「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第4部
白猫夢・蘇焔抄 4
麒麟を巡る話、第206話。
焔流の蘇生。
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4.
時は進み――双月暦545年の、春の夜。
雪乃は晴奈を招き、共に茶を飲んでいた。
「明日からね」
雪乃がぽつりとつぶやいたその言葉に、晴奈はうなずいた。
「そうですね。明日から、開校です」
「……あー」
雪乃は椅子にもたれかかり、こう続ける。
「不安なのよね。入学式、ちゃんと訓辞できるかしら」
「大丈夫でしょう。設立表明の時も立派な演説をされていらっしゃいましたし、今回もそれと同じように臨めば、うまく行きますよ」
「そうかしら。……あの頃とはちょっと、気持ちが違うのよね」
そう言って、雪乃はうつむいた。
「幸いと言っていいのか分からないけれど、結局、小雪と対決するようなことは無かったのよね。でもそれは、ちゃんとした決着じゃない。……と言って、決着させる気にもならない。
今は何て言うか、中途半端な気持ちなのよね。いざ刃を交えようと向き合った瞬間、そのまま相手が目の前から消えてしまったような、そんな感じ」
「ふむ……」
「あの時みたいに、切羽詰まった気持ちで話すようなことにはならないわね。……もやもやしてはいるけれど、楽にはなったし」
「……それならそれで、師匠のいい面を押し出した訓辞ができるでしょう」
「わたしの、いい面?」
尋ねた雪乃に、晴奈はにっこりと笑って見せた。
「お優しいところです。師匠は深い優しさをお持ちです。
あれだけ親不孝を重ねた小雪に対して、師匠は今なお冷淡な感情を抱かれない。今も身を案じ、傷つけることを恐れていらっしゃいます。
その優しさを、剣士として優柔不断だと断じるような者もいるでしょうが、それは紛うことなく、師匠の持つ最も美しい長所です」
「……ありがとね、晴奈」
微笑んだ雪乃に、今度は晴奈の方が身をすくませる。
「私はなかなか至りません。此度の騒動の片棒を担いでいた月乃を、今なお許せないでいるのです」
「そう……」
「聞けば紅蓮塞からも離れ、どこぞへと消えたと。恐らく二度と会うことは無いだろうと覚悟しています。
明奈に言われてずきりと来たことですが……、私はあいつを立派な剣士にしようと、厳しく接し過ぎてしまいました。
もっと優しくすれば良かったと、後悔しています」
「……でも、同じ教えを受けた秋也くんは、ちゃんと立派に成長したわ。それは確かよ」
「ええ、それだけが救いです。
そう、……春司もどこかおかしくなっていると、明奈から聞いています。紅蓮塞を浪人やはぐれ者の溜まり場にすべく、画策したと。
私の子供たち3人は、それぞれ別方向に飛び去ってしまいました。秋也は遠い地へ住み、春司は故郷を切り売りして平然としていられるような冷血漢に。そして月乃は……」「いいの、もういいのよ、晴奈」
雪乃が晴奈の手を取り、ゆっくりと首を振る。
「あなたが悪いことなんて、何も無いわ。正しいことを教えていた。それは秋也くんが証明している。
月乃ちゃんに対しては、ちょっと、歯車がずれただけなのよ」
「……そうですね。……ええ」
重い空気が漂い、二人は黙り込んだ。
と――部屋の扉が叩かれる。
「あら、誰かしら? どうぞ」
扉を開け、晶奈と朱明が入ってきた。
「うん? どうした、二人揃って」
どちらも顔を真っ赤にしながら、横に並ぶ。
「……ははあ」
晴奈がニヤっとしたところで、晶奈が口を開いた。
「母様、晴奈さん。えーと、その、わたしと朱くん、……その、気が合うと言うか、通じたと言うか、えーと」
「あら、まあ」
口をもごもごさせる晶奈に代わり、朱明が説明した。
「付き合うことになりました。それで、挨拶しようと思って」
「……く、ふふ、ははは」
晴奈はクスクスと笑い、こう返した。
「真面目だな、二人とも。結婚ならともかく、付き合うことから報告しに来るとは」
「そ、それも、あの、……ちょっと考えてたり」
「ほほう」
これを聞いて、晴奈は雪乃に笑いかけた。
「これは久々の吉事ですね、師匠」
「ええ、本当。……うふふっ」
晴奈と雪乃はにこにこと笑いながら、二人を抱きしめた。
この数年後――。
朱明と晶奈はおぼろげな宣言通り、結婚した。
そしてそれを機に、朱明は母、明奈の後を継ぐべく、黄商会に積極的に参与するようになる。
そのため、当初晴奈が目論んでいた、「朱明を道場の跡継ぎに」と言う計画は頓挫したものの、黄家と親戚関係となった晶奈が、代わりに継ぐこととなった。
焔流は再び、仁義と礼節を重んじる誇り高き剣術一派として、黄海に蘇った。
白猫夢・蘇焔抄 終
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焔流の蘇生。
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4.
時は進み――双月暦545年の、春の夜。
雪乃は晴奈を招き、共に茶を飲んでいた。
「明日からね」
雪乃がぽつりとつぶやいたその言葉に、晴奈はうなずいた。
「そうですね。明日から、開校です」
「……あー」
雪乃は椅子にもたれかかり、こう続ける。
「不安なのよね。入学式、ちゃんと訓辞できるかしら」
「大丈夫でしょう。設立表明の時も立派な演説をされていらっしゃいましたし、今回もそれと同じように臨めば、うまく行きますよ」
「そうかしら。……あの頃とはちょっと、気持ちが違うのよね」
そう言って、雪乃はうつむいた。
「幸いと言っていいのか分からないけれど、結局、小雪と対決するようなことは無かったのよね。でもそれは、ちゃんとした決着じゃない。……と言って、決着させる気にもならない。
今は何て言うか、中途半端な気持ちなのよね。いざ刃を交えようと向き合った瞬間、そのまま相手が目の前から消えてしまったような、そんな感じ」
「ふむ……」
「あの時みたいに、切羽詰まった気持ちで話すようなことにはならないわね。……もやもやしてはいるけれど、楽にはなったし」
「……それならそれで、師匠のいい面を押し出した訓辞ができるでしょう」
「わたしの、いい面?」
尋ねた雪乃に、晴奈はにっこりと笑って見せた。
「お優しいところです。師匠は深い優しさをお持ちです。
あれだけ親不孝を重ねた小雪に対して、師匠は今なお冷淡な感情を抱かれない。今も身を案じ、傷つけることを恐れていらっしゃいます。
その優しさを、剣士として優柔不断だと断じるような者もいるでしょうが、それは紛うことなく、師匠の持つ最も美しい長所です」
「……ありがとね、晴奈」
微笑んだ雪乃に、今度は晴奈の方が身をすくませる。
「私はなかなか至りません。此度の騒動の片棒を担いでいた月乃を、今なお許せないでいるのです」
「そう……」
「聞けば紅蓮塞からも離れ、どこぞへと消えたと。恐らく二度と会うことは無いだろうと覚悟しています。
明奈に言われてずきりと来たことですが……、私はあいつを立派な剣士にしようと、厳しく接し過ぎてしまいました。
もっと優しくすれば良かったと、後悔しています」
「……でも、同じ教えを受けた秋也くんは、ちゃんと立派に成長したわ。それは確かよ」
「ええ、それだけが救いです。
そう、……春司もどこかおかしくなっていると、明奈から聞いています。紅蓮塞を浪人やはぐれ者の溜まり場にすべく、画策したと。
私の子供たち3人は、それぞれ別方向に飛び去ってしまいました。秋也は遠い地へ住み、春司は故郷を切り売りして平然としていられるような冷血漢に。そして月乃は……」「いいの、もういいのよ、晴奈」
雪乃が晴奈の手を取り、ゆっくりと首を振る。
「あなたが悪いことなんて、何も無いわ。正しいことを教えていた。それは秋也くんが証明している。
月乃ちゃんに対しては、ちょっと、歯車がずれただけなのよ」
「……そうですね。……ええ」
重い空気が漂い、二人は黙り込んだ。
と――部屋の扉が叩かれる。
「あら、誰かしら? どうぞ」
扉を開け、晶奈と朱明が入ってきた。
「うん? どうした、二人揃って」
どちらも顔を真っ赤にしながら、横に並ぶ。
「……ははあ」
晴奈がニヤっとしたところで、晶奈が口を開いた。
「母様、晴奈さん。えーと、その、わたしと朱くん、……その、気が合うと言うか、通じたと言うか、えーと」
「あら、まあ」
口をもごもごさせる晶奈に代わり、朱明が説明した。
「付き合うことになりました。それで、挨拶しようと思って」
「……く、ふふ、ははは」
晴奈はクスクスと笑い、こう返した。
「真面目だな、二人とも。結婚ならともかく、付き合うことから報告しに来るとは」
「そ、それも、あの、……ちょっと考えてたり」
「ほほう」
これを聞いて、晴奈は雪乃に笑いかけた。
「これは久々の吉事ですね、師匠」
「ええ、本当。……うふふっ」
晴奈と雪乃はにこにこと笑いながら、二人を抱きしめた。
この数年後――。
朱明と晶奈はおぼろげな宣言通り、結婚した。
そしてそれを機に、朱明は母、明奈の後を継ぐべく、黄商会に積極的に参与するようになる。
そのため、当初晴奈が目論んでいた、「朱明を道場の跡継ぎに」と言う計画は頓挫したものの、黄家と親戚関係となった晶奈が、代わりに継ぐこととなった。
焔流は再び、仁義と礼節を重んじる誇り高き剣術一派として、黄海に蘇った。
白猫夢・蘇焔抄 終
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第4部、終了です。
思えばドタバタした展開でした。
それでもどうにか収束でき、今はほっとして、……いません。
何故なら第5部がまるで書けていないから。
第3部終わった時も同じことをほざいてましたが、またです。
「火紅狐」の時以上に、先が見えてこない状態。
常に連載を落とす不安が付きまとっています。
ただ、ここを凌げば、本来第4部として出すつもりだった第6部がようやく形にできることもあり、
まるで1学期の期末テストを目の前にした学生の如く、不安と希望を同時に抱えています。
ここを凌げば楽しい夏休み、みたいな感じ。
第6部(仮)はかなり面白くなるんじゃないかなーと思います。
構想を考えるだけで僕自身がかなりワクワクしてますし。
第5部に関しても、どうにか筋道らしきものはできたので、
後はやる気と日数があれば、どうにかご用意できるはず。
ただ、3月中に引っ越しがあるため、その準備に追われているのが現状。
と言うわけで大幅に時間を稼ぐため2つの措置を執ります。
まず第一に、合計3,4週間程度のお休みをいただきます。
そしてその合間に――「双月千年世界」じゃない、全く別世界の小説を掲載します。
実はこっちも、僕をワクワクさせていた要因のひとつ。
かなり久々に、双月世界を飛び出しました。
内容はまだ秘密ですが、この制作にあたり、矢端想さんにイラストを依頼しています。
(お名前を聞いて、作品の内容にピンと来る人はいるかも)
この方面の大先輩である矢端さんからもお褒めいただき、良作と自負しています。
3月23日からこの作品の連載を予定しています。お楽しみに!
第4部、終了です。
思えばドタバタした展開でした。
それでもどうにか収束でき、今はほっとして、……いません。
何故なら第5部がまるで書けていないから。
第3部終わった時も同じことをほざいてましたが、またです。
「火紅狐」の時以上に、先が見えてこない状態。
常に連載を落とす不安が付きまとっています。
ただ、ここを凌げば、本来第4部として出すつもりだった第6部がようやく形にできることもあり、
まるで1学期の期末テストを目の前にした学生の如く、不安と希望を同時に抱えています。
ここを凌げば楽しい夏休み、みたいな感じ。
第6部(仮)はかなり面白くなるんじゃないかなーと思います。
構想を考えるだけで僕自身がかなりワクワクしてますし。
第5部に関しても、どうにか筋道らしきものはできたので、
後はやる気と日数があれば、どうにかご用意できるはず。
ただ、3月中に引っ越しがあるため、その準備に追われているのが現状。
と言うわけで大幅に時間を稼ぐため2つの措置を執ります。
まず第一に、合計3,4週間程度のお休みをいただきます。
そしてその合間に――「双月千年世界」じゃない、全く別世界の小説を掲載します。
実はこっちも、僕をワクワクさせていた要因のひとつ。
かなり久々に、双月世界を飛び出しました。
内容はまだ秘密ですが、この制作にあたり、矢端想さんにイラストを依頼しています。
(お名前を聞いて、作品の内容にピンと来る人はいるかも)
この方面の大先輩である矢端さんからもお褒めいただき、良作と自負しています。
3月23日からこの作品の連載を予定しています。お楽しみに!



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総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

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雑記

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NoTitle
新鮮な気持ちで書けました。個人的には結構いい感じです。
お楽しみに!