「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・蘇焔抄 3
麒麟を巡る話、第205話。
隠れた剣聖。
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3.
堂の中央に立ち、雪乃は思案する。
(なるほど、うわさに聞く剣呑っぷりね。賢者ってみんな、あんな感じなのかしら。……と言ってもわたし、黒炎さんを含めて2人しか知らないけれど。
……元気してるのかしら、モールさん。ずっと姿、見てないけれど。……元気にしてるわよね。あんな人だもの。
さて、と。黒炎さんの言い方だと、わたしが知ってる人を具現化させて出すみたいだけれど、誰かしらね。……いいえ、大体思い当たるわ。
あの人が出会った数多くの人の中で、わたしとあの人に接点があり、かつ、わたしが戦いたくないと思うような人なんて、……そんなの、一人だけよ)
雪乃の読み通り、やがて彼女の目の前に「それ」は現れた。
「やっぱりね」
「……」
凛とした目つき、自分より高い背丈、後ろに高くまとめた黒髪、そして三毛の猫耳と尻尾――「それ」は晴奈そっくりの姿をしていた。
「でも四半世紀も前の姿だとは思わなかったわね。黒炎さんも案外、思い出を引きずる方なのかしら」
「……」
やがて「彼女」は刀を抜き、雪乃に向けて構える。雪乃も応じる形で刀を構え、対峙した。
「じゃ、行きますか。
……こう言う時『偽者』って分かるのは、いいわね」
雪乃は一歩踏み込み、「彼女」にこう告げた。
「本物の晴奈だと、どうしても本気で打ち込めないもの。愛弟子だし、何より妹のようにも思っているから。
でもあなたは『偽者』だもの。本気で行けるわ」
雪乃は刀に火を灯し――堂全体が一瞬、ビリビリと震えるほどの、気合に満ち満ちた声を放った。
「覚悟ッ!」
「……っ」
幻影、現ならざる存在の「彼女」ですら、その迫力に気圧される。
ほんのわずか、「彼女」がたじろいだ瞬間――雪乃の刀が、「彼女」を袈裟斬りにしていた。
「……あら。10分も持たなかったわね」
「彼女」は堂の端に叩きつけられ、そのまま掻き消えた。
同時に、堂の扉が開かれる。
「あら?」
「お前の一撃で、制御系統の魔法陣が焼き切れたぞ。また調整し直さねばならん。余計な手間を増やしてくれたな。
……予想をはるかに上回る、すさまじい魔力だ。一体何者だ、お前は?」
憮然とした顔で、大火が入ってきた。
「確か、柊雪乃と言ったな。……ふざけた奴め」
「どこが、かしら」
「その実力があったなら、この近代化され、銃火器が発達、躍進した時代においてすら、天下を獲れたはずだ。
俺の見立てでは、お前は晴奈の――最盛期のあいつをも凌ぐ強さを持っている。20年、いや、10年前にでもその気になっていれば、今日『蒼天剣』と呼ばれたのは晴奈ではなく、お前であった可能性もある。
なのに何故だ? 何故、実力を隠していた? 何故お前は、身を引いていたのだ?」
「……」
雪乃は刀を納め、肩をすくめて見せた。
「獅子と言う獅子がみんな、百獣の王になりたいと思う? のんびり伴侶と寝転んでいたいと思う獅子も、いていいんじゃないかしら」
「……ククク」
大火は笑いながら、雪乃の前に立つ。
「勿体無いことだ。晴奈が知ればさぞ、悔しがる」
「それもあるわね。だからあの子が免許皆伝を獲得し、錬士になって以降は、あの子より目立たないように努めてきたわ。もっと高みを目指そうと躍起になっていたあの子に、影を落とさないように、……ってね。
ま、その後に結婚もしたし。さっき言った通り、愛する夫と一緒にのんびり過ごしたいって気持ちの方が、わたし、強かったのよ」
「なるほど」
大火はもう一度ニヤ、と笑って刀を抜き、雪乃に向ける。
「どうだ? 一戦、交えてみないか? ここにいるのは古今無双の奸雄だぞ。
普通の剣士ならば武者震いのしてくる展開だが、……どうする?」
だが、雪乃は首を横に振り、刀を納めてしまった。
「拒否は?」
「できる」
「じゃ、拒否するわ。理由は、さっき言った通りよ」
「そうか」
大火はそれ以上誘うことなく、刀を納めた。
「試運転は失敗だ。『想定外の』多大な負荷の発生により装置は破損。修復のためにもう数日を要する。
……と伝えておこう」
「ごめんなさいね、黒炎さん」
竣工予定日から2日遅れで、堂は完成した。この堂は晴奈と雪乃の姓を取り、「柊黄伏鬼堂」と名付けられた。
これにより、黄派と柊派、そしてこれに追従した他の焔流派はおよそ2年ぶりに、免許皆伝試験を受けられるようになった。
ちなみに、後日――。
伏鬼堂建設の代金を何にするか、大火と商談に臨もうとした明奈は、当惑していた。
「え、……ええ?」
「契約の悪魔」とまで称された、等価交換を普遍の理念に置いていたはずの大火から、「代金はいらない」と言われたからである。
「この地で非常に面白いものに出会った。それで十分だ」
「は、はあ? え、っと、……分かり、ました。えっと、黒炎様、ありがとうございます、はい」
何があったのか分からず、明奈は混乱していた。
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隠れた剣聖。
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3.
堂の中央に立ち、雪乃は思案する。
(なるほど、うわさに聞く剣呑っぷりね。賢者ってみんな、あんな感じなのかしら。……と言ってもわたし、黒炎さんを含めて2人しか知らないけれど。
……元気してるのかしら、モールさん。ずっと姿、見てないけれど。……元気にしてるわよね。あんな人だもの。
さて、と。黒炎さんの言い方だと、わたしが知ってる人を具現化させて出すみたいだけれど、誰かしらね。……いいえ、大体思い当たるわ。
あの人が出会った数多くの人の中で、わたしとあの人に接点があり、かつ、わたしが戦いたくないと思うような人なんて、……そんなの、一人だけよ)
雪乃の読み通り、やがて彼女の目の前に「それ」は現れた。
「やっぱりね」
「……」
凛とした目つき、自分より高い背丈、後ろに高くまとめた黒髪、そして三毛の猫耳と尻尾――「それ」は晴奈そっくりの姿をしていた。
「でも四半世紀も前の姿だとは思わなかったわね。黒炎さんも案外、思い出を引きずる方なのかしら」
「……」
やがて「彼女」は刀を抜き、雪乃に向けて構える。雪乃も応じる形で刀を構え、対峙した。
「じゃ、行きますか。
……こう言う時『偽者』って分かるのは、いいわね」
雪乃は一歩踏み込み、「彼女」にこう告げた。
「本物の晴奈だと、どうしても本気で打ち込めないもの。愛弟子だし、何より妹のようにも思っているから。
でもあなたは『偽者』だもの。本気で行けるわ」
雪乃は刀に火を灯し――堂全体が一瞬、ビリビリと震えるほどの、気合に満ち満ちた声を放った。
「覚悟ッ!」
「……っ」
幻影、現ならざる存在の「彼女」ですら、その迫力に気圧される。
ほんのわずか、「彼女」がたじろいだ瞬間――雪乃の刀が、「彼女」を袈裟斬りにしていた。
「……あら。10分も持たなかったわね」
「彼女」は堂の端に叩きつけられ、そのまま掻き消えた。
同時に、堂の扉が開かれる。
「あら?」
「お前の一撃で、制御系統の魔法陣が焼き切れたぞ。また調整し直さねばならん。余計な手間を増やしてくれたな。
……予想をはるかに上回る、すさまじい魔力だ。一体何者だ、お前は?」
憮然とした顔で、大火が入ってきた。
「確か、柊雪乃と言ったな。……ふざけた奴め」
「どこが、かしら」
「その実力があったなら、この近代化され、銃火器が発達、躍進した時代においてすら、天下を獲れたはずだ。
俺の見立てでは、お前は晴奈の――最盛期のあいつをも凌ぐ強さを持っている。20年、いや、10年前にでもその気になっていれば、今日『蒼天剣』と呼ばれたのは晴奈ではなく、お前であった可能性もある。
なのに何故だ? 何故、実力を隠していた? 何故お前は、身を引いていたのだ?」
「……」
雪乃は刀を納め、肩をすくめて見せた。
「獅子と言う獅子がみんな、百獣の王になりたいと思う? のんびり伴侶と寝転んでいたいと思う獅子も、いていいんじゃないかしら」
「……ククク」
大火は笑いながら、雪乃の前に立つ。
「勿体無いことだ。晴奈が知ればさぞ、悔しがる」
「それもあるわね。だからあの子が免許皆伝を獲得し、錬士になって以降は、あの子より目立たないように努めてきたわ。もっと高みを目指そうと躍起になっていたあの子に、影を落とさないように、……ってね。
ま、その後に結婚もしたし。さっき言った通り、愛する夫と一緒にのんびり過ごしたいって気持ちの方が、わたし、強かったのよ」
「なるほど」
大火はもう一度ニヤ、と笑って刀を抜き、雪乃に向ける。
「どうだ? 一戦、交えてみないか? ここにいるのは古今無双の奸雄だぞ。
普通の剣士ならば武者震いのしてくる展開だが、……どうする?」
だが、雪乃は首を横に振り、刀を納めてしまった。
「拒否は?」
「できる」
「じゃ、拒否するわ。理由は、さっき言った通りよ」
「そうか」
大火はそれ以上誘うことなく、刀を納めた。
「試運転は失敗だ。『想定外の』多大な負荷の発生により装置は破損。修復のためにもう数日を要する。
……と伝えておこう」
「ごめんなさいね、黒炎さん」
竣工予定日から2日遅れで、堂は完成した。この堂は晴奈と雪乃の姓を取り、「柊黄伏鬼堂」と名付けられた。
これにより、黄派と柊派、そしてこれに追従した他の焔流派はおよそ2年ぶりに、免許皆伝試験を受けられるようになった。
ちなみに、後日――。
伏鬼堂建設の代金を何にするか、大火と商談に臨もうとした明奈は、当惑していた。
「え、……ええ?」
「契約の悪魔」とまで称された、等価交換を普遍の理念に置いていたはずの大火から、「代金はいらない」と言われたからである。
「この地で非常に面白いものに出会った。それで十分だ」
「は、はあ? え、っと、……分かり、ました。えっと、黒炎様、ありがとうございます、はい」
何があったのか分からず、明奈は混乱していた。
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