「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第5部
白猫夢・卑狐抄 4
麒麟を巡る話、第240話。
砕け散った幸せ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
「状況は最悪と言っていいだろう」
表情豊かでいつも明るく振る舞うトラス卿も、今回ばかりは沈痛な面持ちになっていた。
「『ファルコン』部隊の再建は絶望的だ。A~C隊の隊長は全員死亡し、隊員のほとんども殺された。中核であった君たちも、ボロボロの状態だ。
特にひどいのがプレタだ。現在、集中治療中とのことだが、右耳は6~7割が欠損。右眼も失明は免れないそうだ。顔の傷は『何とか目立たない程度に縫合できれば』と医師は言っていたが……、つまりは難しいと言うことだろう。
だが心配しないでくれ、マロン。私はどんな姿になったとしても、……プレタを愛すると誓う」
「そう……」
「そしてマルセロだが、彼は職を辞したいと言ってきた。今回の作戦失敗と、隊員30名余りを犠牲にした、その責任を取りたいとのことだ。
しかし今、彼に去られてしまうと、『ファルコン』再建どころの話ではなくなる。今回の失敗は確かに看過できるようなものではないが、それでも彼の手腕を補完できるような人材は今現在、確保することは非常に困難だ。
何としてでも引き留めておきたいし、これからもう一度説得に行くつもりだ」
「そう……」
終始渋い顔をしていたトラス卿だったが、次の件に関しては表情を緩めて話した。
「幹部で唯一無事なのは、君だけだ。本当に奇跡的と言っていい。
それでだ、マロン。金火狐の最新兵器で撃たれたと聞いていたが……、私は不思議に思っているんだ」
「何が?」
「相当の銃弾を浴びたとマルセロは言っていたが、医師の話によれば君の傷はどう言うわけか、既にほぼ完治しているそうだ。確かに銃創や火傷はあったが、それもほぼ目立たない程度にまで治っていると言う。
相当タフで回復力が高い、……と言うしかないが、君は上級の治療術が使えたのか?」
トラス卿の問いに、マロンは静かに首を横に振る。
「使えないわ。あたしにも、どうしてあたしが生きていられるのか分からない。どうしてもう傷が塞がっているのか、……もね」
「……まあ、いい。重ねて言うが、ともかく幹部で無事なのは君、ただ一人なんだ。
精神的疲労はまだ、相当残っていると思う。しかし状況は火急と言っていい。すぐにとは到底言えない状況ではあるが、できるだけ早く復帰してほしいと思っている」
そう言ったトラス卿に対し、マロンは顔を背けてこう返した。
「なら、一人にして。そっちの方がまだ、気が休まると思う」
「……うむ。……後で、食事を持って来させるよ」
「ありがとう」
トラス卿が部屋を出たところで、マロンはベッドの中でぼんやりと、今後のことを考えていた。
(全てを失った、……ってわけね。
『ファルコン』は全滅。隊長はみんな死んだ。マルセロも再起不能に陥った。そして……、そして、プレタももう、戦えない。
あたしだけ、……本当にただ、あたし一人だけがおめおめと、こうして生き残ってしまった)
マロンの脳裏に、在りし日の「ファルコン」の思い出が浮かんでくる。
(男勝りで荒っぽかったけど、いちごクレープが大好きで、よく一緒に遊んでた、アセラ。
ひょうきんで軽い奴だったけど、いつもビシッと決まってた、明るいジェラルド。
乱暴で威張り散らしてばっかりだったけど、女の子にはすごく優しかった、グレゴ。
そして一緒に仕事して、バカ騒ぎして、とても楽しい気分にさせてくれた、隊員のみんな。
……もう、いないの? もう、会えないの? もう、軽口叩き合ったり、おしゃべりしたりできないの?)
のそのそとベッドから起き上がり、マロンは壁に立て掛けていた刀をつかむ。
(プレタとも……、もう二度と一緒に、戦えないの?
アンタと一緒なら、どんな苦しい戦いだって、負けるなんて思わなかったのに……!)
刀を抜き、その刀身にぼんやりと映った、自分の真っ赤に腫れた眼を見て、マロンは叫んだ。
「どうして……、どうしてあたしだけ、生きてるのよ?
どうしてあたしは、……みんなと同じ目に遭わなかったのよーッ!?」
マロンは激情に任せ、刀を椅子に向けて振り下ろした。
しかし――これまでずっと行動を共にしてきたその刀も、椅子に叩きつけられたその瞬間、鍔元からぼきりと折れてしまった。
@au_ringさんをフォロー
砕け散った幸せ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
「状況は最悪と言っていいだろう」
表情豊かでいつも明るく振る舞うトラス卿も、今回ばかりは沈痛な面持ちになっていた。
「『ファルコン』部隊の再建は絶望的だ。A~C隊の隊長は全員死亡し、隊員のほとんども殺された。中核であった君たちも、ボロボロの状態だ。
特にひどいのがプレタだ。現在、集中治療中とのことだが、右耳は6~7割が欠損。右眼も失明は免れないそうだ。顔の傷は『何とか目立たない程度に縫合できれば』と医師は言っていたが……、つまりは難しいと言うことだろう。
だが心配しないでくれ、マロン。私はどんな姿になったとしても、……プレタを愛すると誓う」
「そう……」
「そしてマルセロだが、彼は職を辞したいと言ってきた。今回の作戦失敗と、隊員30名余りを犠牲にした、その責任を取りたいとのことだ。
しかし今、彼に去られてしまうと、『ファルコン』再建どころの話ではなくなる。今回の失敗は確かに看過できるようなものではないが、それでも彼の手腕を補完できるような人材は今現在、確保することは非常に困難だ。
何としてでも引き留めておきたいし、これからもう一度説得に行くつもりだ」
「そう……」
終始渋い顔をしていたトラス卿だったが、次の件に関しては表情を緩めて話した。
「幹部で唯一無事なのは、君だけだ。本当に奇跡的と言っていい。
それでだ、マロン。金火狐の最新兵器で撃たれたと聞いていたが……、私は不思議に思っているんだ」
「何が?」
「相当の銃弾を浴びたとマルセロは言っていたが、医師の話によれば君の傷はどう言うわけか、既にほぼ完治しているそうだ。確かに銃創や火傷はあったが、それもほぼ目立たない程度にまで治っていると言う。
相当タフで回復力が高い、……と言うしかないが、君は上級の治療術が使えたのか?」
トラス卿の問いに、マロンは静かに首を横に振る。
「使えないわ。あたしにも、どうしてあたしが生きていられるのか分からない。どうしてもう傷が塞がっているのか、……もね」
「……まあ、いい。重ねて言うが、ともかく幹部で無事なのは君、ただ一人なんだ。
精神的疲労はまだ、相当残っていると思う。しかし状況は火急と言っていい。すぐにとは到底言えない状況ではあるが、できるだけ早く復帰してほしいと思っている」
そう言ったトラス卿に対し、マロンは顔を背けてこう返した。
「なら、一人にして。そっちの方がまだ、気が休まると思う」
「……うむ。……後で、食事を持って来させるよ」
「ありがとう」
トラス卿が部屋を出たところで、マロンはベッドの中でぼんやりと、今後のことを考えていた。
(全てを失った、……ってわけね。
『ファルコン』は全滅。隊長はみんな死んだ。マルセロも再起不能に陥った。そして……、そして、プレタももう、戦えない。
あたしだけ、……本当にただ、あたし一人だけがおめおめと、こうして生き残ってしまった)
マロンの脳裏に、在りし日の「ファルコン」の思い出が浮かんでくる。
(男勝りで荒っぽかったけど、いちごクレープが大好きで、よく一緒に遊んでた、アセラ。
ひょうきんで軽い奴だったけど、いつもビシッと決まってた、明るいジェラルド。
乱暴で威張り散らしてばっかりだったけど、女の子にはすごく優しかった、グレゴ。
そして一緒に仕事して、バカ騒ぎして、とても楽しい気分にさせてくれた、隊員のみんな。
……もう、いないの? もう、会えないの? もう、軽口叩き合ったり、おしゃべりしたりできないの?)
のそのそとベッドから起き上がり、マロンは壁に立て掛けていた刀をつかむ。
(プレタとも……、もう二度と一緒に、戦えないの?
アンタと一緒なら、どんな苦しい戦いだって、負けるなんて思わなかったのに……!)
刀を抜き、その刀身にぼんやりと映った、自分の真っ赤に腫れた眼を見て、マロンは叫んだ。
「どうして……、どうしてあたしだけ、生きてるのよ?
どうしてあたしは、……みんなと同じ目に遭わなかったのよーッ!?」
マロンは激情に任せ、刀を椅子に向けて振り下ろした。
しかし――これまでずっと行動を共にしてきたその刀も、椅子に叩きつけられたその瞬間、鍔元からぼきりと折れてしまった。
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~