「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第3部
白猫夢・賊帝抄 4
麒麟を巡る話、第135話。
怒と仁の極大点。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
血塗れになって倒れた秋也を目にし、ベルは叫んでいた。
「い……、いやあああっ!」
「うるっせえなぁ、クソガキが」
秋也の血を服の裾で拭いながら、アルトがベルへと近づく。
「いや……! やめて、来ないで!」
「お断りだ。早めにやんねーと、アイツが死んじまう。それじゃあ、駄目だ。あいつに決定的な一撃を与えられねえ。そうなると俺にとっちゃ、一生の心残りだ。
俺はあいつを徹底的に叩きのめして殺したいんだよ……! 俺を踏み台にしようとしやがったあいつを、あの世ですら二度と立ち直れないくらいに叩きのめさなきゃ、気が済まねえんだよ。
それとも何か? お前さんが、そのイライラを治めてくれるってのか? どうやってだ? ひひひ、どうやってくれるんだ、え?」
「ひぃ……!」
ベルの口から、最早まともな言葉は出てこない。
出てくるのは恐怖と嫌悪感に満ちた、嗚咽だけだった。
(ベル……ちゃん……)
体中を痛めつけられ、大量に血を吐き、さらには喉をつぶされた秋也はこの時、死の淵にいた。
ベルの様子をたしかめようと、秋也は鉛のように重いまぶたを無理やりにこじ開ける。
「いやっ……、いやあっ……!」
「大人しくしやがれっ、このっ」
アルトがベルの鎖をつかみ、彼女の首を引っ張るのが見える。
(なに……してやがる……アルト……ッ)
叫んだつもりだったが、声どころか、吐息すらその口からは出てこない。
(おい……やめろ……やめろよ……くそ……)
砕けた手は動かない。
震える足は動かない。
喉奥からは血反吐しか出てこない。
力も、声も、何も絞り出すこともできない。
(ちくしょう……ちくしょう……ふざけんな……やめろ……)
無理矢理に開けていた目が、勝手に閉じる。
視界が消え、ベルの声だけが秋也の耳に届く。
「いや……、やめて……」
(やめろ……やめろって……言ってんだろ……)
「いい加減にしやがれ!」
ばし、と乾いた音が響く。
「うっ、……うえ、……うえええー」
ベルの泣き声が聞こえる。
「助けて……たすけて……」
「諦めろって何べん言わせる!? まだ分からねえかッ!」
アルトの下卑た声が聞こえる。
そして、ベルの泣く声が聞こえた。
「たすけて、シュウヤぁ……」
その時自分が何をしたのかを、秋也は良く覚えていない。
まず、自分がいつの間にか立ち上がっていたことは覚えている。
(やめろって……)
そして今にもベルにのしかかろうとしていたアルトに向かって、あらん限りの全力で駆け出したことも、これもまたぼんやりとだが、覚えている。
(やめろって言ってんだろ!)
そして自分がその間、そう強く思っていたことも覚えている。
しかし――自分がいつアルトに攻撃を仕掛け、それをどうやって命中させたか、まるで覚えていなかった。
「……!」
壁に叩き付けられ、ぐったりとしたアルトを見て、秋也は叫んでいた。
「このクソ野郎ッ! お前には指一本、触れさせねえぞッ!」
「な……んだ、と」
秋也はその返答が、てっきり自分が吐き捨てた言葉に対するものだと思っていた。
「聞こえねーのか!? お前に、お前なんかにこいつは……ッ!」
「てめ、っ……、何でピンピン、してやがる、っ」
一度も攻撃が当たらなかったはずのアルトが、口の端からポタポタと血を流している。
「まだ、やられ足りねえのかっ」
アルトが壁を蹴り、秋也の方へ向かって飛び込んでくる。
ところが――これまでまったく捉えられなかったアルトの動きが、その時の秋也にははっきりと確認することができた。
「……うおおおああああーッ!」
秋也は向かってくるアルトに向かって、目一杯の力を込めて刀を投げ付けた。
「が、……はっ!?」
刀が腹部へと突き刺さり、アルトの動きが空中で撚(よ)れる。
どさりと自分の右横へ落ちたアルトに、秋也は追い打ちをかけた。
「お前に……お前なんかに……っ」
秋也はアルトの顔面に向かって、渾身の力を込めた拳を叩き付けた。
「お前なんかに、ベルは渡さねえぞーッ!」
アルトの体は弧を描き、窓の方へと飛んで行く。
「ひ、ぎゃ、あああああー……ッ」
アルトは血しぶきを撒き散らし、断末魔の声を挙げながら窓に叩き付けられ、さらにそのはるか彼方――眼下に広がる美しい湖へと、真っ逆さまに落ちて行った。
@au_ringさんをフォロー
怒と仁の極大点。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
血塗れになって倒れた秋也を目にし、ベルは叫んでいた。
「い……、いやあああっ!」
「うるっせえなぁ、クソガキが」
秋也の血を服の裾で拭いながら、アルトがベルへと近づく。
「いや……! やめて、来ないで!」
「お断りだ。早めにやんねーと、アイツが死んじまう。それじゃあ、駄目だ。あいつに決定的な一撃を与えられねえ。そうなると俺にとっちゃ、一生の心残りだ。
俺はあいつを徹底的に叩きのめして殺したいんだよ……! 俺を踏み台にしようとしやがったあいつを、あの世ですら二度と立ち直れないくらいに叩きのめさなきゃ、気が済まねえんだよ。
それとも何か? お前さんが、そのイライラを治めてくれるってのか? どうやってだ? ひひひ、どうやってくれるんだ、え?」
「ひぃ……!」
ベルの口から、最早まともな言葉は出てこない。
出てくるのは恐怖と嫌悪感に満ちた、嗚咽だけだった。
(ベル……ちゃん……)
体中を痛めつけられ、大量に血を吐き、さらには喉をつぶされた秋也はこの時、死の淵にいた。
ベルの様子をたしかめようと、秋也は鉛のように重いまぶたを無理やりにこじ開ける。
「いやっ……、いやあっ……!」
「大人しくしやがれっ、このっ」
アルトがベルの鎖をつかみ、彼女の首を引っ張るのが見える。
(なに……してやがる……アルト……ッ)
叫んだつもりだったが、声どころか、吐息すらその口からは出てこない。
(おい……やめろ……やめろよ……くそ……)
砕けた手は動かない。
震える足は動かない。
喉奥からは血反吐しか出てこない。
力も、声も、何も絞り出すこともできない。
(ちくしょう……ちくしょう……ふざけんな……やめろ……)
無理矢理に開けていた目が、勝手に閉じる。
視界が消え、ベルの声だけが秋也の耳に届く。
「いや……、やめて……」
(やめろ……やめろって……言ってんだろ……)
「いい加減にしやがれ!」
ばし、と乾いた音が響く。
「うっ、……うえ、……うえええー」
ベルの泣き声が聞こえる。
「助けて……たすけて……」
「諦めろって何べん言わせる!? まだ分からねえかッ!」
アルトの下卑た声が聞こえる。
そして、ベルの泣く声が聞こえた。
「たすけて、シュウヤぁ……」
その時自分が何をしたのかを、秋也は良く覚えていない。
まず、自分がいつの間にか立ち上がっていたことは覚えている。
(やめろって……)
そして今にもベルにのしかかろうとしていたアルトに向かって、あらん限りの全力で駆け出したことも、これもまたぼんやりとだが、覚えている。
(やめろって言ってんだろ!)
そして自分がその間、そう強く思っていたことも覚えている。
しかし――自分がいつアルトに攻撃を仕掛け、それをどうやって命中させたか、まるで覚えていなかった。
「……!」
壁に叩き付けられ、ぐったりとしたアルトを見て、秋也は叫んでいた。
「このクソ野郎ッ! お前には指一本、触れさせねえぞッ!」
「な……んだ、と」
秋也はその返答が、てっきり自分が吐き捨てた言葉に対するものだと思っていた。
「聞こえねーのか!? お前に、お前なんかにこいつは……ッ!」
「てめ、っ……、何でピンピン、してやがる、っ」
一度も攻撃が当たらなかったはずのアルトが、口の端からポタポタと血を流している。
「まだ、やられ足りねえのかっ」
アルトが壁を蹴り、秋也の方へ向かって飛び込んでくる。
ところが――これまでまったく捉えられなかったアルトの動きが、その時の秋也にははっきりと確認することができた。
「……うおおおああああーッ!」
秋也は向かってくるアルトに向かって、目一杯の力を込めて刀を投げ付けた。
「が、……はっ!?」
刀が腹部へと突き刺さり、アルトの動きが空中で撚(よ)れる。
どさりと自分の右横へ落ちたアルトに、秋也は追い打ちをかけた。
「お前に……お前なんかに……っ」
秋也はアルトの顔面に向かって、渾身の力を込めた拳を叩き付けた。
「お前なんかに、ベルは渡さねえぞーッ!」
アルトの体は弧を描き、窓の方へと飛んで行く。
「ひ、ぎゃ、あああああー……ッ」
アルトは血しぶきを撒き散らし、断末魔の声を挙げながら窓に叩き付けられ、さらにそのはるか彼方――眼下に広がる美しい湖へと、真っ逆さまに落ちて行った。
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~