「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第5部
白猫夢・天謀抄 1
麒麟を巡る話、第223話。
「天政会」の資金繰り。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
ミニーノ姉妹が「新央北」に加担し、1年半が過ぎた。
その間、「ファルコン」部隊の出動は4度あったが――そのいずれにおいても、二人は並々ならぬ貢献を積み、「新央北」の興隆を大いに盛り立てた。
一方の「天政会」側も進出計画の度に策を弄し、「ファルコン」に打撃を与えよう、あるいは完膚なきまでに潰そうと画策した。
しかしそのどれもがミニーノ姉妹の洞察と機転、グレゴをはじめとする各隊隊長の獅子奮迅の活躍、そしてそれらを最適な状態に取りまとめたマルセロの、非常に密な連携によって、すべて潰えていた。
そのため、当初「圧倒的に優勢」「何の不都合や想定外の事態も、発生することは無い」「確実に高騰するはず」と予想されていたクラム圏の市場は伸び悩み、高騰により大金を得ようと目論んでいた「天政会」幹部たちは、こぞって戦々恐々としていた。
「これは……、ぬう」
「非常に難しい事態になりましたな」
償還期限の近い債券の額面をにらみ、幹部たちはうめく。
「計画が順調に進んでいれば、現在の時点で当初の運営資金の2倍を獲得しているはずだったが……」
「『新央北』の度重なる介入・妨害により、クラムの価値は予想の半分強、1エル230クラム台で横ばいとなっております」
「厳しいな。200クラムを切っていてほしかったが……」
「今年度中に返済期限を迎える債権の総額は、エル建てで約20億。借入れ当時は10億強、1エル200クラムで返済できた場合では、その返済額は……」「そんなことは論じる必要が無い。必要なのはどこから資金を調達するか、だ」
幹部らの座る卓の、最も奥に座っていた壮年の、短耳の男が苛立たしげに話を切り替える。
「取り急ぎ返済すべきは、まずはこの20億エルだ。
現実の、現在のレートで換算すれば、返済額は4600億クラムとなる。しかし我々の裁量で動かせる資金は現在、4200から4300億程度だ。
このままでは債務不履行となり、この評議会の運営が破綻しかねない」
「む……う」
「あ、いや、枢機卿」
と、幹部の一人が手を挙げる。
「なんだ?」
「その……、こんなこともあろうかと、と言うか、その、……敵方、もとい、異教徒らの用いる通貨を運用するのは、その、どうか……、と思ってはいたのですが」
「うん? つまり君……、コノンで取引していた、と?」
枢機卿と呼ばれた短耳の問いに、手を挙げた猫獣人はおどおどとしながらもうなずく。
「は、はい。その……、不信心なことと深く恥じてはおりましたが、会の存続のためと、……その、はい」
「ふむ。それはエルに換算して、どのくらいの額だ?」
「え? あ、あ、はい、えーと、2億エル、……ほどには」
「そうか。換えるにはどの程度時間がかかる?」
「1週間もかからないかと。人気が伸びておりますし、……あ、いえ」
汗をしきりに拭いながら応答する猫獣人に、枢機卿は深くうなずいた。
「事実は事実だ。短期的にではあるが、現在クラムよりもコノンの方が、価値を高めつつある。
その先見の明を評価することはあれど、まさか『異教徒の金に手を出すなどと』と叱咤したりはせん。これで当座の危機を凌げるのだから、君には感謝せねばなるまい」
「は、……はい、ありがとうございます」
深々と頭を下げた猫獣人から目を離し、枢機卿はこう続けた。
「我々は、我らが主のため、主の末裔であるタイムズ一族の、再びの繁栄のために、金と権力、影響力とを集めるべく邁進している。
それ故、例え異教徒の使う金であろうと、結果的に我々の益につながるのであれば積極的に運用すべし、……と私は考えている。一時のしがらみに囚われ余計な回り道をするより、究極的、最終的に我々が王座に立つためであれば、時には敵と手を組んでもよい、……とも、考えている」
「す、枢機卿!?」
天帝教の重鎮、中核に限りなく近い人物にしては不適切とも言える発言に、幹部たちはどよめく。
「最終的には、だ。そこは忘れないでほしい。『大卿行北記』でも、当時の敵であった人間と友好を深め、改宗させた逸話がある。
それもまた、我々の勝ちでは無いだろうか? 彼らが改悛し、教化されれば、それもまた、我々の支配圏が広がったと言うことになる。
間違えてはいけない――彼らを負かすことが我々の勝利ではない。我々がふたたび世界へと羽ばたき、その果てにまで威光を輝かすことこそが、真の勝利なのだ」
この枢機卿の言葉に、幹部のほとんどは感銘を受け、賞賛した。
「なるほど……。確かに仰る通りですな」
「忘れべからざるお話です。深く心に刻みました」
「うむ。……では認識を新たにしたところで、次の融資計画を練ることにしよう」
しかし――あくまで天帝教が唯一無二の存在であり、他の有象無象とは対等に接することすら愚かと考える一部の幹部には、この言葉の真意は十分に伝わらなかった。
(べちゃくちゃと言い訳しておいて、結局は『敵を手を組んでも』、だと!? よくもそんなことを言えたものだ!
やはりこのボンクラ聖下では、天帝教を再びの栄光に導けるはずもない)
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「天政会」の資金繰り。
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ミニーノ姉妹が「新央北」に加担し、1年半が過ぎた。
その間、「ファルコン」部隊の出動は4度あったが――そのいずれにおいても、二人は並々ならぬ貢献を積み、「新央北」の興隆を大いに盛り立てた。
一方の「天政会」側も進出計画の度に策を弄し、「ファルコン」に打撃を与えよう、あるいは完膚なきまでに潰そうと画策した。
しかしそのどれもがミニーノ姉妹の洞察と機転、グレゴをはじめとする各隊隊長の獅子奮迅の活躍、そしてそれらを最適な状態に取りまとめたマルセロの、非常に密な連携によって、すべて潰えていた。
そのため、当初「圧倒的に優勢」「何の不都合や想定外の事態も、発生することは無い」「確実に高騰するはず」と予想されていたクラム圏の市場は伸び悩み、高騰により大金を得ようと目論んでいた「天政会」幹部たちは、こぞって戦々恐々としていた。
「これは……、ぬう」
「非常に難しい事態になりましたな」
償還期限の近い債券の額面をにらみ、幹部たちはうめく。
「計画が順調に進んでいれば、現在の時点で当初の運営資金の2倍を獲得しているはずだったが……」
「『新央北』の度重なる介入・妨害により、クラムの価値は予想の半分強、1エル230クラム台で横ばいとなっております」
「厳しいな。200クラムを切っていてほしかったが……」
「今年度中に返済期限を迎える債権の総額は、エル建てで約20億。借入れ当時は10億強、1エル200クラムで返済できた場合では、その返済額は……」「そんなことは論じる必要が無い。必要なのはどこから資金を調達するか、だ」
幹部らの座る卓の、最も奥に座っていた壮年の、短耳の男が苛立たしげに話を切り替える。
「取り急ぎ返済すべきは、まずはこの20億エルだ。
現実の、現在のレートで換算すれば、返済額は4600億クラムとなる。しかし我々の裁量で動かせる資金は現在、4200から4300億程度だ。
このままでは債務不履行となり、この評議会の運営が破綻しかねない」
「む……う」
「あ、いや、枢機卿」
と、幹部の一人が手を挙げる。
「なんだ?」
「その……、こんなこともあろうかと、と言うか、その、……敵方、もとい、異教徒らの用いる通貨を運用するのは、その、どうか……、と思ってはいたのですが」
「うん? つまり君……、コノンで取引していた、と?」
枢機卿と呼ばれた短耳の問いに、手を挙げた猫獣人はおどおどとしながらもうなずく。
「は、はい。その……、不信心なことと深く恥じてはおりましたが、会の存続のためと、……その、はい」
「ふむ。それはエルに換算して、どのくらいの額だ?」
「え? あ、あ、はい、えーと、2億エル、……ほどには」
「そうか。換えるにはどの程度時間がかかる?」
「1週間もかからないかと。人気が伸びておりますし、……あ、いえ」
汗をしきりに拭いながら応答する猫獣人に、枢機卿は深くうなずいた。
「事実は事実だ。短期的にではあるが、現在クラムよりもコノンの方が、価値を高めつつある。
その先見の明を評価することはあれど、まさか『異教徒の金に手を出すなどと』と叱咤したりはせん。これで当座の危機を凌げるのだから、君には感謝せねばなるまい」
「は、……はい、ありがとうございます」
深々と頭を下げた猫獣人から目を離し、枢機卿はこう続けた。
「我々は、我らが主のため、主の末裔であるタイムズ一族の、再びの繁栄のために、金と権力、影響力とを集めるべく邁進している。
それ故、例え異教徒の使う金であろうと、結果的に我々の益につながるのであれば積極的に運用すべし、……と私は考えている。一時のしがらみに囚われ余計な回り道をするより、究極的、最終的に我々が王座に立つためであれば、時には敵と手を組んでもよい、……とも、考えている」
「す、枢機卿!?」
天帝教の重鎮、中核に限りなく近い人物にしては不適切とも言える発言に、幹部たちはどよめく。
「最終的には、だ。そこは忘れないでほしい。『大卿行北記』でも、当時の敵であった人間と友好を深め、改宗させた逸話がある。
それもまた、我々の勝ちでは無いだろうか? 彼らが改悛し、教化されれば、それもまた、我々の支配圏が広がったと言うことになる。
間違えてはいけない――彼らを負かすことが我々の勝利ではない。我々がふたたび世界へと羽ばたき、その果てにまで威光を輝かすことこそが、真の勝利なのだ」
この枢機卿の言葉に、幹部のほとんどは感銘を受け、賞賛した。
「なるほど……。確かに仰る通りですな」
「忘れべからざるお話です。深く心に刻みました」
「うむ。……では認識を新たにしたところで、次の融資計画を練ることにしよう」
しかし――あくまで天帝教が唯一無二の存在であり、他の有象無象とは対等に接することすら愚かと考える一部の幹部には、この言葉の真意は十分に伝わらなかった。
(べちゃくちゃと言い訳しておいて、結局は『敵を手を組んでも』、だと!? よくもそんなことを言えたものだ!
やはりこのボンクラ聖下では、天帝教を再びの栄光に導けるはずもない)
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