「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・暗計抄 6
麒麟を巡る話、第184話。
定食屋での密談。
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6.
「共に修行した頃から数十年が経てども、拙者は黄の字を忘れてはおりませんし、奴の言いそうなこと、言わなさそうなことも見当が付きます。
黄がこんな、人を利、不利で誘うようなことを言うはずが無い」
「あら……、バレちゃいましたか」
明奈はぺろ、と舌を出して見せた。
「姉の字を真似るの、得意だと思っていたんですけどね」
「ええ、字は割合似ておりましたな。ただ、内容は似ても似つかない」
「……では正直に」
運ばれてきた鯛まぶし丼に目もくれず、明奈は自分の狙いを打ち明けた。
「その手紙の内容、ほとんどわたしがお願いしたいことなんです。
御経範士、あなたのお力で浪人たちを紅蓮塞から逃がし、我が黄海に送ることは可能でしょうか?」
「何故それを拙者に……、もとい、そんなことができるはずも無いでしょう」
「あら」
明奈はニコ、とまたもいたずらっぽい笑いを見せる。
「何故ですか?」
「拙者は紅蓮塞の家宰、即ち紅蓮塞を取りまとめる役目を先代の頃より仰せつかっております。そんな拙者が『紅蓮塞から出よ』などと言えるはずも……」
「そのお言葉、本心ですか?」
「……!」
明奈は依然笑顔のまま、こう続ける。
「失礼を承知で申し上げるのはわたしの悪い癖なんですが、それでも一つ、言わせてくださいな。
今の紅蓮塞、あなたが家宰を務めたいと思うほど、格の高い組織ではなくなっているはずです。
今の紅蓮塞はまるで野武士や山賊の隠れ家のごとく、滅多やたらに街を襲い、その金品を強奪して回っている、地に落ちた存在。
さらに言えば、その上に立つ家元はそれ以下の所業を繰り返している。親を殺そうと画策し、街を襲うことを咎めようとせず、揚句に……」
明奈は机に身を乗り出し、御経にひそ……、とつぶやく。
「その責任から逃れようとされた」
「なっ……! 何故それを、……う、う」
慌てて口をつぐんだが、明奈は見透かしていたことを告げる。
「この3日間の彼女の態度を見ていれば、そんなことは手に取るように分かります。
まるで余所事のような応対でしたものね。自分が手を汚したと、心の奥ではまったく思ってらっしゃらないみたい」
「……でしょう、……な。拙者もそれは、……ええ、少なからず感じておりました」
「その誇りを失った紅蓮塞に」
明奈は座り直し、こう尋ねる。
「義理立てをする理由があるんですか?」
「……紅蓮塞は、……代々、焔流剣士が守ってきた、伝統ある城です。その家宰役を命じられた以上、裏切ることなど」
「それについても、あなたは疑問を抱いているはずです。
今の焔流家元が、その伝統を受け継ぐに相応しい人間であると、あなたはそう思っていますか?」
「……っ」
「失礼が過ぎているのは、十分に弁えているつもりです。
でも、あなたの本心もわたしには、見えていましたから」
「……」
黙り込んだ御経に、明奈は優しく、しかし凛とした声でこう続けた。
「御経範士。あなたの悩み、迷いに対する最上の解答は、わたしたちに、密かに協力することです。
あなたが『紅蓮塞を出よう』と声をかければ、大勢の方が付いてきてくれるはずです。そうして紅蓮塞の機動力を弱め、動けなくしたところで、わたしたちが逆に攻め落とすんです」
「な……」
「そして現家元を追い出し、今、黄海にいる焔家の血を持つ人間を改めて、家元として立てる。そうすれば……」
「……なるほど。……なるほど、確かに」
これを聞いた御経は、久々に心の晴れた気持ちになった。
「少なくとも今、わたしのところにいる晶奈ちゃんは、今の小雪さんとは比べ物にならないほど出来た子ですよ。より相応しい人間だと思います。
……さて、と」
明奈は箸を手に取り、御経に促した。
「食べましょ、御経さん。わたしもういい加減、お腹が鳴っちゃいそうですもの」
「え? ……そ、そうですな、うむ」
先程までまったく手を付ける気にならなかったすき焼き風定食を、御経はこの時、すんなりと口に運ぶことができた。
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定食屋での密談。
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「共に修行した頃から数十年が経てども、拙者は黄の字を忘れてはおりませんし、奴の言いそうなこと、言わなさそうなことも見当が付きます。
黄がこんな、人を利、不利で誘うようなことを言うはずが無い」
「あら……、バレちゃいましたか」
明奈はぺろ、と舌を出して見せた。
「姉の字を真似るの、得意だと思っていたんですけどね」
「ええ、字は割合似ておりましたな。ただ、内容は似ても似つかない」
「……では正直に」
運ばれてきた鯛まぶし丼に目もくれず、明奈は自分の狙いを打ち明けた。
「その手紙の内容、ほとんどわたしがお願いしたいことなんです。
御経範士、あなたのお力で浪人たちを紅蓮塞から逃がし、我が黄海に送ることは可能でしょうか?」
「何故それを拙者に……、もとい、そんなことができるはずも無いでしょう」
「あら」
明奈はニコ、とまたもいたずらっぽい笑いを見せる。
「何故ですか?」
「拙者は紅蓮塞の家宰、即ち紅蓮塞を取りまとめる役目を先代の頃より仰せつかっております。そんな拙者が『紅蓮塞から出よ』などと言えるはずも……」
「そのお言葉、本心ですか?」
「……!」
明奈は依然笑顔のまま、こう続ける。
「失礼を承知で申し上げるのはわたしの悪い癖なんですが、それでも一つ、言わせてくださいな。
今の紅蓮塞、あなたが家宰を務めたいと思うほど、格の高い組織ではなくなっているはずです。
今の紅蓮塞はまるで野武士や山賊の隠れ家のごとく、滅多やたらに街を襲い、その金品を強奪して回っている、地に落ちた存在。
さらに言えば、その上に立つ家元はそれ以下の所業を繰り返している。親を殺そうと画策し、街を襲うことを咎めようとせず、揚句に……」
明奈は机に身を乗り出し、御経にひそ……、とつぶやく。
「その責任から逃れようとされた」
「なっ……! 何故それを、……う、う」
慌てて口をつぐんだが、明奈は見透かしていたことを告げる。
「この3日間の彼女の態度を見ていれば、そんなことは手に取るように分かります。
まるで余所事のような応対でしたものね。自分が手を汚したと、心の奥ではまったく思ってらっしゃらないみたい」
「……でしょう、……な。拙者もそれは、……ええ、少なからず感じておりました」
「その誇りを失った紅蓮塞に」
明奈は座り直し、こう尋ねる。
「義理立てをする理由があるんですか?」
「……紅蓮塞は、……代々、焔流剣士が守ってきた、伝統ある城です。その家宰役を命じられた以上、裏切ることなど」
「それについても、あなたは疑問を抱いているはずです。
今の焔流家元が、その伝統を受け継ぐに相応しい人間であると、あなたはそう思っていますか?」
「……っ」
「失礼が過ぎているのは、十分に弁えているつもりです。
でも、あなたの本心もわたしには、見えていましたから」
「……」
黙り込んだ御経に、明奈は優しく、しかし凛とした声でこう続けた。
「御経範士。あなたの悩み、迷いに対する最上の解答は、わたしたちに、密かに協力することです。
あなたが『紅蓮塞を出よう』と声をかければ、大勢の方が付いてきてくれるはずです。そうして紅蓮塞の機動力を弱め、動けなくしたところで、わたしたちが逆に攻め落とすんです」
「な……」
「そして現家元を追い出し、今、黄海にいる焔家の血を持つ人間を改めて、家元として立てる。そうすれば……」
「……なるほど。……なるほど、確かに」
これを聞いた御経は、久々に心の晴れた気持ちになった。
「少なくとも今、わたしのところにいる晶奈ちゃんは、今の小雪さんとは比べ物にならないほど出来た子ですよ。より相応しい人間だと思います。
……さて、と」
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「食べましょ、御経さん。わたしもういい加減、お腹が鳴っちゃいそうですもの」
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NoTitle
彼女は彼女で、一度こうと決め込んだら邁進する性格なので、
ちょっとくらい強引な手も、迷わず使うタイプ。
だから黄家を継げたのかも知れません。
仮に明奈が憑かれてるとしたら、それはお父さんかも。
まだ存命かも知れませんが。