黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第3部

    蒼天剣・戦凪録 5

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    晴奈の話、第133話。
    観光地の裏通り。

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    5.
     入門試験が終わり、晴奈は霙子と共に、彼女の師匠になってくれる師範のところへ向かった。
     晴奈が連れてきたとは言え、晴奈は教える側としてはまだまだ未熟であるし、戦争に参加しているため、彼女がその役を務めることはできない。
     そこで晴奈に縁がある者が師として選ばれた。
    「初めまして、藤川さん」
    「お初にお目にかかります、師匠」
     即ち、晴奈の師匠でもある雪乃である。
     自己紹介を終えたところで、雪乃はにっこりと霙子に笑いかける。
    「そんなにかしこまらなくてもいいわ、藤川さん。これから長い付き合いになるんだし、お姉さんくらいに思ってくれていいから」
    「そ、そうですか」
     雪乃が優しく声をかけるが、依然霙子は緊張している。その様子を見た雪乃が、思い付いたように一言加える。
    「あ、それからね」
    「はい?」
    「藤川さんのこと、霙子って呼んでもいいかしら?」
    「え? は、はい。大丈夫です」
    「それじゃ、霙子。これからよろしくね」
     そう言って雪乃は霙子の手を取り、握手する。
    「……はい。よろしくお願いします」
     そこでようやく、霙子も微笑んだ。

    「それは難儀をしたな、リスト」
     霙子を紅蓮塞に残し、明奈たちと合流した晴奈は、温泉街で起こった出来事をリストから聞いて苦笑した。
    「もう、目ぇ覚めたらココよ、ココ」
     リストはそう言って、顔の前で手をかざす。横にいた明奈は顔を赤くし、猫耳を伏せる。
    「あの、もう言わないで……」
    「あははは……、もう許してやれ、リスト」
    「そーね、アタシにお土産買ってくれたら許そっかなー、アハハっ」
     リストは明奈の腕を取り、近くにあった土産物屋に入る。
    「やれやれ、だ」
     晴奈は小さくため息をつき、リストたちの後に続いた。



    「来ないなぁ」
     虎獣人の店主が、新聞を読みながら番台に座っている。
     時折入口を覗き、先程の「猫」とエルフが戻ってくるのを待ち構えているのだが、日が落ちても一向にやって来る気配が無い。
     と、入口から物音がする。ようやく戻ってきたかと、手をこすり合わせながら入口に向かう。だが、エルフはエルフでも、黒いコートを羽織った、薄ら笑いを浮かべた男のエルフであった。横には同じような、黒いコート姿の人間が立っている。
    「……何だ、アンタらか」
    「何だは無いでしょー、こっちは客だよ?」
    「お前らみたいなのは客とは言わん」
     店主が毒づくと、エルフの傍らにいた片腕の短耳が、その残った腕を店主にかざす。
    「『ヒュプノ』さん、ここはまだ往来に近い。あまり声をあげないでくれ」
    「おっと、失礼。……で、今日は何の用だい?」
     片腕の男は手を後ろに回し、その背後にいる誰かを呼ぶ仕草をした。間も無く2名の男が、それぞれ大きな袋を担いで現れた。
    「いつもの」
    「はいはい、やっぱりアンタらは客とは呼べんなぁ」
     店主の言葉に、片腕の男は首を横に振る。
    「もう一つ、湯治のつもりでもここに立ち寄ったのだ。それなら客と言えるだろう?」
    「へぇ? 腕のケガがまだ痛むんですかい?」
     片腕の男は首を振り、横のエルフを指差す。
    「カモフ君がこの前の天原討伐で負傷してしまったのだ。自分で応急処置はしたものの、まだ全快と言うわけにはいかないからな」
     説明の間に、袋を運んでいる男たちは3往復ほどしていた。
    「モノ様、運び終わりました」
    「ご苦労。君たちも良ければ、一緒に入っていかんか?」
     男たちは短く首を振り、遠慮する。
    「いえ、『商品』を見張らなければならないので」
    「そうか。では我々が入っている間、よろしく頼む。その後に交代しよう。ここまで来て入らないのは損だからな」
    「ありがとうございます、モノ様」
     男たちと店主が奥に入っていったところで、モノと呼ばれた片腕もコートを脱ぎつつ、奥へと進む。
    「あ、お持ちします」
    「うむ、すまんな」
     カモフはモノのコートを預かったところで、あることに気付く。
    「あれ? その腕輪、前からしてましたっけ?」
    「うん? ああ、いつもコート姿だからな」
     モノは右腕を上げ、その腕にはまっているガラス製の腕輪を見せる。
    「昔の慢心を戒めるためだ。この腕輪に油断したせいで、背後からバッサリと腕を斬られてしまってな。
     それ以来、こいつはお守り半分、戒め半分につけている」
    「へぇー。……キレイですね、なかなか」
     カモフのお世辞に、モノはニヤリと口角を上げる。
    「だろう? 紛れも無く逸品だ。この私が、完全に気を取られてしまったのだから。
     ……と、ヒュプノさん。『商品』の具合はどうかな?」
     奥から戻ってきた店主も、ニヤニヤと笑っている。
    「うちのお湯は特別、気持ちいいですからねぇ。ちょっと参ってるヤツなら、一発で催眠にかかる。今、アンタの部下が裏で『洗ってる』ところですよ」
    「そうか。……金はいつものように送る」
    「へへ、まいど。
     ああ、そうそう。金と言えばさ、うまく行けば今日、あの黄が手に入るかも知れませんよ。売ればきっと、とんでもない値が付くかも」
     モノの目が、一瞬細くなる。
    「コウ?」
    「黄晴奈ですよ。何でも紅蓮塞に里帰りしてるとか。そいつの妹さんが、ウチに偶然寄ってくれたんですよ」
    「催眠は? 確実に戻ってくるよう仕掛けたか?」
    「いやー、何しろ偶然ですから。ウチも商売あるんで、そのまま帰してしまいましたが、ウチのお湯は気持ちいいですから、きっと戻って……」「ヒュプノさん」
     モノは非常にがっかりしたような顔で、店主の話をさえぎる。
    「我々の世界に『もしも』はない。確実に儲かること、確実に安全なことでなければ、我々の命すら危ないのだからな」
    「……すみません、モノさん」
     モノはため息をつき、店主から顔を背ける。
    「構わん。元々手に入れようと思っていたわけではない。皮算用はしないに越したことは無いからな。……それでは、入るとしようか」
     モノとカモフは会話を切り上げ、更衣室の中に入っていった。



     なお、晴奈たちは結局、紅蓮塞内の入浴場で温泉を堪能し、黄海へと帰っていった。
     店主の期待は、見事に外れたことになる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    実際、あるそうです。
    観光客を丁寧なサービスでもてなして油断させ、
    その隙に「色々」盗むと言う、恐ろしい事件が。
    金ならまだしも、パスポートとか、臓器とか、
    ……その人自身とか。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2016.04.01 修正
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