「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第2部
白猫夢・帝憶抄 8
麒麟を巡る話、第81話。
それはまるで、地獄巡りのように。
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8.
「どう言うことだ、アロイスッ!」
フィッボは大慌てで城に戻り、アロイスを詰問した。
「私は鉱山採掘をやめるよう、全面的に通達を出したはずだ! それが今しがた視察に行ってみれば、やめているどころか、以前にも増して阿漕な採掘を行っているではないか!?
しかもそれを指示したのは私の名を騙った、他ならぬお前だと言う! どう言うことなのか、説明してもらおうか……!」
これに対し、アロイスは感情のまったくこもらない声で、こう返した。
「戦争には莫大な戦費がかかる。酪農などと言った産業では到底、賄うことはできない。
お前は金を稼ぐ術を分かっていないようだからな。私が手配しておいた」
「何を言っているんだ!? 戦争はもう……」
「現在、ロージュマーブル王国からの牽制が強まっている傾向にある。戦争状態になるのは明白だ。そのため戦費を集め、備えねばならんのだ。
とは言え今現在、装備は既に十分な数が集まっている。兵士の徴用も終わっている。後はフィッボ、お前が宣戦布告を行うだけだが……」
と、そこへ伝令がやって来た。
「宣戦布告の旨、ロージュマーブルが受諾しました」
「なっ……」
青ざめ、よろめきかけるフィッボに、アロイスは冷たい口調で命令した。
「さあ、戦うのだフィッボ。お前はこの世界を統べる御子なのだから」
2度目の戦いは、フィッボにとって苦痛以外の何物でもなかった。
無理矢理に徴兵されてきた兵士からは常に怨嗟と怒りに満ちた視線を向けられていたし、豊富な軍事物資もすべて、人民の生活基盤を犠牲にして得たものである。
国民の血を吸い取ったかのような陣営をたのみにすることなど、心優しいフィッボにはできようはずもない。彼はロージュマーブルとの戦いの半分以上を、単騎で戦い通した。
それは以前にも増して孤独で、誰からも喜ばれることも、称賛されることもない、これまで以上に恨みと悲しみと疲労感しか残らない、悲惨な結果だけが待つ戦いとなった。
それでも――双月暦529年、彼はロージュマーブル王国を陥落させ、国号をグリスロージュと変えて、戦いを終わらせた。
彼の心はこの頃既に、形容する言葉が無いほどに真っ暗な、希望の光を失った状態に堕ちていた。
「ご苦労だった、フィッボ」
そんな憔悴しきった彼に一片の労いも見せることなく、アロイスはこう命じる。
「次はプラティノアール王国だ。既に戦費の蓄えを始めている。徴兵も、元ロージュマーブルの領地より大々的に行っている。3ヶ月もあれば、次の戦いを始められるだろう」
「……アロイス……、君は何を、考えているんだ……!」
体の奥から搾り出すようにフィッボは声を上げ、そう問いかける。
だがアロイスからは、淡々と、しかし心ある人間とは到底思えないような、そんな答えが返ってくるばかりだった。
「言うまでもないことだ。お前を世界の王にする。それだけだ」
「流石にね」
基盤を修繕し終え、フィッボはそれを灯りの中に戻す。
「それ以上戦うのは、私には無理だったよ。それ以上に戦い、恨みを一身にぶつけられては、私はとても正気を保ってはいられなかっただろう」
「だから、クサーラ卿を暗殺しようと?」
「そうだ。だが前にも言った通り6度も試みたわけだが、一度として成功することは無かった。
とは言え、そのまま絶望に圧されて己を殺すことも、私には耐えられない恐怖だった。だから10年、亡命の機会を待っていたのだ。
……さてと、点くかな?」
フィッボは灯りの蓋を閉じ、スイッチを入れる。
灯りは以前と同じように、ぽわ……、と温かい光を発した。
「よし、直ったみたいだ。……シュウヤ君、後は私が番をしておこうか?」
「いや……、大丈夫っス。フィッボさんの方こそ、寝ていてくださいよ。途中で代わってもらったなんてロガン卿が知ったら、オレ、大目玉食らっちゃいますし」
「はは……、それもそうか。では朝まで、話に付き合ってもらうとしようかな。実はね」
フィッボは兎耳をコリコリとかきながら、申し訳なさそうにこう続けた。
「ここ数年、2時間以上寝られたことが無いんだ。夢にいつも、悪魔が出てくるものだから」
「……そう、スか」
「だから今夜はもう寝られそうにないし、話し相手になってくれるかな」
「ええ、オレで良ければ。……って言うか、オレ以外にいないスね」
「はは、そうだった。じゃあ、シュウヤ君。君の話を聞かせてもらおうかな」
「オレの? うーん、そうっスねー……、じゃあオレのお袋の話でも」
「君のお母さん?」
「ええ。セイナ・コウって知ってますかね?」
「聞いたことがあるが、……うん? 君の名字もコウだったが、まさか?」
「ええ、そのまさかです」
その後は朝まで、秋也は自分の母の英雄譚をフィッボに聞かせていた。
「……」
そして話の間中――馬車の縁に、アルトの兎耳がそっと立てられていたことには、二人は気付いていなかった。
白猫夢・帝憶抄 終
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「どう言うことだ、アロイスッ!」
フィッボは大慌てで城に戻り、アロイスを詰問した。
「私は鉱山採掘をやめるよう、全面的に通達を出したはずだ! それが今しがた視察に行ってみれば、やめているどころか、以前にも増して阿漕な採掘を行っているではないか!?
しかもそれを指示したのは私の名を騙った、他ならぬお前だと言う! どう言うことなのか、説明してもらおうか……!」
これに対し、アロイスは感情のまったくこもらない声で、こう返した。
「戦争には莫大な戦費がかかる。酪農などと言った産業では到底、賄うことはできない。
お前は金を稼ぐ術を分かっていないようだからな。私が手配しておいた」
「何を言っているんだ!? 戦争はもう……」
「現在、ロージュマーブル王国からの牽制が強まっている傾向にある。戦争状態になるのは明白だ。そのため戦費を集め、備えねばならんのだ。
とは言え今現在、装備は既に十分な数が集まっている。兵士の徴用も終わっている。後はフィッボ、お前が宣戦布告を行うだけだが……」
と、そこへ伝令がやって来た。
「宣戦布告の旨、ロージュマーブルが受諾しました」
「なっ……」
青ざめ、よろめきかけるフィッボに、アロイスは冷たい口調で命令した。
「さあ、戦うのだフィッボ。お前はこの世界を統べる御子なのだから」
2度目の戦いは、フィッボにとって苦痛以外の何物でもなかった。
無理矢理に徴兵されてきた兵士からは常に怨嗟と怒りに満ちた視線を向けられていたし、豊富な軍事物資もすべて、人民の生活基盤を犠牲にして得たものである。
国民の血を吸い取ったかのような陣営をたのみにすることなど、心優しいフィッボにはできようはずもない。彼はロージュマーブルとの戦いの半分以上を、単騎で戦い通した。
それは以前にも増して孤独で、誰からも喜ばれることも、称賛されることもない、これまで以上に恨みと悲しみと疲労感しか残らない、悲惨な結果だけが待つ戦いとなった。
それでも――双月暦529年、彼はロージュマーブル王国を陥落させ、国号をグリスロージュと変えて、戦いを終わらせた。
彼の心はこの頃既に、形容する言葉が無いほどに真っ暗な、希望の光を失った状態に堕ちていた。
「ご苦労だった、フィッボ」
そんな憔悴しきった彼に一片の労いも見せることなく、アロイスはこう命じる。
「次はプラティノアール王国だ。既に戦費の蓄えを始めている。徴兵も、元ロージュマーブルの領地より大々的に行っている。3ヶ月もあれば、次の戦いを始められるだろう」
「……アロイス……、君は何を、考えているんだ……!」
体の奥から搾り出すようにフィッボは声を上げ、そう問いかける。
だがアロイスからは、淡々と、しかし心ある人間とは到底思えないような、そんな答えが返ってくるばかりだった。
「言うまでもないことだ。お前を世界の王にする。それだけだ」
「流石にね」
基盤を修繕し終え、フィッボはそれを灯りの中に戻す。
「それ以上戦うのは、私には無理だったよ。それ以上に戦い、恨みを一身にぶつけられては、私はとても正気を保ってはいられなかっただろう」
「だから、クサーラ卿を暗殺しようと?」
「そうだ。だが前にも言った通り6度も試みたわけだが、一度として成功することは無かった。
とは言え、そのまま絶望に圧されて己を殺すことも、私には耐えられない恐怖だった。だから10年、亡命の機会を待っていたのだ。
……さてと、点くかな?」
フィッボは灯りの蓋を閉じ、スイッチを入れる。
灯りは以前と同じように、ぽわ……、と温かい光を発した。
「よし、直ったみたいだ。……シュウヤ君、後は私が番をしておこうか?」
「いや……、大丈夫っス。フィッボさんの方こそ、寝ていてくださいよ。途中で代わってもらったなんてロガン卿が知ったら、オレ、大目玉食らっちゃいますし」
「はは……、それもそうか。では朝まで、話に付き合ってもらうとしようかな。実はね」
フィッボは兎耳をコリコリとかきながら、申し訳なさそうにこう続けた。
「ここ数年、2時間以上寝られたことが無いんだ。夢にいつも、悪魔が出てくるものだから」
「……そう、スか」
「だから今夜はもう寝られそうにないし、話し相手になってくれるかな」
「ええ、オレで良ければ。……って言うか、オレ以外にいないスね」
「はは、そうだった。じゃあ、シュウヤ君。君の話を聞かせてもらおうかな」
「オレの? うーん、そうっスねー……、じゃあオレのお袋の話でも」
「君のお母さん?」
「ええ。セイナ・コウって知ってますかね?」
「聞いたことがあるが、……うん? 君の名字もコウだったが、まさか?」
「ええ、そのまさかです」
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NoTitle
目が覚めるのも早かったと思います。
ましてやいけ好かない奴が何か話してるとなれば……。