「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・逐雪抄 4
麒麟を巡る話、第161話。
雪乃の子供たち。
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4.
修行場まで近付いたところで、雪乃は魔術を唱えた。
「『インビジブル』」
かつて親友、橘小鈴から又聞きした、「旅の賢者」の秘術である。
唱えると同時に雪乃の姿が消え、誰にも視認できなくなる。
(これ教わった時、小鈴、むくれてたわね。治療術だけじゃなく、これもわたしの方がうまく使えたから)
雪乃が使う魔術はほとんど小鈴から伝授されたものだったが、その大半が彼女より、自分の方が得意になってしまった。
(もし、わたしが本気で剣じゃなく、魔術を学んでいたら。そしたら、大魔術師になっちゃってたのかしら?
……なんて、ね。剣士じゃないわたしなんて、わたしじゃないわ)
透明になった雪乃のすぐ側を、門下生らを連れた範士が仰々しく歩いていく。その手には恐らく明日使う予定であろう刀や槍、刺又が握られていた。
(小雪派の子たちね。……はぁ)
彼らとすれ違う度、雪乃の気分は重くなる。
(どうしてこうなっちゃったのかな。小雪も、昔はいい子だったのに)
そう思うと同時に、門下生たちの顔を見て、雪乃はこうも思う。
(いい子、って言えば、……多分、この子たちもそうなんでしょうね。上からの言葉を純粋に信じる、根のまっすぐな子たちなんでしょう。
でも、……それがいつもいいことだとは、限らないのよ)
恐らく、普段から小雪派によって黄派焔流や、雪乃らに対する誹謗中傷を聞かされ、それが真実だと信じ切っているのだろう――彼らの目にはこれから行われようとする悪事に対する戸惑いや迷い、良心の呵責などの感情は、ほとんど感じることができなかった。
(……やはり、わたしが10年、いえ、5年だけでも、家元代理として治めるべきだったのかしら。
体つきを見れば、ちゃんと剣の修行を積んだのは分かる。でも心の修行は、果たしてどうだったのか?
どの子も、『先生からこれが正しいと教わったから間違いなく正しいんだ』と言いたげな顔つき。自分がこれから人を殺すかも知れないと言う恐ろしい行為に対してすら、『家元が正しいことだと言ったから』で通そうとしているように見える。
みんな、ちゃんと心が鍛えられていないんじゃないかしら。自分で『正しい』とは何かって考えること、してないんじゃ無いかしら)
修行場を抜けて寮に入り、雪乃はようやく、次女の晶奈がいる部屋までたどり着いた。
「晶奈、まだ起きてる?」
トントンと戸を叩き、雪乃は反応を伺う。
しばらくして、眠たげな声が帰って来た。
「母上……?」
「ええ、そう。開けてもらって、いい?」
「はい、ただいま」
す……、と戸を開け、自分に似た濃い緑髪の、長耳の少女が顔を見せた。
「ちょっと、入るわね」
「はい」
中に入ったところで、雪乃はそっと、晶奈に耳打ちする。
「お母さんね、今、小雪から狙われてるの」
「え?」「しー」
晶奈の口にとん、と人差し指を当て、雪乃は話を続ける。
「それでね、襲われる前に逃げようってことになったんだけど、晶ちゃん、一緒に来る?」
「そ、それは、ええ、勿論です」
晶奈の反応を見て、雪乃はほっとした。
(良かった……。この子はどうやら、小雪派に取り込まれてはいないみたいね)
雪乃は晶奈を連れ、今度は良蔵の部屋を訪れた。
「良蔵、まだ……」
呼びかけようとしたところで、雪乃は部屋の中からある気配を感じ取った。
「……」
「どうされたのですか、母上?」
「……ねえ、晶ちゃん」
雪乃は晶奈の手を引き、良蔵の部屋の戸から二歩離れる。
「お母さんね、今、……ここを開けると、すごくびっくりしそうな気がするの」
「は、はい?」
「多分、晶ちゃんもびっくりするんじゃないかな、って」
「どう言う……、ことですか?」
さらに二歩離れ、雪乃は小声でぼそ、と応じる。
「良ちゃん、もう19歳だから、誰かを好きになるとか、女の子と一緒に遊びに行ったりとか、するかも知れないなーって、まあ、それは分かるんだけど。
……でも、でもね。女の子と一緒の部屋で生活するって、まだ、ちょっと、良ちゃんには早いんじゃないかなって思うの。晶ちゃんは、どう思う?」
「そ、そ、それは、……まさか、良お兄様が?」
「晶ちゃん」
と、雪乃の顔が強張る。
「ちょっと、口を閉じていて。今からお母さん、しゃべっちゃいけない術を使うから」
「……」
娘が両手を口に当てたのを確認したところで、雪乃は「インビジブル」を発動する。
それとほぼ同時に――良蔵の部屋から、顔を真っ赤にした寝間着姿の月乃が、刀を持って飛び出してきた。
「だ、誰だっ!? 誰が覗いていたッ!?」
「……!」
自分の背後で、晶奈が息を呑む気配が伝わるが、彼女はちゃんと黙っている。雪乃自身も、パニックを起こしそうな頭を冷静にさせようと努める。
「……気のせい、……かしら?」
そのうちに、月乃は誰もいないと判断したらしく、辺りを見回しつつ、良蔵の部屋に戻って行った。
(……遅かったみたい、ね。良ちゃんはもう、小雪側にいるわ)
雪乃は晶奈の袖を引いて、その場を後にした。
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雪乃の子供たち。
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修行場まで近付いたところで、雪乃は魔術を唱えた。
「『インビジブル』」
かつて親友、橘小鈴から又聞きした、「旅の賢者」の秘術である。
唱えると同時に雪乃の姿が消え、誰にも視認できなくなる。
(これ教わった時、小鈴、むくれてたわね。治療術だけじゃなく、これもわたしの方がうまく使えたから)
雪乃が使う魔術はほとんど小鈴から伝授されたものだったが、その大半が彼女より、自分の方が得意になってしまった。
(もし、わたしが本気で剣じゃなく、魔術を学んでいたら。そしたら、大魔術師になっちゃってたのかしら?
……なんて、ね。剣士じゃないわたしなんて、わたしじゃないわ)
透明になった雪乃のすぐ側を、門下生らを連れた範士が仰々しく歩いていく。その手には恐らく明日使う予定であろう刀や槍、刺又が握られていた。
(小雪派の子たちね。……はぁ)
彼らとすれ違う度、雪乃の気分は重くなる。
(どうしてこうなっちゃったのかな。小雪も、昔はいい子だったのに)
そう思うと同時に、門下生たちの顔を見て、雪乃はこうも思う。
(いい子、って言えば、……多分、この子たちもそうなんでしょうね。上からの言葉を純粋に信じる、根のまっすぐな子たちなんでしょう。
でも、……それがいつもいいことだとは、限らないのよ)
恐らく、普段から小雪派によって黄派焔流や、雪乃らに対する誹謗中傷を聞かされ、それが真実だと信じ切っているのだろう――彼らの目にはこれから行われようとする悪事に対する戸惑いや迷い、良心の呵責などの感情は、ほとんど感じることができなかった。
(……やはり、わたしが10年、いえ、5年だけでも、家元代理として治めるべきだったのかしら。
体つきを見れば、ちゃんと剣の修行を積んだのは分かる。でも心の修行は、果たしてどうだったのか?
どの子も、『先生からこれが正しいと教わったから間違いなく正しいんだ』と言いたげな顔つき。自分がこれから人を殺すかも知れないと言う恐ろしい行為に対してすら、『家元が正しいことだと言ったから』で通そうとしているように見える。
みんな、ちゃんと心が鍛えられていないんじゃないかしら。自分で『正しい』とは何かって考えること、してないんじゃ無いかしら)
修行場を抜けて寮に入り、雪乃はようやく、次女の晶奈がいる部屋までたどり着いた。
「晶奈、まだ起きてる?」
トントンと戸を叩き、雪乃は反応を伺う。
しばらくして、眠たげな声が帰って来た。
「母上……?」
「ええ、そう。開けてもらって、いい?」
「はい、ただいま」
す……、と戸を開け、自分に似た濃い緑髪の、長耳の少女が顔を見せた。
「ちょっと、入るわね」
「はい」
中に入ったところで、雪乃はそっと、晶奈に耳打ちする。
「お母さんね、今、小雪から狙われてるの」
「え?」「しー」
晶奈の口にとん、と人差し指を当て、雪乃は話を続ける。
「それでね、襲われる前に逃げようってことになったんだけど、晶ちゃん、一緒に来る?」
「そ、それは、ええ、勿論です」
晶奈の反応を見て、雪乃はほっとした。
(良かった……。この子はどうやら、小雪派に取り込まれてはいないみたいね)
雪乃は晶奈を連れ、今度は良蔵の部屋を訪れた。
「良蔵、まだ……」
呼びかけようとしたところで、雪乃は部屋の中からある気配を感じ取った。
「……」
「どうされたのですか、母上?」
「……ねえ、晶ちゃん」
雪乃は晶奈の手を引き、良蔵の部屋の戸から二歩離れる。
「お母さんね、今、……ここを開けると、すごくびっくりしそうな気がするの」
「は、はい?」
「多分、晶ちゃんもびっくりするんじゃないかな、って」
「どう言う……、ことですか?」
さらに二歩離れ、雪乃は小声でぼそ、と応じる。
「良ちゃん、もう19歳だから、誰かを好きになるとか、女の子と一緒に遊びに行ったりとか、するかも知れないなーって、まあ、それは分かるんだけど。
……でも、でもね。女の子と一緒の部屋で生活するって、まだ、ちょっと、良ちゃんには早いんじゃないかなって思うの。晶ちゃんは、どう思う?」
「そ、そ、それは、……まさか、良お兄様が?」
「晶ちゃん」
と、雪乃の顔が強張る。
「ちょっと、口を閉じていて。今からお母さん、しゃべっちゃいけない術を使うから」
「……」
娘が両手を口に当てたのを確認したところで、雪乃は「インビジブル」を発動する。
それとほぼ同時に――良蔵の部屋から、顔を真っ赤にした寝間着姿の月乃が、刀を持って飛び出してきた。
「だ、誰だっ!? 誰が覗いていたッ!?」
「……!」
自分の背後で、晶奈が息を呑む気配が伝わるが、彼女はちゃんと黙っている。雪乃自身も、パニックを起こしそうな頭を冷静にさせようと努める。
「……気のせい、……かしら?」
そのうちに、月乃は誰もいないと判断したらしく、辺りを見回しつつ、良蔵の部屋に戻って行った。
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雪乃は晶奈の袖を引いて、その場を後にした。
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