「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第2部
白猫夢・荷運抄 8
麒麟を巡る話、第64話。
ロガン卿からの依頼。
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8.
祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。
夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。
「すまんな、引き留めてしまって」
「あ、いえ」
「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」
ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したからだ。
ちなみに屋敷には普段から、ロガン卿と彼の娘しかおらず、使用人なども必要最低限、屋敷に通う形で雇っているため、夜も更けた現在、屋敷内にはこの3人の他に人の姿は無い。
「それで何でやしょ、話と言うのは」
「うむ。……まず、トッド君。貴君は西方のあちこちで活躍を収める、『パスポーター』の異名を取る男と聞いている」
「まあ、そうらしいですな」
「そしてシュウヤ君。君も相当の手練れであり、そして何より、仁愛の精神を持った剣士であると、私は見受けしている」
「どもっス」
そこでロガン卿は一旦、言葉を切る。
「……どこに間諜が紛れているか分からぬ昨今、落ち着いてこんな話ができるのは、私の屋敷くらいのものでな。そのため、こうして引き留めた。
話と言うのは他でもない、今現在、我々が隣国と戦っている、その件に関してのことだ。貴君らは少なからず、私の本懐、本意を知っていてくれているものと、そう思っている」
「ええ」
アルトはコク、とうなずいて見せる。秋也も声は出さずに、同様にうなずいた。
「当初は在野の、ごくごく小規模な私軍であったモダス中隊が我々の祖国、グリサルジャンを陥落させ、グリソモダス帝国を築いたのは、双月暦526年のこと。
そして隣国であったロージュマーブルを陥落させ、国号をグリスロージュと変えたのがわずか3年後の、529年のことだ。
それほどまでにフィッボ・モダス皇帝陛下の軍勢は、いや、陛下ご本人は、強かったのだ。一個の軍を率いる将としても、単騎の兵士としてもだ。
だが、それ以降から急に、帝国の進軍は鈍る。これは対外的・対内的の両面に、理由があるのだ」
「対外的……、にはプラティノアールの名宰相、ハーミット卿の存在ですね?」
そう尋ねたアルトに、ロガン卿は短くうなずいて返す。
「うむ。そのハーミット卿が突如、プラティノアールの宰相として名を馳せて以降、我が国は国際的に孤立の一途を辿ることとなった。
海上封鎖による貿易停止、西方数ヶ国にわたる商取引の凍結措置の指示および誘導、市場における帝国産品に対する大々的なバッシング――微に入り細に入り、ハーミット卿は軍事力ではなく、政治力と経済制裁によって我々を攻撃してきた。
その効果は年を経るごとに強まっている。かつては飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った我が国は、このまま看過しては早晩、立ち枯れようと言うところまで来ている。
そしてもう一つ、対内的に帝国がその歩を止めてしまっている原因。それはトッド君、君が以前に言いかけていた通り、陛下と参謀とで、意見の強い相違が生じているためだ。
経済的状況から鑑みればこれ以上の戦争続行はすべきではないし、この数十年で最も長きに渡る戦争状態によって、臣民の心は荒んでいる。陛下をはじめとする帝室政府要人の半数以上は戦争をただちに止め、プラティノアールと和平交渉すべきであると考えている。
だが一方で、これほど政治的・市場的圧力をかけられた状態で、こちらから休戦を申し出てはメンツに関わる、西方中から安く見られると言い張る者も少なくない。参謀を中心として、この主張が強い勢力を保ち続けている。
それ故に、戦争を直ちに止めるわけにも行かず、かと言って戦況を優勢にできる手立ても見出せないままに、ダラダラと戦争が続いているのだ」
「……政治的な話は、どうにも耳がイライラしちまうもんでしてね」
と、アルトが兎耳をコリコリとかきながら尋ねる。
「結局のところ、閣下は俺たちに何を頼みたいんで? それをお聞かせ願いたい」
「頼みと言うのは、他でもない」
ロガン卿はここで、頭を下げた。
「陛下に会い、依頼を受けてはもらえんだろうか」
「依頼? それは陛下御自らの、と言うことで?」
「そうだ。陛下は現在の、閉塞した状況を打開できる人間を密かに募集されていたのだ。
そう、軍に属さず、かつ、『ある極秘任務』を遂行できるに足る能力を持つ人材を」
「なるほど、合点が行きましたぜ」
アルトはそう言って、にやっと笑う。
「いくらなんでも、皇帝陛下の懐刀とまで名乗るようなお方が、あんな些末の任務に関わるとは――いくら仁に篤いお方とは言え――不可解でしたからねぇ。
そしてそのお眼鏡に、俺とシュウヤとが適ったわけですな?」
「そう言うことだ。……引き受けてもらえんか」
しばらくの沈黙が三人の間に流れた後、アルトが口を開く。
「聞くだけ聞いてみましょうか。それでもいいでしょうかね?」
「構わん。口外さえしなければ」
「シュウヤ、お前さんはどうする?」
アルトに問われ、秋也も答える。
「ロガン卿に頼み込まれて、嫌だなんて言えません。右に同じです」
「……恩に着る」
こうして秋也とアルトはグリスロージュ帝国最大の人物、フィッボ・モダス帝に会うこととなった。
白猫夢・荷運抄 終
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ロガン卿からの依頼。
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祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。
夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。
「すまんな、引き留めてしまって」
「あ、いえ」
「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」
ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したからだ。
ちなみに屋敷には普段から、ロガン卿と彼の娘しかおらず、使用人なども必要最低限、屋敷に通う形で雇っているため、夜も更けた現在、屋敷内にはこの3人の他に人の姿は無い。
「それで何でやしょ、話と言うのは」
「うむ。……まず、トッド君。貴君は西方のあちこちで活躍を収める、『パスポーター』の異名を取る男と聞いている」
「まあ、そうらしいですな」
「そしてシュウヤ君。君も相当の手練れであり、そして何より、仁愛の精神を持った剣士であると、私は見受けしている」
「どもっス」
そこでロガン卿は一旦、言葉を切る。
「……どこに間諜が紛れているか分からぬ昨今、落ち着いてこんな話ができるのは、私の屋敷くらいのものでな。そのため、こうして引き留めた。
話と言うのは他でもない、今現在、我々が隣国と戦っている、その件に関してのことだ。貴君らは少なからず、私の本懐、本意を知っていてくれているものと、そう思っている」
「ええ」
アルトはコク、とうなずいて見せる。秋也も声は出さずに、同様にうなずいた。
「当初は在野の、ごくごく小規模な私軍であったモダス中隊が我々の祖国、グリサルジャンを陥落させ、グリソモダス帝国を築いたのは、双月暦526年のこと。
そして隣国であったロージュマーブルを陥落させ、国号をグリスロージュと変えたのがわずか3年後の、529年のことだ。
それほどまでにフィッボ・モダス皇帝陛下の軍勢は、いや、陛下ご本人は、強かったのだ。一個の軍を率いる将としても、単騎の兵士としてもだ。
だが、それ以降から急に、帝国の進軍は鈍る。これは対外的・対内的の両面に、理由があるのだ」
「対外的……、にはプラティノアールの名宰相、ハーミット卿の存在ですね?」
そう尋ねたアルトに、ロガン卿は短くうなずいて返す。
「うむ。そのハーミット卿が突如、プラティノアールの宰相として名を馳せて以降、我が国は国際的に孤立の一途を辿ることとなった。
海上封鎖による貿易停止、西方数ヶ国にわたる商取引の凍結措置の指示および誘導、市場における帝国産品に対する大々的なバッシング――微に入り細に入り、ハーミット卿は軍事力ではなく、政治力と経済制裁によって我々を攻撃してきた。
その効果は年を経るごとに強まっている。かつては飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った我が国は、このまま看過しては早晩、立ち枯れようと言うところまで来ている。
そしてもう一つ、対内的に帝国がその歩を止めてしまっている原因。それはトッド君、君が以前に言いかけていた通り、陛下と参謀とで、意見の強い相違が生じているためだ。
経済的状況から鑑みればこれ以上の戦争続行はすべきではないし、この数十年で最も長きに渡る戦争状態によって、臣民の心は荒んでいる。陛下をはじめとする帝室政府要人の半数以上は戦争をただちに止め、プラティノアールと和平交渉すべきであると考えている。
だが一方で、これほど政治的・市場的圧力をかけられた状態で、こちらから休戦を申し出てはメンツに関わる、西方中から安く見られると言い張る者も少なくない。参謀を中心として、この主張が強い勢力を保ち続けている。
それ故に、戦争を直ちに止めるわけにも行かず、かと言って戦況を優勢にできる手立ても見出せないままに、ダラダラと戦争が続いているのだ」
「……政治的な話は、どうにも耳がイライラしちまうもんでしてね」
と、アルトが兎耳をコリコリとかきながら尋ねる。
「結局のところ、閣下は俺たちに何を頼みたいんで? それをお聞かせ願いたい」
「頼みと言うのは、他でもない」
ロガン卿はここで、頭を下げた。
「陛下に会い、依頼を受けてはもらえんだろうか」
「依頼? それは陛下御自らの、と言うことで?」
「そうだ。陛下は現在の、閉塞した状況を打開できる人間を密かに募集されていたのだ。
そう、軍に属さず、かつ、『ある極秘任務』を遂行できるに足る能力を持つ人材を」
「なるほど、合点が行きましたぜ」
アルトはそう言って、にやっと笑う。
「いくらなんでも、皇帝陛下の懐刀とまで名乗るようなお方が、あんな些末の任務に関わるとは――いくら仁に篤いお方とは言え――不可解でしたからねぇ。
そしてそのお眼鏡に、俺とシュウヤとが適ったわけですな?」
「そう言うことだ。……引き受けてもらえんか」
しばらくの沈黙が三人の間に流れた後、アルトが口を開く。
「聞くだけ聞いてみましょうか。それでもいいでしょうかね?」
「構わん。口外さえしなければ」
「シュウヤ、お前さんはどうする?」
アルトに問われ、秋也も答える。
「ロガン卿に頼み込まれて、嫌だなんて言えません。右に同じです」
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法則。「よく知りもしない人間に暗殺者や密使を依頼してくる権力者は、いかに善良そうに見えても信用するべからず」
- #1234 ポール・ブリッツ
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- 2012.08/07 17:15
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