「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・暗計抄 8
麒麟を巡る話、第186話。
仄見える、悲惨な結末。
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8.
明奈は、きっちりと約束を守った。
御経をはじめ、紅蓮塞から黄海へ逐電した浪人たちに、明奈は柊学園での教職や用務員、黄商会関係の用心棒、黄州軍での指導教官など、様々な職をあてがった。
そして御経自身にも柊学園における教頭職が打診され、御経はこれを快諾した。
「黄、まさかお前とまた、こうして碁を囲むことができようとは」
「全くだ」
晴奈とも十数年ぶりに再会し、御経は久々に彼女と囲碁を打っていた。
「となると、御経範士」
それを眺めていた明奈が、御経に現在の状況を尋ねる。
「現在の紅蓮塞に、浪人の方はほぼ残ってらっしゃらないと言うことでしょうか」
「ええ、塞内にいた者はほぼ全員、拙者と共にここへ。
ただ、紅州各都市の制圧要員として出た者は、まだ200名近くおります」
「それについては……、今後の展開に絡んできそうには無いですね」
「うん?」
明奈は苦い顔をしつつ、それについて語った。
「今回の『裏』の交渉が実ったことにより、紅蓮塞の力が著しく弱まったのは事実です。
資金繰りをしてくれていた御経範士がいなくなり、経済面では最大級の混乱をきたすでしょう。
そして多数の兵力を以て、これまで抑え付けてきた各都市も、本拠に人がいなくなったこの機に乗じて、反旗を翻すはず。隣州の州軍や駐屯している連合軍に働きかけ、街を解放しようとするでしょう。
その2つの混乱に呑まれず、逆にこの黄海にまで押しかけられるような機略と度量が小雪さんやその側近にあるとは、非常に考えにくいですし」
「然り。知恵者と言えば深見がまだ残ってはいるが、彼奴一人でどうにかできるとは思えん。ましてやあの馬鹿殿がいるとなれば、そのお守りで手一杯だろう」
「恐らく小雪さんにできることは、紅州各都市を占拠させていた浪人たちを呼び戻し、紅蓮塞の守りを固めさせることくらいでしょう。それ以外に体面を保ち、小雪さんの社会的・肉体的生命を維持する手段はありません。
ですが恐らく、それは実らないでしょう。今にも連合軍が攻めて来ようと言う時に、形勢の傾いた本拠地から遠く離れた浪人たちが、わざわざ小雪さんの言うことを聞くとは思えません。十中八九見捨て、連合軍に投降するでしょう。
となれば――今回の騒動は、ほぼ終息したと言ってもいいでしょう」
「うん……?」
この結論に対し、御経が質問する。
「黄大人、定食屋で言っていたあの件は、いつになるのです?」
「あの件? ああ、新しい家元を、と言う話でしょうか」
「ええ。黄大人の今の話だと、結局焔小雪が残っているではないですか」
「それも風前の灯でしょう。わたしの話の通りに事が進み、紅蓮塞が連合軍に包囲されることになれば、間違いなく塞内で争いが起こります。
それを収める方法は一つしかありません。即ち、争いを起こした張本人を引きずり出し、塞外に放逐するか、軍に引き渡すか、それとも内々で処刑するかです」
「……なるほど。無残と言う他ないが、自業自得ですな」
「……」
と、ここで晴奈が席を立つ。
「どうした、黄? まだ勝負は……」「お主の勝ちでいい。私は寝る」
そう言い捨て、晴奈は部屋を出て行ってしまった。
「どうしたと言うのだ……?」
「無理もありません。わたしの言う通りになれば、処刑されるのは小雪さんだけでは済まないはずですから」
「……黄月乃か。あの娘も同じ目に遭うでしょうな」
「失礼なことを平然と言ってしまうのはわたしの悪い癖、と承知してはおりますが、それでも今のは失言でしたね。
……まあ、でも。丁度良く人払いができました」
「え?」
きょとんとする御経に構わず、明奈は辺りを見回した。
「霙子さん、いらっしゃるんでしょう?」
「ええ」
窓が開き、霙子が音も無く、するりと入ってきた。
「流石ですね。それで、エルスさんと小鈴さんは何と?」
「あたしの言う通りだった、と。いえ、それ以上に悪いことになっていた、と言ってました」
「それ以上に?」
「ち、ちと待って下さい、黄大人。一体、何の話なのです?」
「この騒動を裏で操っていた、ある男の話です」
これを聞いて、御経は唖然とした。
「操っていた……? この、央南西部全体を引っ掻き回すような大騒動を、操っていた男がいると言うのですか!?」
「ええ。恐ろしく狡猾で、残忍で、その冷血振りは、他に類を見ないほど。
そして黄家と焔流に対し、底知れぬ恨みを抱いている。両家の徹底的な、完膚無きまでの破滅を、何より願ってやまない。
まさに悪魔と称するべき、そう言う男です」
霙子の説明に、御経はぶる……、と身震いする。
「何と言う奴ですか、それは……?」
「御経範士、あなたも耳にしたことがあるはずです。
篠原、と言う男のことを」
白猫夢・暗計抄 終
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仄見える、悲惨な結末。
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明奈は、きっちりと約束を守った。
御経をはじめ、紅蓮塞から黄海へ逐電した浪人たちに、明奈は柊学園での教職や用務員、黄商会関係の用心棒、黄州軍での指導教官など、様々な職をあてがった。
そして御経自身にも柊学園における教頭職が打診され、御経はこれを快諾した。
「黄、まさかお前とまた、こうして碁を囲むことができようとは」
「全くだ」
晴奈とも十数年ぶりに再会し、御経は久々に彼女と囲碁を打っていた。
「となると、御経範士」
それを眺めていた明奈が、御経に現在の状況を尋ねる。
「現在の紅蓮塞に、浪人の方はほぼ残ってらっしゃらないと言うことでしょうか」
「ええ、塞内にいた者はほぼ全員、拙者と共にここへ。
ただ、紅州各都市の制圧要員として出た者は、まだ200名近くおります」
「それについては……、今後の展開に絡んできそうには無いですね」
「うん?」
明奈は苦い顔をしつつ、それについて語った。
「今回の『裏』の交渉が実ったことにより、紅蓮塞の力が著しく弱まったのは事実です。
資金繰りをしてくれていた御経範士がいなくなり、経済面では最大級の混乱をきたすでしょう。
そして多数の兵力を以て、これまで抑え付けてきた各都市も、本拠に人がいなくなったこの機に乗じて、反旗を翻すはず。隣州の州軍や駐屯している連合軍に働きかけ、街を解放しようとするでしょう。
その2つの混乱に呑まれず、逆にこの黄海にまで押しかけられるような機略と度量が小雪さんやその側近にあるとは、非常に考えにくいですし」
「然り。知恵者と言えば深見がまだ残ってはいるが、彼奴一人でどうにかできるとは思えん。ましてやあの馬鹿殿がいるとなれば、そのお守りで手一杯だろう」
「恐らく小雪さんにできることは、紅州各都市を占拠させていた浪人たちを呼び戻し、紅蓮塞の守りを固めさせることくらいでしょう。それ以外に体面を保ち、小雪さんの社会的・肉体的生命を維持する手段はありません。
ですが恐らく、それは実らないでしょう。今にも連合軍が攻めて来ようと言う時に、形勢の傾いた本拠地から遠く離れた浪人たちが、わざわざ小雪さんの言うことを聞くとは思えません。十中八九見捨て、連合軍に投降するでしょう。
となれば――今回の騒動は、ほぼ終息したと言ってもいいでしょう」
「うん……?」
この結論に対し、御経が質問する。
「黄大人、定食屋で言っていたあの件は、いつになるのです?」
「あの件? ああ、新しい家元を、と言う話でしょうか」
「ええ。黄大人の今の話だと、結局焔小雪が残っているではないですか」
「それも風前の灯でしょう。わたしの話の通りに事が進み、紅蓮塞が連合軍に包囲されることになれば、間違いなく塞内で争いが起こります。
それを収める方法は一つしかありません。即ち、争いを起こした張本人を引きずり出し、塞外に放逐するか、軍に引き渡すか、それとも内々で処刑するかです」
「……なるほど。無残と言う他ないが、自業自得ですな」
「……」
と、ここで晴奈が席を立つ。
「どうした、黄? まだ勝負は……」「お主の勝ちでいい。私は寝る」
そう言い捨て、晴奈は部屋を出て行ってしまった。
「どうしたと言うのだ……?」
「無理もありません。わたしの言う通りになれば、処刑されるのは小雪さんだけでは済まないはずですから」
「……黄月乃か。あの娘も同じ目に遭うでしょうな」
「失礼なことを平然と言ってしまうのはわたしの悪い癖、と承知してはおりますが、それでも今のは失言でしたね。
……まあ、でも。丁度良く人払いができました」
「え?」
きょとんとする御経に構わず、明奈は辺りを見回した。
「霙子さん、いらっしゃるんでしょう?」
「ええ」
窓が開き、霙子が音も無く、するりと入ってきた。
「流石ですね。それで、エルスさんと小鈴さんは何と?」
「あたしの言う通りだった、と。いえ、それ以上に悪いことになっていた、と言ってました」
「それ以上に?」
「ち、ちと待って下さい、黄大人。一体、何の話なのです?」
「この騒動を裏で操っていた、ある男の話です」
これを聞いて、御経は唖然とした。
「操っていた……? この、央南西部全体を引っ掻き回すような大騒動を、操っていた男がいると言うのですか!?」
「ええ。恐ろしく狡猾で、残忍で、その冷血振りは、他に類を見ないほど。
そして黄家と焔流に対し、底知れぬ恨みを抱いている。両家の徹底的な、完膚無きまでの破滅を、何より願ってやまない。
まさに悪魔と称するべき、そう言う男です」
霙子の説明に、御経はぶる……、と身震いする。
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NoTitle
周りからさせないように誘導されてもいます。
詳しくは次節ですね。