黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第3部

    蒼天剣・戦凪録 2

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    晴奈の話、第130話。
    霙子の巣立ち。

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    2.
     天玄の地下牢への道を、霙子はひたひたと降りていく。
    「霙子ちゃん?」
     牢の奥から、この10年間ずっと聞き続けてきた「母」の声がする。
    「……義母様」
     霙子は牢につながれ、包帯でぐるぐる巻きにされた朔美と面会した。
    「あなたは、無事だったのね」
    「はい。グラッド司令に情報を提供し、その見返りに無罪放免となりました」
    「そう。……聞いたわ、あの『猫』がわたしたちの砦を落としたって。龍さんも、あの女と戦って討たれたそうね」
    「そのようです」
    「そう……」
     朔美は霙子に背を向け、疲れたような声をあげる。
    「あーあ……。水泡に帰した、って言うのかしらね。20年近くあの人と一緒に頑張ってきたのに、こんな結末を迎えるなんて。
     わたしの判決も聞いているわよね? ……あはは、懲役230年ですって。わたし、そんなに生きられないわよ」
    「……義母様。あたし、紅蓮塞に行きます」
     笑っていた朔美の背中が、ピク、と揺れた。
    「晴奈さんからの紹介で、入門試験を受けさせてもらえることになりました。家元様からも、『英さんの娘さんならば大歓迎』と言うお返事をいただきましたし」
    「ああ、そう」
     朔美はまた、霙子に向き直る。その顔は憮然としているとも、悲しんでいるとも取れる。
    「ここにはもう、戻ってこないんでしょうね」
    「そのつもりです」
     霙子はぺこりと頭を下げ、牢から離れようとした。
    「……霙子ちゃん」
     朔美が呼び止める。
    「はい」
    「あのグラッドって言う男の言うことが、真実とは限らないわよ」
    「……」
    「あの男はわたしを自分の欲望に振り回される愚か者と称したけど、わたしに言わせれば自分の欲望をひた隠しにして滅私奉公する方が、よっぽど人間離れしてるわ。
     自分に正直な人間であるか、それとも社会に正直であるか、どっちが自分にとって正しいかは霙子、自分で考えなさい。わたしから言いたいことは、それだけよ。じゃあね」
     そう言ってまた、朔美は背中を向けた。



    「そうだ、温泉に行こう」
     エルスが唐突に、ポンと手を打った。
    「は?」
    「湯治だよ、湯治。僕もセイナもリストも、滅茶苦茶疲れたしさ。命の洗濯をしに、温泉に行こうよ」
     晴奈は半ば呆れつつ、エルスに尋ねる。
    「それはつまり、また紅蓮塞に行くと言うことか?」
    「他にいい温泉があるなら、そこに行くのもいいけど」
     晴奈は完全に呆れた。
    「お主、紅蓮塞を観光地だと思って、……まあ、確かに温泉街はあるが」
    「丁度セイナもエーコちゃんの件で紅蓮塞に行くんだし、付いて行こうかなーってね」
    「はぁ……。まあ、いいか。
     明奈、リスト。お主たちも一緒に来るか?」
     晴奈は部屋の隅で碁を囲んでいた明奈とリストに声をかける。
    「そうですね……。行こうかしら」
    「アタシも? でも、みんなで行ったらシメイさん、大変じゃない?」
    「そうだな、事前に聞いてみなくてはな」

     紫明に伺ってみたところ――。
    「構わんよ。行ってきなさい」
    「えっ? よろしいのですか、父上?」
    「ああ。晴奈も明奈も、チェスター君もゆっくり、羽を伸ばしておいで」
     紫明の言葉を聞いた明奈とリストは、手を取り合って喜ぶ。
    「わあ、嬉しい!」
    「すっごく楽しみ!」
     だが、エルスだけは神妙な顔になる。
    「……えっと? 僕は?」
    「そうだ、晴奈、明奈。父さんにお土産を買ってきてくれないか?」
    「ええ、承知しました」
    「何がよろしいですか?」
     晴奈も明奈も、エルスのことはあえて触れずにいる。
    「あのー?」
    「そうだな、酒がいい。あと、刀も売っていたな?」
    「ええ。なかなかの逸品が揃っておりますよ」
    「家に飾るのに一振りほしい。頼めるかな?」
    「承知しました。楽しみにしていてください」
    「シメイさーん、僕は……?」
     リストもエルスのことは、無視する。
    「それじゃ、コウさん。アタシがいない間、お仕事お願いしまーす」
    「ああ、任せなさい。今は戦いも一段落したし、私とグラッド君がいれば問題もあるまい」
    「……僕はダメ、と」
     そこでようやく、紫明がエルスに向き直る。
    「当たり前だろう。連合の軍事責任者が、2回も長期休暇を取ってどうする?」
    「じゃあ、何でセイナは? 彼女も軍の重要人物……」
     紫明はギロリとエルスをにらみ、ニヤッと笑う。
    「晴奈には療養が必要だろう?
     それとも女性を満身創痍のまま戦場に放り込むのが、北方紳士のやることかね?」
    「……参ったなぁ」
     エルスは苦笑するしかなく、今回の旅行を見送ることにした。
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