは、話せば分かってくれるヤツだった。だからオレは刀を抜かず、話をしていたんだ」
「……なによ、それ」
「それとも……、小雪」
「はい?」
「あんたは、敵は有無を言わさず殺すべきだと、そう言うのか? それが誇りある焔流の教えだって言うのか?」
「……」
「もしそんなコトを言うつもりだってんなら、オレは不合格でいい。
そんなクソみたいな答えを要求するようなヤツにオレは師事したつもりはないし、そんなヤツから合格点もらいたいなんて、絶対、思わないからな」
「……」
頭に血が上っているのか、小雪の顔に赤みが差す。
だが手を挙げるようなことはせず、小雪は震える声でこう返した。
「……この際だから、言わせてもらうわ」
「ああ」
「昔からの縁で仲良くしてあげてたつもりだけど、あなたのことは、嫌いだったのよ」
「みたいだな」
「周囲から散々甘やかされて、チヤホヤされて、下手をすると本家のうちにいるより、密度の濃い修行をして。
それだけ環境に恵まれておきながら、あなたは落第した。
正直に言えば、……すっとしたわ! あなたは堕ちるべき人間なんだ、やはりまともな人間じゃなかった、ゴミ同然だったんだと、これでもかと言うほど嘲笑ってやったわ!」
「そっか」
「……なのに、晴奈さんも小鈴さんも、母さんたちも! ゴミのようなあなたに、あろうことかもう一度、試験を受けさせてやれなんて……ッ!
何が家元よ! わたしの威厳や権威なんて、どこにも無いじゃない! こんなのただの雇われ店主、お神輿人間じゃないの!
その上、あなたは……ッ」
小雪は怒りに任せ、バキ、と音を立てて戸を叩き割る。
「あなたは二度目の試験に、まんまと合格して見せた! 何故なのよ!? 落ちたじゃない! 一度、落ちたじゃない、あなた!」
「そうだな」
「なんで受かるのよ!? あなたなんかずっとずっと逃げ回って、恥をかいていれば良かったのに!
生ゴミとして黄派焔流の名を貶めていてくれれば、わたしの評判も評価も、高まったはずなのに!」
「……」
怒り狂う小雪に対し、秋也はふっ、と笑って見せた。
「何がおかしいのよッ!?」
「合格でいいんだな」
「……~ッ」
「小雪」
「何よ!?」
「あんたの言いたいコトは分かったつもりだ。オレは証書に名前を書いてさえもらえれば、二度とココへは来ないよ。ソレでいいか?」
「……」
小雪はぽたぽたと血の滴る拳をそのままに、踵を返した。
「そこで待っていなさい。証書、持ってくるわ」
「ああ」
半ば走り去るようにその場から消えた小雪を見送りながら、秋也はぼそ、とこうつぶやいた。
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