「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第2部
白猫夢・離国抄 1
麒麟を巡る話、第70話。
賢帝の逐電。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
モダス帝の亡命作戦、決行当日。
この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。
「……」
が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。
その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。
「フィッボ。こんなことをしている場合ではないはずだ。すぐに戻れ」
そのアロイスが、まったく敬意を表さない、高圧的な命令口調でモダス帝に尋ねる。
「私はそうは思わない。それともアロイス、君は部屋に閉じこもって延々と平行線をたどる会議を催す方が、国民にとって有益だと思っているのか?」
「少なくとも敵ではなく、単なる獣に対して弓を射るのは無為でしかあるまい」
「ははは……、何も鹿を狩るだけが目的と言うわけでは無い。たまには場所と趣向を変えて、皆と意見交換をしたいと言うだけだ。
私はそちらの方が、まだ有意義になると考えている」
モダス帝の言葉を、アロイスはにべもなく否定した。
「そんな道理は存在しない。早急に、執務に戻るのだ」
しかしモダス帝はそれを無視し、背負っていた弓を構える。
「分かった、分かった。そんな苦言は終わらせてから、ゆっくりと聞こうじゃないか」
「……」
この様子を、側近の輪から一歩退いた形で眺めていたロガン卿は、内心冷や冷やしていた。
(今日が計画の実行日だと言うのに、陛下からどうも、緊張感を感じない。まさか、このまま本当に狩りだけをして、そのまま城に帰ってしまうつもりではあるまいな?
……いやいや、それは無いか。陛下が現状を疎んじているのも、体勢を立て直してクサーラ卿と対峙しようと決意されたのも、嘘やごまかしではない、現実のことだ。
となれば、あの気の無い様子は演技、……と見るしかないか)
そのうちに、一行は狩場に到着した。
「さて、と。それでは諸君、腕比べと行こうか」
「そうですな……、ここまで来て政治議論は無粋と言うもの」
「どうせなら楽しむとしましょうか」
側近らの大半は軍人であり、それなりに狩りを楽しむ気風も趣向もある。
「陛下、それでは私はあちらを狙って……」
と、一人が山際に特に近い森を指差すと、モダス帝は「あ」と声を上げた。
「しまったな、私もそこを狙っていたのだが」
「あ、そうでしたか。ではお譲りいたします」
「ありがとう、助かる」
その言動に、ロガン卿はほっとした。
(作戦の実行地点に固執された、……のならば、陛下はやる気だろう。
ならば私は、私に課せられた役割を全うするとしよう)
仕留めた鹿を運ぶなどの理由から、狩りは二人一組で行われることになっている。そしてモダス帝がその相手に、アロイスではなくロガン卿を選ぶのも、かねてから「自分は陛下の懐刀だ」とロガン卿が言っている通り、当然と言えた。
「……これで、こちら側の準備は整ったわけだ」
二人きりになり、森の中深くに分け入ったところで、モダス帝が口を開く。
「ええ。後のことは、お任せください」
「頼んだ。……だがシャルル」
モダス帝は真剣な顔を、ロガン卿に向けた。
「今回の計画は、あくまで帝国のために、即ち帝国に住まう善良なる臣民のために行うことだ。
私の努力を、無駄にはしてくれるな」
「と言うと?」
「首尾よくアロイスを討つことに成功し、私が帝国に戻って来た時。お前がいなくては、何の意味も無いのだからな。
決して、己の命を賭すような真似はしないでくれ」
「……承知致しました」
ロガン卿は深々と、頭を下げた。
と、そこに忍び寄る者たちが現れる。
「どうも……」
その二人が秋也たちであることを確認し、ロガン卿とモダス帝は小さく手を振った。
「ああ、ありがとう。
ではトッド君、コウ君。君たちに私の命を預けるとしよう」
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賢帝の逐電。
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1.
モダス帝の亡命作戦、決行当日。
この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。
「……」
が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。
その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。
「フィッボ。こんなことをしている場合ではないはずだ。すぐに戻れ」
そのアロイスが、まったく敬意を表さない、高圧的な命令口調でモダス帝に尋ねる。
「私はそうは思わない。それともアロイス、君は部屋に閉じこもって延々と平行線をたどる会議を催す方が、国民にとって有益だと思っているのか?」
「少なくとも敵ではなく、単なる獣に対して弓を射るのは無為でしかあるまい」
「ははは……、何も鹿を狩るだけが目的と言うわけでは無い。たまには場所と趣向を変えて、皆と意見交換をしたいと言うだけだ。
私はそちらの方が、まだ有意義になると考えている」
モダス帝の言葉を、アロイスはにべもなく否定した。
「そんな道理は存在しない。早急に、執務に戻るのだ」
しかしモダス帝はそれを無視し、背負っていた弓を構える。
「分かった、分かった。そんな苦言は終わらせてから、ゆっくりと聞こうじゃないか」
「……」
この様子を、側近の輪から一歩退いた形で眺めていたロガン卿は、内心冷や冷やしていた。
(今日が計画の実行日だと言うのに、陛下からどうも、緊張感を感じない。まさか、このまま本当に狩りだけをして、そのまま城に帰ってしまうつもりではあるまいな?
……いやいや、それは無いか。陛下が現状を疎んじているのも、体勢を立て直してクサーラ卿と対峙しようと決意されたのも、嘘やごまかしではない、現実のことだ。
となれば、あの気の無い様子は演技、……と見るしかないか)
そのうちに、一行は狩場に到着した。
「さて、と。それでは諸君、腕比べと行こうか」
「そうですな……、ここまで来て政治議論は無粋と言うもの」
「どうせなら楽しむとしましょうか」
側近らの大半は軍人であり、それなりに狩りを楽しむ気風も趣向もある。
「陛下、それでは私はあちらを狙って……」
と、一人が山際に特に近い森を指差すと、モダス帝は「あ」と声を上げた。
「しまったな、私もそこを狙っていたのだが」
「あ、そうでしたか。ではお譲りいたします」
「ありがとう、助かる」
その言動に、ロガン卿はほっとした。
(作戦の実行地点に固執された、……のならば、陛下はやる気だろう。
ならば私は、私に課せられた役割を全うするとしよう)
仕留めた鹿を運ぶなどの理由から、狩りは二人一組で行われることになっている。そしてモダス帝がその相手に、アロイスではなくロガン卿を選ぶのも、かねてから「自分は陛下の懐刀だ」とロガン卿が言っている通り、当然と言えた。
「……これで、こちら側の準備は整ったわけだ」
二人きりになり、森の中深くに分け入ったところで、モダス帝が口を開く。
「ええ。後のことは、お任せください」
「頼んだ。……だがシャルル」
モダス帝は真剣な顔を、ロガン卿に向けた。
「今回の計画は、あくまで帝国のために、即ち帝国に住まう善良なる臣民のために行うことだ。
私の努力を、無駄にはしてくれるな」
「と言うと?」
「首尾よくアロイスを討つことに成功し、私が帝国に戻って来た時。お前がいなくては、何の意味も無いのだからな。
決して、己の命を賭すような真似はしないでくれ」
「……承知致しました」
ロガン卿は深々と、頭を下げた。
と、そこに忍び寄る者たちが現れる。
「どうも……」
その二人が秋也たちであることを確認し、ロガン卿とモダス帝は小さく手を振った。
「ああ、ありがとう。
ではトッド君、コウ君。君たちに私の命を預けるとしよう」
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