「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第2部
白猫夢・黒宰抄 1
麒麟を巡る話、第92話。
西方で最も忙しい男。
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1.
応接間に移った秋也とハーミット卿は、そこで改めて挨拶を交わした。
「シュウヤ・コウです。央南の剣士です」
「ネロ・ハーミットだ。この国の総理大臣をしてる。すまないね、運動してたのに」
「いえ、そんな……。
それで、オレに話って言うのは一体、なんでしょうか?」
秋也に尋ねられるが、ハーミット卿は肩をすくめて返す。
「なに、そんなにかしこまるほど重要な話でもないんだ。いくつか確認したいことがあった、ってだけさ。
それこそ、囲碁でも打ちながら話すような、他愛もないことさ」
そう答えつつ、ハーミット卿は手にしていたかばんから板と、箱を2つ取り出す。
「これに関しては、ほとんど中毒でね。君、打てるかな?」
ハーミット卿が取り出したのは、碁盤と碁石だった。
「あ、はい。一応、それなりには」
「それはいい。君の叔母さんから教わったのかな」
「え? ええ、何度か」
「僕も君の叔母さんやお母さん、それからお父さんとも何度か打ったことがある。グラッドさんとも一回あったかな」
「ご存知なんですか?」
「ああ。昔、色々とお世話になったからね。
その関係からなんだ、チェスターさんを王国に招いたのは。当時から兵士としても、指揮官としても相当の資質と経験を有していたからね。だから司令職も通常以上の働きをしてくれるだろうと、そう踏んだんだ。その点、僕の眼に間違いは無かったようだ。
さてと、ハンデをあげよう。僕は白を使うよ。君は黒を。10目置いていい」
卿に言われるまま、秋也は先手となる黒い碁石を握り、10ヶ所に設置する。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
たがいに頭を下げ、そこで秋也は、卿の両目が青と黒のオッドアイであることに気付いた。
その右目にはまる黒目は、恐ろしいほどに色が無い。失明しているような感じでは無いが、まるで底の見えない井戸のような、その異様な輝度の低さに、秋也はぶる、とわずかに身震いした。
(……あれ? でも)
秋也は以前に、似たようなものを見たような覚えもあった。
「まあ、君に聞きたいことって言うのがね」
秋也の様子には触れず、卿はパチ、パチと石を打ちながら、話を切り出す。
「チェスターさんからも伺ったことなんだけど、君はグリスロージュの関係者、それも皇帝絡みの重要人物だと、そう聞いたんだ。これは間違いないかな」
「ありません。オレはモダス帝直々に、依頼を受けました」
秋也も応戦しつつ、質問に答える。
「その依頼内容は、彼の亡命を手助けすること。これも間違いなしかい?」
「はい」
「そしてその途中、国境を越える際に、馬車に乗って脱出するはずが見捨てられ、一人で森を踏破する羽目になった。そうだね?」
「はい」
「今現在、軍の病院に搬送されているグリスロージュ兵と思われる人物も、君は知っている」
「ええ」
のんびりと話をしている反面、既に盤上は激戦の様子を呈していた。
いや――正確に言えば、早くも秋也の劣勢が仄見える状態にあった。
「うー……ん」
「その兵士の素性も、君は良く知っているらしいね」
「ええ」
「詳しく聞かせてもらえるかな?」
「はい。名前はサンデル・マーニュ。階級は大尉で、シャルル・ロガン少将と言う人の側近をされてました。
すごく忠誠心が強くて、血気盛んな人です。ロガン卿が私邸で、えーと……、グリスロージュの参謀の、クサーラ卿に襲われた時も、一人で乗り込んで撃退したそうです。
で、そのままロガン卿とその娘さんと一緒に、オレたちのところまで馬車で来てくれたんです」
「ふむ。その馬車は、ローバーウォード北東部で見つかったって言う、その馬車かな」
「自分の眼で確認はしてませんが……、多分そうです」
「あまり意味は無いとは思うけど、後で確認してもらうかも知れないね。
それで、そのマーニュ大尉って人なんだけど、今朝方意識が戻ったそうだよ」
「本当ですか!?」
上ずった声で尋ねた秋也に、卿はクスっと笑って返した。
「ああ。ただ、軽く錯乱状態になっていたそうだ。
自分が助かったことを知るや否や、『敵国の情けは受けん!』とか何とか叫んで窓から飛び降りようとしたけど、病室が3階なのを知った途端にしゃがみ込んだんで、その隙に拘束され、今はベッドにくくり付けられてるらしいよ」
「そ、そうスか」
「関係者だって言う君が一緒に来てくれれば、彼も平静を取り戻すだろう。
丁度勝負も決したことだし、今度はそこに行こう」
卿の言う通り、盤上の決着はほぼ付いていた。
(……うわぁ、強ええ)
秋也の惨敗である。
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西方で最も忙しい男。
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応接間に移った秋也とハーミット卿は、そこで改めて挨拶を交わした。
「シュウヤ・コウです。央南の剣士です」
「ネロ・ハーミットだ。この国の総理大臣をしてる。すまないね、運動してたのに」
「いえ、そんな……。
それで、オレに話って言うのは一体、なんでしょうか?」
秋也に尋ねられるが、ハーミット卿は肩をすくめて返す。
「なに、そんなにかしこまるほど重要な話でもないんだ。いくつか確認したいことがあった、ってだけさ。
それこそ、囲碁でも打ちながら話すような、他愛もないことさ」
そう答えつつ、ハーミット卿は手にしていたかばんから板と、箱を2つ取り出す。
「これに関しては、ほとんど中毒でね。君、打てるかな?」
ハーミット卿が取り出したのは、碁盤と碁石だった。
「あ、はい。一応、それなりには」
「それはいい。君の叔母さんから教わったのかな」
「え? ええ、何度か」
「僕も君の叔母さんやお母さん、それからお父さんとも何度か打ったことがある。グラッドさんとも一回あったかな」
「ご存知なんですか?」
「ああ。昔、色々とお世話になったからね。
その関係からなんだ、チェスターさんを王国に招いたのは。当時から兵士としても、指揮官としても相当の資質と経験を有していたからね。だから司令職も通常以上の働きをしてくれるだろうと、そう踏んだんだ。その点、僕の眼に間違いは無かったようだ。
さてと、ハンデをあげよう。僕は白を使うよ。君は黒を。10目置いていい」
卿に言われるまま、秋也は先手となる黒い碁石を握り、10ヶ所に設置する。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
たがいに頭を下げ、そこで秋也は、卿の両目が青と黒のオッドアイであることに気付いた。
その右目にはまる黒目は、恐ろしいほどに色が無い。失明しているような感じでは無いが、まるで底の見えない井戸のような、その異様な輝度の低さに、秋也はぶる、とわずかに身震いした。
(……あれ? でも)
秋也は以前に、似たようなものを見たような覚えもあった。
「まあ、君に聞きたいことって言うのがね」
秋也の様子には触れず、卿はパチ、パチと石を打ちながら、話を切り出す。
「チェスターさんからも伺ったことなんだけど、君はグリスロージュの関係者、それも皇帝絡みの重要人物だと、そう聞いたんだ。これは間違いないかな」
「ありません。オレはモダス帝直々に、依頼を受けました」
秋也も応戦しつつ、質問に答える。
「その依頼内容は、彼の亡命を手助けすること。これも間違いなしかい?」
「はい」
「そしてその途中、国境を越える際に、馬車に乗って脱出するはずが見捨てられ、一人で森を踏破する羽目になった。そうだね?」
「はい」
「今現在、軍の病院に搬送されているグリスロージュ兵と思われる人物も、君は知っている」
「ええ」
のんびりと話をしている反面、既に盤上は激戦の様子を呈していた。
いや――正確に言えば、早くも秋也の劣勢が仄見える状態にあった。
「うー……ん」
「その兵士の素性も、君は良く知っているらしいね」
「ええ」
「詳しく聞かせてもらえるかな?」
「はい。名前はサンデル・マーニュ。階級は大尉で、シャルル・ロガン少将と言う人の側近をされてました。
すごく忠誠心が強くて、血気盛んな人です。ロガン卿が私邸で、えーと……、グリスロージュの参謀の、クサーラ卿に襲われた時も、一人で乗り込んで撃退したそうです。
で、そのままロガン卿とその娘さんと一緒に、オレたちのところまで馬車で来てくれたんです」
「ふむ。その馬車は、ローバーウォード北東部で見つかったって言う、その馬車かな」
「自分の眼で確認はしてませんが……、多分そうです」
「あまり意味は無いとは思うけど、後で確認してもらうかも知れないね。
それで、そのマーニュ大尉って人なんだけど、今朝方意識が戻ったそうだよ」
「本当ですか!?」
上ずった声で尋ねた秋也に、卿はクスっと笑って返した。
「ああ。ただ、軽く錯乱状態になっていたそうだ。
自分が助かったことを知るや否や、『敵国の情けは受けん!』とか何とか叫んで窓から飛び降りようとしたけど、病室が3階なのを知った途端にしゃがみ込んだんで、その隙に拘束され、今はベッドにくくり付けられてるらしいよ」
「そ、そうスか」
「関係者だって言う君が一緒に来てくれれば、彼も平静を取り戻すだろう。
丁度勝負も決したことだし、今度はそこに行こう」
卿の言う通り、盤上の決着はほぼ付いていた。
(……うわぁ、強ええ)
秋也の惨敗である。
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