「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・背任抄 1
麒麟を巡る話、第187話。
側近らの本意。
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1.
双月暦544年、夏間近の、しかし重苦しい天気が続く頃。
昨年暮れから続いた資金難を解消し、塞内の人間と、抱えていた500名もの浪人たちを充実させたのも束の間、家宰であった御経の裏切りでその半分近くを失い、小雪は半狂乱と化していた。
「なんで……なんでよ……なんでこんなことばっかり……」
「……」
残された側近、深見と月乃、そして九鬼はそんな家元を放置し、ひそひそと密談する。
「家元がこの状態じゃ、外に出すのは無理ね」
「確かに。幸い資金については余裕があるが、一方でその資金を吸い上げた各都市に、反旗を翻そうかと言う雰囲気もある」
「その通り」
ちなみに、御経と深見、月乃は家宰およびその補佐の任に就いていたため、小雪と共に行動していたが、九鬼は指揮官として各都市の襲撃と制圧に回っていたため、ここしばらくの間は塞を離れていた。
そんな彼女が戻ってきたのは、単に御経離反を聞きつけたからだけではない。
「既に紅州東端の街、雀台では一度、白州軍との衝突になるかと言う状況があった。これは事前に動きを察知することができた故、攻めさせる前に威嚇し、撤退させることができた。
しかしこうしている間にも、いつ州軍や連合軍が大挙して押しかけて来るか。そう懸念し、増員を願いに来たが……」
「ご覧の通りよ。家元は茫然自失、総勢600人以上いた兵隊は御経の裏切りに加え、紅蓮塞の形勢悪化に耐え切れず逃げ出した者もいて、今や200を割る状態。その要請は却下せざるを得ないわね。
まあ、状況は刻一刻と悪くなってるって感じよ」
「何を呑気な!」
憤る九鬼に、月乃は肩をすくめて見せる。
「あたしとしては、あのまま家元に全部責任被せて、生贄になってくれればと思ってるのよね」
「なっ……!」
あまりにも剣呑な台詞に、九鬼は面食らった。
一方、小雪がまだぼんやりしているのを確認した深見が、そっと九鬼の背後に回る。
「なんだ?」
「九鬼彩錬士。まあ、良くも悪くも直情径行、とにかく主君のためであれば命をも賭して任に当たる、って姿勢は評価できる。
だがな、事はそう単純じゃないんだよ。上の命令をただ聞いてりゃ自分の役目は終わるって話じゃ、もう無いんだ」
深見は九鬼の虎耳に、そっとささやいた。
「実を言うと、俺も、黄もな、始めっから家元をこうして貶め、その座から叩き落としてやろうって計画してたんだ」
「な……!?」
「分からんわけじゃあるまい? あの家元は器じゃない。ほっとけばいずれ、焔流の評判を落としていたはずさ。
だが、腐っても家元だ。多少の悪事じゃ、揉み消されて終わりさ。だから消しようが無いくらいの悪事を働いてもらって、その責任を全部押し付けてしまおうって、そう計画したんだよ」
「馬鹿な、……ぐえ、っ」
九鬼が背後の深見に一瞬気を取られた隙に、月乃が鳩尾に拳を突き入れ、気絶させる。
「……どうしたの?」
ここでようやく騒ぎに気付いた小雪が、月乃たちに目をやる。
「九鬼が気を失いました。恐らく心労によるものでしょう。休ませてきます」
「心労……? 馬鹿言ってんじゃないわよ……わたしの方が百倍疲れてるわよ……気楽なもんね……」
「まあ、まあ。家元ももうしばし、お休みください」
やんわりとそう返し、月乃と深見は九鬼を運び出した。
「……う……」
暗い部屋の中で、九鬼は目を覚ました。
「起きたか」
しぼっ、と小さな音を立てて、深見が蝋燭に術で火を灯す。
蝋燭の薄明かりに彼と月乃が照らされているのを確認し、九鬼は声を荒げた。
「いきなり何をする!?」
「なに、今回の騒動について、じっくり説明してやろうと思ってな。
流石にあそこじゃできない話だったし、お前さんもそんな話をいきなり聞かされりゃ、騒ぐだろう?」
「当たり前だ!
何故だ!? 何故お前らは、家元を罠に嵌めた!? 何故こんな、央南を巻き込むような大騒動を起こしたんだ!?」
「ま、いっこずつ説明してやるから、よ」
深見は煙草をくわえ、蝋燭を使って火を点けた。
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側近らの本意。
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双月暦544年、夏間近の、しかし重苦しい天気が続く頃。
昨年暮れから続いた資金難を解消し、塞内の人間と、抱えていた500名もの浪人たちを充実させたのも束の間、家宰であった御経の裏切りでその半分近くを失い、小雪は半狂乱と化していた。
「なんで……なんでよ……なんでこんなことばっかり……」
「……」
残された側近、深見と月乃、そして九鬼はそんな家元を放置し、ひそひそと密談する。
「家元がこの状態じゃ、外に出すのは無理ね」
「確かに。幸い資金については余裕があるが、一方でその資金を吸い上げた各都市に、反旗を翻そうかと言う雰囲気もある」
「その通り」
ちなみに、御経と深見、月乃は家宰およびその補佐の任に就いていたため、小雪と共に行動していたが、九鬼は指揮官として各都市の襲撃と制圧に回っていたため、ここしばらくの間は塞を離れていた。
そんな彼女が戻ってきたのは、単に御経離反を聞きつけたからだけではない。
「既に紅州東端の街、雀台では一度、白州軍との衝突になるかと言う状況があった。これは事前に動きを察知することができた故、攻めさせる前に威嚇し、撤退させることができた。
しかしこうしている間にも、いつ州軍や連合軍が大挙して押しかけて来るか。そう懸念し、増員を願いに来たが……」
「ご覧の通りよ。家元は茫然自失、総勢600人以上いた兵隊は御経の裏切りに加え、紅蓮塞の形勢悪化に耐え切れず逃げ出した者もいて、今や200を割る状態。その要請は却下せざるを得ないわね。
まあ、状況は刻一刻と悪くなってるって感じよ」
「何を呑気な!」
憤る九鬼に、月乃は肩をすくめて見せる。
「あたしとしては、あのまま家元に全部責任被せて、生贄になってくれればと思ってるのよね」
「なっ……!」
あまりにも剣呑な台詞に、九鬼は面食らった。
一方、小雪がまだぼんやりしているのを確認した深見が、そっと九鬼の背後に回る。
「なんだ?」
「九鬼彩錬士。まあ、良くも悪くも直情径行、とにかく主君のためであれば命をも賭して任に当たる、って姿勢は評価できる。
だがな、事はそう単純じゃないんだよ。上の命令をただ聞いてりゃ自分の役目は終わるって話じゃ、もう無いんだ」
深見は九鬼の虎耳に、そっとささやいた。
「実を言うと、俺も、黄もな、始めっから家元をこうして貶め、その座から叩き落としてやろうって計画してたんだ」
「な……!?」
「分からんわけじゃあるまい? あの家元は器じゃない。ほっとけばいずれ、焔流の評判を落としていたはずさ。
だが、腐っても家元だ。多少の悪事じゃ、揉み消されて終わりさ。だから消しようが無いくらいの悪事を働いてもらって、その責任を全部押し付けてしまおうって、そう計画したんだよ」
「馬鹿な、……ぐえ、っ」
九鬼が背後の深見に一瞬気を取られた隙に、月乃が鳩尾に拳を突き入れ、気絶させる。
「……どうしたの?」
ここでようやく騒ぎに気付いた小雪が、月乃たちに目をやる。
「九鬼が気を失いました。恐らく心労によるものでしょう。休ませてきます」
「心労……? 馬鹿言ってんじゃないわよ……わたしの方が百倍疲れてるわよ……気楽なもんね……」
「まあ、まあ。家元ももうしばし、お休みください」
やんわりとそう返し、月乃と深見は九鬼を運び出した。
「……う……」
暗い部屋の中で、九鬼は目を覚ました。
「起きたか」
しぼっ、と小さな音を立てて、深見が蝋燭に術で火を灯す。
蝋燭の薄明かりに彼と月乃が照らされているのを確認し、九鬼は声を荒げた。
「いきなり何をする!?」
「なに、今回の騒動について、じっくり説明してやろうと思ってな。
流石にあそこじゃできない話だったし、お前さんもそんな話をいきなり聞かされりゃ、騒ぐだろう?」
「当たり前だ!
何故だ!? 何故お前らは、家元を罠に嵌めた!? 何故こんな、央南を巻き込むような大騒動を起こしたんだ!?」
「ま、いっこずつ説明してやるから、よ」
深見は煙草をくわえ、蝋燭を使って火を点けた。
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NoTitle
聞きます。どう考えても深見にも月乃にもデメリットだらけの話だよな、これ。どこから利益を吸い上げるんだろう。わからん。
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NoTitle
その補足としてコメントします。
まず自分の話の作りにおいて、
「経済論」的な合理性が基礎、根底にあることと、
そして「合理的な選択をする」人間は稀であることを大前提にしています。
平たく言えば今回の騒動、
「金や資産だけが目当てじゃない」と言うことです。
後に正体を明かす「黒幕」、そして月乃にとっては、
焔流が混乱し、蔑まれ、そして崩壊していくことこそが目的です。
もっとも、深見は確かに金や資産が目的でした。
どうやってそれを得るかは、次回の更新で説明します。