「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・背任抄 3
麒麟を巡る話、第189話。
詭弁で誇りを焚き付ける。
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3.
「何がおかしい!?」
いきり立つ九鬼に、深見はニヤニヤしながらこう返す。
「お前さんもなかなか、目先しか追えない奴だなと思ってな。
この目論見を知って、今更塞を抜けるか? なるほど、仁義と礼節に篤いご立派な剣士だ。そりゃ、そうしてもいい。それはそれで、お前さんの矜持は一応なりには守られるだろうさ。
だが得られるものはそれだけだ。暮れからこっち、ずーっと血と汗を流して頑張ってきたお前さんは、誇りだけしか得られないわけだ」
「何を言うか! 侍、剣士たる者、それだけあれば十分だ!」
「十分? お前さん、飯を食ってるよな? 食ってないわけないよな?」
「ぬ……」
「人間として生きる以上、飯は食べなきゃならないし、何かしらモノや寝床やらもいる。いや、剣士として清廉潔白に生きるにしてもだ、刀は持たなきゃならないし、いざって時には武装もしなきゃならん。
生きる以上、金は稼がにゃならんのよ。誇りだけじゃ人間、生きられんぜ」
「詭弁だ! それで誇りを失っていい、と言う話ではない!」
「勿論、そこも考えてのことさ。
考えてもみろ、ここまで事態が深刻化したら、小雪一人の頭を刎ねれば全部元通りって話じゃ無くなる。それで騒動が収まったとしてもだ、この先焔流は信用を回復させ、もう一度興隆させていかなきゃならんわけだ。
その未来を見捨てるってことだぜ、今、塞から抜けるってことは」
「……!」
「今抜ければ、確かにこれ以上悪事に手を染めずに済む。それなりに誇りを保てるだろうさ。だが、その後はどうなる?
塞からは本拠地を捨てた腰抜けとして蔑まれ、二度と敷居はまたげないだろうな。そうなると敵方の黄派や柊派を頼ることになるだろう。だがそうなりゃ適当に丸め込まれ、安い給料で先生だか用務員だかの職をあてがわれてぬくぬくと飼い馴らされ、それで人生終わりだ。
だが今、ちょっとの悪事と苦境を堪え、最後まで俺たちと共に戦い、塞内の体制が一新されれば、お前さんはこの塞の重鎮になれる。『今回の騒動を収めた立役者の一人』として、堂々と胸を張って、生涯剣士でいられるわけだ。
どっちがお前さんを、満足させられる?」
「……ぐ」
九鬼は目をつぶり、ギリギリと歯ぎしりを立て――やがて、折れた。
「貴様らのような悪魔に与するなど、……確かに、……確かに心苦しい。
だが貴様らの言うことも一理だ。今逃げれば、私は二度と剣士でいられない」
「分かってくれて嬉しいぜ、彩。
さて、と。それじゃあ早速、最後の作戦に打って出るとするか」
立ち上がった深見に続きながら、九鬼はまた質問した。
「最後の作戦? いったい何をするんだ?」
「そろそろ家元も『あやしく』なって来てるからな。こんな時に発狂でもされちゃ、どうもこうも無い。
その前に『最大の悪役』として散ってくれないとな」
「散って……? 何をさせる気なんだ?」
「特攻さ。もいっちょ唆して焚き付けて、黄海に突っ込ませる。
で――突っ込んだところで俺たちが小雪を捕まえ、黄州軍なり連合軍なりに引き渡す。『今回の騒動の首謀者を騙し、ここまで引っ張ってきた』とでも適当に弁解してな。
そうなりゃ悪者は小雪一人、それを引き渡した俺たちは悪者に追従してきた側近から一転、悪を討ち取った英雄ってわけさ」
「卑怯者め……!」
「じゃあお前さん、進んで首を刎ねられたいってのか? 俺は嫌だぜ。お前さんだって嫌だろう?
最初っから、あいつが全部悪かった。そうしておけば、極刑を食らわずに済む。最悪、食らったとしても従犯扱いで1年、2年の懲役刑くらいだ。それだって残った資産で、いくらでも減刑できるしな」
「……」
それ以上何も言えず、九鬼は月乃たちの後に続いた。
「家元、準備が整いました」
月乃ら3人は小雪の自室の前に立ち、彼女を起こした。
「……準備……?」
部屋の中から、重たげな声が返ってくる。
「黄海に攻め込む準備です」
「……はぁ?」
ずず……、と引きずるように戸が開き、小雪の目が覗く。
「……今更……?」
「確かに各地での緊張が高まり、紅蓮塞の形勢が不利であるのは事実です。
しかし敵方の頭である黄家を制圧すれば、央南連合に対する最強とも言える交渉材料を手にすることができます。
そうなればこの苦境など、いくらでも対処可能でございます。おまけに『証書』も戻りますし、金も入ります。
攻めるべきは、今かと」
「……どうやって攻め込むの?」
深見の説得に揺れたのか、小雪の声に張りが戻ってきた。
「九鬼に命じ、紅黄街道までの道を拓いておりました。既に塞が集められるだけの軍備および人員も、州境に配置しております。
塞からそこまでは、2日ほどかかります。今にも連合軍が動くかと言う状況ですので、時は一刻を争います。さ、今すぐ出立の準備を」
「……分かったわ。黄、着付けを手伝って頂戴」
「承知」
月乃は小雪の部屋に入る直前――嘲った笑みを、深見と九鬼に見せた。
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詭弁で誇りを焚き付ける。
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3.
「何がおかしい!?」
いきり立つ九鬼に、深見はニヤニヤしながらこう返す。
「お前さんもなかなか、目先しか追えない奴だなと思ってな。
この目論見を知って、今更塞を抜けるか? なるほど、仁義と礼節に篤いご立派な剣士だ。そりゃ、そうしてもいい。それはそれで、お前さんの矜持は一応なりには守られるだろうさ。
だが得られるものはそれだけだ。暮れからこっち、ずーっと血と汗を流して頑張ってきたお前さんは、誇りだけしか得られないわけだ」
「何を言うか! 侍、剣士たる者、それだけあれば十分だ!」
「十分? お前さん、飯を食ってるよな? 食ってないわけないよな?」
「ぬ……」
「人間として生きる以上、飯は食べなきゃならないし、何かしらモノや寝床やらもいる。いや、剣士として清廉潔白に生きるにしてもだ、刀は持たなきゃならないし、いざって時には武装もしなきゃならん。
生きる以上、金は稼がにゃならんのよ。誇りだけじゃ人間、生きられんぜ」
「詭弁だ! それで誇りを失っていい、と言う話ではない!」
「勿論、そこも考えてのことさ。
考えてもみろ、ここまで事態が深刻化したら、小雪一人の頭を刎ねれば全部元通りって話じゃ無くなる。それで騒動が収まったとしてもだ、この先焔流は信用を回復させ、もう一度興隆させていかなきゃならんわけだ。
その未来を見捨てるってことだぜ、今、塞から抜けるってことは」
「……!」
「今抜ければ、確かにこれ以上悪事に手を染めずに済む。それなりに誇りを保てるだろうさ。だが、その後はどうなる?
塞からは本拠地を捨てた腰抜けとして蔑まれ、二度と敷居はまたげないだろうな。そうなると敵方の黄派や柊派を頼ることになるだろう。だがそうなりゃ適当に丸め込まれ、安い給料で先生だか用務員だかの職をあてがわれてぬくぬくと飼い馴らされ、それで人生終わりだ。
だが今、ちょっとの悪事と苦境を堪え、最後まで俺たちと共に戦い、塞内の体制が一新されれば、お前さんはこの塞の重鎮になれる。『今回の騒動を収めた立役者の一人』として、堂々と胸を張って、生涯剣士でいられるわけだ。
どっちがお前さんを、満足させられる?」
「……ぐ」
九鬼は目をつぶり、ギリギリと歯ぎしりを立て――やがて、折れた。
「貴様らのような悪魔に与するなど、……確かに、……確かに心苦しい。
だが貴様らの言うことも一理だ。今逃げれば、私は二度と剣士でいられない」
「分かってくれて嬉しいぜ、彩。
さて、と。それじゃあ早速、最後の作戦に打って出るとするか」
立ち上がった深見に続きながら、九鬼はまた質問した。
「最後の作戦? いったい何をするんだ?」
「そろそろ家元も『あやしく』なって来てるからな。こんな時に発狂でもされちゃ、どうもこうも無い。
その前に『最大の悪役』として散ってくれないとな」
「散って……? 何をさせる気なんだ?」
「特攻さ。もいっちょ唆して焚き付けて、黄海に突っ込ませる。
で――突っ込んだところで俺たちが小雪を捕まえ、黄州軍なり連合軍なりに引き渡す。『今回の騒動の首謀者を騙し、ここまで引っ張ってきた』とでも適当に弁解してな。
そうなりゃ悪者は小雪一人、それを引き渡した俺たちは悪者に追従してきた側近から一転、悪を討ち取った英雄ってわけさ」
「卑怯者め……!」
「じゃあお前さん、進んで首を刎ねられたいってのか? 俺は嫌だぜ。お前さんだって嫌だろう?
最初っから、あいつが全部悪かった。そうしておけば、極刑を食らわずに済む。最悪、食らったとしても従犯扱いで1年、2年の懲役刑くらいだ。それだって残った資産で、いくらでも減刑できるしな」
「……」
それ以上何も言えず、九鬼は月乃たちの後に続いた。
「家元、準備が整いました」
月乃ら3人は小雪の自室の前に立ち、彼女を起こした。
「……準備……?」
部屋の中から、重たげな声が返ってくる。
「黄海に攻め込む準備です」
「……はぁ?」
ずず……、と引きずるように戸が開き、小雪の目が覗く。
「……今更……?」
「確かに各地での緊張が高まり、紅蓮塞の形勢が不利であるのは事実です。
しかし敵方の頭である黄家を制圧すれば、央南連合に対する最強とも言える交渉材料を手にすることができます。
そうなればこの苦境など、いくらでも対処可能でございます。おまけに『証書』も戻りますし、金も入ります。
攻めるべきは、今かと」
「……どうやって攻め込むの?」
深見の説得に揺れたのか、小雪の声に張りが戻ってきた。
「九鬼に命じ、紅黄街道までの道を拓いておりました。既に塞が集められるだけの軍備および人員も、州境に配置しております。
塞からそこまでは、2日ほどかかります。今にも連合軍が動くかと言う状況ですので、時は一刻を争います。さ、今すぐ出立の準備を」
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
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待て、九鬼さん。
「命あっての物種」という言葉もあるぞ!(^^;)
……わたしは焔流剣士にはなれないらしい(笑)
「命あっての物種」という言葉もあるぞ!(^^;)
……わたしは焔流剣士にはなれないらしい(笑)
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九鬼を逃がさないため、深見が不自由な二択を突きつけ、
心理的に拘束しました。
これ以上側近や指揮官役がいなくなったら、
流石に手が足りなくなりますからね。