「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・明察抄 4
麒麟を巡る話、第169話。
昔に戻って、昔に戻れなくて。
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4.
雪乃が学校長に選ばれてから数日後、雪乃および経営陣(勿論、明奈率いる黄商会のことである)は次のことを発表した。
まず、開校の予定日。教員や事務員の募集、校舎建設などの準備があるため、開校は翌545年の4月からとなった。
その他建設地や募集要項などを黄州全体に発表するとともに、雪乃から己自身の身の振りについての公表があった。
「このような――焔流分裂と言う一大騒動の――事態を引き起こした原因の一つは、当代家元の母親であり、かつ、後見人でもあるわたしにあります。
そのような身で焔流の宗家たる名、『焔』を名乗ることは、先代ならびに代々の焔流家元の皆様に大変なご迷惑をかける。……今回の騒動で逐電して以降、強く、そう感じていました。
付きましては、これを機会として『焔』の名を返上することにし、以後はわたしの旧姓、『柊』を名乗ることにいたします」
この発表に関しても、明奈からの一声が事前にあった。
雪乃が発言した内容に加え、明奈は徹底的に小雪派焔流との差別化を図っていたのである。どこまでも「武力主義に傾倒した小雪派とは違う」「あくまで心身育成を第一義とした教育を目指す」と言う姿勢を見せるための、一種のパフォーマンスでもあった。
「……私はまだ納得行かない気分です。姓まで変える必要があったのか、と」
一人、晴奈は雪乃にそう告げたが、雪乃はそれに対し、首を横に振った。
「いいのよ。わたしの気持ちに嘘は無いわ。
娘がしたこととは言え、それを防げなかったのは親のわたしの責任だもの。これは当然すべきことだったと、わたしはそう思っているわ。
ただ、これで責任をすべて取ったとは思ってないわ」
「いや、そんな……ことは……」
否定しようと口を動かそうとするが、晴奈には二の句が継げなかった。
「……晴奈」
雪乃はぎゅっと、晴奈の手を握ってきた。
「師匠?」
「……これからわたしは、許されざることをするかも知れない。娘と決定的に、もう後戻りできないくらいの対立を、別離をすることになるかも知れないわ。
その結末にはもう、仁義も礼節も無いでしょうね。この戦いが終わる時、わたしは焔流剣士として、真っ当な人間として、落第・失格することになるかも、……知れない。
それでも、……それでも晴奈、あなたはわたしの側にいてくれる?」
雪乃の震える手を握り返し、晴奈は応える。
「……無論です。私は終生、師匠の弟子であり、そして」
そこで晴奈はうつむき、小さな声でこう続けた。
「唯一私が姉と思い、慕ったのは、師匠のみでございます故」
「……ありがとう、晴奈」
明奈の講じた数々の試みは、結果から見れば一応以上の成功を見た。
新たに設立された学校――「柊学園」にはほぼ予定通りの数の入学希望者が集まり、一方で、黄州内にあぶれていた焔流剣士たちを一括雇用することもできた。
「これで長期的には成功した、……と考えられますね。
ただ、短期的な面を考えた場合、大きな問題が一つ残ってはいますが」
「小雪派がいつ攻めてくるか、だな」
「ええ」
明奈はうなずき、卓上に地図を広げる。
「情報によれば、やはり小雪派は孤立の一途をたどっているようです。
当座の資金確保と今後の戦線拡大をにらんでか、小雪派は既に武力蜂起し、紅州内の主要都市を制圧したと聞いています。
しかしその乱暴な行動のため、隣接する西辺州および玄州、白州、そしてわたしたちの統べる黄州との緊張が高まっています。
わたしとしては、このままその4州が紅州と急速に対立を深め、いっそ断絶・孤立してくれればと考えています」
「どう言うことだ?」
「もし万が一、紅州と結託するような州が出た場合、これは央南連合結成以来の、央南分裂の危機につながります。
そうなれば良くて央南域内の交流停滞、悪くて内戦となり、それはわたしの願う央南の環境向上と、正反対の流れになります。
だから紅州はこのまま孤立させ、央南連合から弾き出してしまった方がいいのでは、とさえ考えています」
「明奈、お前は……、徹底的に小雪を悪者にしたいのか?」
そう尋ねた晴奈に、明奈は暗い顔でこう返した。
「したい、……ではもうありません。もう、小雪さんは完全な悪者です。
私利私欲のためいたずらに街を襲い、不法に占拠しているのですから。そのせいで、既に央南連合でも小雪派討伐が検討されています。
わたしだって、昔の小雪さんの顔を思えば、心が痛まないわけではありません。でも、彼女はもう既に、わたしやお姉様の知る童女の頃の小雪さんではないのですよ」
「……ああ。……ああ、分かって、……いるさ」
晴奈は苦々しくそう言って、それきり口をつぐんだ。
白猫夢・明察抄 終
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昔に戻って、昔に戻れなくて。
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4.
雪乃が学校長に選ばれてから数日後、雪乃および経営陣(勿論、明奈率いる黄商会のことである)は次のことを発表した。
まず、開校の予定日。教員や事務員の募集、校舎建設などの準備があるため、開校は翌545年の4月からとなった。
その他建設地や募集要項などを黄州全体に発表するとともに、雪乃から己自身の身の振りについての公表があった。
「このような――焔流分裂と言う一大騒動の――事態を引き起こした原因の一つは、当代家元の母親であり、かつ、後見人でもあるわたしにあります。
そのような身で焔流の宗家たる名、『焔』を名乗ることは、先代ならびに代々の焔流家元の皆様に大変なご迷惑をかける。……今回の騒動で逐電して以降、強く、そう感じていました。
付きましては、これを機会として『焔』の名を返上することにし、以後はわたしの旧姓、『柊』を名乗ることにいたします」
この発表に関しても、明奈からの一声が事前にあった。
雪乃が発言した内容に加え、明奈は徹底的に小雪派焔流との差別化を図っていたのである。どこまでも「武力主義に傾倒した小雪派とは違う」「あくまで心身育成を第一義とした教育を目指す」と言う姿勢を見せるための、一種のパフォーマンスでもあった。
「……私はまだ納得行かない気分です。姓まで変える必要があったのか、と」
一人、晴奈は雪乃にそう告げたが、雪乃はそれに対し、首を横に振った。
「いいのよ。わたしの気持ちに嘘は無いわ。
娘がしたこととは言え、それを防げなかったのは親のわたしの責任だもの。これは当然すべきことだったと、わたしはそう思っているわ。
ただ、これで責任をすべて取ったとは思ってないわ」
「いや、そんな……ことは……」
否定しようと口を動かそうとするが、晴奈には二の句が継げなかった。
「……晴奈」
雪乃はぎゅっと、晴奈の手を握ってきた。
「師匠?」
「……これからわたしは、許されざることをするかも知れない。娘と決定的に、もう後戻りできないくらいの対立を、別離をすることになるかも知れないわ。
その結末にはもう、仁義も礼節も無いでしょうね。この戦いが終わる時、わたしは焔流剣士として、真っ当な人間として、落第・失格することになるかも、……知れない。
それでも、……それでも晴奈、あなたはわたしの側にいてくれる?」
雪乃の震える手を握り返し、晴奈は応える。
「……無論です。私は終生、師匠の弟子であり、そして」
そこで晴奈はうつむき、小さな声でこう続けた。
「唯一私が姉と思い、慕ったのは、師匠のみでございます故」
「……ありがとう、晴奈」
明奈の講じた数々の試みは、結果から見れば一応以上の成功を見た。
新たに設立された学校――「柊学園」にはほぼ予定通りの数の入学希望者が集まり、一方で、黄州内にあぶれていた焔流剣士たちを一括雇用することもできた。
「これで長期的には成功した、……と考えられますね。
ただ、短期的な面を考えた場合、大きな問題が一つ残ってはいますが」
「小雪派がいつ攻めてくるか、だな」
「ええ」
明奈はうなずき、卓上に地図を広げる。
「情報によれば、やはり小雪派は孤立の一途をたどっているようです。
当座の資金確保と今後の戦線拡大をにらんでか、小雪派は既に武力蜂起し、紅州内の主要都市を制圧したと聞いています。
しかしその乱暴な行動のため、隣接する西辺州および玄州、白州、そしてわたしたちの統べる黄州との緊張が高まっています。
わたしとしては、このままその4州が紅州と急速に対立を深め、いっそ断絶・孤立してくれればと考えています」
「どう言うことだ?」
「もし万が一、紅州と結託するような州が出た場合、これは央南連合結成以来の、央南分裂の危機につながります。
そうなれば良くて央南域内の交流停滞、悪くて内戦となり、それはわたしの願う央南の環境向上と、正反対の流れになります。
だから紅州はこのまま孤立させ、央南連合から弾き出してしまった方がいいのでは、とさえ考えています」
「明奈、お前は……、徹底的に小雪を悪者にしたいのか?」
そう尋ねた晴奈に、明奈は暗い顔でこう返した。
「したい、……ではもうありません。もう、小雪さんは完全な悪者です。
私利私欲のためいたずらに街を襲い、不法に占拠しているのですから。そのせいで、既に央南連合でも小雪派討伐が検討されています。
わたしだって、昔の小雪さんの顔を思えば、心が痛まないわけではありません。でも、彼女はもう既に、わたしやお姉様の知る童女の頃の小雪さんではないのですよ」
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
雪乃さんサイドから見ればたしかにそうでしょう。
しかし、もともとは、小雪ちゃんが雪乃さんのやりかたに反発を覚えて、現体制に不満を抱く同志を集め、叛乱に踏み切ったことを忘れるべきではありません。
要するに、あのテーゼで何が問題かというと、「君が君たる」基準がどこにあるかを考えると、その基準を決めるラインがどこにも存在しない、ということです。
家臣に叛乱を起こす権利を認めるのか(そうなると小雪ちゃんみたいな秩序破壊者が出てくるのを思想的に断罪できなくなる)、叛乱を起こすことはいかなる理由があっても認めないとするか(そうなると現体制が機能不全に陥ったときに変革することができなくなる)、どちらにしても倫理的にはかなり頭の痛い問題であるかと……。
まあエンターテインメントとしてはこういう議論は完全スルーして話を進めるのがいちばんですが(^_^)
しかし、もともとは、小雪ちゃんが雪乃さんのやりかたに反発を覚えて、現体制に不満を抱く同志を集め、叛乱に踏み切ったことを忘れるべきではありません。
要するに、あのテーゼで何が問題かというと、「君が君たる」基準がどこにあるかを考えると、その基準を決めるラインがどこにも存在しない、ということです。
家臣に叛乱を起こす権利を認めるのか(そうなると小雪ちゃんみたいな秩序破壊者が出てくるのを思想的に断罪できなくなる)、叛乱を起こすことはいかなる理由があっても認めないとするか(そうなると現体制が機能不全に陥ったときに変革することができなくなる)、どちらにしても倫理的にはかなり頭の痛い問題であるかと……。
まあエンターテインメントとしてはこういう議論は完全スルーして話を進めるのがいちばんですが(^_^)
- #1523 ポール・ブリッツ
- URL
- 2013.01/28 09:31
- ▲EntryTop
NoTitle
まず、序列をはっきりさせるとすると、雪乃が小雪より上になります。
実際に焔流を代表する立場ではないだけで。
名誉会長と、それに対する社長やCEOみたいなもんです。
雪乃と小雪の親子関係も(実質上にも、師弟上にも)そうなってますしね。
先代家元や雪乃の説いた道に、子であり弟子である小雪が反発しているわけで、そのテーゼに沿う形ではありません。
「君、君たれど、臣、臣たらず」状態です。
もっとも、こんな小難しい話に持っていかずとも、
小雪の行いにおける正当性は、著しく欠けています。
それは誰の目にも明らかですし、その臣たる人の中にも、
到底付いていけないとして、離れる人も出ます。
君が君たらざる時、臣も臣たらざるべしと言う道理は無いでしょうし。
実際に焔流を代表する立場ではないだけで。
名誉会長と、それに対する社長やCEOみたいなもんです。
雪乃と小雪の親子関係も(実質上にも、師弟上にも)そうなってますしね。
先代家元や雪乃の説いた道に、子であり弟子である小雪が反発しているわけで、そのテーゼに沿う形ではありません。
「君、君たれど、臣、臣たらず」状態です。
もっとも、こんな小難しい話に持っていかずとも、
小雪の行いにおける正当性は、著しく欠けています。
それは誰の目にも明らかですし、その臣たる人の中にも、
到底付いていけないとして、離れる人も出ます。
君が君たらざる時、臣も臣たらざるべしと言う道理は無いでしょうし。
そういえば、焔流の思想の根幹に関わってくる問題だけど、孟子のあのテーゼに対して雪乃さんたちはどういうスタンスで来るの?
『君、君たらざれば、臣、臣たらず』
これが後代の陽明学に引き継がれて明治維新などに影響を与え、孟子のそれが革命を肯定する思想などと呼ばれる一因となったわけだけど、今の段階で焔流の哲学にこのテーゼを入れると、小雪ちゃんのあの無謀な叛乱をイデオロギー的に肯定しかねないし、かといって入れないと後代に民主主義思想とリンクどころか焔流がその最大の障害物になりかねない。
日本の武士たちを右往左往させ、東洋思想を震撼させたこの難題をどうするのか、お手並み拝見といかせてもらいます。
『君、君たらざれば、臣、臣たらず』
これが後代の陽明学に引き継がれて明治維新などに影響を与え、孟子のそれが革命を肯定する思想などと呼ばれる一因となったわけだけど、今の段階で焔流の哲学にこのテーゼを入れると、小雪ちゃんのあの無謀な叛乱をイデオロギー的に肯定しかねないし、かといって入れないと後代に民主主義思想とリンクどころか焔流がその最大の障害物になりかねない。
日本の武士たちを右往左往させ、東洋思想を震撼させたこの難題をどうするのか、お手並み拝見といかせてもらいます。
- #1521 ポール・ブリッツ
- URL
- 2013.01/27 22:33
- ▲EntryTop
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NoTitle
>基準を決める
基準と言ってしまうとやや傲慢かも知れませんが、
焔流、いや、央南には「蒼天剣」の頃から尊ばれている、
一つの思想があります。
それは自らの地域を「仁義と礼節の世界」と呼び、
それを誇りにしていることです。
時代や体制が変わろうとも――「火紅狐」での清王朝時代から、
「蒼天剣」「白猫夢」の央南連合の時代に移ろうとも、
決して仁と礼を疎かにはしてこなかったし、
疎かにする人間は背かれていく。
そういう風潮というか、文化・思想が築かれてきたわけです。
>叛乱を起こす権利を
その風土を基準としたなら、やはり小雪のしようとすることは、
歴史的にも文化的にも異端そのものだと、そう思っています。
一方で、「火紅狐」の時代でも(第5部)、叛乱はありました。
しかしそれもまた、「仁と礼」に則っての行動であり、
結果としてその叛乱は実りました。
そんな大層な権利を決められる者がいたとして、
それはその地に住む人間たちの総意に依るものであろうと思っています。
その彼らの意に沿わない、独りよがりな叛乱が起こったとして、
それが受け入れられることは無いのではないか、
と言うスタンスで、この第4部を書いています。
若干ネタバレになりますが、小雪は
「自分たちの新体制を」とか、「新しい焔流を」とか、
そんな大層なことを考えて叛乱を起こしていません。
精々小うるさい親がいなくなってくれればいいのに、程度。
ところが、既に自分が予想していたよりも大事になってしまい、
小雪は今、半狂乱の状態です。
反抗のつもりで吸った中学生の煙草が、
工場丸々ひとつ焼くほどの大火事を引き起こしたごとく。