「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・逐雪抄 3
麒麟を巡る話、第160話。
大先生、雪乃の逐電。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
謀議を終え、小雪に追従していた者たちはバラバラと離れ、明日の計画実行の準備へと向かっていた。
と――その一人であった笠尾が、辺りを伺いつつ紅蓮塞の本堂裏手、焔雪乃・良太夫妻の住む離れを訪れた。
「もし、大先生……」
辺りに漏れないよう、そっと声をかける。
「起きていらっしゃいますか」
「ええ。今開けるわ」
少し間を置いて、雪乃が顔を出す。
「あら、松くん?」
「はい、笠尾松寿にございます。……失敬」
笠尾はもう一度辺りを伺い、小雪派の者がいないことを確認してから、ひょいと中へ入った。
「どうしたの、こんな夜中に?」
既に真夜中近くであり、奥では雪乃の夫、良太がすやすやと眠っている。
「その……」
「ん?」
「……た、単刀直入に、申し上げます。
大先生ご夫妻は、お命を狙われております」
笠尾の話を聞くなり、雪乃はため息をついた。
「……小雪ね?」
「左様でございます」
「でも、あなたは何故それをわたしに?」
己の立場を暗に問われ、笠尾は額に浮き出た汗を拭う。
「……確かに小生は、現家元の立身を願っている者の一人ではございます。しかし同時に大先生にも、並々ならぬ大恩がございます。
いや、……何より、家元ともあろう方が、こんな孝も忠も無い所業をするのか、と考えるに……、あ、いや、その。決して家元のことを悪く言うわけでは無いのですが、しかし……」
「いいわ、それ以上言わなくて。気持ちは、分かってるつもりだから」
そう言って雪乃は、笠尾の両手をふんわりと握る。
「あっ、え、あの……」
「ありがとね、松くん」
雪乃はにっこりと微笑み、それから奥に戻りつつ、話を続ける。
「すぐ発つわ。伝えてくれてありがとう」
「た、発つ? そんな、急に……」
「いいえ、急な話では無かったはずよ。
去年、いえ、一昨年くらいから、我が焔流の風潮は悪い方へ、悪い方へと流れていた。いつか小雪は重圧と我欲に耐えかねて、こんなことをするんじゃないか、とは思っていたのよ。
だから準備は万全よ。ね、良さん」
「ふあ……、うん、ばっちりだ」
眠っていたはずの良太が、雪乃と共に玄関へとやって来る。
「でも、……まだ一つ、いや、二つ、……じゃないや、ふああ……、二人だ、残してる」
「良蔵様と、晶奈様ですね」
「ええ。ここに残したら、きっと小雪はただでは置いておかないでしょうね。
ねえ、松くん。二人を呼んで来てもらっても、いいかしら?」
良蔵と晶菜とは、雪乃たちの第二子と第三子、つまり小雪の弟妹である。
小雪と同様、幼い頃から紅蓮塞で修行を積ませていたが、この数年は二人とも門下生用の寮に住んでおり、この離れからは遠い。
「承知しました。しかし……」
「そうね、恐らく見つかったら危険でしょうね。
……あ、逆にすればいいかしら」
「と、言うと?」
「わたしが迎えに行けばいいのよ。
いくらなんでも、明日襲う予定の人間を今夜、独断で、しかも単騎で襲うなんて度胸と無鉄砲さは、小雪にも、お付きたちにも無いでしょう?」
「そ、れは……、そう、かも」
「それにわたし、こう言う時にうってつけの、『とっておき』の術があるから」
「とっておき、……ですか?」
面食らう笠尾を尻目に、雪乃は羽織と刀を身に付ける。
「松くん。夫を塞外の、安全なところまで運んでくれるかしら?」
「いや、しかし……」
「お願い」
雪乃はそう言って、笠尾に頭を下げて見せた。
笠尾は当然、狼狽する。
「せっ、先生! そんな、頭をお上げください!
……わ、分かりました。この笠尾、責任持って塞外までお送りいたします」
「ありがとね」
雪乃は頭を上げ、再度にっこりと微笑んだ。
「……ところで」
と、雪乃は表情を変える。
「松くん、あなたはその後、どうするの?」
「その後、……と言うと?」
「わたしたちを逃がしてくれるのは、本当に助かるわ。でもこれが発覚すれば、あなたはきっとただでは済まないはずよね?
あなたさえ良ければ、一緒に来てくれると、もっと助かるんだけど」
「……考えさせてください」
「いいわ。塞を出たところで、答えを聞きましょ」
雪乃はもう一度微笑み、それからそっと、離れを出た。
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大先生、雪乃の逐電。
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3.
謀議を終え、小雪に追従していた者たちはバラバラと離れ、明日の計画実行の準備へと向かっていた。
と――その一人であった笠尾が、辺りを伺いつつ紅蓮塞の本堂裏手、焔雪乃・良太夫妻の住む離れを訪れた。
「もし、大先生……」
辺りに漏れないよう、そっと声をかける。
「起きていらっしゃいますか」
「ええ。今開けるわ」
少し間を置いて、雪乃が顔を出す。
「あら、松くん?」
「はい、笠尾松寿にございます。……失敬」
笠尾はもう一度辺りを伺い、小雪派の者がいないことを確認してから、ひょいと中へ入った。
「どうしたの、こんな夜中に?」
既に真夜中近くであり、奥では雪乃の夫、良太がすやすやと眠っている。
「その……」
「ん?」
「……た、単刀直入に、申し上げます。
大先生ご夫妻は、お命を狙われております」
笠尾の話を聞くなり、雪乃はため息をついた。
「……小雪ね?」
「左様でございます」
「でも、あなたは何故それをわたしに?」
己の立場を暗に問われ、笠尾は額に浮き出た汗を拭う。
「……確かに小生は、現家元の立身を願っている者の一人ではございます。しかし同時に大先生にも、並々ならぬ大恩がございます。
いや、……何より、家元ともあろう方が、こんな孝も忠も無い所業をするのか、と考えるに……、あ、いや、その。決して家元のことを悪く言うわけでは無いのですが、しかし……」
「いいわ、それ以上言わなくて。気持ちは、分かってるつもりだから」
そう言って雪乃は、笠尾の両手をふんわりと握る。
「あっ、え、あの……」
「ありがとね、松くん」
雪乃はにっこりと微笑み、それから奥に戻りつつ、話を続ける。
「すぐ発つわ。伝えてくれてありがとう」
「た、発つ? そんな、急に……」
「いいえ、急な話では無かったはずよ。
去年、いえ、一昨年くらいから、我が焔流の風潮は悪い方へ、悪い方へと流れていた。いつか小雪は重圧と我欲に耐えかねて、こんなことをするんじゃないか、とは思っていたのよ。
だから準備は万全よ。ね、良さん」
「ふあ……、うん、ばっちりだ」
眠っていたはずの良太が、雪乃と共に玄関へとやって来る。
「でも、……まだ一つ、いや、二つ、……じゃないや、ふああ……、二人だ、残してる」
「良蔵様と、晶奈様ですね」
「ええ。ここに残したら、きっと小雪はただでは置いておかないでしょうね。
ねえ、松くん。二人を呼んで来てもらっても、いいかしら?」
良蔵と晶菜とは、雪乃たちの第二子と第三子、つまり小雪の弟妹である。
小雪と同様、幼い頃から紅蓮塞で修行を積ませていたが、この数年は二人とも門下生用の寮に住んでおり、この離れからは遠い。
「承知しました。しかし……」
「そうね、恐らく見つかったら危険でしょうね。
……あ、逆にすればいいかしら」
「と、言うと?」
「わたしが迎えに行けばいいのよ。
いくらなんでも、明日襲う予定の人間を今夜、独断で、しかも単騎で襲うなんて度胸と無鉄砲さは、小雪にも、お付きたちにも無いでしょう?」
「そ、れは……、そう、かも」
「それにわたし、こう言う時にうってつけの、『とっておき』の術があるから」
「とっておき、……ですか?」
面食らう笠尾を尻目に、雪乃は羽織と刀を身に付ける。
「松くん。夫を塞外の、安全なところまで運んでくれるかしら?」
「いや、しかし……」
「お願い」
雪乃はそう言って、笠尾に頭を下げて見せた。
笠尾は当然、狼狽する。
「せっ、先生! そんな、頭をお上げください!
……わ、分かりました。この笠尾、責任持って塞外までお送りいたします」
「ありがとね」
雪乃は頭を上げ、再度にっこりと微笑んだ。
「……ところで」
と、雪乃は表情を変える。
「松くん、あなたはその後、どうするの?」
「その後、……と言うと?」
「わたしたちを逃がしてくれるのは、本当に助かるわ。でもこれが発覚すれば、あなたはきっとただでは済まないはずよね?
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