「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・龍息抄 6
麒麟を巡る話、第197話。
×印。
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6.
霙子と御経がじっと見守る中、晴奈と朔明は互いに刀を構えたまま、にらみ合っていた。
いや――晴奈の方はまったくブレを見せず、凛と構えているが、一方の朔明はボタボタと汗を流し、刀の切っ先をカタカタと揺らしている。
「……勝てると思っているんですか」
それでもなお、朔明は強がった台詞を口にする。
「20年まともに刀を握っていないあなたが、20年修行を欠かさなかった私に勝てると?」
「思うさ」
「持っている刀は『蒼天剣』ですらない。間に合わせの鈍(なまくら)ではないですか」
「十分だ」
淀みなく返され、朔明は目に見えて覇気を失っていく。
「だ、……第一、あなたは何も気付いていない。
娘の心情も察せられない。弟子の肚(はら)の内も見抜けない。そして何より、自分のしてきたことがまったく滑稽であることに、今なお気付いていないのだ!」
「ほう? それは何だ?」
尋ねた晴奈に、朔明は得意げな声色になる。
「あなたは道場を構え、人に教える立場に立ってからずっと、『自分の教えが正義である』と言ってきたはずだ。
だがその実、あなた自身はそんな潔癖な生き方をしたわけではない。血に塗れた、薄汚れた生き方を……」「ああ、そうだな」
晴奈にうなずかれ――朔明は「え」と漏らし、絶句した。
「確かに私の生き方は決して綺麗ではないし、誇れるものでも決して無いさ。
だが私の生き方や所業はどうであれ、『教えてきたこと』に間違いは無い。この20年、正しいことを教えてきたと信じている。
娘は……、私の教えてきたこととに反発し、聞き入れないかも知れない。いや、今はまだ、聞き入れてはくれていない。
だがきっと、いつかは分かってくれる。私はそう信じている」
「ひっ、……開き直るな! 開き直るんじゃないっ!」
朔明が叫ぶ。
「何故落ち込まない! 何故あんたはしょげかえっていないんだ! でなければっ……」
「でなければ、勝てる見込みが無いとでも?」
「うっ……」
朔明の刀が、がくんと震えた。
「……い、いや。できますとも。
私も血筋ですから、あの『魔剣』を生まれつき会得しています。それに加え、あなた自身から剣術を学んでいます。
あなたの手は全部分かっている。あなたが父と戦った頃より、『魔剣』には磨きをかけています。これだけあれば、負けることなど……!」
「なるほど。篠原、お前の弱さが見えた」
「は……!?」
うろたえる朔明に、晴奈は静かに言い放った。
「お前はどこまでも『守り』が欲しいのだ。自分に危険が及ぶことを殊更に避け、保険の上に保険を重ね、その上さらに保障に次ぐ保障を欲してやまない。そう言う奴だ。
だから月乃を籠絡し、その月乃に小雪や良蔵を操らせるようなことをして、自分には徹底的に危害が及ばぬよう画策した。
今もそうだ。笠尾を盾にし、その笠尾に命じさせて浪人を集め、自分には私の刃が絶対に届かないようにと策を弄した。
徹頭徹尾、自分は手を汚したくないと言うわけだ! 焔流を傾けさせ、央南全土を騒がすような大それたことをしておいて、自分は無関係を装おうとしている!
どこまでも卑怯で臆病な、薄汚い奴め。篠原、お前は到底許しておけぬ。よって、こうして決着させてやろう」
次の瞬間――晴奈は消えた。
「な!?」
目の前からぽん、と消えた晴奈に、朔明は真っ青になった。
「ま、ま、まさか……っ! せせ、せ、『星剣舞』っ……!」
朔明はがば、と頭を抱え、しゃがみ込んだ。
その姿は到底、剣士と呼べるような雄々しいものでも、堂々としたものでもない。
「なんとまあ……」「ひどいわね」
あまりにも哀れなその姿勢に、見守っていた霙子と御経は吹き出していた。
「ひいい……っ」
刀も放り出し、朔明は身を縮めている。
と、その背中が突然裂ける。
「ぎゃああっ!」
立て続けにもう一筋、傷ができる。
「うあああー……っ!」
背中があらわになり、大きく真っ赤な×字が出来上がったところで、晴奈が再び姿を見せた。
「ここ、こっ、殺さないでくれ、死にたくないぃ……!」
「お前は殺す価値も無い」
晴奈は朔明に背を向け、そしてこう続けた。
「ことごとく他人を犠牲にし、己の保身のため逃げに逃げた、その腐った性根。
敵を目の前にして戦おうとせず刀を捨て、あまつさえ身を屈めて助けを乞う情けなさ。
お前を剣士と思うような者など、誰一人としているまい。
お前は永遠に剣士を失格した。その背中の二太刀がその失効の証だ」
「ひっ……、ひっ……、ひぃ……」
晴奈はそこで刀を納め、周りに声をかける。
「兵治と侍郎はそこで伸びている阿呆と、こいつを縛っておいてくれ。霙子、お前は州軍に連絡して改めて、壁の補修をするよう要請してくれ。ああ、それと斬られた者の手当てだな。皆、協力してくれ。
二人と怪我人を州軍に任せた後は、そうだな……、とりあえず私の屋敷に来い。疲れているだろうし、腹も減っただろう?」
問いかけた晴奈に霙子たちと――そして浪人たちが、一斉に頭を下げた。
白猫夢・龍息抄 終
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霙子と御経がじっと見守る中、晴奈と朔明は互いに刀を構えたまま、にらみ合っていた。
いや――晴奈の方はまったくブレを見せず、凛と構えているが、一方の朔明はボタボタと汗を流し、刀の切っ先をカタカタと揺らしている。
「……勝てると思っているんですか」
それでもなお、朔明は強がった台詞を口にする。
「20年まともに刀を握っていないあなたが、20年修行を欠かさなかった私に勝てると?」
「思うさ」
「持っている刀は『蒼天剣』ですらない。間に合わせの鈍(なまくら)ではないですか」
「十分だ」
淀みなく返され、朔明は目に見えて覇気を失っていく。
「だ、……第一、あなたは何も気付いていない。
娘の心情も察せられない。弟子の肚(はら)の内も見抜けない。そして何より、自分のしてきたことがまったく滑稽であることに、今なお気付いていないのだ!」
「ほう? それは何だ?」
尋ねた晴奈に、朔明は得意げな声色になる。
「あなたは道場を構え、人に教える立場に立ってからずっと、『自分の教えが正義である』と言ってきたはずだ。
だがその実、あなた自身はそんな潔癖な生き方をしたわけではない。血に塗れた、薄汚れた生き方を……」「ああ、そうだな」
晴奈にうなずかれ――朔明は「え」と漏らし、絶句した。
「確かに私の生き方は決して綺麗ではないし、誇れるものでも決して無いさ。
だが私の生き方や所業はどうであれ、『教えてきたこと』に間違いは無い。この20年、正しいことを教えてきたと信じている。
娘は……、私の教えてきたこととに反発し、聞き入れないかも知れない。いや、今はまだ、聞き入れてはくれていない。
だがきっと、いつかは分かってくれる。私はそう信じている」
「ひっ、……開き直るな! 開き直るんじゃないっ!」
朔明が叫ぶ。
「何故落ち込まない! 何故あんたはしょげかえっていないんだ! でなければっ……」
「でなければ、勝てる見込みが無いとでも?」
「うっ……」
朔明の刀が、がくんと震えた。
「……い、いや。できますとも。
私も血筋ですから、あの『魔剣』を生まれつき会得しています。それに加え、あなた自身から剣術を学んでいます。
あなたの手は全部分かっている。あなたが父と戦った頃より、『魔剣』には磨きをかけています。これだけあれば、負けることなど……!」
「なるほど。篠原、お前の弱さが見えた」
「は……!?」
うろたえる朔明に、晴奈は静かに言い放った。
「お前はどこまでも『守り』が欲しいのだ。自分に危険が及ぶことを殊更に避け、保険の上に保険を重ね、その上さらに保障に次ぐ保障を欲してやまない。そう言う奴だ。
だから月乃を籠絡し、その月乃に小雪や良蔵を操らせるようなことをして、自分には徹底的に危害が及ばぬよう画策した。
今もそうだ。笠尾を盾にし、その笠尾に命じさせて浪人を集め、自分には私の刃が絶対に届かないようにと策を弄した。
徹頭徹尾、自分は手を汚したくないと言うわけだ! 焔流を傾けさせ、央南全土を騒がすような大それたことをしておいて、自分は無関係を装おうとしている!
どこまでも卑怯で臆病な、薄汚い奴め。篠原、お前は到底許しておけぬ。よって、こうして決着させてやろう」
次の瞬間――晴奈は消えた。
「な!?」
目の前からぽん、と消えた晴奈に、朔明は真っ青になった。
「ま、ま、まさか……っ! せせ、せ、『星剣舞』っ……!」
朔明はがば、と頭を抱え、しゃがみ込んだ。
その姿は到底、剣士と呼べるような雄々しいものでも、堂々としたものでもない。
「なんとまあ……」「ひどいわね」
あまりにも哀れなその姿勢に、見守っていた霙子と御経は吹き出していた。
「ひいい……っ」
刀も放り出し、朔明は身を縮めている。
と、その背中が突然裂ける。
「ぎゃああっ!」
立て続けにもう一筋、傷ができる。
「うあああー……っ!」
背中があらわになり、大きく真っ赤な×字が出来上がったところで、晴奈が再び姿を見せた。
「ここ、こっ、殺さないでくれ、死にたくないぃ……!」
「お前は殺す価値も無い」
晴奈は朔明に背を向け、そしてこう続けた。
「ことごとく他人を犠牲にし、己の保身のため逃げに逃げた、その腐った性根。
敵を目の前にして戦おうとせず刀を捨て、あまつさえ身を屈めて助けを乞う情けなさ。
お前を剣士と思うような者など、誰一人としているまい。
お前は永遠に剣士を失格した。その背中の二太刀がその失効の証だ」
「ひっ……、ひっ……、ひぃ……」
晴奈はそこで刀を納め、周りに声をかける。
「兵治と侍郎はそこで伸びている阿呆と、こいつを縛っておいてくれ。霙子、お前は州軍に連絡して改めて、壁の補修をするよう要請してくれ。ああ、それと斬られた者の手当てだな。皆、協力してくれ。
二人と怪我人を州軍に任せた後は、そうだな……、とりあえず私の屋敷に来い。疲れているだろうし、腹も減っただろう?」
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こういうやつは普通は殺しておいた方がいいんですがねえ。
まあ更生する例もあるから一概にはいえませんが。
まあ更生する例もあるから一概にはいえませんが。
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近代化を願う明奈が市長を務めるこの街でそれをしてしまうと、
晴奈たちは後でめっちゃ怒られると思います。
なので、拘束および軍に引き渡し後、正式に裁いてもらいます。
また、時にはするまでも無い、その必要が無い状態になることもあります。
詳しくは次の話で。