「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第2部
白猫夢・銃聖抄 4
麒麟を巡る話、第89話。
次世代技術。
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4.
間もなく野営地にその、瀕死の兵士が運ばれてきた。
「……」
秋也の予想通り、それはサンデル・マーニュ大尉だった。
「腹部にナイフを突き立てた状態で発見されました。
ためらい傷と見られるものが数点あり、また発見された際、『介錯を頼む』と何度もつぶやいていたと言う報告から、自決を試みたものと思われます」
軍医がそう報告しつつ、サンデルに治療術をかける。
「助かるんですか?」
秋也にそう尋ねられ、軍医は渋い顔を返す。
「半々、と言うところでしょう。何度もためらったらしく、致命傷となる刺突を加えたのがかなり遅くになってから、と言うのが幸いしたか、まだ息はあります。
しかし普通の人間は腹に深い傷を負えば、長時間生きているのは、まず不可能ですからね」
「そう……、ですか」
ベッドに横たわっているサンデルの顔には、ほとんど血の気が見られない。今にも死の淵へ転がり込んでいきそうな、青白い顔をしていた。
「そしてなお悪いことに、この容態まで進行しては、残念ながら私の腕とこの環境では応急処置が精一杯です。首都に送り、十分な治療を受けさせなければ、一両日中に死亡するでしょう」
「ソレはまずいわね」
と、リスト司令がつぶやく。
「馬車には馬が付き物だけど、現場に馬はいなかった。と言うコトは、馬車に乗っていた他の人間は、馬に乗ってさらに進んでいる、と言うコトになるわ。
その行方が分からないと、こちらとしても対応できないわ」
「行方は多分……、むぐ」
言いかけた秋也の口を、アルピナが塞ぐ。
「早急に、彼を応答が可能な状態まで回復させなければいけませんね」
「ま、ソレも運が良かったって言っていいわね」
そう言って、リスト司令は軍医や、外に立たせていた兵士に指示を送った。
「アンタはコイツを移送可能な状態にしといて。アンタらも手伝ってあげて。それからアンタは車に給油しといて。
で、シュウヤ君。それからアルピナ」
「はい」
「アンタたちはアタシと一緒に、『車』に乗りなさい。もう馬車と重要参考人は見つかったから、後は撤収するだけでしょ?」
車、と聞いて、秋也は馬車を想像していた。
ところがリスト司令に連れられて見た「それ」には、馬は一頭もつながれていない。
「あの、チェスターさん」
「なに?」
「馬は?」
「いらないのよ、コレ」
そう返し、リスト司令は楽しそうに笑う。
「まだ実験段階なんだけど、きっとコレは、次世代の足になるでしょうね」
アルピナはその「車」からジグザグに曲がった棒を取り出し、車の後ろにしゃがみ込む。
「ありがと、アルピナ」
「いえ、お気遣いなく」
アルピナは棒を車体後方に空いた穴に挿し、ぐるぐると回す。
そのうちにパン、パンと軽い破裂音が続き、やがてドドド……、と重いものに変わった。
「コレって……、なんです?」
何をしているのか分からず、秋也はリスト司令に尋ねた。
「エンジン動かしたのよ。……って言ってもエンジンって何か、って言われたらアタシも答えにくいけど。
簡単に言うと、油で動く馬、の心臓みたいなもんね」
「油で動く馬の心臓?」
説明されても、秋也には何が何だか分からない。
と、いつの間にか車の前方、ハンドルの付いた席に座っていたアルピナが声をかける。
「準備整いました」
「じゃ、乗りましょ」
リスト司令は秋也に手招きしつつ、後部座席に乗り込む。秋也もそれに続き、リスト司令の横に座った。
「なんだっけ、サンデルさん? も運ばれてきたわね。ありがと、みんな」
兵士が横一列に並び、敬礼したところで、リストは皆に軽く手を振る。
「じゃあ、出発して頂戴」
「了解しました」
アルピナはレバーや床のスイッチをあれこれと操作し、車を発進させた。
その速さに、秋也は目を丸くする。
「すげえ速い……」
「アンタも名前を聞いてるかも知れないけど、ウチにはハーミット卿って言う、すごくアタマいい総理大臣がいるのよ。
で、卿はココ15年くらい、あっちこっちから武勲を立てた軍人とか、すごい発明をした研究者だとか、とにかく人を集めてたの。アタシもその一人。
その一人にカール・スタッガートっておっさんがいて――金火狐にいたとか自慢してたわね――そいつがコレを造ったのよ。馬使うよりはるかに速い、機械仕掛けのクルマ。今はまだ実地試験中で10台くらいしかないけど、いずれは軍用に正規採用されて、量産されるコトになるでしょうね」
車は最高速に達し、勢いよく街道を走り抜ける。
そのうちに、東の方から朝日が差してきた。
「……すげえな……!」
秋也はぞくぞくとするものを感じていた。
と言っても、寒気や恐怖などではない。それは一言では形容しがたい、希望と期待に満ち溢れた感情だった。
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間もなく野営地にその、瀕死の兵士が運ばれてきた。
「……」
秋也の予想通り、それはサンデル・マーニュ大尉だった。
「腹部にナイフを突き立てた状態で発見されました。
ためらい傷と見られるものが数点あり、また発見された際、『介錯を頼む』と何度もつぶやいていたと言う報告から、自決を試みたものと思われます」
軍医がそう報告しつつ、サンデルに治療術をかける。
「助かるんですか?」
秋也にそう尋ねられ、軍医は渋い顔を返す。
「半々、と言うところでしょう。何度もためらったらしく、致命傷となる刺突を加えたのがかなり遅くになってから、と言うのが幸いしたか、まだ息はあります。
しかし普通の人間は腹に深い傷を負えば、長時間生きているのは、まず不可能ですからね」
「そう……、ですか」
ベッドに横たわっているサンデルの顔には、ほとんど血の気が見られない。今にも死の淵へ転がり込んでいきそうな、青白い顔をしていた。
「そしてなお悪いことに、この容態まで進行しては、残念ながら私の腕とこの環境では応急処置が精一杯です。首都に送り、十分な治療を受けさせなければ、一両日中に死亡するでしょう」
「ソレはまずいわね」
と、リスト司令がつぶやく。
「馬車には馬が付き物だけど、現場に馬はいなかった。と言うコトは、馬車に乗っていた他の人間は、馬に乗ってさらに進んでいる、と言うコトになるわ。
その行方が分からないと、こちらとしても対応できないわ」
「行方は多分……、むぐ」
言いかけた秋也の口を、アルピナが塞ぐ。
「早急に、彼を応答が可能な状態まで回復させなければいけませんね」
「ま、ソレも運が良かったって言っていいわね」
そう言って、リスト司令は軍医や、外に立たせていた兵士に指示を送った。
「アンタはコイツを移送可能な状態にしといて。アンタらも手伝ってあげて。それからアンタは車に給油しといて。
で、シュウヤ君。それからアルピナ」
「はい」
「アンタたちはアタシと一緒に、『車』に乗りなさい。もう馬車と重要参考人は見つかったから、後は撤収するだけでしょ?」
車、と聞いて、秋也は馬車を想像していた。
ところがリスト司令に連れられて見た「それ」には、馬は一頭もつながれていない。
「あの、チェスターさん」
「なに?」
「馬は?」
「いらないのよ、コレ」
そう返し、リスト司令は楽しそうに笑う。
「まだ実験段階なんだけど、きっとコレは、次世代の足になるでしょうね」
アルピナはその「車」からジグザグに曲がった棒を取り出し、車の後ろにしゃがみ込む。
「ありがと、アルピナ」
「いえ、お気遣いなく」
アルピナは棒を車体後方に空いた穴に挿し、ぐるぐると回す。
そのうちにパン、パンと軽い破裂音が続き、やがてドドド……、と重いものに変わった。
「コレって……、なんです?」
何をしているのか分からず、秋也はリスト司令に尋ねた。
「エンジン動かしたのよ。……って言ってもエンジンって何か、って言われたらアタシも答えにくいけど。
簡単に言うと、油で動く馬、の心臓みたいなもんね」
「油で動く馬の心臓?」
説明されても、秋也には何が何だか分からない。
と、いつの間にか車の前方、ハンドルの付いた席に座っていたアルピナが声をかける。
「準備整いました」
「じゃ、乗りましょ」
リスト司令は秋也に手招きしつつ、後部座席に乗り込む。秋也もそれに続き、リスト司令の横に座った。
「なんだっけ、サンデルさん? も運ばれてきたわね。ありがと、みんな」
兵士が横一列に並び、敬礼したところで、リストは皆に軽く手を振る。
「じゃあ、出発して頂戴」
「了解しました」
アルピナはレバーや床のスイッチをあれこれと操作し、車を発進させた。
その速さに、秋也は目を丸くする。
「すげえ速い……」
「アンタも名前を聞いてるかも知れないけど、ウチにはハーミット卿って言う、すごくアタマいい総理大臣がいるのよ。
で、卿はココ15年くらい、あっちこっちから武勲を立てた軍人とか、すごい発明をした研究者だとか、とにかく人を集めてたの。アタシもその一人。
その一人にカール・スタッガートっておっさんがいて――金火狐にいたとか自慢してたわね――そいつがコレを造ったのよ。馬使うよりはるかに速い、機械仕掛けのクルマ。今はまだ実地試験中で10台くらいしかないけど、いずれは軍用に正規採用されて、量産されるコトになるでしょうね」
車は最高速に達し、勢いよく街道を走り抜ける。
そのうちに、東の方から朝日が差してきた。
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世界各地から技術者や研究者を集め、国力を高めようとしています。
その結果のひとつが、今話に出てきたガソリンエンジンですね。