「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・明察抄 1
麒麟を巡る話、第166話。
神器の書、信念の書、矜持の書。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
焔流分裂から1週間が経った、双月節も間近のある夜。
「すみません、質問させていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
そう挨拶して朱明が、黄屋敷内の雪乃一家が仮住まいしている部屋へと訪ねてきた。
「あら、朱明くん。質問って、わたしに?」
「ええ。あ、もしかしたらこの話は、良太先生の方が詳しいかも知れませんが」
「僕?」
娘の晶奈と囲碁に興じていた良太が、顔を挙げる。
「はい。腑に落ちないことが一点あったので、確認したいのですが」
「って言うと?」
「『証書』のことです。
試験会場が特殊であることは、僕も『向こう』で入門試験を受けた身なので分かっています。確かにあのお堂は二つとない施設であり、本家焔流の証となるでしょう。
でも証書もまた、本家本元の焔流であることの証明であると言うのが、どうも腑に落ちないのです」
質問を受け、良太はコクリとうなずく。
「なるほど。普通の書であれば確かに、複製もできる。そうしてしまえば済む話なのに、どうしてこれに固執するのか、と」
「ええ」
これを受け、良太は金庫から証書を取り出し、雪乃に声をかける。
「雪さん。ちょっとこれを『火刃』で斬ってみて」
「えっ!?」
面食らう朱明に構わず、雪乃が応じる。
「ええ。……はあッ!」
雪乃が用いたのは刀ではなく、玄関に立てかけていた番傘だったが、それでも相手は「紙」である。
良太がぽんと投げた証書が一瞬のうちに炎に包まれたのを見て、朱明は珍しく声を荒げた。
「な、何をするんですか!?」
「でも、ほら」
良太が指差した先には、何事も無かったかのように証書が転がっていた。
「……あ、あれ? 燃えて、……ないですね?」
「と言うわけなんだ。つまり、これはいわゆる『神器』の一種で、複製のしようが無い、つまりこれもこれで、元祖の焔流だって言う証明になるんだよ。
もっとも、それを差し引いても」
良太は証書を広げ、そこに連ねられた名前を朱明に見せる。
「これだけの人数が焔流の名前を背負ってくれてきたんだ。
焔流と言うのは『焔玄蔵からの血筋が代々受け継いできた剣術一派』じゃない。これら数百、いや、千にも届こうかと言う数の人間が仁義と礼節の元に紡いできた、真に世界に誇れる『生き方』なんだ。
これを複製してごまかそうなんて言う輩は、それこそ本家焔流の人間じゃない。その歴史を顧みず、嘘をついてその誇りを貶めるような者が、焔流と名乗ってはいけない」
「なるほど……。ありがとうございます、良太先生」
「いやいや」
良太は肩をすくめ、こう返した。
「僕は先生じゃないよ。ただの書庫番のおじさんさ」
と、ここまで会話を傍で聞いていた晶奈が、ぽつりとこうつぶやく。
「父上の人柄と知性であれば、とてもいい先生になれると思います。と言っても剣の、ではなく、学問の方のですが」
「はは、それもいいね」
良太は笑って返すが、雪乃がこれを聞いて、意外なことに顔を曇らせていた。
「……」
「どうされました、大先生?」
「……ねえ?」
雪乃は神妙な顔をし、良太と晶奈にこう尋ねた。
「二人とも、まさか盗み聞きなんてしてない、……わよね?」
「え?」「何を?」
きょとんとする二人を見て、雪乃は一転、顔を赤らめさせた。
「あっ、……ううん、なんでも。わたしの勘違いだったみたい。ゴメンね」
「ん……?」
怪訝な顔をする皆に、雪乃はいたたまれなくなったらしい。
「……あ、あのね。実はまだ話がまとまってないから、まだもしかしたら、仮にって、そんなくらいの話なんだけどね。
晴奈と明奈さんから、こんな話を打診されたの」
@au_ringさんをフォロー
神器の書、信念の書、矜持の書。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
焔流分裂から1週間が経った、双月節も間近のある夜。
「すみません、質問させていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
そう挨拶して朱明が、黄屋敷内の雪乃一家が仮住まいしている部屋へと訪ねてきた。
「あら、朱明くん。質問って、わたしに?」
「ええ。あ、もしかしたらこの話は、良太先生の方が詳しいかも知れませんが」
「僕?」
娘の晶奈と囲碁に興じていた良太が、顔を挙げる。
「はい。腑に落ちないことが一点あったので、確認したいのですが」
「って言うと?」
「『証書』のことです。
試験会場が特殊であることは、僕も『向こう』で入門試験を受けた身なので分かっています。確かにあのお堂は二つとない施設であり、本家焔流の証となるでしょう。
でも証書もまた、本家本元の焔流であることの証明であると言うのが、どうも腑に落ちないのです」
質問を受け、良太はコクリとうなずく。
「なるほど。普通の書であれば確かに、複製もできる。そうしてしまえば済む話なのに、どうしてこれに固執するのか、と」
「ええ」
これを受け、良太は金庫から証書を取り出し、雪乃に声をかける。
「雪さん。ちょっとこれを『火刃』で斬ってみて」
「えっ!?」
面食らう朱明に構わず、雪乃が応じる。
「ええ。……はあッ!」
雪乃が用いたのは刀ではなく、玄関に立てかけていた番傘だったが、それでも相手は「紙」である。
良太がぽんと投げた証書が一瞬のうちに炎に包まれたのを見て、朱明は珍しく声を荒げた。
「な、何をするんですか!?」
「でも、ほら」
良太が指差した先には、何事も無かったかのように証書が転がっていた。
「……あ、あれ? 燃えて、……ないですね?」
「と言うわけなんだ。つまり、これはいわゆる『神器』の一種で、複製のしようが無い、つまりこれもこれで、元祖の焔流だって言う証明になるんだよ。
もっとも、それを差し引いても」
良太は証書を広げ、そこに連ねられた名前を朱明に見せる。
「これだけの人数が焔流の名前を背負ってくれてきたんだ。
焔流と言うのは『焔玄蔵からの血筋が代々受け継いできた剣術一派』じゃない。これら数百、いや、千にも届こうかと言う数の人間が仁義と礼節の元に紡いできた、真に世界に誇れる『生き方』なんだ。
これを複製してごまかそうなんて言う輩は、それこそ本家焔流の人間じゃない。その歴史を顧みず、嘘をついてその誇りを貶めるような者が、焔流と名乗ってはいけない」
「なるほど……。ありがとうございます、良太先生」
「いやいや」
良太は肩をすくめ、こう返した。
「僕は先生じゃないよ。ただの書庫番のおじさんさ」
と、ここまで会話を傍で聞いていた晶奈が、ぽつりとこうつぶやく。
「父上の人柄と知性であれば、とてもいい先生になれると思います。と言っても剣の、ではなく、学問の方のですが」
「はは、それもいいね」
良太は笑って返すが、雪乃がこれを聞いて、意外なことに顔を曇らせていた。
「……」
「どうされました、大先生?」
「……ねえ?」
雪乃は神妙な顔をし、良太と晶奈にこう尋ねた。
「二人とも、まさか盗み聞きなんてしてない、……わよね?」
「え?」「何を?」
きょとんとする二人を見て、雪乃は一転、顔を赤らめさせた。
「あっ、……ううん、なんでも。わたしの勘違いだったみたい。ゴメンね」
「ん……?」
怪訝な顔をする皆に、雪乃はいたたまれなくなったらしい。
「……あ、あのね。実はまだ話がまとまってないから、まだもしかしたら、仮にって、そんなくらいの話なんだけどね。
晴奈と明奈さんから、こんな話を打診されたの」
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~