「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・剣宴抄 9
麒麟を巡る話、第178話。
妹たちの懸念。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
9.
晴奈の怒りに対し、明奈はこう返した。
「確かに賭けはしておりました。けれどお姉様、それが何か、いけない結果を生じさせましたか?」
「市民はともかくとしてもだ、剣士や門下生に対してまで射幸心をあおるようなことを仕掛けるなど、剣士としての誇り、理念を惑わせるようなものだ」
晴奈はそう反論したが、明奈はふるふると首を振った。
「わたしにはそうは思えません。むしろ柊派と黄派、両者の結束を高める上でいい『つなぎ』の役割を果たしたと思っています。
そもそも、わたしは常々思っていたのですけれど」
明奈はキッと、晴奈をにらむ。
「お姉様は堅いことが随分お好きのようですけれど、それを自分の中で守るだけならまだしも、他人にまでその生き方を押し付けたことが結局、月乃ちゃんを困らせ、黄海から離れさせる結果となったことに、まだお気付きにならないの?」
「なに……っ」
憤る晴奈に、明奈は珍しくきつい口調で対してくる。
「お姉様はさぞ正しいことを実践されているかのように、ご自分の振る舞い方を考えているご様子ですけれど、わたしには自分勝手な正義の押し売りにしか感じられません。
やれ正しい道を歩むべきだ、やれ真っ当に生きるべきだと、そう何べんも何べんも頭ごなしに言いつけられ、命じられて、はい分かりましたと素直に、愚直に応じる人間が当たり前のようにいると思ってらっしゃるの?
何度も何度もわたし、言いましたけれど――お姉様自身、親からのああしろこうしろ、これがお前の行くべき道なのだ、お前にとって正しい人生なのだと、そう言う『真っ当な』命令に反発して出て行ったくせに、親になった今、全く同じことをしてらっしゃるのよ!
その体たらくで『剣士としての誇り、理念』云々ですって? お姉様、一体あなた、何様になったおつもりなの!?」
「ぐ……っ」
「お姉様自身が30年以上も前にやったことを、今、他の誰もやってはいけないだなんて、烏滸がましいにも程があります!」
「……」
ぐうの音も出ない程に叱咤され、晴奈は黙るしか無かった。
「……これ以上責めるのは心苦しいですけれど、もう一つだけ言わせてください」
晴奈の様子を見た明奈は、一転、やんわりとした口調になった。
「昔のお姉様の方がもっと、融通無碍な方でしたよ。長い旅を終えられて、様々な経験を積んで人間が磨かれたばかりの頃の方がよっぽど、気軽に話せる人でした」
「……人は変わるさ。変わるものだ」
「変わってほしくないところもあります。ありましたのに」
「……」
晴奈はうなだれたまま、明奈の部屋を後にした。
姉が眠りに就いた後、明奈は己の執務室で密かに、ある剣士と会っていた。
「……それは、本当に?」
「ええ」
晴奈の妹弟子、藤川霙子である。
明奈は彼女から、「気になることがあるが現時点では確信が持てないため、晴奈の耳には入れたくない」と相談され、こうして密談することになったのだ。
「しかし、それが本当なら、大変なことになります。でも確かに、今は姉に聞かせられるようなお話ではありませんね。
まさか姉も、自分の身内にそんな者がいるとは夢にも思ってもいないでしょうし、何より今、姉は精神的に不安定です。そんなことを聞けば前後の見境を失うほどに激昂するか、卒倒するかしてしまうでしょう」
「ええ、あたしもそう思うわ。姉(あね)さん、結構そう言うの弱そうだし」
「『妹』ですものね、分かってしまいますよね」
「そりゃ、ねぇ」
二人でクスっと笑い、互いに真顔に戻す。
「……コホン。ともかく一度、調べてみなくてはなりませんね。
幸い調べものに関しては、うってつけの友人がいます。彼に頼めばすぐにでも、『その剣士』の生い立ちや素性を調べてくれるでしょう。
そしてもし、霙子さんの懸念が本物であった場合――即座に手を打たなければいけません」
「そうね。この差し迫りつつある状況下で、本当に『あいつ』がそうだった場合、この状況は『あいつ』にとってまたとない、復讐の機会だもの」
「……ふむ」
明奈は机から離れ、窓の外に目をやる。
「むしろ、もしかしたら『その人』が今回の騒動の主犯、……なのかも知れませんよ」
「え?」
「狙い澄ましたように、時期が重なり過ぎていますもの。
小雪さんの蹶起や月乃ちゃんの反発、……すべて『その人』にとって、あんまりにも都合がいい話ばかりですしね」
「まさか……」
顔を蒼くした霙子に、明奈は振り返ってこう続けた。
「一人の怨念で歴史が動くこともあります。
わたしたちは今まさに、岐路に立たされているのでしょうね――央南興亡の、岐路に」
白猫夢・剣宴抄 終
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妹たちの懸念。
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晴奈の怒りに対し、明奈はこう返した。
「確かに賭けはしておりました。けれどお姉様、それが何か、いけない結果を生じさせましたか?」
「市民はともかくとしてもだ、剣士や門下生に対してまで射幸心をあおるようなことを仕掛けるなど、剣士としての誇り、理念を惑わせるようなものだ」
晴奈はそう反論したが、明奈はふるふると首を振った。
「わたしにはそうは思えません。むしろ柊派と黄派、両者の結束を高める上でいい『つなぎ』の役割を果たしたと思っています。
そもそも、わたしは常々思っていたのですけれど」
明奈はキッと、晴奈をにらむ。
「お姉様は堅いことが随分お好きのようですけれど、それを自分の中で守るだけならまだしも、他人にまでその生き方を押し付けたことが結局、月乃ちゃんを困らせ、黄海から離れさせる結果となったことに、まだお気付きにならないの?」
「なに……っ」
憤る晴奈に、明奈は珍しくきつい口調で対してくる。
「お姉様はさぞ正しいことを実践されているかのように、ご自分の振る舞い方を考えているご様子ですけれど、わたしには自分勝手な正義の押し売りにしか感じられません。
やれ正しい道を歩むべきだ、やれ真っ当に生きるべきだと、そう何べんも何べんも頭ごなしに言いつけられ、命じられて、はい分かりましたと素直に、愚直に応じる人間が当たり前のようにいると思ってらっしゃるの?
何度も何度もわたし、言いましたけれど――お姉様自身、親からのああしろこうしろ、これがお前の行くべき道なのだ、お前にとって正しい人生なのだと、そう言う『真っ当な』命令に反発して出て行ったくせに、親になった今、全く同じことをしてらっしゃるのよ!
その体たらくで『剣士としての誇り、理念』云々ですって? お姉様、一体あなた、何様になったおつもりなの!?」
「ぐ……っ」
「お姉様自身が30年以上も前にやったことを、今、他の誰もやってはいけないだなんて、烏滸がましいにも程があります!」
「……」
ぐうの音も出ない程に叱咤され、晴奈は黙るしか無かった。
「……これ以上責めるのは心苦しいですけれど、もう一つだけ言わせてください」
晴奈の様子を見た明奈は、一転、やんわりとした口調になった。
「昔のお姉様の方がもっと、融通無碍な方でしたよ。長い旅を終えられて、様々な経験を積んで人間が磨かれたばかりの頃の方がよっぽど、気軽に話せる人でした」
「……人は変わるさ。変わるものだ」
「変わってほしくないところもあります。ありましたのに」
「……」
晴奈はうなだれたまま、明奈の部屋を後にした。
姉が眠りに就いた後、明奈は己の執務室で密かに、ある剣士と会っていた。
「……それは、本当に?」
「ええ」
晴奈の妹弟子、藤川霙子である。
明奈は彼女から、「気になることがあるが現時点では確信が持てないため、晴奈の耳には入れたくない」と相談され、こうして密談することになったのだ。
「しかし、それが本当なら、大変なことになります。でも確かに、今は姉に聞かせられるようなお話ではありませんね。
まさか姉も、自分の身内にそんな者がいるとは夢にも思ってもいないでしょうし、何より今、姉は精神的に不安定です。そんなことを聞けば前後の見境を失うほどに激昂するか、卒倒するかしてしまうでしょう」
「ええ、あたしもそう思うわ。姉(あね)さん、結構そう言うの弱そうだし」
「『妹』ですものね、分かってしまいますよね」
「そりゃ、ねぇ」
二人でクスっと笑い、互いに真顔に戻す。
「……コホン。ともかく一度、調べてみなくてはなりませんね。
幸い調べものに関しては、うってつけの友人がいます。彼に頼めばすぐにでも、『その剣士』の生い立ちや素性を調べてくれるでしょう。
そしてもし、霙子さんの懸念が本物であった場合――即座に手を打たなければいけません」
「そうね。この差し迫りつつある状況下で、本当に『あいつ』がそうだった場合、この状況は『あいつ』にとってまたとない、復讐の機会だもの」
「……ふむ」
明奈は机から離れ、窓の外に目をやる。
「むしろ、もしかしたら『その人』が今回の騒動の主犯、……なのかも知れませんよ」
「え?」
「狙い澄ましたように、時期が重なり過ぎていますもの。
小雪さんの蹶起や月乃ちゃんの反発、……すべて『その人』にとって、あんまりにも都合がいい話ばかりですしね」
「まさか……」
顔を蒼くした霙子に、明奈は振り返ってこう続けた。
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