「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・暗計抄 5
麒麟を巡る話、第183話。
おてがみ?
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5.
交渉に進展が見られないまま、3日が過ぎた。
「侵略を行ったのは資金不足によるもの。それを央南連合が補うなら紅州解放を約束する」として金を要求する紅蓮塞と、「我々の提示した内容に従うなら、資金供給は吝かではない」として、紅蓮塞にとってひどく分の悪い条件を突きつけてくる央南連合との話し合いは平行線をたどるばかりであり、紅蓮塞側の交渉の主軸となっていた御経は疲れ果てていた。
その上、相手とろくに対話もしようともせず、自分勝手に口を挟もうとする小雪を何とか抑え込むため、余計な気遣いまでさせられていたため、御経の心労は極限に達しつつあった。
「はあ……」
3日目の交渉も物別れに終わり、御経は定食屋で一人、黄昏ていた。
一応、好物であるすき焼き風定食を注文したものの、胃の辺りがキリキリと痛み、膳が運ばれてから15分ほどが経っても、一向に箸を付けられない。
(もっとあっさりしたものにした方が良かったか……)
そんなことをぼんやり考えながら、御経はどんよりとした心持ちで座っていた。
と――店に一人、客が入ってくる。
「あら、あなたは……」
「うん?」
御経が振り返ると、そこには連合側の人間として交渉に参加していた、明奈の姿があった。
「ああ、黄大人。本日はどうも」
「どうも、御経範士。……相席、よろしいかしら」
「え? ええ、構いません」
自分の向かいに座った明奈を、御経は訝しむ。
「拙者に何か御用が?」
「いいえ? わたしもお腹空いちゃったので。それに、知った方がいらっしゃるのに相席もせず背を向けるなんて、無粋じゃありませんか?」
「はあ……、まあ、そうですな」
明奈はニコニコと笑いながら丼物を注文し、もう一度御経に向き直る。
「大変ですね」
「ええ、まあ」
「わたしが何とかできるのなら、してあげたいのですけれどね。焔流の方とは、並々ならぬ付き合いがございますし」
「ああ、そうでしたな。黄……、範士の妹御でいらっしゃいましたね」
「ええ。姉も此度の一件、ひどく胸を痛めておりました」
「でしょうな。まさか自分の娘御がこんな醜聞に関わって、……あ、いや」
「ふふ、大丈夫です。ここにはわたしとあなたしかいませんから」
明奈はいたずらっぽく笑い、片目を閉じて見せる。
「ああ、そうそう。用が無いとは言いましたが、姉から『機会があれば御経に渡しておいてくれ』と、こんなものを渡されていました」
「え?」
御経は晴奈と同年代であり、面識も少なからずある。若い頃には共に修行したり、碁を囲んだ覚えもあって、決して疎遠な関係ではない。
しかしここ数年は会っておらず、小雪の一件もあったため、そんな彼女が自分のことを気にかけているとは思ってもいなかった御経は、虚を突かれる。
「黄が、拙者にですか?」
「ええ」
明奈は鞄から一通の手紙を取り、御経に渡した。
「敬愛する我が同輩 御経周志へ
此度の一件、家宰役を務めるお主にとっては誠に心痛め、頭悩ます事態であろうと察する。
それは私にとっても同じことだ。
だが一方で、なるべくしてなったことでもあろうと、割り切ってもいる。
小雪も月乃も、その道を選んだが故の結果であろう。
心痛むことであるが、そう考えるしかないと、今では諦めている。
しかし一方で、望まずして巻き込まれた者たちの多さにも憂いている。
そのような者たちをただ見過ごすのは、私にとってはなお心を苦しめることになる。
然らばその者たちに手を差し伸べるべきではないかと思い立ち、こうして筆を取った。
周志。お主の力で、左様な者たちを我が黄海に引き込むことは可能だろうか?
無論、お主自身もこちらへ来てくれると言うのなら、これほど喜ばしいことは無い。
もしこれが成れば、手厚く保護し、然るべき待遇を以て……」
ここまで読んだところで、御経は手紙をぐしゃ、と握り潰した。
「えっ」
「黄大人。人をからかわないでいただきたい」
御経は手紙をくしゃくしゃに丸め、机の上に捨てた。
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おてがみ?
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5.
交渉に進展が見られないまま、3日が過ぎた。
「侵略を行ったのは資金不足によるもの。それを央南連合が補うなら紅州解放を約束する」として金を要求する紅蓮塞と、「我々の提示した内容に従うなら、資金供給は吝かではない」として、紅蓮塞にとってひどく分の悪い条件を突きつけてくる央南連合との話し合いは平行線をたどるばかりであり、紅蓮塞側の交渉の主軸となっていた御経は疲れ果てていた。
その上、相手とろくに対話もしようともせず、自分勝手に口を挟もうとする小雪を何とか抑え込むため、余計な気遣いまでさせられていたため、御経の心労は極限に達しつつあった。
「はあ……」
3日目の交渉も物別れに終わり、御経は定食屋で一人、黄昏ていた。
一応、好物であるすき焼き風定食を注文したものの、胃の辺りがキリキリと痛み、膳が運ばれてから15分ほどが経っても、一向に箸を付けられない。
(もっとあっさりしたものにした方が良かったか……)
そんなことをぼんやり考えながら、御経はどんよりとした心持ちで座っていた。
と――店に一人、客が入ってくる。
「あら、あなたは……」
「うん?」
御経が振り返ると、そこには連合側の人間として交渉に参加していた、明奈の姿があった。
「ああ、黄大人。本日はどうも」
「どうも、御経範士。……相席、よろしいかしら」
「え? ええ、構いません」
自分の向かいに座った明奈を、御経は訝しむ。
「拙者に何か御用が?」
「いいえ? わたしもお腹空いちゃったので。それに、知った方がいらっしゃるのに相席もせず背を向けるなんて、無粋じゃありませんか?」
「はあ……、まあ、そうですな」
明奈はニコニコと笑いながら丼物を注文し、もう一度御経に向き直る。
「大変ですね」
「ええ、まあ」
「わたしが何とかできるのなら、してあげたいのですけれどね。焔流の方とは、並々ならぬ付き合いがございますし」
「ああ、そうでしたな。黄……、範士の妹御でいらっしゃいましたね」
「ええ。姉も此度の一件、ひどく胸を痛めておりました」
「でしょうな。まさか自分の娘御がこんな醜聞に関わって、……あ、いや」
「ふふ、大丈夫です。ここにはわたしとあなたしかいませんから」
明奈はいたずらっぽく笑い、片目を閉じて見せる。
「ああ、そうそう。用が無いとは言いましたが、姉から『機会があれば御経に渡しておいてくれ』と、こんなものを渡されていました」
「え?」
御経は晴奈と同年代であり、面識も少なからずある。若い頃には共に修行したり、碁を囲んだ覚えもあって、決して疎遠な関係ではない。
しかしここ数年は会っておらず、小雪の一件もあったため、そんな彼女が自分のことを気にかけているとは思ってもいなかった御経は、虚を突かれる。
「黄が、拙者にですか?」
「ええ」
明奈は鞄から一通の手紙を取り、御経に渡した。
「敬愛する我が同輩 御経周志へ
此度の一件、家宰役を務めるお主にとっては誠に心痛め、頭悩ます事態であろうと察する。
それは私にとっても同じことだ。
だが一方で、なるべくしてなったことでもあろうと、割り切ってもいる。
小雪も月乃も、その道を選んだが故の結果であろう。
心痛むことであるが、そう考えるしかないと、今では諦めている。
しかし一方で、望まずして巻き込まれた者たちの多さにも憂いている。
そのような者たちをただ見過ごすのは、私にとってはなお心を苦しめることになる。
然らばその者たちに手を差し伸べるべきではないかと思い立ち、こうして筆を取った。
周志。お主の力で、左様な者たちを我が黄海に引き込むことは可能だろうか?
無論、お主自身もこちらへ来てくれると言うのなら、これほど喜ばしいことは無い。
もしこれが成れば、手厚く保護し、然るべき待遇を以て……」
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~ Comment ~
3月上旬まで活動休止します
いつも応援頂きありがとうございます。
当方の仕事が佳境を迎えたため、三月上旬まで活動を休止することにしました。再開の折りには、また宜しくお願いします。
当方の仕事が佳境を迎えたため、三月上旬まで活動を休止することにしました。再開の折りには、また宜しくお願いします。
NoTitle
ネタバレしてしまうと、これは気紛れでも何でもなく、
明奈の明確な意思による行動です。
詳しくは明日の更新で。
明奈の明確な意思による行動です。
詳しくは明日の更新で。
NoTitle
えっ! 猫の魔の手にかかっているのは明奈ちゃんなの?
……と驚いてみるテスト(^^)
……と驚いてみるテスト(^^)
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NoTitle
お仕事、頑張ってください。