「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第3部
白猫夢・曇春抄 7
麒麟を巡る話、第105話。
冷酷な白猫。
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7.
アルトの襲撃予告から3日、4日と経ち、卿が危惧していた通り、ハーミット邸の警備陣からわずかながらではあるが、緊張の糸が緩む兆候が出始めていた。
「ふあ、あ……」
「ヒマですねー」
小銃を背負い、立番していた兵士たちから、欠伸とダレた声が漏れてくる。
「本当に来るんですかねー」
「情報提供元は確かとは聞いてるが……」
「つっても、卿の娘さんと、……えーと、なんでしたっけ」
「コウとか言う、央南の剣士だそうだ。『パスポーター』と直に会って話を聞いたそうだ」
「それなんですけど、例えばウソみたいなもんじゃないのかなって」
「と言うと?」
「話の聞き間違いとか、聞いたのは確かだけど『パスポーター』がウソを吹き込んだとか」
「無くはないが……」
と、そこへ警備の陣頭指揮を執っていたリスト司令の「一番弟子」、アルピナ・レデル少佐が通りかかる。
「その点の心配は不要よ。わたしが保証するわ」
「あ、はい」
「だから気を抜かず、警備に徹していてちょうだい」
「失礼しました!」
慌てて敬礼した兵士たちに軽く敬礼を返してその場を去りつつ、アルピナは彼らに見えないようにため息をついた。
(卿が言っていた通りね。そろそろ集中力が落ち込んでくる頃。
これが軍事行動だったら警備陣の入れ替えをして、陣中の気合いを入れ直すところだけど、宰相の屋敷が狙われているとは言え、みんなが言うように確実な情報とは言い切れないし、流石にそこまで本腰を入れ切れないわよね。
……いけない、いけない。わたしも気が緩んでるみたいね)
そしてこの緩んだ空気に、のんきな秋也も勿論、あてられていた。
フィッボのいる部屋の隣にある談話室にて休憩している最中、秋也は2日前にベルから言われた言葉を思い出していた。
(『自分の価値を自分で諦めちゃダメ』、かあ~……)
思い出す度に、秋也の顔はにへらと緩む。その顔に、緊張の色は無い。
(いいコト言うなぁ、ベルちゃん。そうだよな、まだ誰もオレを否定なんかしてないんだから、オレが諦めちゃおかしいよな。
よし、ココで一発、いいトコ見せて……)
と、一人で意気込んでいたところに――。
《じゃあ、ボクの話を聞いた方がいいんじゃないか?》
「……!」
気が付くと秋也は、あの白猫といつも会う、夢の世界の中にいた。
そして正面には、にやにやと笑う白猫の姿がある。
《もうそろそろ踏ん切りは付いただろ? さあ、答えを聞こうじゃないか》
「……っ」
《この3ヶ月、キミはちゃんと考えてくれてたかな? ボクから指示されたコトを、守るか、守らないかを。
ずいぶん待たされたんだ、ソレなりにまともな答えは出ただろ?》
白猫の責めるような目ににらまれ、秋也は口ごもる。
「ソレ、は、……その」
《まさかまだ、決めかねてるなんてコトは言わないよな?》
す、と白猫が一歩近付く。
「いや、その……」
《キミは名を世界に轟かせたいんだろ? 称賛を浴びたいんだろ? セイナみたいな英雄、凄腕の剣士になりたいんだろ?
だったらボクの指示を受けるべきだ。ソレとも陳腐な倫理観や安っぽい常識に邪魔されて、人を殺すなんて大それたコトできないとか、いかにも脳みその薄っぺらな、バカみたいな答えを出すつもりか?
やれよ、シュウヤ。ボクの指示通りにアイツを殺せば、後は全部うまく行くよう、ボクが便宜してやるんだぜ? アイツを殺したって誰からも恨まれないし、誰からも責められない。ソレどころか、3年後、5年後にはキミは英雄となり、誰もがこの事件のコトを、諸手を挙げて正当化するだろう。
こんなうまい話なんて、滅多にあるもんじゃない。ちょっと勇気を出せば、ソレで終わりだ。さあ、どうだいシュウヤ? やる気になったかい?
ソレとも……》
白猫は秋也のすぐ目の前にまで近寄り、彼の胸倉をぐい、とつかんだ。
《キミはどうしようもないグズなのか?》
「なっ……」
あからさまに罵られ、秋也の頭に血が上る。
《殺人の一つもできない腰抜けか? 手を汚す度量もないボンクラか? ソレとも違うって言うのか? ちゃんとやれると、そう言えるか?
言えるって言うなら、証明してみせろよ。ブッ殺すんだ、あの大嘘吐きの長耳野郎をな!》
「……なんでだよ」
辛うじて、秋也はその一言をのどから絞り出す。
《まだ分かんないのか? ボクがなんでキミの質問に一々バカ丁寧に答える必要がある?》
「……だったら、お前がやれよ」
秋也は心に湧き上がってきた激情を、白猫からの挑発に乗る形ではなく、白猫に真っ向から反発する形で吐き出した。
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冷酷な白猫。
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アルトの襲撃予告から3日、4日と経ち、卿が危惧していた通り、ハーミット邸の警備陣からわずかながらではあるが、緊張の糸が緩む兆候が出始めていた。
「ふあ、あ……」
「ヒマですねー」
小銃を背負い、立番していた兵士たちから、欠伸とダレた声が漏れてくる。
「本当に来るんですかねー」
「情報提供元は確かとは聞いてるが……」
「つっても、卿の娘さんと、……えーと、なんでしたっけ」
「コウとか言う、央南の剣士だそうだ。『パスポーター』と直に会って話を聞いたそうだ」
「それなんですけど、例えばウソみたいなもんじゃないのかなって」
「と言うと?」
「話の聞き間違いとか、聞いたのは確かだけど『パスポーター』がウソを吹き込んだとか」
「無くはないが……」
と、そこへ警備の陣頭指揮を執っていたリスト司令の「一番弟子」、アルピナ・レデル少佐が通りかかる。
「その点の心配は不要よ。わたしが保証するわ」
「あ、はい」
「だから気を抜かず、警備に徹していてちょうだい」
「失礼しました!」
慌てて敬礼した兵士たちに軽く敬礼を返してその場を去りつつ、アルピナは彼らに見えないようにため息をついた。
(卿が言っていた通りね。そろそろ集中力が落ち込んでくる頃。
これが軍事行動だったら警備陣の入れ替えをして、陣中の気合いを入れ直すところだけど、宰相の屋敷が狙われているとは言え、みんなが言うように確実な情報とは言い切れないし、流石にそこまで本腰を入れ切れないわよね。
……いけない、いけない。わたしも気が緩んでるみたいね)
そしてこの緩んだ空気に、のんきな秋也も勿論、あてられていた。
フィッボのいる部屋の隣にある談話室にて休憩している最中、秋也は2日前にベルから言われた言葉を思い出していた。
(『自分の価値を自分で諦めちゃダメ』、かあ~……)
思い出す度に、秋也の顔はにへらと緩む。その顔に、緊張の色は無い。
(いいコト言うなぁ、ベルちゃん。そうだよな、まだ誰もオレを否定なんかしてないんだから、オレが諦めちゃおかしいよな。
よし、ココで一発、いいトコ見せて……)
と、一人で意気込んでいたところに――。
《じゃあ、ボクの話を聞いた方がいいんじゃないか?》
「……!」
気が付くと秋也は、あの白猫といつも会う、夢の世界の中にいた。
そして正面には、にやにやと笑う白猫の姿がある。
《もうそろそろ踏ん切りは付いただろ? さあ、答えを聞こうじゃないか》
「……っ」
《この3ヶ月、キミはちゃんと考えてくれてたかな? ボクから指示されたコトを、守るか、守らないかを。
ずいぶん待たされたんだ、ソレなりにまともな答えは出ただろ?》
白猫の責めるような目ににらまれ、秋也は口ごもる。
「ソレ、は、……その」
《まさかまだ、決めかねてるなんてコトは言わないよな?》
す、と白猫が一歩近付く。
「いや、その……」
《キミは名を世界に轟かせたいんだろ? 称賛を浴びたいんだろ? セイナみたいな英雄、凄腕の剣士になりたいんだろ?
だったらボクの指示を受けるべきだ。ソレとも陳腐な倫理観や安っぽい常識に邪魔されて、人を殺すなんて大それたコトできないとか、いかにも脳みその薄っぺらな、バカみたいな答えを出すつもりか?
やれよ、シュウヤ。ボクの指示通りにアイツを殺せば、後は全部うまく行くよう、ボクが便宜してやるんだぜ? アイツを殺したって誰からも恨まれないし、誰からも責められない。ソレどころか、3年後、5年後にはキミは英雄となり、誰もがこの事件のコトを、諸手を挙げて正当化するだろう。
こんなうまい話なんて、滅多にあるもんじゃない。ちょっと勇気を出せば、ソレで終わりだ。さあ、どうだいシュウヤ? やる気になったかい?
ソレとも……》
白猫は秋也のすぐ目の前にまで近寄り、彼の胸倉をぐい、とつかんだ。
《キミはどうしようもないグズなのか?》
「なっ……」
あからさまに罵られ、秋也の頭に血が上る。
《殺人の一つもできない腰抜けか? 手を汚す度量もないボンクラか? ソレとも違うって言うのか? ちゃんとやれると、そう言えるか?
言えるって言うなら、証明してみせろよ。ブッ殺すんだ、あの大嘘吐きの長耳野郎をな!》
「……なんでだよ」
辛うじて、秋也はその一言をのどから絞り出す。
《まだ分かんないのか? ボクがなんでキミの質問に一々バカ丁寧に答える必要がある?》
「……だったら、お前がやれよ」
秋也は心に湧き上がってきた激情を、白猫からの挑発に乗る形ではなく、白猫に真っ向から反発する形で吐き出した。
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