「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第3部
白猫夢・崩都抄 1
麒麟を巡る話、第125話。
敵地潜入。
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1.
もうすぐ昼を迎えようかと言う頃、秋也たち一行は帝都のすぐ近くまで迫っていた。
もう1、2分も進めば市街地に入るかと言うその地点で、アルピナが車を停める。
「ここからは徒歩ね」
いつもの流れなら、ここでサンデルが「何故だ!?」とわめくところだが、今回の彼は鋭かった。
「何故、……とは言わんぞ。今度は吾輩にも概ね分かる。
先発隊を粉微塵にしたあの超兵器を持つ輩が相手だ、このままこのうるさい車で不用意に近付いては容易に発見および破壊され、先発隊の二の舞になる恐れがある。
……で、合っておるか?」
「正解。ご明察だ」
サンクにうなずかれ、サンデルは「うむ」と満足げにうなずき返した。
その間に、アルピナは簡単ながらも車の点検を終える。
「やっぱり後部エンジンがギリギリになってるわね。ほら」
「うげっ、キャブから油噴いてるぞ!?」
後部エンジンから滴る黒ずんだ油を指先ですくい取り、サンクは苦い顔をする。
「本当に研究目的で、一日、二日もの長時間の使用は想定して無かったんでしょうね。帰りが心配だわ」
「思い切って外す、……にはもう時間も、場所もまずいな」
「……無事最後まで動いてくれるのを、祈るしかないわね」
油で汚れた皮手袋を外しつつ、アルピナは突入作戦をまとめた。
「まず、今マーニュ大尉が言った通り、敵は超威力の兵器を持っていると思われるわ。それも、帝都に残存している兵士たちに、十分に行き渡らせられる程度の数をね」
今度はいつものように、サンデルが尋ねてくる。
「何故だ?」
「もしもトッドレール一味が手ぶらで、ベルちゃんだけ伴ってここに来たとして、相手が皇帝として祀り上げると思う? 余計な政治問題を持ってきた厄介者扱いされて、追い払われるのがオチよ。
ここに大挙して押しかけて、皇帝になるから敬えと言うのであれば、それなりの『手土産』は必要でしょう?」
「ふむ、それが即ち、大量の兵器と言うわけか」
「その推察にもう一つ論拠を加えるとすれば、だ」
と、サンクが話に加わる。
「さっきからドッカンドッカン、音がしないか?」
「そう言えば……」
秋也は市街地方面に耳を向け、音が響いてくることを確認する。
「あれは恐らく試射してるんだ、その超兵器をな。ぶっつけ本番でいきなりブッ放すなんて不確実なことは、まともな兵士ならやりたがらない。いざと言う時になって『どう動かすか分からない』なんて、シャレにならないからな。
俺たち王国軍の大部隊が本格的に攻めて来る前に、できる限り練習しようとしてるんだろう。
とは言え考えてみれば、逆に好機かも知れないな、これは」
「何?」
再度尋ねるサンデルに、アルピナが答える。
「敵はその兵器を使いこなせてない、と言うことになるわ。
そもそもトッドレール一味がこちらに到着した時間を考えれば、兵士たちに会って数時間も経っていないはず。その数時間で完全な統制・統率体制を敷き、新兵器を自在に操れるよう完璧に指導・訓練するなんて、例え卿の頭脳や弁舌を以てしても無理よ。
逆を返せば、敵は今連携が取れ切れず、そして兵器の使い方も把握し切れていない状況にあるわ」
「つまり隙だらけ、ってコトっスね」
「そう言うことよ。勿論油断はできないけれど、それでも勝機は決して少ないものではないはず。うまくチャンスを得られれば、戦況は一気にわたしたちの有利に傾くはずよ。
だからここは慎重に、かつ、大胆に行きましょう」
地理に明るいサンデルを先頭に、秋也たちは市街地をそっと進んでいく。
「ここから城への最短距離は、新市街、通称『モダス治世記念通り』を北西へ抜けていくのが一番だ。それに新市街とは言え、この荒れ様では人はまず、おらんだろう」
「前に来た時はまだ人、いましたけどね……」
秋也の言葉に、サンデルはしゅんとした表情を浮かべる。
「致し方無いことだ。陛下が亡命し、高官や将軍らもこぞって去れば、こうなることは自明だったのだ。
……シュウヤ。以前お前に向かって吾輩は、偉そうに戦争や兵士の何たるかを説いたことがあるが、今にして思えば、吾輩こそろくに分かりもしない頓珍漢だったのだ。
以前に経験した戦争は、如何に陛下が無用な殺戮をなさらぬよう、配慮に配慮を重ねたものであったか、今はそれがよく分かる。
この惨状を見ればそれが、本当に良く分かると言うものだ」
4ヶ月前までそれなりに舗装された石畳の道は、今は見る影も無く荒れてしまっている。ひび割れた石、固くこびりついた泥、そしてあちこちに残った血の跡――この4ヶ月の間に相当の混乱と狂気、恐怖がこの上を行き交っていたのが、4人には痛いほど察せられた。
「これは間違いなくあの悪魔、クサーラ卿が行ったことの、その結果であろう。
敵味方構わず殺して回るあの非道、卑劣な男に国を預けた結果がこれだ。トッドレールの言った通りになったのは甚だ癪だが、確かに一部、うなずかざるを得ん結果となった。
さらに言えば、吾輩は昨日あの鉄道で見た惨状が現実に起こるなど、まるで考えもしておらなんだ。まさかこの世に、あれほど人を無残に殺す兵器があるとは思いもしなかったのだ。あれは絶対に、人が人に向けて放つべき代物ではない。
あんなものを滅多やたらに使うような戦争なぞ、まさに地獄の宴ではないか!」
「……そっスね」
嘆くサンデルに、秋也は静かにうなずくことしかできなかった。
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敵地潜入。
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もうすぐ昼を迎えようかと言う頃、秋也たち一行は帝都のすぐ近くまで迫っていた。
もう1、2分も進めば市街地に入るかと言うその地点で、アルピナが車を停める。
「ここからは徒歩ね」
いつもの流れなら、ここでサンデルが「何故だ!?」とわめくところだが、今回の彼は鋭かった。
「何故、……とは言わんぞ。今度は吾輩にも概ね分かる。
先発隊を粉微塵にしたあの超兵器を持つ輩が相手だ、このままこのうるさい車で不用意に近付いては容易に発見および破壊され、先発隊の二の舞になる恐れがある。
……で、合っておるか?」
「正解。ご明察だ」
サンクにうなずかれ、サンデルは「うむ」と満足げにうなずき返した。
その間に、アルピナは簡単ながらも車の点検を終える。
「やっぱり後部エンジンがギリギリになってるわね。ほら」
「うげっ、キャブから油噴いてるぞ!?」
後部エンジンから滴る黒ずんだ油を指先ですくい取り、サンクは苦い顔をする。
「本当に研究目的で、一日、二日もの長時間の使用は想定して無かったんでしょうね。帰りが心配だわ」
「思い切って外す、……にはもう時間も、場所もまずいな」
「……無事最後まで動いてくれるのを、祈るしかないわね」
油で汚れた皮手袋を外しつつ、アルピナは突入作戦をまとめた。
「まず、今マーニュ大尉が言った通り、敵は超威力の兵器を持っていると思われるわ。それも、帝都に残存している兵士たちに、十分に行き渡らせられる程度の数をね」
今度はいつものように、サンデルが尋ねてくる。
「何故だ?」
「もしもトッドレール一味が手ぶらで、ベルちゃんだけ伴ってここに来たとして、相手が皇帝として祀り上げると思う? 余計な政治問題を持ってきた厄介者扱いされて、追い払われるのがオチよ。
ここに大挙して押しかけて、皇帝になるから敬えと言うのであれば、それなりの『手土産』は必要でしょう?」
「ふむ、それが即ち、大量の兵器と言うわけか」
「その推察にもう一つ論拠を加えるとすれば、だ」
と、サンクが話に加わる。
「さっきからドッカンドッカン、音がしないか?」
「そう言えば……」
秋也は市街地方面に耳を向け、音が響いてくることを確認する。
「あれは恐らく試射してるんだ、その超兵器をな。ぶっつけ本番でいきなりブッ放すなんて不確実なことは、まともな兵士ならやりたがらない。いざと言う時になって『どう動かすか分からない』なんて、シャレにならないからな。
俺たち王国軍の大部隊が本格的に攻めて来る前に、できる限り練習しようとしてるんだろう。
とは言え考えてみれば、逆に好機かも知れないな、これは」
「何?」
再度尋ねるサンデルに、アルピナが答える。
「敵はその兵器を使いこなせてない、と言うことになるわ。
そもそもトッドレール一味がこちらに到着した時間を考えれば、兵士たちに会って数時間も経っていないはず。その数時間で完全な統制・統率体制を敷き、新兵器を自在に操れるよう完璧に指導・訓練するなんて、例え卿の頭脳や弁舌を以てしても無理よ。
逆を返せば、敵は今連携が取れ切れず、そして兵器の使い方も把握し切れていない状況にあるわ」
「つまり隙だらけ、ってコトっスね」
「そう言うことよ。勿論油断はできないけれど、それでも勝機は決して少ないものではないはず。うまくチャンスを得られれば、戦況は一気にわたしたちの有利に傾くはずよ。
だからここは慎重に、かつ、大胆に行きましょう」
地理に明るいサンデルを先頭に、秋也たちは市街地をそっと進んでいく。
「ここから城への最短距離は、新市街、通称『モダス治世記念通り』を北西へ抜けていくのが一番だ。それに新市街とは言え、この荒れ様では人はまず、おらんだろう」
「前に来た時はまだ人、いましたけどね……」
秋也の言葉に、サンデルはしゅんとした表情を浮かべる。
「致し方無いことだ。陛下が亡命し、高官や将軍らもこぞって去れば、こうなることは自明だったのだ。
……シュウヤ。以前お前に向かって吾輩は、偉そうに戦争や兵士の何たるかを説いたことがあるが、今にして思えば、吾輩こそろくに分かりもしない頓珍漢だったのだ。
以前に経験した戦争は、如何に陛下が無用な殺戮をなさらぬよう、配慮に配慮を重ねたものであったか、今はそれがよく分かる。
この惨状を見ればそれが、本当に良く分かると言うものだ」
4ヶ月前までそれなりに舗装された石畳の道は、今は見る影も無く荒れてしまっている。ひび割れた石、固くこびりついた泥、そしてあちこちに残った血の跡――この4ヶ月の間に相当の混乱と狂気、恐怖がこの上を行き交っていたのが、4人には痛いほど察せられた。
「これは間違いなくあの悪魔、クサーラ卿が行ったことの、その結果であろう。
敵味方構わず殺して回るあの非道、卑劣な男に国を預けた結果がこれだ。トッドレールの言った通りになったのは甚だ癪だが、確かに一部、うなずかざるを得ん結果となった。
さらに言えば、吾輩は昨日あの鉄道で見た惨状が現実に起こるなど、まるで考えもしておらなんだ。まさかこの世に、あれほど人を無残に殺す兵器があるとは思いもしなかったのだ。あれは絶対に、人が人に向けて放つべき代物ではない。
あんなものを滅多やたらに使うような戦争なぞ、まさに地獄の宴ではないか!」
「……そっスね」
嘆くサンデルに、秋也は静かにうなずくことしかできなかった。
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