「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・龍息抄 1
麒麟を巡る話、第192話。
30年越しの恨み。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
篠原朔明が生まれたのは、双月暦502年のことである。
その1年前、彼の両親である篠原龍明と竹田朔美は、紅蓮塞において「新生焔流」を名乗り謀反を起こしたが、当時の家元である焔重蔵に阻止され、失敗。
扇動し、味方に付けた門下生20余名を連れ、そのまま紅蓮塞から逃亡した。
それから2年後、篠原らは隠密の職を得ることになるのだが、その間の生活は困窮を極めていた。
新たに剣術流派を立ち上げはしたものの、本家焔流に楯突いた謀反人らである。まともな人間が集まるわけも無く、篠原龍明は貧困の最中にいた。
そんな時に子供が生まれても、持て余すのは仕方の無いことと言えた。
朔明は「そんな時」の子供だったのである。
朔明を自分たちの手元に置いておくことができず、竹田朔美は自分の母親に我が子を預けることにした。
その翌年に篠原一派は職を得て、生活は安定するのだが、何しろ職務内容が内容である。1歳にもならぬ幼子を呼び戻すわけにも行かず、そのまま預けることになった。
そして両親に会えぬまま時は過ぎ、朔明14歳の時。
既に己の主君を操る程にまで増長していた篠原一派は、央南転覆を狙った工作に失敗し、壊滅した。
副統領であった竹田朔美は懲役230年の、事実上の終身刑を言い渡されて、後に獄死。統領であった篠原龍明も、あの剣豪――黄晴奈によって討たれた。
それを知った朔明が、晴奈を恨まないはずがない。
そもそも紅蓮塞が己の両親を追い出したりしなければ、自分は親と共に過ごせたかも知れないのだ。
彼は並々ならぬ恨みを晴奈と焔流に抱き、そして復讐のため焔流に入門し、後に晴奈の道場へ転入したのである。
話を聞き終えた晴奈の顔は、真っ青になっていた。
「では……、あいつが此度の騒動を引き起こしたと言うのか」
「はい」
「小雪を惑わし、娘をもたぶらかして」
「ええ」
「……」
晴奈は突然、机に突っ伏した。
それがつい先程倒れた明奈の姿と重なり、霙子は戸惑う。
「あ、姉さん!?」
「……く、……くく、……くっ」
突っ伏したまま、半ば泣くような、晴奈の笑い声が聞こえてくる。
「何と言う半端者だ……! 己の手足さえ清められぬ半端者が、正義だの仁だのを説いていたわけか……!
何のことは無い、私がすべての元凶だったのだ……!」
「それは違います!」
霙子は慌てて机に駆け寄り、晴奈の肩を抱く。
「姉さんが篠原を討ったのは、職務上やむを得ずのことじゃないですか!
いいえ、そもそも篠原こそが元凶だったんです! 奴が先代に刃向かったり、央南転覆を狙ったりしなければ、姉さんがそれを討つことは決してなかったんですから……!」
「だが殺したのは事実だ。そしてその上で正義を、いい気になって説いてきたのもな。
まったく、明奈の言う通りだったよ……! こんな体たらくで娘に『真っ当な生き方を』などと、よくも臆面も無く説教できたものだ……」
「あねさ……」「……先生!」
と――街壁の崩落を報告し、そのまま命令を待っていた伝令が、口を開いた。
「え……?」
晴奈が顔を挙げたところで、伝令は顔を真っ赤にしてこう叫んだ。
「じ、自分は、自分は、先生に指導していただいた者ですが、その、先生に教わったことは、何の間違いも無いと、その、そう思っております!」
「……そうか。見覚えがあると思った」
「覚えていてくださり、ありがとうございます!
……か、重ねて申しますが、自分は先生が、……先生のお言葉が、正しいと、そう信じております! そして、その、それはきっと、他の同輩たちも同様であると思います!」
「……っ」
これを受けた晴奈は、ぼろぼろと涙を流す。そして霙子に、こう勇気づけられた。
「……そうですよ、姉さん。この世にはじめから聖人君子たる人間なんか、いません。
学び、経験することで、正しい人間に近付けるんです。姉さんが昔どんな人であったとしても、今の姉さんは、数多くの人間を正しく導いて来られた、尊敬すべき人です」
「……ありがとう」
晴奈はぐしぐしと、袖で涙を拭く。
「さあ、先生! ご命令を!」
びし、と敬礼した伝令に、晴奈はまだ目を真っ赤にしながらも、凛とした声で応じた。
「……まず、優先すべきは街の防御だ。速やかに街壁を修復し、敵の襲撃に備えてくれ。
もう一つすべきは、笠尾と『篠原』の捜索および拿捕だ。彼奴らをこのまま放っておけば、また何らかの妨害工作が行われるかも知れぬ。
早急に動いてくれ」
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30年越しの恨み。
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篠原朔明が生まれたのは、双月暦502年のことである。
その1年前、彼の両親である篠原龍明と竹田朔美は、紅蓮塞において「新生焔流」を名乗り謀反を起こしたが、当時の家元である焔重蔵に阻止され、失敗。
扇動し、味方に付けた門下生20余名を連れ、そのまま紅蓮塞から逃亡した。
それから2年後、篠原らは隠密の職を得ることになるのだが、その間の生活は困窮を極めていた。
新たに剣術流派を立ち上げはしたものの、本家焔流に楯突いた謀反人らである。まともな人間が集まるわけも無く、篠原龍明は貧困の最中にいた。
そんな時に子供が生まれても、持て余すのは仕方の無いことと言えた。
朔明は「そんな時」の子供だったのである。
朔明を自分たちの手元に置いておくことができず、竹田朔美は自分の母親に我が子を預けることにした。
その翌年に篠原一派は職を得て、生活は安定するのだが、何しろ職務内容が内容である。1歳にもならぬ幼子を呼び戻すわけにも行かず、そのまま預けることになった。
そして両親に会えぬまま時は過ぎ、朔明14歳の時。
既に己の主君を操る程にまで増長していた篠原一派は、央南転覆を狙った工作に失敗し、壊滅した。
副統領であった竹田朔美は懲役230年の、事実上の終身刑を言い渡されて、後に獄死。統領であった篠原龍明も、あの剣豪――黄晴奈によって討たれた。
それを知った朔明が、晴奈を恨まないはずがない。
そもそも紅蓮塞が己の両親を追い出したりしなければ、自分は親と共に過ごせたかも知れないのだ。
彼は並々ならぬ恨みを晴奈と焔流に抱き、そして復讐のため焔流に入門し、後に晴奈の道場へ転入したのである。
話を聞き終えた晴奈の顔は、真っ青になっていた。
「では……、あいつが此度の騒動を引き起こしたと言うのか」
「はい」
「小雪を惑わし、娘をもたぶらかして」
「ええ」
「……」
晴奈は突然、机に突っ伏した。
それがつい先程倒れた明奈の姿と重なり、霙子は戸惑う。
「あ、姉さん!?」
「……く、……くく、……くっ」
突っ伏したまま、半ば泣くような、晴奈の笑い声が聞こえてくる。
「何と言う半端者だ……! 己の手足さえ清められぬ半端者が、正義だの仁だのを説いていたわけか……!
何のことは無い、私がすべての元凶だったのだ……!」
「それは違います!」
霙子は慌てて机に駆け寄り、晴奈の肩を抱く。
「姉さんが篠原を討ったのは、職務上やむを得ずのことじゃないですか!
いいえ、そもそも篠原こそが元凶だったんです! 奴が先代に刃向かったり、央南転覆を狙ったりしなければ、姉さんがそれを討つことは決してなかったんですから……!」
「だが殺したのは事実だ。そしてその上で正義を、いい気になって説いてきたのもな。
まったく、明奈の言う通りだったよ……! こんな体たらくで娘に『真っ当な生き方を』などと、よくも臆面も無く説教できたものだ……」
「あねさ……」「……先生!」
と――街壁の崩落を報告し、そのまま命令を待っていた伝令が、口を開いた。
「え……?」
晴奈が顔を挙げたところで、伝令は顔を真っ赤にしてこう叫んだ。
「じ、自分は、自分は、先生に指導していただいた者ですが、その、先生に教わったことは、何の間違いも無いと、その、そう思っております!」
「……そうか。見覚えがあると思った」
「覚えていてくださり、ありがとうございます!
……か、重ねて申しますが、自分は先生が、……先生のお言葉が、正しいと、そう信じております! そして、その、それはきっと、他の同輩たちも同様であると思います!」
「……っ」
これを受けた晴奈は、ぼろぼろと涙を流す。そして霙子に、こう勇気づけられた。
「……そうですよ、姉さん。この世にはじめから聖人君子たる人間なんか、いません。
学び、経験することで、正しい人間に近付けるんです。姉さんが昔どんな人であったとしても、今の姉さんは、数多くの人間を正しく導いて来られた、尊敬すべき人です」
「……ありがとう」
晴奈はぐしぐしと、袖で涙を拭く。
「さあ、先生! ご命令を!」
びし、と敬礼した伝令に、晴奈はまだ目を真っ赤にしながらも、凛とした声で応じた。
「……まず、優先すべきは街の防御だ。速やかに街壁を修復し、敵の襲撃に備えてくれ。
もう一つすべきは、笠尾と『篠原』の捜索および拿捕だ。彼奴らをこのまま放っておけば、また何らかの妨害工作が行われるかも知れぬ。
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