「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第5部
白猫夢・鉄偶抄 1
麒麟を巡る話、第246話。
人形姉妹。
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1.
マロンは人間そっくりの精巧な人形インパラによって、央北の、どことも分からない場所に連れて来られた。
「寒いわね。相当北の方まで来たのかしら」
「ええ」
トラス王国ではまだ薄着で十分だったが、ここではじっとしていられないくらいに肌寒い。
マロンは上着を羽織りながら、インパラに尋ねる。
「それで、あいつのアジトはどこにあるの?」
「ご案内いたします」
人形であるためか、インパラは霜が降るようなこの土地においても、薄手のドレスで悠然と歩いている。
「……ねえ、アンタ」
「インパラと申します」
「ああ、そうだった。インパラね。
で、インパラ。コートくらい着てくれない? 見てて寒いわ」
「わたくし共は主様より、このドレスしかいただいておりませんもので」
「え?」
「ですのでお見苦しい点がございましても、どうかご容赦くださいませ」
「……」
インパラの言葉が気になったマロンは、彼女にいくつか質問をぶつけてみた。
「主様って? ブリッツェンのこと?」
「いいえ。氏は主様より『姉』を貸与されているだけでございます。
主様につきましては、申し訳ございませんがご質問を控えていただきたく願います」
「何で?」
「主様は『知られること』を非常に忌避されております。
名前や姿は言うに及ばず、資産や職業、趣味、嗜好、住居、生年――徹頭徹尾、己の『何か』を知られることを非常に嫌っていらっしゃいます。
ですので、主様に関することは何一つ、ご質問されないよう強くお願いいたします」
「まあ、そりゃいいけど。じゃあアンタについての質問ならいいのね?」
「ええ。お答えできます範囲であれば」
「服、ドレスしか持ってないって言ったわよね。自分で買うのも駄目なの?」
「それに関しては制限されてはおりませんが、わたくし共はお金をいただいたことがございません故」
「そうなの?」
「ええ。そもそも人形でございますから、食物や衣服を購入する必要がまったくございませんので」
「食べ物はともかく、服くらい買ってもいいと思うけどね。
極端なこと言えば、寒くなきゃ人間だって、服を着る必要は無いわよ。それでも着飾るのはもっと別の理由があるわ」
「と申しますと」
「着飾りたいからよ。人間、誰だってカッコ良く、可愛く、もしくはキレイでいたいもの。だから――そりゃ人形だって聞いたけど――アンタも着飾ればいいじゃない」
「残念ですが、わたくしにはそうした感情は存在いたしません。人形でございますので」
「……そうよね」
ロベルトのアジトに着いたところで、裏庭から静かにシェベルが現れた。
「お待ちしておりました、ミニーノ様」
「どうも。……えーと」
「シェベルでございます」
「そう、シェベルね」
マロンは辺りを見回し、アジトを一瞥して、それからこう続けた。
「嘘なんでしょ?」
「と申しますと」
「窓に血が付いてるわ。アンタのドレスにも、落としきれなかった血の痕がある。
そしてその袖に、血とは別に花びらが付いてる。まるで誰かを弔ったみたいに、ね」
「……」
「アンタの妹さんから『ロベルトを仕留めてほしい』と聞かされたけど、それが嘘よ。
ロベルトはもう、死んでる。そしてそれを仕留めたのは、アンタ。裏庭に埋めたのね」
「ええ」
否定する様子を微塵も見せず、シェベルは肯定する。
「あたしを呼んだ本当の理由は何?」
「順を追って説明させていただいて、よろしいでしょうか」
「ええ、お願い」
「では、ひとまずは中へお入りください。お茶をお出しします」
「あら、ありがと」
応じながら――マロンはシェベルに、インパラとは違う何かを感じていた。
「……入る前に、シェベル。一つ聞かせて」
「何をでございましょうか」
「あなたには感情があるの?」
「……」
くるりと振り向いたシェベルは――ずっと薄ら笑いを浮かべていたインパラとは違って――そこで初めて、にっこりと笑って見せた。
「どうやら、ございます」
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人形姉妹。
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1.
マロンは人間そっくりの精巧な人形インパラによって、央北の、どことも分からない場所に連れて来られた。
「寒いわね。相当北の方まで来たのかしら」
「ええ」
トラス王国ではまだ薄着で十分だったが、ここではじっとしていられないくらいに肌寒い。
マロンは上着を羽織りながら、インパラに尋ねる。
「それで、あいつのアジトはどこにあるの?」
「ご案内いたします」
人形であるためか、インパラは霜が降るようなこの土地においても、薄手のドレスで悠然と歩いている。
「……ねえ、アンタ」
「インパラと申します」
「ああ、そうだった。インパラね。
で、インパラ。コートくらい着てくれない? 見てて寒いわ」
「わたくし共は主様より、このドレスしかいただいておりませんもので」
「え?」
「ですのでお見苦しい点がございましても、どうかご容赦くださいませ」
「……」
インパラの言葉が気になったマロンは、彼女にいくつか質問をぶつけてみた。
「主様って? ブリッツェンのこと?」
「いいえ。氏は主様より『姉』を貸与されているだけでございます。
主様につきましては、申し訳ございませんがご質問を控えていただきたく願います」
「何で?」
「主様は『知られること』を非常に忌避されております。
名前や姿は言うに及ばず、資産や職業、趣味、嗜好、住居、生年――徹頭徹尾、己の『何か』を知られることを非常に嫌っていらっしゃいます。
ですので、主様に関することは何一つ、ご質問されないよう強くお願いいたします」
「まあ、そりゃいいけど。じゃあアンタについての質問ならいいのね?」
「ええ。お答えできます範囲であれば」
「服、ドレスしか持ってないって言ったわよね。自分で買うのも駄目なの?」
「それに関しては制限されてはおりませんが、わたくし共はお金をいただいたことがございません故」
「そうなの?」
「ええ。そもそも人形でございますから、食物や衣服を購入する必要がまったくございませんので」
「食べ物はともかく、服くらい買ってもいいと思うけどね。
極端なこと言えば、寒くなきゃ人間だって、服を着る必要は無いわよ。それでも着飾るのはもっと別の理由があるわ」
「と申しますと」
「着飾りたいからよ。人間、誰だってカッコ良く、可愛く、もしくはキレイでいたいもの。だから――そりゃ人形だって聞いたけど――アンタも着飾ればいいじゃない」
「残念ですが、わたくしにはそうした感情は存在いたしません。人形でございますので」
「……そうよね」
ロベルトのアジトに着いたところで、裏庭から静かにシェベルが現れた。
「お待ちしておりました、ミニーノ様」
「どうも。……えーと」
「シェベルでございます」
「そう、シェベルね」
マロンは辺りを見回し、アジトを一瞥して、それからこう続けた。
「嘘なんでしょ?」
「と申しますと」
「窓に血が付いてるわ。アンタのドレスにも、落としきれなかった血の痕がある。
そしてその袖に、血とは別に花びらが付いてる。まるで誰かを弔ったみたいに、ね」
「……」
「アンタの妹さんから『ロベルトを仕留めてほしい』と聞かされたけど、それが嘘よ。
ロベルトはもう、死んでる。そしてそれを仕留めたのは、アンタ。裏庭に埋めたのね」
「ええ」
否定する様子を微塵も見せず、シェベルは肯定する。
「あたしを呼んだ本当の理由は何?」
「順を追って説明させていただいて、よろしいでしょうか」
「ええ、お願い」
「では、ひとまずは中へお入りください。お茶をお出しします」
「あら、ありがと」
応じながら――マロンはシェベルに、インパラとは違う何かを感じていた。
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「あなたには感情があるの?」
「……」
くるりと振り向いたシェベルは――ずっと薄ら笑いを浮かべていたインパラとは違って――そこで初めて、にっこりと笑って見せた。
「どうやら、ございます」
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2014.06.14 修正
2014.06.14 修正



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