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    「双月千年世界 3;白猫夢」
    白猫夢 第4部

    白猫夢・明察抄 3

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    麒麟を巡る話、第168話。
    方向転換。

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    3.
    「学校?」
     思ってもみない提案に、晴奈も雪乃も面食らう。
    「学校って、つまり、わたしたちが勉強を教えるってこと?」
    「ちょっと違います。確かにそれも多少はやってもらおうとは考えていますが、基本的には元々、紅蓮塞でされていた指導・鍛錬とほぼ変わりません。
     ただ、主旨を少し変えるつもりですが」
    「主旨、……と言うと?」
    「指導の重点を剣術中心のものから、心身育成を重視したものに変えてはどうか、と。
     本当に失礼を承知で言えば、剣術に関する需要は底を打ってしまっている状態です。そんな時勢に、なお『剣術集団』として名を売ろうとしても、評判が上がることはまず、無いでしょう」
    「本当に失礼だな」
     苦い顔をする姉に構わず、明奈は話を続ける。
    「それに今現在の、小雪派が暴走しかねないような状況で、剣術を主体とした指導を行ったとして、それがいい方向に転じるでしょうか?」
    「そうね……、戦争準備とか思われそう」
    「それもありますし、非常に若い方であれば、腕試しなどされたくなるかも知れません。その傾向が強まってしまうと、いくら『上』で戦争を回避しようとしても、『下』が無理やり開戦しようとするでしょう。
     今後の平和と焔流の存続・繁栄を考えれば、思い切った方向転換を考えなければならない。わたしはそう考えています」



    「……と言うのが、打診された話なんだけどね」
    「学校かー」
     話を聞き終えた良太と晶奈は、揃ってうなずいた。
    「いいんじゃない?」「私もそう思います」
    「えっ」
     すんなり賛成されるとは思わず、雪乃は面食らう。
    「え、でも……」
    「元々からおじい様も、武術偏重的な指導・鍛錬は望んでなかったからね。
     それよりも明奈大人の言う、心身育成を重要視してたと思うよ。雪さんも思い当たるところ、あるんじゃないかな」
    「そう、ね。確かにわたし自身も、小手先の技術・技量にはこだわらず、まず心身を鍛えることを第一として指導してたつもりだし。
     でも、他の焔流剣士たちがこれを聞いて、同意して教師になってくれるかどうか」
    「案外、納得するんじゃないかな。
     だって心身育成を第一義として長年指導を続けてきた君を慕って、ここまで一緒にやって来たくらいだもの。
     むしろ今更になって、武術主体に方向転換すると言っちゃったら、みんながっかりしちゃうんじゃないかなぁ」
    「……そうかしら?」
     夫の言葉に勇気づけられたのか、雪乃のその返事は、話し始めた当初より幾分軽い雰囲気となっていた。



     数日後、晴奈と明奈、そして雪乃夫妻は黄海に流れてきた剣士たちを集め、学校設立の旨を打診した。
     雪乃が不安視していた反発は確かにあったものの、半数以上は同意してくれた。
    「先代も『無暗な争いは避けるべし』と仰っていましたし」
    「それに我々だって、何も人を殺す術を指導していたつもりは無い」
    「うむ。人殺し云々が焔流の第一義であったなら、あの免許皆伝試験は何だったのかと言う話になる」
    「学問を教えると言うことには多少の不安はありますが、心身育成ならば喜んで引き受けましょうぞ」
     剣士たちの快い反応を受け、晴奈がこう応える。
    「皆の心意気、そして気概、誠にありがたい限りだ。
     ではこれより学校設立のため、まずはその首長、即ち学校長を選出したいと思うのだが」
     この問いに、剣士たちはしばらく沈黙した後、二者を指し示した。
    「私は黄晴奈範士を推します」
    「いや、俺は焔雪乃大先生が適任ではないかと思っている」
     ほぼ半分に意見が分かれ、雪乃の方も面食らっている様子を見せる。
    「え、いや、わたしはそんな……」「いえ」
     と、晴奈が頭を下げ、雪乃を推した。
    「私などより、師匠の方がその任にふさわしい方であることは、自明のことと思います。
     私も『先生』などと称されて久しくありますが、そもそも私がそう呼ばれるだけの実績、勲功を挙げることができたのは、ひとえに師匠の篤く細微にわたるご指導、ご鞭撻の賜物です。
     それを差し置いて私が皆の長と名乗るなど誠に烏滸がましいことであり、何より師匠の方が、私などよりもっと、大勢の者を正しく導くお力を持っていらっしゃいます。
     どうか師匠、皆を導く大役、今一度引き受けてはいただけないでしょうか」
    「……」
     雪乃は困った顔を浮かべていたが、やがて剣士たちに顔を向け、こう述べた。
    「『焔』の名を授かってから30余年、わたしはこの名を穢さぬよう努めてきました。
     しかし此度の一件で、あろうことかわたしの不肖の娘がこの名に大きな瑕(きず)を付けることとなり、誠に申し訳なく思っていました。
     それでもなお、わたしを推挙してくれること。本当にありがたく、そして、光栄なことと受け止めています。
     その任、謹んでお受けします」
     雪乃は皆に向かって、深々と頭を下げた。
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    ちょっと言い方は違う感じですが、
    「伝統を現代に」と言う思想は適っているかなと思います。

    以前に別の記事でも話していましたが、
    この「双月千年世界」シリーズは時代の流れと共に、
    段々近代化していくように書いています。
    中でも「白猫夢」はその過渡期真っ只中の話。
    色々近代化していく要素を盛り込みたいな、と考え、
    その具体例としてこの展開を持ってきました。

    弁論大会と言うのも面白そうですね。
    黒炎教団だけではなく、他の団体とも交流できそう。

     

    いわゆる「伝統を現代に」ということですね(違う!)

    落語協会を脱退した立川談志師匠のスローガンでしたからこの場にも合って(いない!)

    学校を作るよりも、それをひとつの「思想」までに高めるほうが難しいでしょうね。まずは黒炎教団その他の思想家連中との弁論大会(ディベート)からだ!

    いや中退とはいえ哲学科なもので、人文学の論争の厳しさと激しさは武術のそれに勝るとも劣らないということを膚で感じてまして。なまなかな知識じゃ卒論ひとつ書けん。とほほ。
    • #1517 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2013.01/25 21:49 
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