「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第1部
白猫夢・立秋抄 6
麒麟を巡る話、第50話。
そしてまた旅に出る。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
「……秋也兄さん」
「久しぶり、月乃」
秋也が声をかけるが、月乃は答えない。
ぷいと顔を背け、月乃は晴奈の側に寄った。
「月謝、あとで渡すね」
「月乃」
と、晴奈は顔をしかめ、月乃を見据える。
「はい」
「挨拶されて顔を背けるのが、お前の礼儀か?」
そうたしなめられ、月乃は渋々とした仕草で、嫌そうな顔を秋也に向ける。
「おかえり、秋也兄さん」
「ああ、うん、ただいま」
そのまま背を向け、月乃は客間を出て行ってしまった。
「……私には挨拶すら無し?」
憮然とする渾沌に、晴奈が頭を下げる。
「失礼仕った。後で叱っておく」
「まあ、いいわよ別に。……それよりも、私はともかくとして、なんで秋也にまであんな態度向けてたのかしら」
「……あまり、私の口から告げたくはないことではあったのだが」
晴奈が苦い顔で、こう説明する。
「月乃も修行の一環と言うことで、つい二ヶ月ほど前まで紅蓮塞にいたのだ。秋也が一度目に試験を受けた際には、……会わないようにしていた、と言っていたが」
「そうだったのか……」
「恐らくはそこで小雪より、秋也の話を伝え聞いたのだろう。甚だ憮然とするばかりであるが、紅蓮塞での秋也の評判は、よほど悪いと見える」
「……オレは気にしてない」
「私が気にする。いくら大恩ある古巣の修行場とは言え、見事に免許皆伝を果たして見せた剣士であり、大事な息子を蔑ろにされたとあれば到底、心中穏やかではいられぬよ。
いや、もっと根本的なことを言うとすれば、私の立ち上げた分家、黄派焔流を殊更に敵視しているきらいもあるようだからな。
月乃は戻って以降、私の道場で修行をしていない。それどころか私の道場に対する批判を、私に隠れて、方々でやっているとも聞く。
本家で学べるものは多いだろうと思って行かせたが、……あまり良い結果とはならなかったようだ」
苦い顔をする母に、秋也は申し訳ない気になった。
「……なんか、オレ、いない方がいいのかな」
「何?」
「紅蓮塞じゃ鼻つまみだし、こっちでもオレのせいで道場の評判、落としてるみたいだし。ほとぼりが冷めるまで、しばらくこの街を離れた方がマジでいいかも知れないよな、って」
「そんなことは無い」
晴奈はそうなだめたが、渾沌は肯定してきた。
「一理あると言えばあるんじゃない? どこかで一旗揚げて戻ってくるくらいの仕事してみせたら、きっとそいつらの評価も変わるわよ。
さっきも言ったけど、旅をもう一回してみるのも、今ならいいんじゃないかしらね」
「……むう」
晴奈は窓の外に目を向け、それから秋也たちに顔を向け直す。
「座して嵐の過ぎ去るを待つよりも、雲無き蒼天に駆けるを良しとする、……か。
確かに、それも一理あるように思える。……幸いにして今現在、世界は概ね平和と言える。もう一度くらい、旅に出てもいいかも知れぬな」
晴奈はすっと立ち上がり、客間を離れる。
「しばし待っていろ。路銀と旅装を持ってきてやる」
「いや、そんな、いいよ」
秋也は断るが、晴奈は肩をすくめてこう返す。
「可愛い子には旅をさせよ、と言うではないか。然るに、させると言うなら精々、可愛がってやらねば」
「あははは……、敵わないわねぇ、秋也」
母子のやり取りを聞いていた渾沌が、また笑い出した。
結局、秋也は晴奈の厚意を受け取って、再び旅に出ることにした。
「それじゃ、また、行ってきます」
「ああ。寂しくなったら、すぐ帰ってくるんだぞ」
「ああ。……それじゃ」
とりあえずと言うことで、秋也は西方行きの船に乗り込んだ。
「西方かー……。『兎』だらけって聞いたけど、どんなところなんだろうな」
そんなことをつぶやきながら、秋也は港で手を振る晴奈と渾沌に、手を振りかえす。
「行ってきまーす!」
「気を付けるんだぞー!」
そうこうするうちに、船は港を離れる。
「……行ってきます。……行ってきます、母さん」
再びの別れに、秋也はまた、鼻につんとくるものを感じていた。
「……へへ」
それを無理やりにごまかそうと、秋也は笑って見せる。
「……ふあ……」
と、それが欠伸に変わる。
(……そう言や、屋敷に着いてすぐ出て行ったから、休んでないんだよなぁ)
急に眠気を感じ、秋也は船室に向かう。
「……ま、……寝るかぁ」
ぽふっとベッドに飛び込むとほぼ同時に、秋也の意識は夢の中へと沈んでいった。
《シュウヤ》
「……んあ……」
《シュウヤってば》
「……んにゅ……」
《シュ、ウ、ヤっ! 起きろってば!》
三度も名前を呼ばれ、トントンと頭を叩かれたところで、秋也は飛び起きた。
「ふあっ!? ……な、なんだ?」
辺りを見回すが、そこは船室でも、自分の部屋でもない、異質な空間だった。
「ど、どこだ、ココ!?」
《おはよう、シュウヤ》
と、もう一度名前を呼ばれる。
「……!?」
秋也の目の前には、白い毛並みの耳と尻尾を持った、銀髪の猫獣人が立っていた。
秋也の、本当の冒険は――ここから始まる。
白猫夢・立秋抄 終
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そしてまた旅に出る。
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6.
「……秋也兄さん」
「久しぶり、月乃」
秋也が声をかけるが、月乃は答えない。
ぷいと顔を背け、月乃は晴奈の側に寄った。
「月謝、あとで渡すね」
「月乃」
と、晴奈は顔をしかめ、月乃を見据える。
「はい」
「挨拶されて顔を背けるのが、お前の礼儀か?」
そうたしなめられ、月乃は渋々とした仕草で、嫌そうな顔を秋也に向ける。
「おかえり、秋也兄さん」
「ああ、うん、ただいま」
そのまま背を向け、月乃は客間を出て行ってしまった。
「……私には挨拶すら無し?」
憮然とする渾沌に、晴奈が頭を下げる。
「失礼仕った。後で叱っておく」
「まあ、いいわよ別に。……それよりも、私はともかくとして、なんで秋也にまであんな態度向けてたのかしら」
「……あまり、私の口から告げたくはないことではあったのだが」
晴奈が苦い顔で、こう説明する。
「月乃も修行の一環と言うことで、つい二ヶ月ほど前まで紅蓮塞にいたのだ。秋也が一度目に試験を受けた際には、……会わないようにしていた、と言っていたが」
「そうだったのか……」
「恐らくはそこで小雪より、秋也の話を伝え聞いたのだろう。甚だ憮然とするばかりであるが、紅蓮塞での秋也の評判は、よほど悪いと見える」
「……オレは気にしてない」
「私が気にする。いくら大恩ある古巣の修行場とは言え、見事に免許皆伝を果たして見せた剣士であり、大事な息子を蔑ろにされたとあれば到底、心中穏やかではいられぬよ。
いや、もっと根本的なことを言うとすれば、私の立ち上げた分家、黄派焔流を殊更に敵視しているきらいもあるようだからな。
月乃は戻って以降、私の道場で修行をしていない。それどころか私の道場に対する批判を、私に隠れて、方々でやっているとも聞く。
本家で学べるものは多いだろうと思って行かせたが、……あまり良い結果とはならなかったようだ」
苦い顔をする母に、秋也は申し訳ない気になった。
「……なんか、オレ、いない方がいいのかな」
「何?」
「紅蓮塞じゃ鼻つまみだし、こっちでもオレのせいで道場の評判、落としてるみたいだし。ほとぼりが冷めるまで、しばらくこの街を離れた方がマジでいいかも知れないよな、って」
「そんなことは無い」
晴奈はそうなだめたが、渾沌は肯定してきた。
「一理あると言えばあるんじゃない? どこかで一旗揚げて戻ってくるくらいの仕事してみせたら、きっとそいつらの評価も変わるわよ。
さっきも言ったけど、旅をもう一回してみるのも、今ならいいんじゃないかしらね」
「……むう」
晴奈は窓の外に目を向け、それから秋也たちに顔を向け直す。
「座して嵐の過ぎ去るを待つよりも、雲無き蒼天に駆けるを良しとする、……か。
確かに、それも一理あるように思える。……幸いにして今現在、世界は概ね平和と言える。もう一度くらい、旅に出てもいいかも知れぬな」
晴奈はすっと立ち上がり、客間を離れる。
「しばし待っていろ。路銀と旅装を持ってきてやる」
「いや、そんな、いいよ」
秋也は断るが、晴奈は肩をすくめてこう返す。
「可愛い子には旅をさせよ、と言うではないか。然るに、させると言うなら精々、可愛がってやらねば」
「あははは……、敵わないわねぇ、秋也」
母子のやり取りを聞いていた渾沌が、また笑い出した。
結局、秋也は晴奈の厚意を受け取って、再び旅に出ることにした。
「それじゃ、また、行ってきます」
「ああ。寂しくなったら、すぐ帰ってくるんだぞ」
「ああ。……それじゃ」
とりあえずと言うことで、秋也は西方行きの船に乗り込んだ。
「西方かー……。『兎』だらけって聞いたけど、どんなところなんだろうな」
そんなことをつぶやきながら、秋也は港で手を振る晴奈と渾沌に、手を振りかえす。
「行ってきまーす!」
「気を付けるんだぞー!」
そうこうするうちに、船は港を離れる。
「……行ってきます。……行ってきます、母さん」
再びの別れに、秋也はまた、鼻につんとくるものを感じていた。
「……へへ」
それを無理やりにごまかそうと、秋也は笑って見せる。
「……ふあ……」
と、それが欠伸に変わる。
(……そう言や、屋敷に着いてすぐ出て行ったから、休んでないんだよなぁ)
急に眠気を感じ、秋也は船室に向かう。
「……ま、……寝るかぁ」
ぽふっとベッドに飛び込むとほぼ同時に、秋也の意識は夢の中へと沈んでいった。
《シュウヤ》
「……んあ……」
《シュウヤってば》
「……んにゅ……」
《シュ、ウ、ヤっ! 起きろってば!》
三度も名前を呼ばれ、トントンと頭を叩かれたところで、秋也は飛び起きた。
「ふあっ!? ……な、なんだ?」
辺りを見回すが、そこは船室でも、自分の部屋でもない、異質な空間だった。
「ど、どこだ、ココ!?」
《おはよう、シュウヤ》
と、もう一度名前を呼ばれる。
「……!?」
秋也の目の前には、白い毛並みの耳と尻尾を持った、銀髪の猫獣人が立っていた。
秋也の、本当の冒険は――ここから始まる。
白猫夢・立秋抄 終
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50話と区切りのいいところで、第1部の終了です。
第2部から、「白猫」と秋也とが、いよいよ深く関わることになります。
第1部以上の冒険譚をご期待くださいませ。
ただし。
現時点で第2部が、たった20話程度しか完成しておらず、
到底公開できるレベルに達しておりません。
見切り発車しようにも、すぐに停車してしまいかねない状況です。
頭の中ではある程度、構想はまとまっているんですが、
残念ながら仕事が少なからず忙しい状況にあり、
構想をまとめても、なかなか手を付けられないでいます。
それでも7月22日には第2部を始められるよう、
精一杯の努力はしていくつもりです。
皆様、どうぞご期待くださいませ。
というか、それが何よりの原動力です。
ご高覧いただき、そして感想をいただければ、僕の気力はいっぺんに回復します。
どれだけ仕事帰りで疲労困憊だろうが、バリバリ書く気が湧いてきます。
例え手痛い批評であれ、それは僕の作品を真面目に読んでいただいたと言う、何よりの証ですから。
というわけでご感想、お待ちしております。
50話と区切りのいいところで、第1部の終了です。
第2部から、「白猫」と秋也とが、いよいよ深く関わることになります。
第1部以上の冒険譚をご期待くださいませ。
ただし。
現時点で第2部が、たった20話程度しか完成しておらず、
到底公開できるレベルに達しておりません。
見切り発車しようにも、すぐに停車してしまいかねない状況です。
頭の中ではある程度、構想はまとまっているんですが、
残念ながら仕事が少なからず忙しい状況にあり、
構想をまとめても、なかなか手を付けられないでいます。
それでも7月22日には第2部を始められるよう、
精一杯の努力はしていくつもりです。
皆様、どうぞご期待くださいませ。
というか、それが何よりの原動力です。
ご高覧いただき、そして感想をいただければ、僕の気力はいっぺんに回復します。
どれだけ仕事帰りで疲労困憊だろうが、バリバリ書く気が湧いてきます。
例え手痛い批評であれ、それは僕の作品を真面目に読んでいただいたと言う、何よりの証ですから。
というわけでご感想、お待ちしております。



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総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
大丈夫!
今のところわたしのハートをわしづかんでいるぞ!
ゆっくり書いてくださって結構です。いつまでも待ちます。
わたしも修行に行くか……。
今のところわたしのハートをわしづかんでいるぞ!
ゆっくり書いてくださって結構です。いつまでも待ちます。
わたしも修行に行くか……。
- #1030 ポール・ブリッツ
- URL
- 2012.06/29 16:00
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NoTitle
前作でひとかどの活躍を成した人ですからね。
度量も深いです。
2部、鋭意執筆中です。
お楽しみに!
度量も深いです。
2部、鋭意執筆中です。
お楽しみに!
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