「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・蘇焔抄 1
麒麟を巡る話、第203話。
設計者。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
焔流騒乱が一応の解決を見せ、央南の情勢が落ち着き始めた、双月暦544年の秋頃。
「免許皆伝試験用の道場を作れないだろうか」
黄海や、その近隣に住む焔流剣士たちから、そんな意見が出始めた。
紅蓮塞と断絶して以降、「証書」は手元にあったものの、試験を行いそれに名前を連ねることができず、免許皆伝を得る者が1年近くもの間、輩出されないままでいたのである。
「しかし作るとなるとなぁ……」「ですよねぇ」
晴奈は紅蓮塞の試験会場、伏鬼心克堂の「構造」を実際に目にしたことがあるだけに、その再建が困難なことは十分に承知していた。
そして晴奈と一緒にその「仕掛け」を見ていた良太も、一緒にうなる。
「僕も姉さんと一緒にあれ見ましたけど、普通の大工さんとかじゃ、絶対作れないですよ」
「そうだな。あれはよほど優れた魔術知識を持つ人間でなければ、建設は不可能だ。
……一応、心当たりはあるが」
「え?」
「しかしその人を呼ぶのは多少、心苦しいと言うか、顔を合わせ辛いと言うか」
「どう言う人なんです? 昔の恋人とか?」
「阿呆。黒炎教団の現人神と言えば分かるだろう?」
「は? ……はぁ!?
ちょ、ちょっと姉さん? 何言ってるんですか? そんな、まさか、呼べるわけないじゃ……」
目を白黒させる良太に対し、晴奈は胸の前で腕を組みながら、はぁ、とため息を漏らした。
「既に争う間柄でなくなって久しいし、呼んでも体面上、何の問題も無いだろう。呼ぶ手段も一応はある。ツテがあるからな。
ただ――焔流の私がこんなことを言うのも何だが――畏れ多くてな。もう20年以上は会っていないが、会う度に身のすくむ思いをしていたからな。今思い出しても尻尾がざわっとする。
とは言え生半可な魔術師では到底、あんなものは作れまい。もう一人、央中に辣腕の魔術師を知っているが、彼女は央中から離れられぬと言うし。
頼むしかあるまい。……黒炎殿に」
晴奈は魔術の心得がある明奈を通じて渾沌に連絡し、大火に会えないか相談した。
《あんたの頼みなら師匠も動いてくれると思うわよ。
ただ、うちの原則として『契約は公平にして対等の理』ってのがあるから、お願いするとしたら、何らかの見返りが無いと駄目でしょうね》
「ふむ……」
「お金であれば多少はありますが、黒炎様では動いてくれないでしょうね」
「それは言える」
《ま、それ抜きにしても師匠、あんたに会いたがってるでしょうから、話は通してみるわね。
……あ、そうそう》
「魔術頭巾」で渾沌からの話を聞いていた明奈は、「まあ」と嬉しそうな声を上げた。
「どうした?」
「お姉様、秋くんがベルさんと来年、結婚するそうですよ。
向こうで開いた道場が軌道に乗り、来年にはベルさんも20歳になるので、それを機に身を固めよう、……とのことです」
「……そうか。……うん、そうか」
これを聞いた晴奈も、顔をほころばせていた。
それから2週間後。
「久しぶりね、晴奈」
「ああ。……お久しゅうございます、黒炎殿」
「ああ」
渾沌が大火を伴い、2年ぶりに黄海を訪れた。
出迎えた雪乃夫妻と晴奈に、大火は会釈しつつこう返す。
「晴奈。50歳を超えたそうだが、まだ若々しいな。今なお凛々しさが残っている」
大火にそう褒められ、晴奈は気恥ずかしくなる。
「はは……、恐縮です。
それで黒炎殿、渾沌から伝えていた件ですが……」
「ああ。伏鬼心克堂の建設だな」
そう言って大火は、懐から金色に光る、手帳のようなものを取り出した。
「それは?」
「『黄金の目録』と言って……、まあ、平たく言えば俺の手帳だな。
少々待て。確か設計図を書き留めていたはずだ」
「書き留めて……?」
おうむ返しに尋ねた晴奈に、大火は晴奈たち焔流剣士が仰天するような回答をした。
「ああ。以前に設計した際、何かに転用できるかと考え、保存しておいた。全く同じものを造ってもいいが、現代風に設計し直しても構わん。そこは晴奈、お前の希望に任せるが、どうする?」
「……お、お待ちください」
晴奈はこほん、と小さく咳を立て、もう一度尋ねる。
「その仰り様、まるで黒炎殿が伏鬼心克堂を設計したか、……のような?」
「そう言ったつもりだが、そう聞こえなかったのか?」
「……まさか」
思いもよらない事実を聞かされ、晴奈も、側にいた雪乃も、互いに蒼い顔を向けた。
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設計者。
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焔流騒乱が一応の解決を見せ、央南の情勢が落ち着き始めた、双月暦544年の秋頃。
「免許皆伝試験用の道場を作れないだろうか」
黄海や、その近隣に住む焔流剣士たちから、そんな意見が出始めた。
紅蓮塞と断絶して以降、「証書」は手元にあったものの、試験を行いそれに名前を連ねることができず、免許皆伝を得る者が1年近くもの間、輩出されないままでいたのである。
「しかし作るとなるとなぁ……」「ですよねぇ」
晴奈は紅蓮塞の試験会場、伏鬼心克堂の「構造」を実際に目にしたことがあるだけに、その再建が困難なことは十分に承知していた。
そして晴奈と一緒にその「仕掛け」を見ていた良太も、一緒にうなる。
「僕も姉さんと一緒にあれ見ましたけど、普通の大工さんとかじゃ、絶対作れないですよ」
「そうだな。あれはよほど優れた魔術知識を持つ人間でなければ、建設は不可能だ。
……一応、心当たりはあるが」
「え?」
「しかしその人を呼ぶのは多少、心苦しいと言うか、顔を合わせ辛いと言うか」
「どう言う人なんです? 昔の恋人とか?」
「阿呆。黒炎教団の現人神と言えば分かるだろう?」
「は? ……はぁ!?
ちょ、ちょっと姉さん? 何言ってるんですか? そんな、まさか、呼べるわけないじゃ……」
目を白黒させる良太に対し、晴奈は胸の前で腕を組みながら、はぁ、とため息を漏らした。
「既に争う間柄でなくなって久しいし、呼んでも体面上、何の問題も無いだろう。呼ぶ手段も一応はある。ツテがあるからな。
ただ――焔流の私がこんなことを言うのも何だが――畏れ多くてな。もう20年以上は会っていないが、会う度に身のすくむ思いをしていたからな。今思い出しても尻尾がざわっとする。
とは言え生半可な魔術師では到底、あんなものは作れまい。もう一人、央中に辣腕の魔術師を知っているが、彼女は央中から離れられぬと言うし。
頼むしかあるまい。……黒炎殿に」
晴奈は魔術の心得がある明奈を通じて渾沌に連絡し、大火に会えないか相談した。
《あんたの頼みなら師匠も動いてくれると思うわよ。
ただ、うちの原則として『契約は公平にして対等の理』ってのがあるから、お願いするとしたら、何らかの見返りが無いと駄目でしょうね》
「ふむ……」
「お金であれば多少はありますが、黒炎様では動いてくれないでしょうね」
「それは言える」
《ま、それ抜きにしても師匠、あんたに会いたがってるでしょうから、話は通してみるわね。
……あ、そうそう》
「魔術頭巾」で渾沌からの話を聞いていた明奈は、「まあ」と嬉しそうな声を上げた。
「どうした?」
「お姉様、秋くんがベルさんと来年、結婚するそうですよ。
向こうで開いた道場が軌道に乗り、来年にはベルさんも20歳になるので、それを機に身を固めよう、……とのことです」
「……そうか。……うん、そうか」
これを聞いた晴奈も、顔をほころばせていた。
それから2週間後。
「久しぶりね、晴奈」
「ああ。……お久しゅうございます、黒炎殿」
「ああ」
渾沌が大火を伴い、2年ぶりに黄海を訪れた。
出迎えた雪乃夫妻と晴奈に、大火は会釈しつつこう返す。
「晴奈。50歳を超えたそうだが、まだ若々しいな。今なお凛々しさが残っている」
大火にそう褒められ、晴奈は気恥ずかしくなる。
「はは……、恐縮です。
それで黒炎殿、渾沌から伝えていた件ですが……」
「ああ。伏鬼心克堂の建設だな」
そう言って大火は、懐から金色に光る、手帳のようなものを取り出した。
「それは?」
「『黄金の目録』と言って……、まあ、平たく言えば俺の手帳だな。
少々待て。確か設計図を書き留めていたはずだ」
「書き留めて……?」
おうむ返しに尋ねた晴奈に、大火は晴奈たち焔流剣士が仰天するような回答をした。
「ああ。以前に設計した際、何かに転用できるかと考え、保存しておいた。全く同じものを造ってもいいが、現代風に設計し直しても構わん。そこは晴奈、お前の希望に任せるが、どうする?」
「……お、お待ちください」
晴奈はこほん、と小さく咳を立て、もう一度尋ねる。
「その仰り様、まるで黒炎殿が伏鬼心克堂を設計したか、……のような?」
「そう言ったつもりだが、そう聞こえなかったのか?」
「……まさか」
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