「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第3部
白猫夢・清算抄 4
麒麟を巡る話、第154話。
調停者にも、道化にも。
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4.
ハーミット卿は穏やかな物腰で、質問を重ねる。
「君が封印された時、君は従順では無かった。そうだよね?」
「そりゃ、そうだろ? 誰が好き好んで封印なんか……」「違う、違う。その前だよ。封印される原因。君は自分勝手に暴れ回ろうとして、タイカに封印された。違うかな?」
「う……、まあ、……そうだな。間違い無い。確かにオレは一度、世界征服みたいなのをやろうとして、ソイツに止められた」
「だけど君を殺すようなことはせず、封印した。理由は単純、殺したくなかったから。
かと言って放っておくこともできない。放っておけばまた、跳ねっ返りの君は同じことをしようとするから。そして封印を解いたら解いたで、君が自分勝手に暴れ回るのは目に見えてる。封印し続ける以外の方法が、彼には執れなかったんだ。
彼にしてみれば解決したいけど、自分にはどうにも対処のできない問題だったんだよ」
「じゃあ、……じゃあなんで今更ココに来た!? オレがこの島で自由に動けるようになって、なんですぐ来なかったんだよ!?」
「話を聞いてくれるか、彼にとっては不安だったんだよ。誰かいい仲裁役でも買って出てくれない限り、こうして冷静に話し合えるとは思えなかったんだ。
……と言うのが、彼から聞いた泣き言さ」
「……」
大火は顔をしかめるが、何も言い返さない。
「分かるかい、テンコちゃん?
あの悪名高い『黒い悪魔』だって君の前じゃ、不器用な父親なんだよ。君に嫌われたくないからこそ、今まで何もできずにウジウジしてたんだ。
そう考えたら、ちょっと面白くないかな」
「はぁ?」
ハーミット卿の言葉に、天狐は呆れた顔になる。
「……お前、……ヤなヤツだな。慇懃無礼の塊かよ」
「そうかな?」
「……まあ、でも、……まあ。信じてやってもいい気は、しないでもないぜ」
「それは良かった」
「ただし、だ」
天狐はここで初めて、大火に声をかけた。
「アンタの口から、本当にそう思ってたって聞けたら、信じてやる」
「……」
「……言ってみろよ」
天狐は大火を見据え、棘のある言葉を重ねる。
「言ってみろよ、『お前と話をするのが怖かった』って。ソレとも『お前と話なんかしたくなかった』って言うつもりか? さもなきゃ、『お前のことなんか忘れたかった』と?
言ってみろって。なあ、……なんか言えよ!」
「……」
天狐は次第に苛立ちだすが、その間大火はじっと、天狐を見続けていた。
「何にも言えねえのかよ、クソ親父ッ!」
「……お前に俺の感情を打ち明けるとすれば」
と、ようやく大火が口を開いた。
「それはお前に対しての恐怖であるとか、嫌悪であるとか、ましてや忌疎の念などでは決して無い。そんなものはお前に対して、一度も感じたことは無い。
そしてネロ、お前の俺に対する考察には誤りがある」
「と言うと?」
「天狐の復活から20年、俺がこいつの前に現れなかった理由だ。
俺はお前の父親であり、師匠だ。娘が、あるいは弟子が誤った方向へ進んでいるのならば、それは正す必要がある。
しかしこの20年、お前は間違ったことをしたと、自分でそう思っているのか?」
「……いいや」
「だろう? だから会わなかった。会う必要が無かったから、な」
「……なんだよ、ソレ」
天狐の目から、ぽた、ぽたと涙がこぼれる。
「『会う必要無い』、だと? アンタ、娘に会いたくなかったのかよ!?」
「会ってどうなる? ……その点に関してはネロの言った通りになる。仲を諌めてくれる者がなくては、きっと俺たちは諍いを起こす。
俺はお前を嫌ってなどいないが、お前に嫌われれば、それは俺にとっては非常に心苦しい。わざわざ口汚く罵られるために会いに行くなど、したいと思う筈も無い」
「……っ」
天狐はうつむいたまま、がっ、と机を蹴る。
「……もしか、したら、……オレが相当気紛れ、起こして、……笑って出迎えるかも、知れねーだろぉ……っ」
「なるほど」
と、ハーミット卿が答える。
「じゃあその気紛れが起きることを信じよう。
タイカ、一度屋敷を出よう。僕たちは出直すよ」
そう言うなり、ハーミット卿は大火の袖を引き、応接間から出て行った。
「……え?」
天狐は涙で腫れた目を、きょとんとさせる。
「ど、……どう言うコトだよ? なんだよ? ロクに何も話してないのに」
突然の展開に、秋也たちも面食らっている。
「……オレたちも出た方がいいのかな」
「ど、どうなんだろ」
「い、行かないでよっ」
「今出て行かれたら、すごい気まずいって」
渾沌はただ一人、無言で傍観している。
と――屋敷のドアがノックされる。
「え?」
場の空気から逃れようと、昂子が立ち上がる。
「はっ、はーい! 今……」「待て」
それを、天狐が止めた。
「……オレが出る」
「え、あ、……はい」
天狐は顔を袖でぐしぐしと拭い、喉を軽く鳴らして玄関に向かった。
「誰だ?」
ドアの向こうから、声が返ってくる。
「俺だ」
「……分かんねーよ。……開けるぞ」
天狐はドアを開け、そこに立つ大火とハーミット卿に、真っ赤になった顔を向けた。
「……俺だ」
大火は――彼にしては相当努力したのだろうと思えるくらいの――引きつった笑顔を彼女に向ける。
「……オレ、今、相当気紛れ起こしてるからな。相当機嫌がいいから、こんなコトするんだからな」
天狐も涙でぐしゃぐしゃになった顔を、にっこりとほころばせた。
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調停者にも、道化にも。
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ハーミット卿は穏やかな物腰で、質問を重ねる。
「君が封印された時、君は従順では無かった。そうだよね?」
「そりゃ、そうだろ? 誰が好き好んで封印なんか……」「違う、違う。その前だよ。封印される原因。君は自分勝手に暴れ回ろうとして、タイカに封印された。違うかな?」
「う……、まあ、……そうだな。間違い無い。確かにオレは一度、世界征服みたいなのをやろうとして、ソイツに止められた」
「だけど君を殺すようなことはせず、封印した。理由は単純、殺したくなかったから。
かと言って放っておくこともできない。放っておけばまた、跳ねっ返りの君は同じことをしようとするから。そして封印を解いたら解いたで、君が自分勝手に暴れ回るのは目に見えてる。封印し続ける以外の方法が、彼には執れなかったんだ。
彼にしてみれば解決したいけど、自分にはどうにも対処のできない問題だったんだよ」
「じゃあ、……じゃあなんで今更ココに来た!? オレがこの島で自由に動けるようになって、なんですぐ来なかったんだよ!?」
「話を聞いてくれるか、彼にとっては不安だったんだよ。誰かいい仲裁役でも買って出てくれない限り、こうして冷静に話し合えるとは思えなかったんだ。
……と言うのが、彼から聞いた泣き言さ」
「……」
大火は顔をしかめるが、何も言い返さない。
「分かるかい、テンコちゃん?
あの悪名高い『黒い悪魔』だって君の前じゃ、不器用な父親なんだよ。君に嫌われたくないからこそ、今まで何もできずにウジウジしてたんだ。
そう考えたら、ちょっと面白くないかな」
「はぁ?」
ハーミット卿の言葉に、天狐は呆れた顔になる。
「……お前、……ヤなヤツだな。慇懃無礼の塊かよ」
「そうかな?」
「……まあ、でも、……まあ。信じてやってもいい気は、しないでもないぜ」
「それは良かった」
「ただし、だ」
天狐はここで初めて、大火に声をかけた。
「アンタの口から、本当にそう思ってたって聞けたら、信じてやる」
「……」
「……言ってみろよ」
天狐は大火を見据え、棘のある言葉を重ねる。
「言ってみろよ、『お前と話をするのが怖かった』って。ソレとも『お前と話なんかしたくなかった』って言うつもりか? さもなきゃ、『お前のことなんか忘れたかった』と?
言ってみろって。なあ、……なんか言えよ!」
「……」
天狐は次第に苛立ちだすが、その間大火はじっと、天狐を見続けていた。
「何にも言えねえのかよ、クソ親父ッ!」
「……お前に俺の感情を打ち明けるとすれば」
と、ようやく大火が口を開いた。
「それはお前に対しての恐怖であるとか、嫌悪であるとか、ましてや忌疎の念などでは決して無い。そんなものはお前に対して、一度も感じたことは無い。
そしてネロ、お前の俺に対する考察には誤りがある」
「と言うと?」
「天狐の復活から20年、俺がこいつの前に現れなかった理由だ。
俺はお前の父親であり、師匠だ。娘が、あるいは弟子が誤った方向へ進んでいるのならば、それは正す必要がある。
しかしこの20年、お前は間違ったことをしたと、自分でそう思っているのか?」
「……いいや」
「だろう? だから会わなかった。会う必要が無かったから、な」
「……なんだよ、ソレ」
天狐の目から、ぽた、ぽたと涙がこぼれる。
「『会う必要無い』、だと? アンタ、娘に会いたくなかったのかよ!?」
「会ってどうなる? ……その点に関してはネロの言った通りになる。仲を諌めてくれる者がなくては、きっと俺たちは諍いを起こす。
俺はお前を嫌ってなどいないが、お前に嫌われれば、それは俺にとっては非常に心苦しい。わざわざ口汚く罵られるために会いに行くなど、したいと思う筈も無い」
「……っ」
天狐はうつむいたまま、がっ、と机を蹴る。
「……もしか、したら、……オレが相当気紛れ、起こして、……笑って出迎えるかも、知れねーだろぉ……っ」
「なるほど」
と、ハーミット卿が答える。
「じゃあその気紛れが起きることを信じよう。
タイカ、一度屋敷を出よう。僕たちは出直すよ」
そう言うなり、ハーミット卿は大火の袖を引き、応接間から出て行った。
「……え?」
天狐は涙で腫れた目を、きょとんとさせる。
「ど、……どう言うコトだよ? なんだよ? ロクに何も話してないのに」
突然の展開に、秋也たちも面食らっている。
「……オレたちも出た方がいいのかな」
「ど、どうなんだろ」
「い、行かないでよっ」
「今出て行かれたら、すごい気まずいって」
渾沌はただ一人、無言で傍観している。
と――屋敷のドアがノックされる。
「え?」
場の空気から逃れようと、昂子が立ち上がる。
「はっ、はーい! 今……」「待て」
それを、天狐が止めた。
「……オレが出る」
「え、あ、……はい」
天狐は顔を袖でぐしぐしと拭い、喉を軽く鳴らして玄関に向かった。
「誰だ?」
ドアの向こうから、声が返ってくる。
「俺だ」
「……分かんねーよ。……開けるぞ」
天狐はドアを開け、そこに立つ大火とハーミット卿に、真っ赤になった顔を向けた。
「……俺だ」
大火は――彼にしては相当努力したのだろうと思えるくらいの――引きつった笑顔を彼女に向ける。
「……オレ、今、相当気紛れ起こしてるからな。相当機嫌がいいから、こんなコトするんだからな」
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