「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・立秋抄 4
麒麟を巡る話、第48話。
大先生からの餞別。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
折角、免許皆伝を得たと言うのに、秋也の周りには誰も祝福に来ない。
たまにすれ違う門下生は、目も合わせようとしない。同格であろう剣士らも、秋也を無視してかかっている。
(多分、小雪がオレの悪口を言いふらしたんだろうな。……ま、いいけどさ)
そう開き直ってはみたものの、やはり心寂しく感じている。
これ以上嫌な気分になるのも疎ましかったため、秋也は門前で叫び回ってやろうかと、半ば冗談交じりに図っていた。
と――その門の前に、人が立っている。
「あ……」
「こんにちは、秋也くん」
「大先生、お久しぶりです」
秋也は自分の師匠でもある母親の、さらにその師匠である長耳――焔小雪の母、焔雪乃に深々と頭を下げた。
「あなたをお祝いしてあげようと思ってね。実は、お堂の近くにいたのよ。
……ひどいことを言われたわね。それこそ親が聞いたら、顔から火が出るような罵倒だったわね」
そう告げて、雪乃は深々と頭を下げ返す。
「あ……、えっと」
先程、小雪が見せた失態を取り繕おうと口を開きかけたが、雪乃は静かに首を振る。
「いいのよ。……まだ、あの子も20代の半ば。自分の意に添わないことが重なれば、苛立つこともあるでしょう。
それは分かってあげられるけれど、それでも家元ともあろう者が、あんな無礼な放言を次々浴びせるなんてね。恥ずかしい限りだわ」
「……あの、大先生」
秋也はもう一度、小さく頭を下げる。
「小雪のコト、怒らないでやってくれませんか」
「えっ?」
「烏滸がましい言い方になっちゃいますけど、オレがうらやましかったんだろうと思います。堅い地位やしがらみに縛られず、本当、下手すると紅蓮塞にいるより、優遇されてて。
もしオレと小雪の立場が逆だったら、オレはもっと、口汚く罵ったでしょう」
「そう言ってもらえると、いくらか助かった気持ちになるわ。……でも、最近ね」
雪乃は紅蓮塞を見上げ、ふう、とため息をついた。
「先代がご存命だった頃を、良く思い出すのよ。あの、厳しくも活気と規律のあった、世界に誇るべき霊場であった頃のことを」
「……今は、そうじゃないと?」
「あの子が家元になって、確かに人気は上がったみたいね。男性からの。
でもあの子は少し、我欲と自尊心に囚われ過ぎているように思えるの。あなたの話を混ぜ返すようだけれど、あの子も優遇されているのよ。何しろ、生まれる前から家元になる運命が決まっていたのだから。
それがあの子の性根を捻じ曲げてしまっているのね。そしてそれこそが、この塞が厳格さと規律を失いゆく原因でもある。あの子はいつか、欲と慢心で己の目を曇らせ、この紅蓮塞を悪い方向へと導くでしょうね。
それは多分、あと10年、20年ほどで起こる。そうなれば本家であるこの紅蓮塞は、人気を一挙に失い、廃れるわ」
「え……」
「そして代わりに人気を集めるのは、本家に染まっていない分家の方。本家での扱いに不満を覚えた皆は、きっと分家へ流れ込むわ。
あの子の捻じれた性格は、間違いなく将来、本家に害を為すでしょうね」
「……」
何も言えないでいる秋也に、雪乃はくすっと笑って見せる。
「気にしないでいいのよ。それは、本家の問題だから。成るべくして成ること、ただそれだけのことなんだから」
「そんな……」
「本家焔流も古くなった存在だから、そろそろガタが来たってだけよ。新しい気風は、新しいところに任せるわ。
だから焔流剣士、黄秋也」
雪乃はぽん、と秋也の両肩に手を置いた。
「あなたは自分が信じられる道を、堂々と進んで行きなさい。若いあなたには、それが最も良い道になるわ」
「……大先生……」
ようやくかけてもらえた温かい言葉に、秋也は思わず涙していた。
後年――焔雪乃の予感は、残念ながら的中することとなる。
それについては後の機会に、述べさせていただくこととする。
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大先生からの餞別。
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4.
折角、免許皆伝を得たと言うのに、秋也の周りには誰も祝福に来ない。
たまにすれ違う門下生は、目も合わせようとしない。同格であろう剣士らも、秋也を無視してかかっている。
(多分、小雪がオレの悪口を言いふらしたんだろうな。……ま、いいけどさ)
そう開き直ってはみたものの、やはり心寂しく感じている。
これ以上嫌な気分になるのも疎ましかったため、秋也は門前で叫び回ってやろうかと、半ば冗談交じりに図っていた。
と――その門の前に、人が立っている。
「あ……」
「こんにちは、秋也くん」
「大先生、お久しぶりです」
秋也は自分の師匠でもある母親の、さらにその師匠である長耳――焔小雪の母、焔雪乃に深々と頭を下げた。
「あなたをお祝いしてあげようと思ってね。実は、お堂の近くにいたのよ。
……ひどいことを言われたわね。それこそ親が聞いたら、顔から火が出るような罵倒だったわね」
そう告げて、雪乃は深々と頭を下げ返す。
「あ……、えっと」
先程、小雪が見せた失態を取り繕おうと口を開きかけたが、雪乃は静かに首を振る。
「いいのよ。……まだ、あの子も20代の半ば。自分の意に添わないことが重なれば、苛立つこともあるでしょう。
それは分かってあげられるけれど、それでも家元ともあろう者が、あんな無礼な放言を次々浴びせるなんてね。恥ずかしい限りだわ」
「……あの、大先生」
秋也はもう一度、小さく頭を下げる。
「小雪のコト、怒らないでやってくれませんか」
「えっ?」
「烏滸がましい言い方になっちゃいますけど、オレがうらやましかったんだろうと思います。堅い地位やしがらみに縛られず、本当、下手すると紅蓮塞にいるより、優遇されてて。
もしオレと小雪の立場が逆だったら、オレはもっと、口汚く罵ったでしょう」
「そう言ってもらえると、いくらか助かった気持ちになるわ。……でも、最近ね」
雪乃は紅蓮塞を見上げ、ふう、とため息をついた。
「先代がご存命だった頃を、良く思い出すのよ。あの、厳しくも活気と規律のあった、世界に誇るべき霊場であった頃のことを」
「……今は、そうじゃないと?」
「あの子が家元になって、確かに人気は上がったみたいね。男性からの。
でもあの子は少し、我欲と自尊心に囚われ過ぎているように思えるの。あなたの話を混ぜ返すようだけれど、あの子も優遇されているのよ。何しろ、生まれる前から家元になる運命が決まっていたのだから。
それがあの子の性根を捻じ曲げてしまっているのね。そしてそれこそが、この塞が厳格さと規律を失いゆく原因でもある。あの子はいつか、欲と慢心で己の目を曇らせ、この紅蓮塞を悪い方向へと導くでしょうね。
それは多分、あと10年、20年ほどで起こる。そうなれば本家であるこの紅蓮塞は、人気を一挙に失い、廃れるわ」
「え……」
「そして代わりに人気を集めるのは、本家に染まっていない分家の方。本家での扱いに不満を覚えた皆は、きっと分家へ流れ込むわ。
あの子の捻じれた性格は、間違いなく将来、本家に害を為すでしょうね」
「……」
何も言えないでいる秋也に、雪乃はくすっと笑って見せる。
「気にしないでいいのよ。それは、本家の問題だから。成るべくして成ること、ただそれだけのことなんだから」
「そんな……」
「本家焔流も古くなった存在だから、そろそろガタが来たってだけよ。新しい気風は、新しいところに任せるわ。
だから焔流剣士、黄秋也」
雪乃はぽん、と秋也の両肩に手を置いた。
「あなたは自分が信じられる道を、堂々と進んで行きなさい。若いあなたには、それが最も良い道になるわ」
「……大先生……」
ようやくかけてもらえた温かい言葉に、秋也は思わず涙していた。
後年――焔雪乃の予感は、残念ながら的中することとなる。
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NoTitle
容姿以外にも要因はありますし、
このままだとこの先、どんどん落ちていくでしょうね。