「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第3部
白猫夢・清算抄 1
麒麟を巡る話、第151話。
天狐と大火の関係、サードライト。
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1.
双月暦520年、ミッドランド異変の直後。
「テンコちゃん、いいかな」
道行く天狐を、ある青年が呼び止めた。
「ん? ああ、お前か」
天狐はその青年を知っていた。名前はネロ・ハーミット。不思議なことに自分と同じ、闇夜のように黒い瞳を有する長耳である。
「少し、聞きたいことがあるんだ。時間、ちょっと取れるかい?」
「いいぜ」
場所を移したところで、ネロは話を切り出した。
「タイカのことなんだけどさ」
その名前を聞いた途端、天狐はあからさまに嫌な顔をした。
「あぁ? 勘弁してくれよ」
天狐の反応を見て、ネロは「ま、ま」となだめつつ、こんなことをささやいてきた。
「やっぱりテンコちゃん、お父さんのことは嫌い……、かい?」
「……!?」
途端に、天狐の目が点になる。
「何で……、お前がそれを」
「当たりか。薄々そうじゃないかな、とは思ってたんだ」
「か、カマかけやがったなっ」
慌てふためく天狐に対し、ネロはクスクスと笑う。
「ああ、ゴメンね。
でもさ、それで一つ、合点が行くことがあるんだ。それを聞いたら、君のタイカに対する感情も変わるかも知れない」
「んなコトあってたまっかよ」
「ま、ま」
ネロは真面目な顔になり、こう言った。
「タイカは君を、傷一つ負わせることなく、大事にしておきたかったんだ。
『システム』に閉じ込めたのは、二次的、副次的な理由でしかなかったと思う」
「へっ、何バカなコト……」
「君は昔から、タイカに反抗的だったんだろう? 多分封印の間際でさえも、彼の言うことを聞こうとしなかったんじゃないかい?」
「……それは、まあ」
反論し切れず、天狐の狐耳と尻尾が一斉にしなだれる。
「だから、そうするしかなかったんだと思うよ。彼にしてみれば、自分の仲間や味方だったものを、これ以上傷つけたくは無かっただろうし。
一度聞いたことがあるんだ、彼から。自分を裏切り、命を狙った弟子たちと戦ったと。……だからタイカは、契約をどこまでも重んじるのかも知れない。
せめて、自分から裏切ることはないように、って」
「……んなコト、あるかよ……」
天狐はそれでも、何とか反論する。だが、その口ぶりは最初に比べて、ひどく弱々しくなっていた。
「……だってオレ……散々アイツに……ひどいコト……」
「ま、僕の推測でしか無いから。……それじゃね、テンコちゃん」
「あ、ちょっ、待てよ!」
天狐は思わず、ネロを引き止めていた。
「お前、誰なんだ?」
「僕?」
ネロはにっこり笑い、こう言った。
「歴史に隠れた、ただの隠者(ハーミット)だよ」
それだけ返して立ち去ったネロの背中を見つめながら、天狐はぼそ、とつぶやいた。
「親父……。オレはそんな、アンタに守ってもらえるような、いい子じゃねえのに……。
……ごめん……」
ぽた、と彼女の足元に、涙がこぼれた。
天狐と別れた後、ネロは心の中で大火に語りかけた。
(タイカ、君の娘は君そっくりだよ。
大事なことを、誰にも言おうとしないで抱え込むところ。そんなところ、似てなくていいのにね)
そして時は流れ、双月暦542年。
「……」
「どうしたの、姉さんっ?」
いつものように、ぼんやりと机に足を投げ出している天狐を見て、鈴林が尋ねる。
「……ものもらいかな。目が……かゆくてな」
天狐はそうつぶやきながら、自分の真っ黒な左目をこする。
「姉さん病気になんないじゃん」
「まあ、そうだけどよ」
「そう言えばさ、ずーっと気になってたんだけど」
と、天狐に茶を運んできた天狐ゼミ生、橘昂子がこんな質問をした。
「テンコちゃんのその黒い目って、普通の黒目とちょっと違くない? 光、反射してる感じが無いし、あたしの顔、映らないし」
「ん? ああ」
天狐は右目を閉じ、その真っ暗な目だけで昂子をじろっと眺めて見せる。
「コイツはな、本当に克一門であるコトの証明みたいなもんなんだよ。……つっても鈴林はコレ、持ってないんだけどな」
「そうなんだよねーっ、残念っ」
鈴林はがっくりとうなだれて見せ、チラ、と片目を上げて天狐にこう頼む。
「だからさっ、姉さんからほしいなーって」
「やれねーよ。つーか、やり方知らないんだよ、オレも。師匠の専売特許みたいなもんなんだよ。
この術は師匠しか知らねーんだ」
天狐は両目を開け、こう続けた。
「……でもな、一人だけ、克一門じゃねーのに持ってるヤツがいたんだよ」
「えっ?」
「20年前、晴奈の姉さんと一緒にこの島を訪れたヤツが、何故かその目を持ってやがった。その理由を聞く前に、ソイツは島を出てっちまったが、な」
「うわ、ちょー気になるじゃん」
「そーなんだよなぁ。機会があれば聞いてみたいが、もう20年前の話だし、ソイツが今ドコで何してるか、全然知らねー。そもそもオレは、この島から出られないし。
恐らく永久に聞く機会なんて……」
と、屋敷のドアがノックされる。
「あ、はーい」
昂子が応じ、玄関へと向かった。
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天狐と大火の関係、サードライト。
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双月暦520年、ミッドランド異変の直後。
「テンコちゃん、いいかな」
道行く天狐を、ある青年が呼び止めた。
「ん? ああ、お前か」
天狐はその青年を知っていた。名前はネロ・ハーミット。不思議なことに自分と同じ、闇夜のように黒い瞳を有する長耳である。
「少し、聞きたいことがあるんだ。時間、ちょっと取れるかい?」
「いいぜ」
場所を移したところで、ネロは話を切り出した。
「タイカのことなんだけどさ」
その名前を聞いた途端、天狐はあからさまに嫌な顔をした。
「あぁ? 勘弁してくれよ」
天狐の反応を見て、ネロは「ま、ま」となだめつつ、こんなことをささやいてきた。
「やっぱりテンコちゃん、お父さんのことは嫌い……、かい?」
「……!?」
途端に、天狐の目が点になる。
「何で……、お前がそれを」
「当たりか。薄々そうじゃないかな、とは思ってたんだ」
「か、カマかけやがったなっ」
慌てふためく天狐に対し、ネロはクスクスと笑う。
「ああ、ゴメンね。
でもさ、それで一つ、合点が行くことがあるんだ。それを聞いたら、君のタイカに対する感情も変わるかも知れない」
「んなコトあってたまっかよ」
「ま、ま」
ネロは真面目な顔になり、こう言った。
「タイカは君を、傷一つ負わせることなく、大事にしておきたかったんだ。
『システム』に閉じ込めたのは、二次的、副次的な理由でしかなかったと思う」
「へっ、何バカなコト……」
「君は昔から、タイカに反抗的だったんだろう? 多分封印の間際でさえも、彼の言うことを聞こうとしなかったんじゃないかい?」
「……それは、まあ」
反論し切れず、天狐の狐耳と尻尾が一斉にしなだれる。
「だから、そうするしかなかったんだと思うよ。彼にしてみれば、自分の仲間や味方だったものを、これ以上傷つけたくは無かっただろうし。
一度聞いたことがあるんだ、彼から。自分を裏切り、命を狙った弟子たちと戦ったと。……だからタイカは、契約をどこまでも重んじるのかも知れない。
せめて、自分から裏切ることはないように、って」
「……んなコト、あるかよ……」
天狐はそれでも、何とか反論する。だが、その口ぶりは最初に比べて、ひどく弱々しくなっていた。
「……だってオレ……散々アイツに……ひどいコト……」
「ま、僕の推測でしか無いから。……それじゃね、テンコちゃん」
「あ、ちょっ、待てよ!」
天狐は思わず、ネロを引き止めていた。
「お前、誰なんだ?」
「僕?」
ネロはにっこり笑い、こう言った。
「歴史に隠れた、ただの隠者(ハーミット)だよ」
それだけ返して立ち去ったネロの背中を見つめながら、天狐はぼそ、とつぶやいた。
「親父……。オレはそんな、アンタに守ってもらえるような、いい子じゃねえのに……。
……ごめん……」
ぽた、と彼女の足元に、涙がこぼれた。
天狐と別れた後、ネロは心の中で大火に語りかけた。
(タイカ、君の娘は君そっくりだよ。
大事なことを、誰にも言おうとしないで抱え込むところ。そんなところ、似てなくていいのにね)
そして時は流れ、双月暦542年。
「……」
「どうしたの、姉さんっ?」
いつものように、ぼんやりと机に足を投げ出している天狐を見て、鈴林が尋ねる。
「……ものもらいかな。目が……かゆくてな」
天狐はそうつぶやきながら、自分の真っ黒な左目をこする。
「姉さん病気になんないじゃん」
「まあ、そうだけどよ」
「そう言えばさ、ずーっと気になってたんだけど」
と、天狐に茶を運んできた天狐ゼミ生、橘昂子がこんな質問をした。
「テンコちゃんのその黒い目って、普通の黒目とちょっと違くない? 光、反射してる感じが無いし、あたしの顔、映らないし」
「ん? ああ」
天狐は右目を閉じ、その真っ暗な目だけで昂子をじろっと眺めて見せる。
「コイツはな、本当に克一門であるコトの証明みたいなもんなんだよ。……つっても鈴林はコレ、持ってないんだけどな」
「そうなんだよねーっ、残念っ」
鈴林はがっくりとうなだれて見せ、チラ、と片目を上げて天狐にこう頼む。
「だからさっ、姉さんからほしいなーって」
「やれねーよ。つーか、やり方知らないんだよ、オレも。師匠の専売特許みたいなもんなんだよ。
この術は師匠しか知らねーんだ」
天狐は両目を開け、こう続けた。
「……でもな、一人だけ、克一門じゃねーのに持ってるヤツがいたんだよ」
「えっ?」
「20年前、晴奈の姉さんと一緒にこの島を訪れたヤツが、何故かその目を持ってやがった。その理由を聞く前に、ソイツは島を出てっちまったが、な」
「うわ、ちょー気になるじゃん」
「そーなんだよなぁ。機会があれば聞いてみたいが、もう20年前の話だし、ソイツが今ドコで何してるか、全然知らねー。そもそもオレは、この島から出られないし。
恐らく永久に聞く機会なんて……」
と、屋敷のドアがノックされる。
「あ、はーい」
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