「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・立秋抄 5
麒麟を巡る話、第49話。
懐かしき我が家で。
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5.
紅蓮塞を後にし、秋也は故郷、黄海へ戻った。
「た、ただ……いま」
己の生家である黄屋敷の扉をそっと開け、秋也は中を確かめる。
「あら!」
と、屋敷の女中と目が合う。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま!」
「ちょ、お坊ちゃまはやめてくれよ。もう19なんだし」
「奥様、お坊ちゃんがお戻りになりましたよー!」
恥ずかしがる秋也に構わず、女中たちは大声で屋敷の女主人を呼ぶ。
「戻ってきたか」
と、声が返ってきた。
「おかえり、秋也」
秋也の母であり、かつ、かつて世界を巡った大英雄――「蒼天剣」の黄晴奈である。
「た、ただいま、戻りました」
「旅の顛末は小鈴と師匠、それから天狐より伺っている。
あいつからもな」
そう言って晴奈は、自分の降りてきた階段を指す。
「久しぶり、秋也」
「おわ」
階段から降りてきた渾沌に、秋也の尻尾はビク、と毛羽立つ。
「だから、一々私を見て驚かないでって言ってるでしょ? 傷付くんだから、結構」
「くく、既に疵のある身ではないか」
「あはは、そうでした、と。
……おかえり、秋也」
秋也は髪と耳、尻尾の毛並みを整え、体の埃を払い、それから改めて挨拶を返した。
「ただいま戻りました」
「そうか……。紅蓮塞は今や、それほど品位を落としているか」
秋也から改めて、小雪が感情任せに叱咤した件を聞いた晴奈は、はあ、とため息をついた。
「確かに私が塞にいた頃、何度か先代には叱られたものだ。
だがそれは、あくまで剣士を目指していた私の未熟をたしなめてのこと。左様に己の激情に身を任せて当たり散らすようなことは、終ぞされたことは無かったものだが」
「家元を名乗るには、まだ10年は早かったんでしょうね。とんだお子様よ」
うそぶく渾沌に、晴奈は同意する。
「確かにな。とは言え先代が亡くなられた際、他に資格のある者はいなかった。それを鑑みるに、改めて先代がもう少し長生きをし、小雪を導いていてくれればと、そう思わずにはいられぬ」
「そうねぇ。私としても、まだ先代が生きてたら、ちょっと顔見せるくらいのこと、したかったわね。何だかんだあって離れたけど、先代のことは嫌いじゃ無かったし」
昔話に花を咲かせる二人に、秋也は何となく、居心地の悪さを感じる。
それに気付いたらしく、渾沌が話を向けてきた。
「ねえ、秋也」
「え? あ、何?」
「あなた、これからどうするのかしら」
「……うーん」
それを問われても、秋也には答える言葉が無い。
「どう、って言われてもな。軍じゃ剣士は募集してないし、かと言って母さんの道場で教えるばっかりってのもな……」
「ああ、それは私も勧められぬな。お前には若さと才能がある。それをこんなところで持て余すなど、勿体無いにも程があると言うものだ。
このまま道場を継ぐと言うくらいなら、もっと世界に目を向けてからの方がいい」
「世界に……、目を向ける? その、武者修行って言う、そんな感じで?」
「そうね、それもいいわね。その当代家元みたいに、狭い塞の中で囲われてるよりはずっといい経験になるわよ」
「そっか……、うーん」
と、渾沌が口元をにやっと歪ませてくる。
「なんなら、私と一緒に旅してみる? 楽しいわよ、こんな美人の奥さんと一緒だったら」
「ぅえ?」
秋也の反応を見て、渾沌は腹を抱えて笑い出した。
「あはは……、冗談よ、冗談。間違っても晴奈のこと、『お姉さま』だとか『お義母さま』なんて呼びたくないもの」
「くく、私も御免被る」
笑い合う二人に、秋也も苦笑いを返すしかなかった。
と――客間の戸を叩く音が響いてくる。
「お母さん、こっち?」
続いて、少女の声が客間に届く。
「ああ、月乃。入っておいで」
晴奈がそう声をかけると、三毛耳の、晴奈によく似た猫獣人の少女が客間に入ってきた。
「今月の月謝、受け取ってきたから。とりあえずあたしが……」
と、少女は秋也を見て、表情を硬くした。
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懐かしき我が家で。
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5.
紅蓮塞を後にし、秋也は故郷、黄海へ戻った。
「た、ただ……いま」
己の生家である黄屋敷の扉をそっと開け、秋也は中を確かめる。
「あら!」
と、屋敷の女中と目が合う。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま!」
「ちょ、お坊ちゃまはやめてくれよ。もう19なんだし」
「奥様、お坊ちゃんがお戻りになりましたよー!」
恥ずかしがる秋也に構わず、女中たちは大声で屋敷の女主人を呼ぶ。
「戻ってきたか」
と、声が返ってきた。
「おかえり、秋也」
秋也の母であり、かつ、かつて世界を巡った大英雄――「蒼天剣」の黄晴奈である。
「た、ただいま、戻りました」
「旅の顛末は小鈴と師匠、それから天狐より伺っている。
あいつからもな」
そう言って晴奈は、自分の降りてきた階段を指す。
「久しぶり、秋也」
「おわ」
階段から降りてきた渾沌に、秋也の尻尾はビク、と毛羽立つ。
「だから、一々私を見て驚かないでって言ってるでしょ? 傷付くんだから、結構」
「くく、既に疵のある身ではないか」
「あはは、そうでした、と。
……おかえり、秋也」
秋也は髪と耳、尻尾の毛並みを整え、体の埃を払い、それから改めて挨拶を返した。
「ただいま戻りました」
「そうか……。紅蓮塞は今や、それほど品位を落としているか」
秋也から改めて、小雪が感情任せに叱咤した件を聞いた晴奈は、はあ、とため息をついた。
「確かに私が塞にいた頃、何度か先代には叱られたものだ。
だがそれは、あくまで剣士を目指していた私の未熟をたしなめてのこと。左様に己の激情に身を任せて当たり散らすようなことは、終ぞされたことは無かったものだが」
「家元を名乗るには、まだ10年は早かったんでしょうね。とんだお子様よ」
うそぶく渾沌に、晴奈は同意する。
「確かにな。とは言え先代が亡くなられた際、他に資格のある者はいなかった。それを鑑みるに、改めて先代がもう少し長生きをし、小雪を導いていてくれればと、そう思わずにはいられぬ」
「そうねぇ。私としても、まだ先代が生きてたら、ちょっと顔見せるくらいのこと、したかったわね。何だかんだあって離れたけど、先代のことは嫌いじゃ無かったし」
昔話に花を咲かせる二人に、秋也は何となく、居心地の悪さを感じる。
それに気付いたらしく、渾沌が話を向けてきた。
「ねえ、秋也」
「え? あ、何?」
「あなた、これからどうするのかしら」
「……うーん」
それを問われても、秋也には答える言葉が無い。
「どう、って言われてもな。軍じゃ剣士は募集してないし、かと言って母さんの道場で教えるばっかりってのもな……」
「ああ、それは私も勧められぬな。お前には若さと才能がある。それをこんなところで持て余すなど、勿体無いにも程があると言うものだ。
このまま道場を継ぐと言うくらいなら、もっと世界に目を向けてからの方がいい」
「世界に……、目を向ける? その、武者修行って言う、そんな感じで?」
「そうね、それもいいわね。その当代家元みたいに、狭い塞の中で囲われてるよりはずっといい経験になるわよ」
「そっか……、うーん」
と、渾沌が口元をにやっと歪ませてくる。
「なんなら、私と一緒に旅してみる? 楽しいわよ、こんな美人の奥さんと一緒だったら」
「ぅえ?」
秋也の反応を見て、渾沌は腹を抱えて笑い出した。
「あはは……、冗談よ、冗談。間違っても晴奈のこと、『お姉さま』だとか『お義母さま』なんて呼びたくないもの」
「くく、私も御免被る」
笑い合う二人に、秋也も苦笑いを返すしかなかった。
と――客間の戸を叩く音が響いてくる。
「お母さん、こっち?」
続いて、少女の声が客間に届く。
「ああ、月乃。入っておいで」
晴奈がそう声をかけると、三毛耳の、晴奈によく似た猫獣人の少女が客間に入ってきた。
「今月の月謝、受け取ってきたから。とりあえずあたしが……」
と、少女は秋也を見て、表情を硬くした。
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