「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第5部
白猫夢・卑狐抄 9
麒麟を巡る話、第245話。
マロンの決別。
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9.
「ねえ、プレタ」
「……」
3日がかりの集中治療が終わり、プレタは病室に移された。
だが、よほど強い麻酔を打たれているのか、それとも極度の疲労で深い眠りに就いているからか、彼女はマロンがどんなに声をかけても、全く反応しなかった。
「マルセロ、やっぱり辞めるらしいわ。司令官の仕事」
「……」
「でもトラス卿は諦めきれないって言ってて、とりあえず別のポストに就かせて、気が変わるまで待つって言ってたわ」
「……」
「まあ、どっちにしても結局、『ファルコン』はダメになったみたいだけどね。集まらないんだって、隊員自体」
「……」
「あたし、どうしようかなって」
「……」
「アンタはここに残る理由がある。トラス卿と結婚して、ここで暮らすって言う理由が。
でもあたしには無いのよ。アンタみたいに好きな人もいないし、仕事も無くなったもの。……それに、もうここには、悲しい思い出しかないもの」
「……」
ぽた、とマロンのひざに涙が落ちる。
「あたしはどこへ行ったらいいの……? どこへ行けば、あたしは幸せに暮らせるの……?」
「……」
その問いに答える者は無く、静寂だけが残った。
と――病室のドアがとん、とんとノックされる。
「あ、はい」
マロンは慌てて涙を拭い、ノックに応じる。
「失礼いたします」
入ってきたのは、赤と緑の派手なドレスを着た女だった。
「……っ」
その極彩色の着こなしに、マロンは見覚えがあった。
「アンタは……!」
「あなた様は今、恐らく『姉』のことを想起されたのでしょう。申し訳ございませんが、わたくしとあなた様は初対面でございます」
「え……?」
その女性は恭しくお辞儀し、自己紹介した。
「わたくしの名前は、インパラ。あなた様にお伝えしたいことがございます」
「何よ……?」
「あなた様のお姉様を狙撃したロベルト・ブリッツェン氏のことです」
「……!」
気が付けばマロンは、インパラの胸倉をつかんでいた。
「何をなさるのです」
「あいつが……、何だって言うのよ!?」
「氏の隠れ家をご報告したいと、『姉』から仰せつかりました」
「え?」
マロンはインパラから手を離し、尋ね返した。
「どう言うこと? お姉ちゃんって……、あいつの部下なんじゃないの?」
「立場上はその通りでございます。しかし『姉』は深い嫌悪感を、彼に抱いております。
そこであなた様に、討っていただけないかと謀った次第でございます」
「ふーん……」
マロンはインパラから離れ、思案する。
「……変な話ね」
「と仰いますと」
「あたしの刀を白刃取りし、生身で『テレポート』を使えるような凄腕が、なんで自分で殺さないの?」
「色々と事情がございますもので」
「あと気になったのが、アンタたちの話し方よ。
妙に抑揚が無いし、感情がこもってない。『まるで』人形みたいよ」
「その通りでございます」
「その通り?」
おうむ返しに聞き返したマロンに、インパラは自分の手の甲を掲げ、そこにナイフを突き立て、くりぬいて見せた。
「え!?」
「わたくしの骨は、合金でできております。そして肉は、ミスリル化珪素で。
わたくしどもは、ただ人の形をしているだけでございます」
くりぬいた手の甲には、確かに人や動物の骨とは思えない、つるりとした光沢があった。
「……」
インパラはくりぬいた部分を元通りに埋め直し、話を続けた。
「他に何か、ご質問はございますか」
「そう、ね……。アンタもお姉さんと同じように、『テレポート』使えるの?」
「はい」
「今からそこに行けるのね?」
「ええ」
「……じゃあ、準備するまで待っててもらえるかしら」
「どうぞ」
マロンはインパラに背を向け、プレタの側に寄る。
「……プレタ。……さよならよ。あたしはアンタの仇を討ってくる。
そして多分、きっと、もうここへは戻ってこない。そのまま、また旅に出るつもりよ」
プレタの手をぎゅっと握りしめ、マロンは涙声でこう続けた。
「今までありがとう。楽しかったし、嬉しかった。
本当の兄弟以上に、あたしはアンタを『姉』と慕えた。これから何があろうと、あたしにとってアンタは、たった一人の姉さんよ。アンタのこと、絶対に忘れないから。だからアンタもあたしのこと、ずっと、忘れないでね。
……最後に、あたしの、本当の名前を教えてあげる」
まだ無事に残っている左耳に、マロンはそっと耳打ちした。
「……じゃあね。……あと、最後に一つだけ、わがままを言わせて。
アンタの刀、あたしが使わせてもらうわ」
マロンはプレタの側を離れ、インパラに声をかけた。
「刀を取ってくるわ。付いてきて」
「かしこまりました」
二人が病室を出る。
その直後――包帯で覆われたプレタの目の辺りが、ほんの少し湿った。
白猫夢・卑狐抄 終
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マロンの決別。
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「ねえ、プレタ」
「……」
3日がかりの集中治療が終わり、プレタは病室に移された。
だが、よほど強い麻酔を打たれているのか、それとも極度の疲労で深い眠りに就いているからか、彼女はマロンがどんなに声をかけても、全く反応しなかった。
「マルセロ、やっぱり辞めるらしいわ。司令官の仕事」
「……」
「でもトラス卿は諦めきれないって言ってて、とりあえず別のポストに就かせて、気が変わるまで待つって言ってたわ」
「……」
「まあ、どっちにしても結局、『ファルコン』はダメになったみたいだけどね。集まらないんだって、隊員自体」
「……」
「あたし、どうしようかなって」
「……」
「アンタはここに残る理由がある。トラス卿と結婚して、ここで暮らすって言う理由が。
でもあたしには無いのよ。アンタみたいに好きな人もいないし、仕事も無くなったもの。……それに、もうここには、悲しい思い出しかないもの」
「……」
ぽた、とマロンのひざに涙が落ちる。
「あたしはどこへ行ったらいいの……? どこへ行けば、あたしは幸せに暮らせるの……?」
「……」
その問いに答える者は無く、静寂だけが残った。
と――病室のドアがとん、とんとノックされる。
「あ、はい」
マロンは慌てて涙を拭い、ノックに応じる。
「失礼いたします」
入ってきたのは、赤と緑の派手なドレスを着た女だった。
「……っ」
その極彩色の着こなしに、マロンは見覚えがあった。
「アンタは……!」
「あなた様は今、恐らく『姉』のことを想起されたのでしょう。申し訳ございませんが、わたくしとあなた様は初対面でございます」
「え……?」
その女性は恭しくお辞儀し、自己紹介した。
「わたくしの名前は、インパラ。あなた様にお伝えしたいことがございます」
「何よ……?」
「あなた様のお姉様を狙撃したロベルト・ブリッツェン氏のことです」
「……!」
気が付けばマロンは、インパラの胸倉をつかんでいた。
「何をなさるのです」
「あいつが……、何だって言うのよ!?」
「氏の隠れ家をご報告したいと、『姉』から仰せつかりました」
「え?」
マロンはインパラから手を離し、尋ね返した。
「どう言うこと? お姉ちゃんって……、あいつの部下なんじゃないの?」
「立場上はその通りでございます。しかし『姉』は深い嫌悪感を、彼に抱いております。
そこであなた様に、討っていただけないかと謀った次第でございます」
「ふーん……」
マロンはインパラから離れ、思案する。
「……変な話ね」
「と仰いますと」
「あたしの刀を白刃取りし、生身で『テレポート』を使えるような凄腕が、なんで自分で殺さないの?」
「色々と事情がございますもので」
「あと気になったのが、アンタたちの話し方よ。
妙に抑揚が無いし、感情がこもってない。『まるで』人形みたいよ」
「その通りでございます」
「その通り?」
おうむ返しに聞き返したマロンに、インパラは自分の手の甲を掲げ、そこにナイフを突き立て、くりぬいて見せた。
「え!?」
「わたくしの骨は、合金でできております。そして肉は、ミスリル化珪素で。
わたくしどもは、ただ人の形をしているだけでございます」
くりぬいた手の甲には、確かに人や動物の骨とは思えない、つるりとした光沢があった。
「……」
インパラはくりぬいた部分を元通りに埋め直し、話を続けた。
「他に何か、ご質問はございますか」
「そう、ね……。アンタもお姉さんと同じように、『テレポート』使えるの?」
「はい」
「今からそこに行けるのね?」
「ええ」
「……じゃあ、準備するまで待っててもらえるかしら」
「どうぞ」
マロンはインパラに背を向け、プレタの側に寄る。
「……プレタ。……さよならよ。あたしはアンタの仇を討ってくる。
そして多分、きっと、もうここへは戻ってこない。そのまま、また旅に出るつもりよ」
プレタの手をぎゅっと握りしめ、マロンは涙声でこう続けた。
「今までありがとう。楽しかったし、嬉しかった。
本当の兄弟以上に、あたしはアンタを『姉』と慕えた。これから何があろうと、あたしにとってアンタは、たった一人の姉さんよ。アンタのこと、絶対に忘れないから。だからアンタもあたしのこと、ずっと、忘れないでね。
……最後に、あたしの、本当の名前を教えてあげる」
まだ無事に残っている左耳に、マロンはそっと耳打ちした。
「……じゃあね。……あと、最後に一つだけ、わがままを言わせて。
アンタの刀、あたしが使わせてもらうわ」
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2014.06.14 修正
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