「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・落紅抄 1
麒麟を巡る話、第198話。
戦いの終わり。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
拘束された朔明と笠尾の両名は、翌日のうちに拘置所へ移送されることとなった。現時点での罪名は、公務執行妨害、傷害および殺人未遂、またその教唆となっている。
笠尾に命じて州軍の兵士8名を襲わせ、うち2名は重体である。死者こそ出なかったものの、それでも軍相手に狼藉を働いた現行犯である。
そして今後は当局から然るべき処置が下され、央南西部を揺るがした重政治犯として裁かれるだろうと思われた。
ところが拘置所へ向かう、その道中――。
「な、……なんだ!?」
「焔流の……、小雪派か!?」
二人を運んでいた分隊を、小雪たちが襲ったのだ。
元々最後の賭けに打って出ようと集められた、150近い浪人である。一挙に押し寄せてきた彼らに、流石の兵士たちもうろたえた。
「狙いはこの二人か! 渡しはせんぞ!」
分隊が銃を構え、一斉に射撃する。浪人らのうち十数人が倒れたが、それを乗り越えて残りが次々と歩を進めて来る。
「……くそ、退くぞ!」
いくら撃ってもきりが無いと判断した分隊は、やむなく退却した。
「……はあっ、……はあっ、はあ……」
先陣を切って兵士たちを追い払った月乃は、そこで膝を着く。
「大丈夫か、黄? どこか撃たれたのか?」
「いいえ……、撃たれてない、けど」
残された笠尾と、そして朔明を確認し、月乃はボタボタと涙を流した。
「あなたが捕まったって聞いたから、こうして私……!」
「……」
が――朔明は何も言わない。
「……朔明さん?」
「……」
「ねえ……? ちょっと、朔明さん?」
「呼んでも無駄だ、黄」
顔中に包帯を巻いた笠尾が、ふがふがとした声でそれを止めた。
「どう言うことよ?」
「貴様の母に散々おどかされたせいで、……頭のネジが飛んでしまったようでな。
何の反応も示さなくなってしまった。いわゆる狂人と言うわけだ」
「は?」
言われて彼の顔を見てみると、確かにそれは、かつて自分が惚れた男の、自信あふれるそれでは無かった。
言うなれば――その顔は木に洞が空いたも同然の、虚無の形相だった。
「……ひっ」
「最早自分がどんな恨みや野心を抱いていたのかさえ、覚えておらんだろうな。
……すべては潰えたのだ。参謀も家宰もいなくなった以上、紅蓮塞は、もう終わりだ」
「な、何言ってんのよ? どう言うことよ? こいつ誰?」
未だ事情を知らされていない小雪は、笠尾の絶望的な言葉が呑み込めないでいる。
それに苛立ったのだろう――これまで恭しく小雪に付き従ってきた深見が、声を荒げた。
「……るっせえなぁ、このバカ女がッ」
「は、はぁ? なんですって? 今あんた、何て……」
「うるせえって言ったのが分からねえのか、あ?」
「あんた、家元に向かってそんな……」「は? 家元? い・え・も・とぉ?」
深見は小雪の胸倉をぐい、とつかみ、その額に向かってコツコツとノックする。
「もしもぉし、誰かいますかぁ? え、おい?
まーだ、自分の立場が分かっちゃいねえようだな、あ?」
「なっ、なに、すんのよっ」
「お前はずーっと俺たちにとって、体のいいお神輿だったってことだよ! それこそ本気で奉られようが、壊れっちまおうが、一切構わねえやってくらいのな!」
「な……ん……っ」
小雪の顔に、瞬く間に怒りの色が満ちる。
「この無礼者めッ! 叩っ斬ってやるッ!」
「やってみろや、ボンクラぁ!」
小雪と深見は、同時に抜刀する。
が――それを九鬼と、月乃が止めた。
「お収め下さい、殿!」「やってる場合じゃないでしょ!?」
止められた二人は、同時ににらみつける。
「邪魔をするな!」
「いいえ、いたします! このままここで立ち止まっていては、黄州軍が大挙して押しかけて来るのは明白! 早急に紅州まで退かねば、進退を窮めます!」
「九鬼の言う通りよ。ここでぎゃーぎゃーわめくなんて、マジでバカのやることよ」
「……」
諌められ、小雪は渋々刀を納める。一方の深見も「チッ」と毒づきつつ、小雪に背を向けた。
「行くわよ!」
月乃が先導し、皆を退却させる。
と、それに乗る形で笠尾が、抜け殻となった朔明を引っ張りつつ付いてきた。
「……何してるのよ」
「いや、俺も……」
「それはいい。私が聞いてるのは、『それ』をどうする気かってことよ」
「『それ』だと?」
尋ね返したが、間をおいて笠尾はうなずいた。
「……いや、そうだな。連れて行く価値は無し、か」
「そう言うことよ」
笠尾はいまだ虚空を見つめたままの朔明から手を離し、そのまま月乃たちと共に、その場から去った。
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戦いの終わり。
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拘束された朔明と笠尾の両名は、翌日のうちに拘置所へ移送されることとなった。現時点での罪名は、公務執行妨害、傷害および殺人未遂、またその教唆となっている。
笠尾に命じて州軍の兵士8名を襲わせ、うち2名は重体である。死者こそ出なかったものの、それでも軍相手に狼藉を働いた現行犯である。
そして今後は当局から然るべき処置が下され、央南西部を揺るがした重政治犯として裁かれるだろうと思われた。
ところが拘置所へ向かう、その道中――。
「な、……なんだ!?」
「焔流の……、小雪派か!?」
二人を運んでいた分隊を、小雪たちが襲ったのだ。
元々最後の賭けに打って出ようと集められた、150近い浪人である。一挙に押し寄せてきた彼らに、流石の兵士たちもうろたえた。
「狙いはこの二人か! 渡しはせんぞ!」
分隊が銃を構え、一斉に射撃する。浪人らのうち十数人が倒れたが、それを乗り越えて残りが次々と歩を進めて来る。
「……くそ、退くぞ!」
いくら撃ってもきりが無いと判断した分隊は、やむなく退却した。
「……はあっ、……はあっ、はあ……」
先陣を切って兵士たちを追い払った月乃は、そこで膝を着く。
「大丈夫か、黄? どこか撃たれたのか?」
「いいえ……、撃たれてない、けど」
残された笠尾と、そして朔明を確認し、月乃はボタボタと涙を流した。
「あなたが捕まったって聞いたから、こうして私……!」
「……」
が――朔明は何も言わない。
「……朔明さん?」
「……」
「ねえ……? ちょっと、朔明さん?」
「呼んでも無駄だ、黄」
顔中に包帯を巻いた笠尾が、ふがふがとした声でそれを止めた。
「どう言うことよ?」
「貴様の母に散々おどかされたせいで、……頭のネジが飛んでしまったようでな。
何の反応も示さなくなってしまった。いわゆる狂人と言うわけだ」
「は?」
言われて彼の顔を見てみると、確かにそれは、かつて自分が惚れた男の、自信あふれるそれでは無かった。
言うなれば――その顔は木に洞が空いたも同然の、虚無の形相だった。
「……ひっ」
「最早自分がどんな恨みや野心を抱いていたのかさえ、覚えておらんだろうな。
……すべては潰えたのだ。参謀も家宰もいなくなった以上、紅蓮塞は、もう終わりだ」
「な、何言ってんのよ? どう言うことよ? こいつ誰?」
未だ事情を知らされていない小雪は、笠尾の絶望的な言葉が呑み込めないでいる。
それに苛立ったのだろう――これまで恭しく小雪に付き従ってきた深見が、声を荒げた。
「……るっせえなぁ、このバカ女がッ」
「は、はぁ? なんですって? 今あんた、何て……」
「うるせえって言ったのが分からねえのか、あ?」
「あんた、家元に向かってそんな……」「は? 家元? い・え・も・とぉ?」
深見は小雪の胸倉をぐい、とつかみ、その額に向かってコツコツとノックする。
「もしもぉし、誰かいますかぁ? え、おい?
まーだ、自分の立場が分かっちゃいねえようだな、あ?」
「なっ、なに、すんのよっ」
「お前はずーっと俺たちにとって、体のいいお神輿だったってことだよ! それこそ本気で奉られようが、壊れっちまおうが、一切構わねえやってくらいのな!」
「な……ん……っ」
小雪の顔に、瞬く間に怒りの色が満ちる。
「この無礼者めッ! 叩っ斬ってやるッ!」
「やってみろや、ボンクラぁ!」
小雪と深見は、同時に抜刀する。
が――それを九鬼と、月乃が止めた。
「お収め下さい、殿!」「やってる場合じゃないでしょ!?」
止められた二人は、同時ににらみつける。
「邪魔をするな!」
「いいえ、いたします! このままここで立ち止まっていては、黄州軍が大挙して押しかけて来るのは明白! 早急に紅州まで退かねば、進退を窮めます!」
「九鬼の言う通りよ。ここでぎゃーぎゃーわめくなんて、マジでバカのやることよ」
「……」
諌められ、小雪は渋々刀を納める。一方の深見も「チッ」と毒づきつつ、小雪に背を向けた。
「行くわよ!」
月乃が先導し、皆を退却させる。
と、それに乗る形で笠尾が、抜け殻となった朔明を引っ張りつつ付いてきた。
「……何してるのよ」
「いや、俺も……」
「それはいい。私が聞いてるのは、『それ』をどうする気かってことよ」
「『それ』だと?」
尋ね返したが、間をおいて笠尾はうなずいた。
「……いや、そうだな。連れて行く価値は無し、か」
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笠尾はいまだ虚空を見つめたままの朔明から手を離し、そのまま月乃たちと共に、その場から去った。
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